芸術家トレヴァー・パグレンと監視社会と日常

人工知能の内部を作品にしてきたマッカーサー フェロー受賞者が、次は宇宙へ目を向ける

  • インタビュー: Charlie Robin Jones
  • 写真: Christoph Mack

トレヴァー・パグレン(Trevor Paglen)はスタジオの引っ越しの最中だ。ここ何年も使ってきた仕事場は、ベルリンのミッテ地区にあるフラットだった。2013年、エドワード・スノーデン(Edward Snowden)が国家安全保障局から盗み出した文書を公表すべく接触した3人のジャーナリストのひとり、ドキュメンタリー映像製作者のローラ・ポイトラス(Laura Poitras)がかつて借りていた場所だというから、多くの作品でテクノロジー、権力、美学の関係を探ってきたパグレンには、うってつけの場所だったといえる。

パグレンのアーティストとしてのキャリアは、軍と産業の繋がりを具体的な形で暴露し、秘密工作部隊が身につける記章を収集し、米国内における監視アーキテクチャを撮影し、イギリスの画家ターナー(J. M. W. Turner)が描いたような渦巻く雲を背景に飛行するドローンのプリントを制作することでスタートした。だが最近のパグレンは、元来人間の目に触れることを意図されないものに視線を向けている。マシンによって作られ、マシンによって使われる画像の膨大なデータセットである。先頃ニューヨーク シティのメトロ ピクチャーズ ギャラリーで開催された「A Study of Invisible Images - 見えざるイメージの研究」展では、人工知能が周囲の世界を見て解釈する方法とそれらが私たちに及ぼしうる影響を、さまざまな手法の作品で示した。

私が2月の初旬にパグレンを訪ねたとき、スタジオには彼の仕事の骨格しか残っていなかった。テーブルの真ん中にあるのは「Autonomy Cube - 自律立方体」。ガラスのケースに入ったCPUの彫刻は、暗号化されたTorネットワークによって、ワイアレスなインターネット アクセスを促進する。窓のそばに張られた物干し用のロープには、1枚のメタリック ファブリックがぶら下がっている。「アルミのマイラーだよ」とパグレンは教えてくれる。「『オービタル リフレクター』プロジェクトで使う材料にとても近い。でも、あれはアートじゃない。ただのモノだ」と笑う。

「オービタル リフレクター - 軌道上の反射体」は、パグレンの作品を貫くもうひとつのテーマ、オルタナティブな未来像の探求の延長だ。今年の夏には、イーロン・マスク(Elon Musk)の宇宙開発ベンチャー「スペースX」のロケットに乗せて、30メートルを超えるダイアモンド型の反射板が軌道に打ち上げられる。そして、ほかの人工衛星やさまざまな宇宙のゴミと一緒に地球の周りを回る。宇宙では、軍事目的とも商業目的とも無縁の純粋な美的オブジェは珍しい。パグレンが言うところの「機能するプロジェクトではあるけど、想像のプロジェクト」は、ソーラー ダストによって燃え尽きるまでおそらく6~8週間輝き続け、夜空の針の先ほどの光で方向を教える新たな目印になるだろう。

反体制のスタンスが揺るぐことのないパグレンだが、主流派からも大きな注目を集め始めている。2017年の暮れには俗に「天才助成金」と呼ばれるマッカーサー フェローを贈られ、2018年に入ってからはダボスで開催された世界経済フォーラムに招待され、7月にはワシントンのキャピトル ヒルから徒歩20分のスミソニアン博物館で、これまでの作品を総括する大規模な展示を開催予定だ。

精確に、だがゆっくりと話すパグレンには、とても真剣な話をいきなりジョークに変える嬉しい癖がある。普通、私たちが彼の作品からは想像しないユーモラスなタイミングのセンスがある。そして、おそらく作品から想像する鋭い不条理のセンスもある。

チャーリー・ロビン・ジョーンズ(Charlie Robin Jones)

トレヴァー・パグレン(Trevor Paglen)

チャーリー・ロビン・ジョーンズ:あなたの作品の多くは、非常に重要なのに滅多に目にしないものがテーマですね。物理的に存在しているのに我々がほとんど気に留めないインフラストラクチャとか、「Invisible Images」プロジェクトに登場する、人間に見られることを目的としない画像とか…。

トレヴァー・パグレン:僕が「invisible images」と呼ぶのは、マシンが他のマシンのために生成する画像です。「invisible images」は、自動運転車から、自律型ドローン、君がコカコーラとペプシのどちらが好きかをフェイスブックでチェックしている人工知能まで、あらゆるものの動作の一部として組み込まれている。以前、スパイ衛星や海中のインターネット ケーブルがテーマのプロジェクトをやったけど、「Invisible Images」は、スパイ衛星の内側、海底に沈んでいるケーブルの内部で起こっていることがテーマです。動作しているデータ サーバーの中では何が起こっているのか、自律型ドローンの内部では何が起こっているのか。それらは画像に基づいた動作でありながら、基本的に、プロセス全体が人の目に触れることはない。だから、僕が作るのは、自律型マシンやコンピュータが見ているイメージを、人間が知覚できる形に転換するツールです。

コンピュータ ビジョンはデジタル画像を生成して、そこから何らかの情報を抽出します。道路の左右の両端を把握したり、顔認識で何かを顔として特定するわけです。そのプロセスをデジタルで行う。つまり、画像を取得し、例えば色値を意味する一連の番号に転換して、顔の指紋のようなものを作成します。それを利用して、人物の身元を推定できるのです。顔の比率はひとりひとり違うから、基本的に、顔認識が可能です。笑顔かどうか、ショックを受けたり驚いた表情をしているか、そういう感情も推定できます。ジェンダーを推定するマシンもあるんですよ。誰かの顔を見て「この画像でこの人物は85.11%が女性、この画像では66.44%が女性」と推定するんです。こういうアルゴリズムには、潜在的なバイアスが組み込まれています。100%女性というものが存在すると決めた人がいて、その視点から判断するわけだから。では、その100%とは一体何でしょうか? バービーなのか、グレース・ジョーンズ(Grace Jones)なのか? 誰がそれを決めるのか?

「優生学」という言葉が浮かんだので、それについて質問させてください。

顔認識はどちらかというと骨相学に近いけど、いいですよ。どうぞ。

人工知能による顔認識で、ゲイかストレートかを判別できるというスタンフォードの研究を思い出したんです。セクシュアリティのような複雑なことをアルゴリズムで予測できるという考え自体が、まるで19世紀に逆戻りしたようで…。

コンピュータ サイエンスや人工知能の分野では、今、そういう類のことがたくさん起こっていますよ。実際、非常に重要な問題です。はっきり言って、その種の価値観やバイアスや差別がインフラストラクチャに組み込まれていくわけですから。現実として、非常に差し迫った課題です。

そういった状況で画像が果たす役割は?

人の外見を測定して分類する、あるいは、人工知能がショッピング モールにいる人の顔認識によって買いそうな商品を推測する…そういうのは、全部、視覚現象です。そして従来、人間は視覚イメージを武器に変えたり、操作に利用したりするばかりで、視覚文化で良い伝統を築いたとは言えません。だから、現在の問題に美術史的な視点からアプローチする限り、非常に限定的にしか現状を理解できません。最終的には、権力、資本、人種の分析というツールを持ち込むことで、意義のある対話が生まれます。

そう言えば、「Even The Dead Are Not Safe - 死者でさえ安全ではない」では、シモーヌ・ヴェイユ(Simone Weil)とフランツ・ファノン(Franz Fanon)の顔を選びましたね。特にそういう思想家を選んだ理由は?

あれは、故人の革命論者や哲学者の顔に高度な顔認識ソフトウェアを使ってみた作品です。顔認識のようなテクノロジーが発展すれば、将来シモーヌ・ヴェイユやフランツ・ファノンのような人物の存在が不可能になりうるのか、それを問いかけているのです。僕たちは、僕たちの事実上の自由が常にメタデータ シグネチャによって変質される社会へ、急速に向かいつつあります。そういう社会では、市場の資本であれ、治安維持、法の執行、監視であれ、ツールを利用して権力手段の効率を高めることがますます容易になりつつある。自動的に住民全員の顔認識を行なって、横断歩道以外の場所で道路を横切った者に違反切符を切る、そんな都市は明日にでも作れます。実際、明日にでも、そう、できる。僕が示したいのは、ファノンやヴェイユのような人物は、法を破ることでこそ、社会の進歩に貢献したということです。間違っていたのは、法律のほうだったから。中央集権化した政治や法執行の体制がますます自分たちに都合よくツールを利用できる社会では、一体どうなるのでしょうか?

そういうことすべてに共通して、僕は非常に気懸かりな根源的疑問を持っているんです。つまり、誰が物事の意味を決めるのか? 誰が女性と男性を規定するのか? 誰が解釈を適用する方法を決めるのか? 意味に関する政治的な闘いは、同じく権利に関する闘いであり、自己表現の闘いです。自己表現とは表すこと、ある意味でイメージ作りの一形態です。

“Beckett” (Even the Dead Are Not Safe) Eigenface、Trevor Paglen (2017)

Vampire (Corpus - Monsters of Capitalism) Adversarially Evolved Hallucination、Trevor Pgalen (2017)

ユーザーの顔と歴史上の肖像をマッチさせるグーグルのアート&カルチャー アプリは、どう思いましたか?

大勢の人がグーグルにバイオメトリック情報を提供するのを見て、ぞっとしましたね。それも、ただインスタグラムに投稿できるというだけでね! あのテクノロジーは、色々な意図に簡単に利用できるんです。でも、水面下で何が起こっているかというと、似ている肖像画を教えてもらえるという餌に釣られて、何百万人もの人間が顔認識データベースに自ら進んで登録している(笑)。

テクノロジーによる抵抗という手段を考えますか?

難読化や隠蔽のツールを作るテクノロジーはあります。テキスト メッセージを暗号化したり、顔認識ソフトウェアが読み取れない変わったメイクアップのパターンを使うとか…。しかし、そういう方法で、自由が新たに再生できるだろうか、問題はそこです。テクノロジーがもたらす倫理的な課題を、テクノロジー自体がどの程度解決できるだろうか? 果たして、バイアスのない人工知能を構築できるだろうか? 隠蔽に関しては、僕は賛成です。実際に作ったツールもある。しかし、戦略だとは考えません。利用できる、ちょっとした方策といった程度です。でも、こういうことから、僕たちが望むものがわかってくる。僕たちはどんな社会で暮らしたいのか、それを自問することが非常に大切だと思います。フェイスブックによる監視であれ警察による監視であれ、何にも監視されない場所がある社会を求めるのか? あらゆる場所が監視される社会を望むのか? 監視しない場所の存在を許すテクノロジー…そういうのは、自分が暮らしたい社会を想像したり、明確な言葉にするうえでは役に立つだろうけど、テクノロジーそれ自体が多くを解決できるとは、僕は考えていません(笑)。最終的には、テクノロジーや企業という基盤ではなく、市民団体によって社会全体の規模で解決されなくてはならない問題だと思います。

自動的に住民全員の顔認識を行なって、横断歩道以外の場所で道路を横切った者に違反切符を切る、そんな都市は明日にでも作れる

私たちの後ろに「Orbital Reflector」用の試験ファブリックがありますね。「Orbital Reflector」プロジェクトについて、教えてください。

僕たちの間でよく話題になるテーマは、ひとつには、いかにして世界を批判的に観察して、僕たちが組み込まれている環境や状況や歴史に対する視点を獲得するか? そしてもうひとつ、 いかにして、自分たちが望むものの先駆けを作り出すか? 社会風土全般がバラバラに瓦解して、政治と経済の危機を人工知能で対処しようとするディストピア的監視社会ではないとすれば、どんな未来を僕たちは想像できるだろうか? 僕たちは、頭に描く未来へ進んでいくんです! だからこそ、僕はいくつかのプロジェクトで、まさにそれをやろうとしているわけです。衛星軌道に反射板を打ち上げるプロジェクトは、従来の伝統に属さない宇宙との関係を想像する意味で、そのひとつです。人類はこれまでずっと、軍事と利潤の観点からしか宇宙を見なかったわけだから。

どうやって衛星打ち上げの手筈を整えたのですか?

数知れない電話会議(笑)。無数のスプレッドシート。やって欲しいことを確実にやってくれる宇宙船を建造するのは、当然、非常に難しい。やり方としては、とにかくできるだけシンプルにして、テストして、テストして、さらにテストする。だけど、打ち上げそのものは、極めて単純明快です。大金を払えば済むことですから。

「スペースX」を利用することに対しては、どういう気持ちでしたか?

最初は「ああスペースXですね、あのイーロン・マスクがあなたのアートを打ち上げるんですね」って感じ。それに対して「いや、そういうわけじゃない」と(笑)。小切手を渡せば、彼らは彼らの仕事をしてくれるという、それだけのことです。

「Orbital Reflector」は、ピラミッドが消滅してもなおかつ形を留め続けるゴミが、宇宙に散乱している事実を教えてくれます。と同時に、宇宙に何か…理解不能なものが存在する可能性を拓く。そのことに、とても強く心を打たれます。

これまで宇宙に打ち上げられたすべてと、正反対のオブジェを目指しているんです(笑)。基本的に、プロジェクトの大きな割合は、プロジェクトがブランド化するのを回避することに尽きました。資金の出所にとても注意を払ったし、僕たちが使う言葉にも非常に気を配りました。正直に言って、広告や軍事技術の示威ではないプロジェクト、できる限り美的オブジェに近いプロジェクトをやろうとするのは、本当に難しい。

これまでのキャリアを通じて、権力とイメージの関係をドキュメントしてきましたね。トランプ選以後、作品に対する取り組みは変化しましたか?

僕にとって現在は、テクノシュールな、ゴシック的な時期ですね。いくつかの作品では、視覚の与え方に影響が現われていると思います。例えば、人工知能を訓練するプロジェクトをやっているのですが、訓練例として、キッチンにあるものを認識できる人工知能を作るんです。レモン、ライム、フォーク、皿…キッチンにある物すべてのリストを作って、それぞれの物体に対応する画像を何千枚も人工知能に与えます。すると、学習によって、それぞれの物体を見分けられるようになる。それから、神経回路網に不合理なものを見させる訓練を始めました。「The Interpretation Of Dreams - 夢解釈」という名前をつけた人工知能は、フロイト派精神分析に基づいて物を見ます。だから、キッチンに置いても、ナイフや皿やフォークではなく、むくんだ顔や注射やかさぶたのある喉として見るのです。「Monsters of Capital - 資本の怪物」というのも作りました。これは、過去に資本主義の象徴とされた怪物しか見えない。魂を盗まれてサトウキビ農園から現われたハイチのゾンビとか、初期の貴族階級の身なりをして血を吸うバンパイアとか。2~3年前だったら、そういうイメージを使うことはなかったでしょうね。そこまであからさまに、という意味だけど。

ダボスから帰られたばかりですね。どうでしたか、ダボスは?

馬鹿げてたな(笑)。世界中から知り合い同士が何千人も集まっただけ。それは確か。だけど、いい人たちにも沢山会ったし、討論会で国連人権委員会の議長とも同席したし、世界をもっと公正にする方法を真剣に考えてる人たちもいました。そういう対話に貢献できるのは嬉しい。あの会議で、社会問題は経済市場では解決できないと公言したのは、僕一人のような気がしたな。ダボスで僕の名前が連呼されたのは「トレヴァー、君の出席を非常に歓迎している。ぜひ、違う視点からの意見を聞きたい」という文脈だけでしたよ。

  • インタビュー: Charlie Robin Jones
  • 写真: Christoph Mack
  • 画像提供: Metro Pictures、ネバダ美術館、Trevor Paglen