ケイシー・スプーナー:
巴里のアメリカ人
フィッシャースプーナーのフロントマンを追ってマレ地区を訪れる
- インタビュー: Eva Kelley
- 写真: Christian Werner

WhatsAppから、ケイシー・スプーナー(Casey Spooner)が最後に目撃されたのは午前5時11分との情報が入る。パリはファッションウィーク中だ。つまり、彼が行方不明となる可能性は非常に高い。そして、彼が早起きだという可能性は低い。マレ地区のカフェLe Progrèsでカプチーノの泡をかき混ぜながら、昨夜、スプーナーはどこに行ったのだろうかと考える。最近公開されたアルバム『Sir』のレコーディング中、恋人とひどい別れ方をしたという記事を読んだのを思い出す。そして、傷ついた心を癒すには、いつになっても、適度にハメを外すことが必要なのだと気づく。だが、スプーナーのことだ、当然ながら後でそんな私の考えを彼は訂正するのだろう。「心の傷を癒すための人数って何?誰が人数なんて数える?人数なんて関係ない」
1時間後、私の携帯が鳴る。「本当に申し訳ない。こんなこと絶対にないのに、目覚ましが鳴らなくて。僕のアパートに来ない?その方が人も気にならないし」
スプーナーは、ウォーレン・フィッシャー(Warren Fischer)と共に創設したバンド、フィッシャースプーナー(Fischerspooner)のひとりである。2000年代初頭、彼らのサウンドは「エレクトロクラッシュ」と称され、「Emerge」のようなヒット曲がダンスフロアでひっきりなしにかかっていた。『Sir』と最後に公開したバンドの3rdアルバム『Entertainment』の間には9年ものインターバルがあり、この間、彼らは他のパフォーマンス プロジェクトを行ってきた。そして今、13の新曲とともにフィッシャースプーナーは戻ってきた。
エレベーターのないアパートの2階で、彼はラムファーのコートに包まって、彼が通りで見つけたというダークブルーのル・コルビュジェLC2のアームチェアにすっぽりと収まっていた。彼はまだ前の晩の疲れから回復中なのだ。花を咲かせた樹齢100年にもなる亀甲竜を前に、スプーナーが彼の政治に対する思い、模範的な恋愛関係、ツアーの恐怖について話してくれる。彼が話を中断したのは、一度だけ、女優の ローズ・マッゴーワン(Rose McGowan)からFaceTimeのビデオ通話がかかってきたときだけだった。


エバ・ケリー(Eva Kelley)
ケイシー・スプーナー(Casey Spooner)
エバ・ケリー:今はパリに住んでるんですね。なぜ引っ越すことに決めたんですか。
ケイシー・スプーナー:12月1日に来たんだけど、引っ越すなんて思わなかったよ。2日間のつもりで来たんだ。というのも、友人のひとり、振付師アレックス・エクマン(Alex Ekman)の初公演がオペラ座であったから。ただ数ある訪問のひとつのつもりだった。それでオペラハウスでどんちゃん騒ぎをやったんだ。警備もいなかったから、僕はパンツも履かずにイブニングドレス1枚で、借りた毛皮のコートを着て、シャンペン片手に走り回ってたんだ。オペラ座は怒り心頭だったけど。翌朝は、新しい恋人の隣で、ひどい二日酔いで目が覚めた。それでニューヨークに帰りたくなくなっちゃった。だから帰りの飛行機に乗らなかったんだ。友達は「どうやって家に帰るつもりだよ?」って感じだった。僕は「わかんない。フィーリングだよ。家には帰れない」って。
なぜニューヨークから離れていたいのですか。
今はアメリカの政治に耐えられないから。毎日のように次から次へとショックなことばかり起きる。そこでは、またか、って感じで常軌を逸した馬鹿げた政治パフォーマンスと市民の権利の崩壊が起きている。胸くそ悪いし、どうにかなりそうだ。女性にはもっと強烈だろうね。権力を持つ女性がようやくこの地位まで来たのに、女性ではなく「あんなの」が選ばれたんだ。男でさえあれば、どんな奴でも女より優れてるっていうの?
アルバムにはクィアのコミュニティを解放する意図があると言っていましたね。
ホモセクシャルの恋愛関係について語るっていう、とても具体的な意図で、アルバム制作を始めたんだ。ゲイは誰でも、すごく複雑でダイナミックな感情の波を抱えて生きている。ゲイは、「男はこうあるべき」みたいな期待に従わずに成長するからね。

アルバムではあなたの個人的な恋愛遍歴を扱っていますね。1980年代にあなたが付き合っていたR.E.M.のマイケル・スタイプ(Michael Stipe)を歌った曲がありますし、実際のセックスを録音したものがミックスされたトラックもあります。でも、あなたはその過程で、恋愛関係の破綻も経験した。こうした感情的エネルギーによって、アルバム制作の過程にどのような変化がありましたか。
レコーディングを始めたときは、それはもう最高の場所にいたんだ。これ以上幸福ではありえないくらいに。あの14年間続いた関係には良い思い出しかない。まだ僕たちの関係は続いているしね。ある時点で、半年間、僕たちには2人目の彼氏がいた。僕は旅行することが多かったし、何ヶ月も家を離れていたんだけど、何ヶ月もの間セックスしないなんて現実的じゃなかった。
「Have Fun Tonight」はオープンな関係を歌った曲ですが、これは、実際の会話をベースにしているのでしょうか。
これについては、僕たちは何年もの間、苦しんでいた。僕たちは愛し合っていたし、自分たちの健康問題をすごく心配していたから。それに、感情的なリスクもあった。でもお互いに信頼を高めていた。僕たちはあらゆる欲望を分かち合えたんだ。そういう関係があるというのは素晴らしいことだよ。自分のファンタジーに対して完全に素直でいられる。それこそが、本当の関係だ。
そうですね。だから、時代は変わっても「幸せな」恋人関係と言われるものの中身は変わらない。
本当に、人は短期間の性的な肉体関係をないがしろにしたがる。人は、そういう関係を人間の行為の一部ではなく、何かロマンチックでも重要でもないものとして道徳的に説明したがるんだ。これが、部分的にアルバムで語っていることだよ。こういう異なる種類の絆や関係を持つことだって可能なんだ。


自分が中年の危機、いわゆるミッドライフ クライシスの中にいると思いますか。
わからない。自分で引き起こしたのではない多くの変化を経験してはいるけれど。思うんだけど、中年の危機って偽りのアメリカン ドリームが根幹にあるんじゃないかな。奥さんと、2人の子どもと、車と家。でも僕は古典的なアメリカン ドリームは生きてないからね。僕が生きているのは「僕の」夢だ。人生のある地点に到達したから、赤いフェラーリを買う必要を感じたり、クリスティ・ブリンクリー(Christie Brinkley)とデートしたいと感じたりするようになったわけじゃない。僕は既にフェラーリに乗っていたし、既にクリスティ・ブリンクリーともデートしていたようなものだから。
『Sir』は性的な自由を探求し、社会的な規範の枠を押し拡げる作品ですが、この中にドラッグも入るのでしょうか。
僕は、クスリ全般はダメっていう家庭で育てられたんだ。歯科矯正医の所に行くのでさえ、頼み込んでやっとだったくらい。僕の家族はすごく堅実で、農家の田舎者で、とても南部的なんだ。だからドラッグはやらない。祖母はビールを飲むことですら恥じるような人だった。僕は常に、ドラッグに対してとても保守的な考えをする人ばかりに囲まれてた。でも、僕もドラッグ文化にはまるほどのお金も時間も持ったことがなかったせいもある。ニューヨークで働きながらアーティストをやるのはそれは大変だったからね。いつもきちんとしなきゃって感じだった。毎日毎日。働かなきゃならかったし、色々と顔を出さなきゃならなかったし、集中する必要があった。ごく最近になってから、やっと自分でも… [着信音] あ、ちょっと待って。ローズだ。
どうしたの?
ローズ・マッゴーワン:どうも!
ケイシー:今インタビュー中なんだ。君はテレビ中?
ローズ:そうよ。あなたの素晴らしさについて証言した方がいい?
ケイシー:うん、お願い。
ローズ:ローズ・マッゴーワンです。私はここに、ケイシー・スプーナーが人間としては最高に素晴らしい人だと証言します。彼は光を発し、すごいエネルギーを放っているわ。17年前に彼のパフォーマンスを初めて見たとき、彼は私の元に鳥のように飛んできた。魔法みたいだった。あのときのことは絶対に忘れられない。以上。
ケイシー:ありがとう、ローズ。今夜の時間と場所をメッセージで送って! [通話終了]
あらゆる夢が一気に実現してるような気がするんだ。僕は売れない時期が長かったから。ずっと正しいことをしていたけれど、どういうわけか、何もうまくいかなかった。ビジネスもうまくいかなかったし、創作活動もダメだった。それが突然、一体何が起きてるのか本当に訳がわからないよ。こういう人たちにたくさん会ったり。以前は、失くされて、忘れられて引き出しの奥で埃をかぶったみたいな存在だった。それが今は綺麗にされて、表舞台に連れてこられた感じだよ。つまり、ダイ・アントワード(Die Antwoord)にダンスフロアで追いかけられたり、ローズが僕をテレビに出演させたり、誰もかれもが僕に服を送ってきたりさ。ここパリにいると、何となく物事がうまく収まるみたいだ。
アンコールが大嫌い

このアルバムとフィッシャースプーナーが最後に公開した音源の間には9年の隔たりがありますが、プロモーションの観点から見て、最も大きな変化は何だと思いますか。
2009年に『Entertainment』をリリースしたとき、僕たちは財政破綻のただ中だった。リリースの同じ月にレーベルが破産した。つまり、僕は騙されたんだ。70ものライブをやるツアーの予定がびっしり詰まってた。人生であんなにライブをやったことはないよ。それでツアー後家に戻ったら、預金残高は100ドルのマイナスだった。それに、へとへとに疲れ切ってた。
ライブで嫌いな点はどこですか。
アンコールが大嫌い。本当に馬鹿げた儀式だと思う。「戻ってきて!」って、どうせ戻ってくるっていうのを知ってるのに、どうしてわざわざ知らない振りをするんだよ。馬鹿らいし。ライブが終わったら、もう終わりなんだよ。僕はライブをもっと演劇のように考えてる。
良い指摘ですね。演劇ではアンコールはないですからね。「もう1回あのシーンやって?」なんてことはない。
そう。でも、そう考えると、ちょっと見てみたいな。「幕あいの直前の、あのモノローグをもう一度やって!お願い!」ってね。
前回のツアー以降、何を学びましたか。
創作に関して僕は何も手助けを必要としていない、って教訓を学んだかな。誰かとこういう契約について交渉していると、創作に関しては完全に自分でコントロールできると言われるんだ。でも実際は、予算を握っている人が何もかもコントロールしてるんだよ。
では何かアドバイスがありますか。
みんな、契約交渉するときは、こう言うんだよ。「有り金を全部よこしたら、もう邪魔しないでくれ」。これが僕の契約のやり方だ。
Eva Kelleyはベルリンのマガジン『032c』のライターでありコーディネーティング エディターである
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