ドミニク・
ファイクが
フロリダから
愛を込めて
ポップ ミュージック界で急上昇のワンダー ボーイがハートを掴む
- インタビュー: Ariel LeBeau
- 写真: Tracy Nguyen

擦りむいた膝小僧が思い浮かぶほどの若さと勢いでポップ界へ突入したドミニク・ファイク(Dominic Fike)は、ユニークなミュージシャンを数多く育てたサウス フロリダの出身だ。24歳のシンガーソングライターにはまだ海のものとも山のものともつかないところがあるが、キャリアが始まったばかりの段階では、それが魅力でもあるし、今後どんなスターに成長するのだろうかと憶測も働くというものだ。
今日、インタビューと撮影のためにカリフォルニア州ロス フェリスにある邸宅へやって来たファイクは、一段低くなったリビングルームで鏡を見ながら、自分の姿に自虐的なジョークを飛ばす。アンティークの椅子、ビクトリア朝スタイルのランプ、癒し効果を謳うあらゆる大きさと色のクリスタルの間を、それらによく合うDries Van Notenの豪華なゴールドのフローラル柄スーツ姿で歩き回る。来たときはシルバーブロンドの丸刈りだったのが、今は日日草のブルーに染められて、サイヤ人の貴公子たる未来トランクス、はたまたポップ スター御用達のヘア スタイリスト、ダニエル・ムーン(Daniel Moon)の常連客みたいだ。近くにあるビーツ ピルから、ファイクの親友でありクリエイティブ ディレクターでもあるリード・ベネット(Reed Bennett)がプレイした未発表デビュー アルバムのトラックが流れてくる。次の曲へ移るたび、毎度のようにファイクは歓声を上げる。「これ、最高なんだ」
もう有名な話だが、ファイクが一連のデモを録音したのは2017年末、警察官に対する暴行で自宅監禁中のことだった。最終的には短期間を拘置所で過ごしたものの、刑務所へ入ったという説は誤りだ。「みんな『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』を想像して、俺がタバコの密輸をやってたとか思ってる」と、ファイクは笑う。「そうじゃなくて…あれは拘置所」。ともかく、収監中のファイクに代わってマネジメント チームがデモ音源をSoundCloudで公開したところ、ほぼ瞬時にして大手レーベルの争奪戦に火がついた。数か月後に出所したファイクは、Columbia Recordsと契約を結んだ。報じられた契約金は400万ドル。そのスピードと規模は、いやが上にもファイクに対する好奇心と詮索に油を注いだ。「『ハンガー・ゲーム』に選ばれたようなもんだ。ただし、俺の場合、気持ちは反対だけど」
2018年後半に、音源はEP『Don’t Forget About Me』として再リリースされた。以来、Z世代のトレンドを牽引するホールジー(Halsey)やブロックハンプトン(Brockhampton)のほか、ヒップポップの寵児ケニー・ビーツ(Kenny Beats)らと、コラボレーションの絆を築いている。深夜のショーに出演し、爽やかなビーチを感じさせる大ヒットのシングル『3 Nights』はバラク・オバマ(Barack Obama)が選んだ2019年のお気に入りミュージック リストにも登場した。「あれを知った日は、滅茶苦茶ハッピーだったな」とファイクは振り返る。
ファイクの歌は耳に心地よく、TikTokにぴったりのコンテンツであり、Zaraでショッピング三昧を楽しむ日のサウンドトラックに最適だ。ギターを効かせたサウンド、クレイロ(Clairo)やクコ(Cuco)らに象徴されるベッドルーム ポップの甘い気だるさ、そしてフェイス タトゥーが示す反逆的な美学とラップ的な軽いエッジ。ポップ、ロック、ヒップホップが混ざり合った曲風は、ジャンル分けを嫌う。ポスト・マローン(Post Malone)やビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)など、ひとつのスタイルにとらわれないミュージシャンが君臨する現在の音楽界で、これはとてつもない価値を意味する。
アルバムからのシングル カットはどれもヒットが予想されるが、間もなくリリース予定の「Chicken Tenders」は、なかでも抜群の出来栄えだ。陽気な気分が感染してくる。セレブなジェンナー(Jenner)一家のメンバーが投稿するInstagramストーリーのサウンドトラックにぴったり、と言えば想像できるだろうか。カメラのシャッター音を合間に挟んで、体を揺らしながらファイクが歌う「Chicken Tenders」は、クリスティーナという名前の少女と、あろうことか「チキンフィンガー」へ捧げる愛の歌だ。一度聴いたら絶対に耳に残ること、請け合い。そして、特に誰に向かってということなくファイクは公言する。「唸るほど金持ちだって気がするぜ」
急上昇の人気の大半が自分では「中途半端なコレクション」と思っているものから生まれたので、きちんと完成した曲を集めた最初のアルバムを発表して、早く一人前のミュージシャンとして認められようとファイクは意欲を燃やす。今のサウンドは「もっと考え抜かれてる」そうだ。それはとりもなおさず、コラボレーションに自分自身の意図を反映することも意味する。少なくとも今のところは。「正直、俺自身の音楽を作らなきゃいけないんだ」。だが、尊敬するミュージシャンから常に学ぶ姿勢は変わらない。「大物のアーティストをよく観察して、同じようにやる。ヤング・サグ(Young Thug)とか、大先輩として尊敬してるよ。向こうはそんなこと、知らないけど」。アルバム完成までにはもう数か月かかるが、ファイクのエネルギッシュな精神はすでにその先を走っている。今年の夏は、ファイアフライでカリ・ウチス(Kali Uchis)やブリンク 182(Blink 182)と共演し、ニューヨークで開催されるガバナーズ ボールにも出演するなど、フェスティバル廻りが続く。
聴衆の前に立つと、それがクルーやカメラの前でも、ファイクからカリスマが発散する。現場での通称は、ドミニクを略してドム。ドムは誰とも握手する。じきに何か失敗をやらかして私たちの期待を裏切ることを予め警告しておくみたいに、毎晩遅くてクタクタなんだと打ち明ける。ダジャレを飛ばす。笑顔を消すことがない。日陰になった中2階へ移動して、私とレコーダーに1対1で向き合ったドムは、もう少しおとなしい。そわそわして、顔をしかめる。自分で、喋りすぎた、喋り足らなかった、あるいは、はっきり答えなかったと感じると、反射的に「ゴメン」を口にする。
フロリダ州ネイプルズで育ったファイクは、10歳でギターを弾き始めたという。「最初は父さんがちょっとコードを教えてくれたけど、そのうち俺の方が上手くなった」。家の中では、MTVから流れ続けるウィーザー(Weezer)などのポップ ロックや、エミネム(Eminem)のような商業的なラップが、四六時中耳に入った。ウィーザーは『Green Album』が一番好き、ラップは「ユーモアがあることが分かってから、本当に好きになり始めた」と言う。MTVの「TRL」の全盛期だったら、ファイクは理想のレギュラーになっていたはずだ。ハンサムな顔立ちと心地よく耳に残るサウンドに夢中のティーンの大群、タイムズ スクエアに掲げられたポスターが目に浮かぶようだ。ホストのカーソン・デイリー(Carson Daly)は、さぞかしファイクを祭り上げたことだろう。
「吸血鬼でも殺しに行こうか?」。なで肩の上にBottega Venetaのブラックのレザー トレンチを羽織って、ファイクは軽口をたたく。その前にHelmut Langのシアなマジェンタのモックネックを着たときは、BDSM部屋のプレイの真似でふざけて見せた。何を着ても新しいキャラクターを思いつくファイクだが、セットにやって来たときは、何の変哲もないブラックのジーンズ、グラフィック Tシャツ、シューレースを解いたままのChuck Taylorだった。タトゥーを入れた少年のような顔は、ハーモニー・コリン(Harmony Korine)がネオン カラーで描く悲痛なフロリダを思わせる。だが自分のスタイルに関するファイクの考え方は、彼が作る音楽と同じように、分類されることに抵抗する。そして言う。つい最近、初めてのスーツを買ったばかりだと。
これまでのところ、彼の歌は内面を観ることも内面を晒すこともない。実際には大きく揺れ動いているはずの実体験や、それらにまつわる感情を、歌詞からはほとんど窺い知ることができない。そのこともあり、公式にリリースされた音楽が皆無の状態で巨額の契約が結ばれたことも手伝って、ファイクは業界の「サクラ」ではないかと考える批評家もいる。オンラインでも目立つ行動はしていない。Twitterはやらないし、Instagramを使うのも最小限だ。インターネット上のペルソナを曖昧にぼかしておくのは昨今のマーケティングのあからさまな戦略でもあるが、ファイクは計算づくで行動してるわけじゃないと断言する。「俺、インターネットは苦手なんだよ。あれは、上手い奴らがやればいいんだ」

着用アイテム:シャツ(Dries Van Noten)、タンク トップ(Dries Van Noten)、トラウザーズ(Helmut Lang)、ネックレス(Dries Van Noten) 彫像 着用アイテム:帽子(Charles Jeffrey Loverboy)
2019年のシングル「Phone Numbers」では、もっと大切な責任があるのに、ましてや仲間でもないのに、ファイクの金と配慮を要求する人物への不満を漏らしている。「親のためだからって判事に12万ドル払わせて / その上まだ分け前を寄越せって / いい加減にしろよ」。『Don’t Forget About Me』のなかで、うんざりした調子のこのラップほど感情を露わにした曲はない。ファイクは控えめに言う。「ドレイク(Drake)が歌うみたいなクソだ。このクソのことを話そうとするたびに、ドレイクになったような気がする」。名声につきものの葛藤は始まったばかりだし、これからますます厄介になるはずだ。自分にとっての成功とは何か、まだよくわからないとファイクは言う。ただひとつ、はっきりしているのは「家族の生活を引き受けられるってことが、俺にはすごく大切なんだ。それができる限りは…成功だ」
- インタビュー: Ariel LeBeau
- 写真: Tracy Nguyen
- スタイリング: Jake Sammis
- ヘア&メイクアップ: Anna Bernabe
- 写真アシスタント: Olivia Shove
- スタイリング アシスタント: Vivian Chuang
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: March 13, 2020