永遠の
ジョーカー、
スロータイ
新進気鋭のイギリス人ラッパーがデビューアルバムで王手をかける
- 写真: Mat + Kat
- 動画: Mat + Kat
- インタビュー: Niloufar Haidari

スロータイ(slowthai)は、「Lady Marmalade」でのクリスティーナ・アギレラ(Christina Aguilera)の物真似を始める前、「ボンソワール、サヴァ、ウィ、ウィ…ってどういう意味?」と尋ねて、吹き出して笑った。服を着替える合間にも、スロータイは絶えず話をしながら、想像の映画のシナリオを考えている。本名タイロン・フランプトン(Tyron Frampton)、友人たちは彼をタイや、ただティーと呼ぶ。彼にとって、ミュージック ビデオは特に、これらの物語に命を吹き込むツールになっている。「Ladies」のビデオでは、あの有名な、ジョン・レノン(John Lennon)とオノ・ヨーコ(Yoko Ono)の『ローリング・ストーン』誌の表紙を再現しており、彼は自分の恋人の横で裸になって丸まり、彼女の耳元で歌詞を囁く。「Nothing Great About Britain」では、自らを現代のアーサー王に見立て、エクスカリバーの伝説を表現する。Needlesのトラックスーツに身を包み、Nikeの「Tn」を履いたアーティストの歌に乗せて、古い物語が、ブレグジットやトランプ、「1%の富裕層」の時代背景に合わせて、鮮やかに作り変えられる。スロータイの世界では、バットマンは死に、ジョーカーが生き残るのだ。

slowthai 着用アイテム:ローブ(Needles)、パンツ(Gucci)、カジュアル シューズ(Gucci) 冒頭の画像のアイテム:ジャケット(Mackintosh 0004)
この強烈なイマジネーションと無限のエネルギーは、彼の実生活における経験に根ざしており、その経験ゆえに、彼はイギリスの他の同世代のラッパーとは一線を画している。スロータイの作る音楽は、これまで大部分の人が見過ごしてきたイギリスの物語を語る。それは、公営住宅団地や、パブや賭け屋で青春時代を無為に過ごしたイギリスや、暴力を振るう義理の父親やアルコール依存症の人たちが暮らすイギリス、退屈と盗難バイクに溢れたイギリスの物語だ。24歳は、これまでに出した2枚のミニアルバム、2017年の『I Wish I Knew』と2018年の『Runt』に加え、数多くのシングル曲、そして完売したイギリス ツアーによって、カルトに近いファン層を築きあげた。ライブ コンサートでは、最後になると、このラッパーは服を脱ぎ、汗だくでパンツ1枚の姿になっている。その音楽性はジャンルにとらわれず、グライムのビートに乗せた突き刺すようなラップでも刺々しいローファイ パンクでもない道を進み、ポロンポロンと鳴らすピアノに合わせて、半ば歌うようなスタイルだ。スロータイのファンもまた、歌詞で描かれるイギリスの下層階級の若者特有の不安感に自分を重ねる郊外に住む若者から、A-Cold-Wall*のデザイナーのサミュエル・ロス(Samuel Ross)、グラフィック デザイナーのデイヴィッド・ルドニック(David Rudnick)、そしてリアム・ギャラガー(Liam Gallagher)まで、多種多様だ。
最後に私がスロータイと会って話したのは、2018年のある暑い夏の日、イースト ロンドンのとあるパブだった。2枚目のミニアルバム『Runt』を発売する1ヶ月前のことだ。今日、私はノーザンプトンにある彼の家族の家にいる。ロンドンを北に1時間ほど行った、忘れられた街で彼は育った。彼は今、待望のデビュー アルバムの発売に向けて準備を進めている。そのタイトルは、デビュー アルバムにふさわしく『Nothing Great About Britain』という。2年越しの再会だったが、このイギリス人アーティストにはほとんど変わりがなかった。変わったところがあるとすれば、ちょっと大人になって、賢くなり、落ち着いたところだろうか。
私たちは、家族写真が飾られ、たくさんのクッションが置かれた典型的なイギリス式の居間に腰を下ろした。壁にかかったハート型のデコレーションには、「Life is better when you’re laughing (人生は笑っている方が楽しい)」と書いてある。この家で、ノーザンプトンでの子ども時代や、近々発売されるアルバム、イギリスをイギリスたらしめているものについて語り合った。
ニロファー・ハイダリ(Niloufar Haidari)
スロータイ(slowthai)
ニロファー・ハイダリ:あなたがかなりシャイで、穏やかな話し方をする人だと知れば、中には驚く人もいるでしょうね。アーティストとしてのスロータイは、とても騒々しくて、自信満々だから。スロータイというのは、あなたにとってはもうひとりの自分みたいなもの?
スロータイ:俺は、自分の考えに没頭するのがすごく好きな人間のひとりなだけだよ。のめり込めばのめり込むほど、口数が減る。俺は人の話を聞くのが好きだし、そこからアイデアを得てる。それをもうひとりの自分と考えることもできるけど、あくまで俺自身だ。決して大げさに言ってるわけじゃなくて、ただこの瞬間に打ち込んで、それが俺自身になってる。それが俺の心であり、俺の魂なんだ。それ以外だと、静かにしてるのが好き。落ち着いて、耳を傾けるのが好きだ。騒々しくて、うっとおしい奴でいるより、そっちの方がいい。
ミニアルバムと比べて、アルバム制作はどうだった?
ずっとハードだね。幾夜となく、同じ人たちとひとつの部屋で過ごすんだから。俺は、自分が何を言いたいかも、どんな風にそれを言いたいかもわかってた。でもそれを歌詞として書き出すことは違う。俺は、始めから終わりまでの物語がある、1冊の本を作りたかったんだ。
どんな物語を語るの?
俺自身の物語。基本的には、女王を玉座から降ろして、母さんをその王座につける話。別にイギリスの向かう先を変えて、奪い去ってしまおうっていうんじゃない。コミュニティや家族や、現にこの国を築き上げてきた人たちみたいな、俺たちがなおざりにしていることや、目を背けているものを、白日のもとに晒す試みだ。移民だろうが、ここで生まれようが、イギリス国民であるために、イギリス人である必要はないと思う。世界のどこの出身でもいい。それは、どのようにこの国の文化を取り入れて、理解したかにかかってる。
「Nothing Great About Britain (イギリスにすばらしいところなんてない)」とあなたが言うとき、どんなことを意図してるの?
俺たちは[英国を]支持して、この帝国だか何だかを築いた。人々はそうだと思い込んでる。この国ではこんなことも、あんなことも実現した…、皆はそういう表面的なところしか見てないから、これは人々に対して、それだけじゃないってことを示すための方法なんだ。皆が考える以上に、人々にも、この国にも価値がある。これは、質問の形を取らない、決まった答えのない問いなんだ。すばらしいものとは何か? 答えは君が考えろって。俺の意見はこの通り、これが俺の物語だ。聴く人は、それについて反論しても、賛同しても、なんでもいい。皆に話させて、考えさせる手段だね。

着用アイテム:コート(Mackintosh 0004)
タイトル曲は、最後、「I’m still proud to be British (俺は今でもイギリス人であることを誇りに思っている)」で終わるわよね。あなたにとって、何がイギリス人であることを誇りに思わせてくれるの?
自分が今こうしていること。思うに、人は環境の産物だから、自分の周りにある何もかもが自分を作ってる。子どもの頃、俺はいくつかのことに対して頑なに心を閉ざしてたんだけど、それは俺の出身のせいだった。そこから抜け出して、心を開いて、人生について別の視点から見るようになったことを誇りに思ってる。俺がイギリスを誇りに思う理由ね…俺は家族が誇りだし、俺のトライブも誇りだし、俺のユニットも誇りだし、俺を育ててくれた人のことも誇りだし、何かの一部であることを誇りに思ってる。
物事について問うようになった特定の時期みたいなのはある?
大学に行ったときだと思う。普段は話しかけないような、自分とは異なる多くの人に出会った。その人たちから様々なことや、彼らの人生について教えてもらうようになって、「待てよ、なんで俺の人生はこんななんだ?」って、何もかもに疑問を持つようになった。もともと根掘り葉掘り聞くタイプで、よく観察する方だったから、様々なことを見たり、実際になぜ人々がそうなのか理解しようとしたりするのは、俺には常に重要だった。でも、同じようには感じていない人に間違った方向に導かれて、影響を受けていたら、そういうのは後回しになって、ただ周りに従い、合わせようとするもんだ。だからこそ、俺のメッセージはどれも、自分らしくあれ、自分が何者なのか理解するようにしろって言ってるんだ。
アルバム最後の「Northampton's child」は、間違いなく、これまで出した中でいちばん個人的な曲ね。それに、多くの人にとっての現代のイギリスでの生活がどういうものかが垣間見えるものにもなってる。
俺たちは、その人が何を持っていて、何を持っていないかで区別する。そして持っているものが少ない人のことは、その分、邪険にする。家族はどうあるべきかっていう、おとぎ話のような夢を納得させられているせいで、物事が機能しなくなってるんだ。おとぎ話を真似しようとしたからといって、その通りになれるわけじゃないのに。俺は子どもを2人と奥さん、そして生涯の仕事を持つべきとされてる…でも結局、自分の実際の人生の10%しか楽しめませんでしたってなるなら、それは一体何のため? それが俺たちが社会から求められていることだから? これは、人々が俺はどこの出身なのか理解できるようにするための、入り口なんだ。
アルバムのアートワークにはどんな背景が?
[写真の]建物は、母さんが初めて住宅協会から提供されたアパートで、俺が生まれたときに病院から向かった家なんだ。[ジャケットの写真を]撮影した1週間前、その[アパートに住んでいる]人たちは、そのアパートを解体するから立ち退くようにという通知を受け取っていた。俺たちが撮影しているとき、彼らは「無神経だ」と言って撮影をやめさせようとした。でも、俺はそう言った女性に「そんなことを言って、できるだけ声を潜めていようとする方がよっぽど無神経だ」と反論した。これがあったことで、アートワークにずっと深みが出た気がする。要は、俺は笑いものなんだ。皆が指差して笑うような、ジョーカーの役を誰かがやらなきゃならない。でも、最後に権力者を支配するのは、道化だ。俺が、1万年の時をかけて人々をエンパワーして、どんな服を着ているかは関係ない、裸になれ、ありのままの自分でいいんだ、ってことを示していかなければならないとしても…それで、ありのままの自分でいいんだっていう姿勢のせいで、皆に指をさされて笑われることになっても、そのときは、それを乗り越える。そうすれば、より良い人間になれる。
あなたのお母さんにも、それを言ったことが?
うん、泣いてたよ。それが俺にとっては大切なことなんだ。誰かの感情を呼び起こすことができるなら、それは正しいことだから。
Niloufar Haidariはロンドンを拠点に活躍するフリーランス ライター。『Vice』、『The Fader』、『Vogue』など、多数に執筆を行う
- 写真: Mat + Kat
- 動画: Mat + Kat
- インタビュー: Niloufar Haidari
- スタイリング: Daniel Pacitti
- スタイリング アシスタント: Rhys Thrupp
- 写真アシスタント: Tom Skinner
- 制作: Claire Burman
- 翻訳: Kanako Noda