味付けの秘訣はケリス
大ヒットの「Milkshake」からソースの帝国まで、新時代を形作るスターが築いた理想郷
- インタビュー: Ruth Gebreyesus
- 写真: Juan Veloz

ケリス(Kelis)は都会を捨てた。生粋のニューヨーク ガールは、ロサンゼルスの南へおよそ130kmの場所にある農場を買い、夫やふたりの子供と暮らす生活を選んだ。10ヘクタール近い農地には柑橘類やオリーブの木立が広がる。多種多様な野菜とミニサイズの「ピグミー ゴート」数匹が加わる日も近い。「自分で勝ちとった生活だって気がするの」。新しいライフスタイルがとても嬉しそうなケリスは言う。「ここなら、お尻丸出しで歩き回ったって平気」
4枚目のスタジオ アルバムをリリースした後、ケリスは音楽活動を休憩して、もうひとつの情熱を追いかけた。フランスの有名な料理学校「ル コルドン ブルー」に入学して、ソース専門のシェフ「ソーシエ」となったのである。その後間もなく料理本を出版し、Bounty & Fullという名前の会社を立ち上げ、各種ソースの発売を開始した。音楽から自然に進展したこともあって、食べ物に対するアプローチは音楽同様に大胆。家伝のレシピから彼女の独創性が発揮したオリジナル レシピまで、さまざまなフレーバーが過剰なまでに詰め込まれている。今年は、新しいプロジェクトとしてミニアルバムをリリース予定だが、タイトルは未定だ。「どこから手をつければいいか、それははっきりわかってるの。だけど、完成したときにどうなってるかはわからない」
シンガー、プロのシェフ、新米農場主を兼業するケリスは、撮影用に準備したファッションに対しても同じ姿勢を貫く。いちばん興味を示すのは、目を引く鮮やかな色使いとプリントだ。Margielaのフレア トラウザーズを撫でながら、「デリシャス」と形容する。オーバーサイズなグリーンのハットは、深紅のカールの上に被ってみた時点でボツにされたが、同伴のスタッフにも試させる。あれやこれやの後にようやく最初のルックが決まり、ケリスは「私、海賊みたい。最高の海賊」と断言した。
1999年、19歳のときにリリースしたデビュー アルバム『Kaleidoscope』は、ケリスの自信を感じさせて、当時のどのサウンドとも違っていた。時代に先駆けてジャンルを飛び越えたアルバムは、未来から銀河を渡って届いた手紙みたいだった。ポップ レコードの可能性が、ファッションの点でもサウンドの点でも、ファンキーなレベルまで引き伸ばされた。瞬く間に、情感溢れるスモーキーな歌声の忠実なファン集団が誕生した。リード シングルに選ばれた「Caught Out There」のミュージック ビデオはハイプ・ウィリアムズ(Hype Williams)の監督だったが、下半分がフューシャ ピンクのブロンドのカールを弾ませながら、恋人に裏切られた生の女心をシャウトした「I hate you so much right now − 今はアンタが大嫌い」のリフレインは、今や語り草だ。
長年のキャリアを通じて自分への信頼を失うことがなかったのは、母のおかげだと言う。「若い頃はそれなりに色々と問題があったけど、自分のことがわからないという問題だけだけはなかったわ」と、ケリスは言う。「世界と自分の立ち位置の関係は、きっちり、理解してた」。着替えとヘアの相談の合間に、自分の思いどおりに生活する歓びをケリスが語った。ちなみに、三つ編みのポニーテールは、どんなに太くてもいいそうだ。

Kelis 着用アイテム:ブラウス(Sies Marjan)、スカート(Sies Marjan) 冒頭の画像のアイテム:コート(Balenciaga)

着用アイテム:シャツ(Collina Strada)
ルース・ゲブレイサス(Ruth Gebreyesus)
ケリス(Kelis)
ルース・ゲブレイサス:農場暮らしはどう?
ケリス:引っ越したばかりだから、当分落ち着かなかった。ようやく、みんなきちんと起きるようになったし、毎日の私の段取りもできたわね。まずお祈りして、自分だけの時間を持って、それから子供たちが起きてきて、朝食を作るの。
都会を離れるのは大変だった?
人混みが好きで、人に囲まれてるのが好きな人には、不便でしょうね。私はそうじゃないから、今の生活は望みどおりだわ。リサーチで知ったことだけど、1920年代には、アメリカ全体で25%、30%近くが黒人の所有する農場だったんだって。今は2%以下。騙されて、土地を手放したからよ。
そういうことが、歴史ではよく起こる。でも、私たちが今こうやって生きてるのは、その結果でもあるわ。作物を育てて、土地を理解して、色々なものを自分たちの健康に役立てる…。そういう能力が、私たちには備わってるの。今の農場暮らしは、本来の権利を取り戻してる気がして、すごく嬉しい。
子供たちにとっても、いいことよね。
ちっちゃな頭で色々考えるらしくて、面白いわ。空間と自分たちの関係とか、周りの世界の見方とか、自分に対する自信とか、考え方が変わるのね。毎晩、うちの人と大笑い。だって、iPadを使いたいとも言わないし、陽が沈むとクタクタで家に帰って来るの。以前はベッドに入れるのが戦争だったのに、今じゃ「ママ。お休みなさい。もう寝るからね。ピース」なんだもの。

着用アイテム:コート(Balenciaga)、ヒール(Gucci)
着るものも変わった? どういうのがあなたのスタイル?
それ、まったく気にかけないわ。ごく普通の家庭着が大好きよ。豪華なドレスは、いわば生きがいね。
ニューヨークで生まれて、ニューヨークで成長したことは、スタイルにどう影響してる?
90年代のニューヨークは特にダイナミックだった。黒人にとっても、女性にとっても、すごくたくさんのことが進行してたわ。とても狭い場所に人が密集してるから、エネルギーが充満してる。たっぷり熟成したワインと同じ。わかるでしょ? そういう場所では、自己主張せざるをえないのよ。
スタイルはどうやって選ぶの?
私の場合、テーマでスタイルが決まるの。例えばテレビで『Peaky Blinders』とか観るじゃない? すると突如として、1920年代の男性みたいなスタイルをしたくなる。そしたら、気が済むまでそのスタイルを続けるの。もちろん私らしいスタイルにするけど、最初のきっかけはそんなふう。
スタートが遅いこともよくあるわよ。スタイルを決めるまでに、ちょっと時間がかかる。今日はどんなスタイルしたい気分かな? う〜ん、タッセルに、ぶら下がるアクセサリーに、ヒカリものに、ゴールド、とかね。

着用アイテム:タートルネック(Collina Strada)、シャツ(Collina Strada)、ジーンズ(Marques Almeida)、グローブ(Collina Strada)、フラット(Loewe)
なるほど。カップにたっぷりの紅茶を一滴残さず飲み干したいみたいな感じね。
そういう欲張りに罪悪感を持つ必要はないと思うわ。ちょっとした愉しみよ。私が私のためにやりたいこと。まわりの人たちのために、私は十分やってるもの。ちょっとくらい自分を甘やかしたって、誰の迷惑にもならないわ。ちょっとしたことだけど大好きなものが、私の生活にはいっぱいあるの。子供たちも、テレビを見たりドライブしてるときに何かが目に留まると、「ママ、あれ好きじゃない? 好きだよね?」って言うのよ。下の子なんてまだ4歳だけどね。子供たちのためにも、そういうふうでありたいと思ってる。あの子たちにも、自分が好きなもの、ちょっとした愉しみに気づいてほしいから。
音楽では、どういうところにその歓びはあるのかしら?
ステージのメンバーからエネルギーを貰うとき、それまで数え切れないほど何度も耳にした歌が突然違って聞こえたとき。ライブ中は、そういうことがよくあるわ。どうして今までこのハーモニーで歌わなかったんだろう?ってね。その後はもう、そのハーモニーでなくちゃ十分に歌い尽くせなくなる。

着用アイテム:ブラウス(Alexander Wang)、コート(Marni)
今年リリース予定のミニアルバムについて教えて。
もうかなりの部分は作り終わったけど、私、家から離れないと書けないの。赤ちゃんのおしゃぶりと同じで、気持ちを落ち着けるため。
歌を作るときは、大抵、家から離れるわけ?
「まあ、子供連れで旅行するの?」って言われるけど、そう、子連れで移動するの。でも、うちの子たちはまったく問題ないわ。問題はそれ以外のことよ。家にいると、あれこれ考えなきゃいけないし、しょっちゅう気が散るし、片付けたいこともある。良き友人であり、良き娘であり、良き姉妹であろうとする。こう言ってはなんだけど、旅行中ならそんなことは誰も期待しないから、一切の義務から解放されるわ。お誕生日のお祝いに気を遣うこともない。ひどいこと言ってるみたいだけど、責任を果たさなくて済むの。気持ちを落ち着けるにはそうするしかないって、みんな理解してくれてる。20年も仕事をしてきたんだから、30分くらい店を留守にしたって構わない。そういう時間が私の支えだもの。農場にいるときは、朝、家族より先に起きて、静かにお祈りできる時間があるわ。うちの大きな犬と子供たちと追いかけっこをしてるのが窓から見えたりすると、いかにも健全なコマーシャルみたいよ。

着用アイテム:ブラウス(Alexander Wang)、コート(Marni)
Ruth Gebreyesusは、カリフォルニアを拠点に活動するフリーランス ライター兼エディター。サンフランシスコ近代美術館の『Open Space』や『The Fader』にも寄稿している
- インタビュー: Ruth Gebreyesus
- 写真: Juan Veloz
- スタイリング: Rita Zebdi
- 写真アシスタント: Cameron Ross
- スタイリング アシスタント: Sarah Nearis
- メイクアップ: Esther Foster
- ヘア: Maisha Oliver
- 制作: Chaia Raibon
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: February 19, 2020