賢い血:ワイズ・ブラッド
ナタリー・メリングが、美を愛する心、ノイズ、人々の関係を復活する音楽の必要性を語る
- インタビュー: Laura Snapes
- 写真: Sam Muller

謎めいて、賛美歌のようで、フィクションさえ超えた別世界のようで…。ワイズ・ブラッド(Weyes Blood)の世界は、かろうじて私たちの「今」に繋がっているとしか思えない。ナタリー・メリング(Natalie Mering)がシンガーとしての活動に名乗った「ワイズ・ブラッド」は、フラナリー・オコナー(Flannery O’Connor)の処女小説『賢い血』からとった。反宗教の信念が絶えず試される退役軍人のてんやわんやを描いた、難解なブラック コメディだ。歌のタイトルにはギリシャ神話や星座が現れる。バロック調の豊かなサウンドは、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)の未来的な「スペイス オディティ」とカーペンターズ(Carpenters)のいかにもアメリカ的な夢想がラジオ放送で共存していた、70年代初頭を思わせる。なめらかな質感がパワフルな情感をのせて、音楽的要素の希薄な皮肉なまでに控えめな表現ばかりに関心を向ける「今」へと降り立つ。
2019年にリリースしたアルバム、『Titanic Rising』のカバー写真は、1997年の大ヒット映画『タイタニック』に絡めて、水中にしつらえた90年代ティーンエイジャーの寝室だ。異世界のような部屋の中で、メリングが浮遊している。この最新アルバムに収録された歌が、以前の作品より深く、重みを増し、水の要素を感じさせるならば、それはおそらく土星回帰から生まれたせいだろう。誕生時と同じ位置へ土星が回帰した時期は、スピリチュアルな面が高まると言う。とは言え、ロサンゼルスの自宅へ電話して、シェルターから引き取ったポメラニアンと暮らすメリングと話してみれば、そこにいるのは確固たる現実主義者だ。生まれつきディオニソス的なセンシュアルでエモーショナルな衝動があって、心はいつも美に向けて開かれていると言うが、人類が直面するテクノロジーと環境の危機に対しては、あくまで現実を見据える。
メリングも今や31歳だ。20代半ばまでは美を愛する生来の傾向に身を委ねることはなかったし、10代からヤングアダルトの時期は挑戦的なノイズ ミュージックをプレイした。だが、実験音楽の世界で男たちにもてはやされるのは、単に、男社会の攻撃的で過激な理想にしたがっているからではないかと感じたときに、さっさと見切りをつけた。2002年、アダム・カーティス(Adam Curtis)の『自己の世紀』がBBCから放映された。この傑作ドキュメンタリーでは、広告の心理と大衆操作をテーマに、人々の繋がりを促す音楽を作ることが高潔な行為であると再認識されていた。そしてメリングは、明確なメッセージ、馴染みやすい音楽の可能性に気づき始めた。彼女自身がよく言うことだが、70年代の懐メロのように聴こえる音楽を作ること自体が、一種の反逆になったのである。いわゆる「前衛」が凝り固まってしまったら、旧態を覆して刷新しなくてはならない。
ワイズ・ブラッドは、単なる反抗としての回帰ではない。メリングは70年代スタジオのテクニックが作り出す超現実感に気づき、またそれが、現在進行しているパラダイム シフトの不気味さを非常に効果的に表現できることを理解した。『Titanic Rising』は、気候変動の危機、テクノロジーの圧倒的な存在、繋がりの喪失にたいして、楽観的であると同時に敏感だ。ジェームズ・キャメロン(James Cameron)映画をタイトルに使ったのは、90年代へのノスタルジーではなく、人間の傲慢を悲恋の物語にすり替えて少女たちの涙を誘ったことへの批判である。「A Lot’s Gonna Change」で、メリングは「一生のあいだにはたくさんのことが変わっていく」と歌う。「その何もかも、後ろへ葬り去って」。憂鬱な歌と悲しみを表現する歌、嘆くだけの歌と先へ進む道を見出す歌は別ものだとメリングは言う。そして、あくまで欲求に忠実に、人類にいつまでも影響を与える歌作りを目指す。
ローラ・スネイプス(Laura Snapes)
ナタリー・メリング(Natalie Mering)
ローラ・スネイプス:あなたの2枚のアルバムでは、歌詞の内容が驚くほど変化してるわね。2016年の『フロント ロウ シート トゥ アース』は、誰かが答えを与えてくれるのを待ってる歌が多い。だけど『Titanic Rising』では、自分の中にパワーがあることを知っている。どんな変化があったの?
ナタリー・メリング:『Front Row Seat to Earth』を作っているときは、まだかなり若かったわ。ちょうどトランプが大統領に選ばれた頃で、世界が変わったし、私は土星回帰が始まってた。どんな歌を歌うにせよ、それを毎晩歌い続けることになるのがわかってたから、決して嘘をつかずにすむ歌にしたかったの。報われない恋より、抽象的な思いを語ることに自信を持てるようになるには、時間がかかるのよ。あのアルバムは、歌がそれぞれにどんどん進化していって、最後の最後まで歌詞を書き換えたわ。
アルバムを聴いた人が、自分の感情を理解したり、孤立を違う視点から考えるようになったら嬉しいと言ってたでしょ。そういうことを、あなた自身はどうしてるの?
私も以前は色々なことを解きほぐそうと、必死だった。でもいつかは、すっぱり手放して、目の前の現実を生きることを学ぶ。テクノロジーのおかげで、ある意味、90年代後半からの私たちは変わったわ。それがどんな変化なのか、完全にはわからない。だけど悲観するだけじゃ、テクノロジーや資本主義が私たちの弱さを餌食にするチャンスを与えるだけ。強くなって、そういう流れと本気で戦うつもりなら、悲観する代わりに、人間には柔軟性が備わっていることを認める必要があるわ。これから状況はもっと大変になる、いろんな変化が起こることも、受け容れなくちゃいけない。だけど少なくとも、私たちは、まだこうして存在してる。私だってまだ落胆することはあるけど、精神の筋肉をつけたから、へこたれないわ。
方向転換したのは、いつ頃?
最近よ。その前は、何年もかなり落ち込んでた。理由は、人間って、人間がいないと正気を保つこともできないし、何に重点を置けばいいかもわからないんだ、って思い知ったらから。長い間階級闘争した挙句、その後はテクノロジーのせいで、人も関係も劣化する問題に直面してる。そういう中で希望を持ち続けるには、すごく努力しなきゃいけない。希望が全面的に現実になるとは思わないけどね、そのフリンジ効果は感じるわ。
人間関係が劣化してるって、どういう意味?
ぼんやりした一体感はあるけど、本当に一体なわけじゃない。1日中人とお喋りしてても、実は誰も見てないことだってありえる。あらゆる点で、人が人を必要としないように仕向けられてる。何よりもキャリア優先、何でも自分で考えて人に責任を負わせない。そういう在り方が、周囲の誰からも押しつけられる。その結果、力強い絆の不在という不幸な副作用が生まれるのよ。

Weyes Blood 着用アイテム:ブレザー(3.1 Phillip Lim)、トラウザーズ(3.1 Phillip Lim)、ブーツ(Ann Demeulemeester) 冒頭の画像のアイテム:ブレザー(3.1 Phillip Lim)
ここ10年で、あなたはずいぶん変わったのね。コミュニティを見つけることも大切だったようだけど。
ええ。DIYの世界がゆっくり死んでいくのを目の当たりにしてきたわ。今はもう、息も絶え絶え。カリフォルニアのオークランドで、例の「ゴースト シップ」の火事があったでしょ。あの倉庫はアーティストたちも暮らしてたし、イベントの会場にもなってた。人もたくさん亡くなった大きな火事だったけど、あの後はいろんなスペースが閉鎖されて、参加する人も少なくなったわね。DIYがまだ力を持ってた時期を体験できて、本当に良かったと思ってるの。今は、もっと企業っぽくなった。
外から見てる限り、あなたはロサンゼルスで素晴らしいコミュニティを見つけたようだけど、実際はどうなの?
ここには素晴らしいミュージシャンがたくさんいるわ。だけど必ずしも、しょっちゅうどこかで顔を合わせてるわけじゃないの。アングラの活動はちょっと精彩を欠いてて、本物の会場で演奏したい、出演を交渉してくれるエージェントやマネージャを持ちたいっていう人が増えてる。DIYの段階を飛び越して、最初から音楽界という体制の中へ飛び込みたいという人が多い。DIYが活発じゃないせいよ。
ミュージシャンとして成長するうえで、あなたはどんなDIYを体験した? 19代のときに、複雑な音が出る6弦の楽器を作ったそうだけど。
ああ、ハーモニクス ギターね。ハイスクール時代に、木のブロックふたつと弦で作ったことがある。そもそもはグレン・ブランカ(Glenn Branca)が考案した楽器よ。スライド ギターに似てるけど、ハーモニクスはストリングの部分を使うの。倍音が出るから、ひとつの音じゃなくて、独特のサウンドになる。

Weyes Blood 着用アイテム:ブレザー(3.1 Phillip Lim)、トラウザーズ(3.1 Phillip Lim)

Weyes Blood 着用アイテム:クルーネック(Totême)、ブレザー(MM6 Maison Margiela)、トラウザーズ(MM6 Maison Margiela)

Weyes Blood 着用アイテム:ロング ドレス(VETEMENTS)、ヒール(Jil Sander)
どんなパフォーマンスをしてたの?
ノイズもやったし、ハウスもやった。地下や、本屋や、バーでもやった。誰かにメールを出したら、そこからコロンバスの誰かに話が繋がって、そこからミシガンへ繋がる。そんな感じで、メールだけでヨーロッパのツアーを組んだこともあるわ。
いくつぐらいのとき?
ワイズ・ブラッドの名前で活動を始めたのは15歳のとき。それから、色々な段階を経てきたわね。最初はフリーク フォーク。ハウス パーティーなんかで、アコースティック ギターを弾きながら、マイクなしで歌ってた。それからハーモニクス ギターをやって、ノイズをやって…。今聴くようなワイズ・ブラッドになったのは、22か23の頃。ハーモニクスを止めて、フリーフォームのノイズも止めて、歌を作り始めた。私にはそのほうが向いてる、ってわかったから。
それはどうして?
私はメロディーや、歌詞や、複雑なサウンドが好きなのよ。生まれつき、物事を超越したいっていうセンシュアルでエモーショナルな衝動と欲求がある。私のノイズは、多分に、そこから生まれてたと思う。だけど、アドリブやフリークをやってる人を見てると、ほとんどの場合、それ以外に何もないみたいだった。気を悪くしないで欲しいけど。
美しいもの、女性であることを拒絶する、典型的な10代の反抗期だったのね。
そうね。同じ狂った音楽でも、男より女が訳のわからないことをやるほうが、男たちにははるかに人気があったから、そのせいで美しい音楽を書かなくなった気がする。ノイズは特にそう。攻撃的であればあるほど評価が上がるの。それこそノイズの世界の男たちが女に望んでることなんだとわかってから、それなら、まさしく男が望まないものになって、きっぱり縁を切ってやろうと決心したの。だけど、とても入り組んだものを作り出すうえで、あの荒削りなやり方を体験したことは、とても役に立ってる。

Weyes Blood 着用アイテム:コート(Gucci)
どうしてDIYに惹かれたの?
10代の最初の頃から、私は居心地の悪さを感じ始めたわ。自分がすごく変わり者みたいな気がして。はっきり記憶に残ってるのは2000年。社会のカルチャーがあまりにも下劣で貧弱で、たった12歳の私ですら、イン・シンク(*NSYNC)なんて本当にくだらないと思ったもの。だから、全身黒づくめで、つまらないもの一切を切り捨てる若者たちがいるのを見つけたときは、即、飛び込んだわ。最初に見た中に「Satan's Anus(悪魔のケツの穴)」って名前のバンドがいてね、ドラマーが大量のミルクを飲んで、ドラムを叩きながら飲んだミルクを吐くの。12歳の私はそれを見て、「わあ、すごい!」って。
カルチャーが少年少女を操作するやり方に対して、あなたは並外れて敏感だったみたい。どうやって、そういう鋭い認識を培ったの?
母がロマンチック コメディの大ファンだったの。そういう映画を観てると、特に思春期になってからは、騙されてる気がした。映画の登場人物に起こることなんて、実際の自分には絶対に起こりっこないんだし、そういう映画の感情の操作を見分けるのはすごく簡単よ。だから、ジョン・ウォーターズ(John Waters)やデヴィッド・リンチ(David Lynch)を観るようになった。『マルホランド・ドライブ』と『きみに読む物語』では、どっちがシュールでユニークな視点か、どっちが感情を操ってるだけか、明白だもの。リンチも感情を操ってるのかもしれないけどね。監督ってそういうものだろうし。とにかく、私はロマンチックな語り口には辟易だった。
10代の頃の自分と今の自分、繋がりを感じる?
私は、すごく早い時期から、自分のやりたいことがわかってたような気がする。もちろん経験を積んで、社会の動き方を知るようになって、色々な変化があったわ。だけど、私の核は、音楽とアートに夢中で、新しく見つけた方法を使ってメッセージを伝えようとする少女のままよ。
同時に、この15年でワイズ・ブラッドはとても大きく変わった。今私たちが目にしているのは、今のバージョンのあなただわ。今のあなたを応援する聴衆に応えなきゃいけないと感じる?
そう感じることもある。何かが足らないみたいな、すごく変な気がするから。インポスター症候群になるのも、よくわかるわ。音楽をやってる人はものすごく多いのに、よりによって私の音楽を聞く人がいるなんてありえない、なんてね。だけど、アートを第一に考えることにしてるの。曲作りに不安感を持ち込まない。本当のことを言うと、私の音楽を聴いてくれる人のために曲を作ったことはないの。人類に向けた曲を作ってるのよ。
Laura Snapesは『ガーディアン』紙の音楽担当副編集者。『Liberté, Egalité,Phoenix』(Rizzoli出版)の著者でもある
- インタビュー: Laura Snapes
- 写真: Sam Muller
- スタイリング: Rita Zebdi
- ヘア&メイクアップ: Hayley Farrington
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: February 11, 2020