ヴィック・メンサが言っておきたいこと

デビュー アルバム制作、パレスチナ訪問、トラウマと対峙することの重要性について、アーティストが思いを巡らせる

  • インタビュー: Stephanie Smith-Strickland
  • 写真: Sandy Kim
Vic Mensa

入れたばかりの新しいタトゥーをして、少年のような笑顔を浮かべ、ヴィック・メンサ(Vic Mensa)がマリブのビーチハウスに入ってくる。流行に敏感なSoHoの住人にも、ロックスターであるラッパーたちにもふさわしい、ウェザリング加工を施した申し分なくオシャレな黒のユニフォーム姿である。指には、ガーナ伝統のデザインにインスパイアされた大きなシルバーの指輪が重そうに並び、ヘアスタイリストがドレッドのツイストを丁寧にやり直している間、せわしなく膝を叩いている。2016年、メンサはEP盤の『There’s A lot Going On』をリリースしたが、アルバムのタイトル通りの「自分の周りで色々なことが起きている」という所感は、その翌年にも十分当てはまったと言えよう。

Vic Mensa

Vic Mensa 着用アイテム:ジャケット(Burberry)トラウザーズ(Burberry) 冒頭の画像 着用アイテム:ブレザー(Tiger of Sweden)

昨年、このシカゴ生まれの24歳は、デビュー作となるスタジオ アルバム『The Autobiography』を発表した。この作品は、ラップとロックの間を横断するもので、ウィーザー(Weezer)がフィーチャーされ、ロック・ネイション(Roc Nation)の創設者であるジェイ・Z(Jay-Z)のアイデアも取り入れられている。メンサは、このブルックリン生まれのラッパーの後押しがあったからこそ、不要なディストラックをアルバムから取り除くことができたと語った。だが、業界の大御所の知恵を抜きにしても、グラミー賞にノミネートされ、『XXL』の選ぶ新人トップ10に名を連ねたこともあるメンサの判断は、いつでも確かだった。カニエ・ウェスト(Kanye West)やファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)といった大物だけではない。チャンス・ザ・ラッパー(Chance the Rapper)も参加する、自ら創設したヒップホップ集団Savemoneyに属する注目の新人、トーキョー(Towkio)やジョーイ・パープ(Joey Purp)など、幅広いアーティストたちとのコラボレーションを行っている。家族、友情、愛情、喪失など、『The Autobiography』の内省的なテーマを超えて、アルバムには、障害を乗り越え、トラウマに直面するための知恵が詰まっている。

「『The Autobiography』を発表することは、間違いなく、去年でいちばんの出来事だった。この時代の音楽産業では、アルバムというのは個人的なものなんだ。あえて作る必要はないんだよ。多くの人はミックステープしか作らない。このアルバムは俺にとってのひとつの完成形みたいな感じ。俺の人生の大部分をひとつの作品の中に閉じ込めた。2017年以前が、俺にとってどんなだったかを示すタイムカプセルとして、地面に穴を掘って、埋めてしまえるようなアルバムだ」と彼は言う。『There’s A lot Going On』が、フリント市の水道水汚染問題など公衆衛生の問題や、愛する故郷のシカゴでおきたラカン・マクドナルド少年の銃撃事件など、人種に関わる側面に焦点が当てられ、意識的に外の世界を反映するものであったのに対し、今回のフルアルバムでは、メンサはタイトルにふさわしく内面世界と向き合っている。

そこには、口では現代ヒップホップの慣習に従う気はさらさらないと言いつつも、実は自分の欠点について考えを巡らすのと同じくらいの熱心さで、下品なお祭り騒ぎやシャンパン漬けのナイトライフを楽しむアーティストの姿がある。とはいえメンサにとっての人生は、苦境からアストンマーティンやモデルの世界へ至る旅路よりも、もっと微妙で捉え難い。彼は、若い黒人男性に対してしばしば冷酷な世界と自分との相互関係が、どれほど自分の精神に影響を与えているかについて考え、そして今度は、それが、周囲の人々との彼の関わり方にどれほど影響を与えるかを考えたいと思っており、また、現にその必要性もわかっている。

メンサの、ごく個人的なレベルで世界に関わろうとする情熱と、書記係のような観察者として、身近でありながら非個人的である歴史を記録しようとする情熱は、蜘蛛の糸のように細い糸を紡ぎ出し、テーマとして『There’s A lot Going On』と『The Autobiography』の教えを繋ぐ。構造的な不公平を歌った「Shades of Blue」にしても、長く付き合って別れた元恋人との関係の悪化を歌った「New Bae」にしても、前作は、いわば彼が見る周囲の世界についての作品だった。一方、今回の作品では、メンサの体験がどのように彼という人物に影響を与えているかに光が当てられる。「2016年と2017年に公開した楽曲の大部分は、同じ時期に書いたものなんだ」と彼は打ち明ける。「いろいろと展開しそうな感じはしてたけど、2017年になってみたら、めちゃくちゃ忙しい年になった。何もかも色々と目に入ってきて、嘘だろって思わずにはいられない感じだった」

世界中で起きていることを目で見て体験したいという欲求は、メンサをパレスチナへと赴かせた。この経験を、彼は2017年で最大の出来事だったと話す。この旅はまた、シングル「We Could Be Free」の気迫のこもったビデオでも見られる。ビデオでは、パレスチナの家を軍事占拠されて抗議する市民が残酷な目に遭っている、胸を締め付けるような映像と並び、シャーロッツビルとファーガソンで起きた、ヘイトと暴力に溢れる悲しいシーンが登場する。「ヨルダン川西岸地区中を回っていて、何度も深刻で不当な行為に晒されることがあった。俺はたくさんのすごい人と一緒に行ったから、それは心が激しく動かされる瞬間でもあったんだ。アジャ・モネ(Aja Monet)っていう友人と一緒に行ったんだけど、彼女は詩人で、Dream Defendersという団体を組織する自由の戦士なんだ。もう何年も前、彼女は俺に、パレスチナに目を向ける必要があると言っていた。この時代における最悪の人権侵害が起きているからって。そのチャンスが現れたとき、今こそ行くべき時だって気がした。インスピレーションを受けられて、モチベーションが上がって、学べて、怒りが湧いてくるような所に行くのが、俺は好きだから」

メンサが自身の楽曲を細部まで詰めていく際、人生そのものに勝るモチベーションや導き手となるものはない。「アルバムに『Homewrecker』って曲があるんだけど、これは元カノが俺の家に侵入することを歌ったものだ。話はこれで終わりじゃなくて、あの歌を書いた後、状況はもっとやばくなってさ。だけど、あの当時はああやって打ち明けるだけで救われたんだ。ああいう経験からひとつ学べることは、もっと正直になれってことだ。この先、自分の周りの人に対してもっと良くなりたいとは思ってる。特に人間関係においては。もうひとつ、俺が感情的になってしまう曲が『Heaven on Earth』という殺された親友を歌った曲だ」。楽曲はメンサ個人の痛みから生まれるのではあるが、彼には語り口をうまく変化させる力があり、それにより、聴く者は被害者と加害者に対して共感を持てるようになっている。そのため、曲は暴力行為を告発するものではなく、むしろ、犯罪の連鎖に関わったそれぞれの人が、どれほど精神的に傷つくかを表現している。

Vic Mensa

着用アイテム:シャツ(Gucci)

「俺はみんなに、シカゴの暴力は同じコミュニティの中で起きているんだってことを、知ってもらいたいんだ。誰かを殺している人たち自身が、その殺人の被害者でもあるんだ。自分の街のスポークスマンとして言うと、不当に利用され、むやみにセンセーショナルに取り上げられてばかりの暴力に、共感と多面的な視点を与えることが重要だった」とメンサは言う。「それに、未解決のままの犯罪が多すぎて、誰に対して怒ればいいかすらもわからないよ。匿名の相手に対する怒りを持ち続けることはできないとわかっていたから、何が起きたかをもっと大きい連鎖の文脈で語る必要があった。互いに繋がっているという観点から出発して、人間としても当然そうだけど、こんなに大切に思っている街やコミュニティの市民として、俺たちはみなひとつなんだと、本当に理解しなければならなかった」

同様に、「Heaven on Earth」は、許すことについて、自らの体験を元に教える曲になっている。また、「Rollin’ Like a Stoner」のような曲でも同じように、キャッチーなメロディーと一見アップビートなタイトルに、薬物濫用の醜い真実を皮肉っぽく並べてみせる。「俺は『The Autobiography』をカタルシスとして書いたけど、説明もしたかったんだ。この曲は、カニエと一緒に作って、多くの人は『アルバムに何が起きたんだ』って感じだったけど、俺は自分の軌跡や進む道に対して誠実でいたかった。「言いたかったのは、『Yo、アルバムをお前たちに作ってやりたかった、でも俺はドラッグでラリってた過去もある』ってことだ。自分自身も自分の周りの人たちも傷つけていたから、その傷を癒すことができるよう、何も隠したくなかった。近寄り難い気がしていたテーマについて、対話を始めたかったのもある。多くの有色人種の若者が、弱さと見られることを恐れて、解決されないまま、トラウマを抱えてる。俺は弱くない。強いと思う。正直であることは、強くあるためには一番重要なことだ。今までの体験があったから、言っておきたかったんだ」

Stephanie Smith-StricklandはL.A.を拠点に活躍するライターであり、『Billboard』、『Complex』やウェブサイト「Highsnobiety」など多数に執筆している

  • インタビュー: Stephanie Smith-Strickland
  • 写真: Sandy Kim
  • 写真アシスタント: Josh Elan、Grayson Vaughn
  • スタイリング: Brittny Moore
  • ヘア & メイク: Rodney Bugarin
  • ヘア: Frances Smallwood
  • 制作: Emily Hillgren、Brandon Zagha