見どころあるぜ、
俺の町

@hoodmidcenturymodernは、地元からホワイトな歴史の保存に対抗する

  • 文: Tiana Reid
  • アートワーク: Megan Tatem

家賃の上昇、労働者階級の立ち退き、人種格差の堆積、建築の画一化。ジェントリフィケーションの進行を否定する人はいないだろう。だが、@hoodmidcenturymodernを開設したジェラルド・クーパー(Jerald Cooper)は、私たちの対話の中で、「ジェントリフィケーション」という言葉を一度しか口にしなかった。それも、一般的な意味合いとは違っていた。フォロワーが2万5000人を記録し、今なお増加中のInstagramアカウントから派生したクーパーのプロジェクトは、ジェントリフィケーションの有様ではなく、現在に至る黒人コミュニティの歴史に目を向ける。「俺たちゃ、自分が住んでる場所のことも知らないんだ」とクーパーは言う。「自分が住んでる場所のことを知ってるやつは、ひとりもいない。誰が最初に住み着いたのか、当時はこの場所がどんな役割を果たしたのか、来るやつと去るやつがいたのはどうしてか、誰も知っちゃいない。何ひとつ知らないものを守れるわけないだろ?」

そこで、自分たちが暮らす場所を知るために、「HOOD CENTURY」をスタートした。全体主義的なよそよそしい世界ではなく、自分のいる場所から近隣に目を向ける包括的なプロジェクトだ。ちなみに「hood」は「neighborhood」、つまり「近所」の略語である。掲載されたリンクツリーを開くと、黒人建築家ポール・リヴィア・ウィリアムズ(Paul Revere Williams)に関するウェブサイト、建築と健康と幸福の関係に関するポッドキャスト、大暴動に揺れたカリフォルニア州ワッツに関するNownessのドキュメンタリー、「Progressive Architecture for the Negro Baptist Church(黒人バプテスト教会建築の進歩)」と題された学術論文などが列挙されて、さながら大学のシラバスのような趣がある。音楽もある。リンクをクリックすると、ブルース歌手のリトル・ミルトン(Little Milton)が「とても胸が痛むのよ / 私のベイビーがさよならを言うなんて / だから私は裏通りを歩く / 裏通りで涙を流す」と歌う。

クーパーが@hoodmidcenturymodernで提供するのは、視聴者がそれぞれの居場所を多元的に理解するための手引きだ。過去10年をニューヨーク シティ、ロンドン、ロサンゼルスで暮らし、マネージャーとクリエイティブ ディレクターの肩書きでキャリアを手にしたクーパーだが、昨年David Zwirnerギャラリーでノア・デイヴィス(Noah Davis)の個展を目にして、自分の中のアーティストに気づいた。子供時代を過ごしたオハイオ州カレッジヒル、今も母が暮らすテラスハウスの「すごくチャーミングなポーチ」から、「クープ」ことジェラルド・クーパーが、歴史保存協会、黒人奴隷を逃亡させた地下鉄道、クリーブランドの黒人文学史、学びと教育の違いを語った。

ティアナ・レイド(Tiana Reid)

ジェラルド・クーパー(Jerald Cooper)

ティアナ・レイド:開設した当初から今までで、@hoodmidcenturymodernに対する考え方はどう変わった?

ジェラルド・クーパー:そりゃもう、全部が変わった。こう言うとおかしいかもしれないが、これは俺の初めての…、仲間内のインスタってなんて言うんだっけ? Friendsta?

ああ、Finsta!

そう、それ。最初は「よし、これをHood Centuryって名前にして、仲間に見せてやろう」と思ったんだ。本アカのほうで、言うなればちょっとしたケーススタディの真似事をしてたからな。俺流のケーススタディ。だから「今度は@hoodmidcenturymodernって別アカウントを作ろう」と思ってさ。で、俺の家の近くにある色んな建物のデザインを見て、気に入ったのを投稿し始めたんだ。そしたら、「ああそうか、こういうのをミッドセンチュリー モダンのデザインというのか。よし、感じはわかったぞ」てな反応が来るようになった。

これはひょっとしたら大きく育つかもしれないと思い始めたのは、1月の末頃。5月になると「お前のやってることは保存だよ」っていろんなやつから言われるようになってさ。それで、ひょっとしてこれは保存協会のニューウェーブになれるかもと思った。で、ある日、チームを作って歴史保存協会を宣言したわけだ。「何だ、そりゃ!?」って言うから「そう、これから俺たちは保存作業に励む」と。本気になったのは、この時から。

歴史保存協会って「何それ?」と聞かれたら、どう説明するの?

俺、生まれつきの性分で、人をからかうのがすごく好きなんだ。からかうには、頭の回転が速くて、機転が利いて、ユーモアがあって、知性がなきゃダメなところがいい。上手にからかおうと思ったら、それなりの素質が必要なわけよ。もともとスマートなやり方が好きだし、そこへ俺たちなりのスタイルを乗せる。ヒップホップも、アフリカ系アメリカ人も、黒人のアイデンティティ、アメリカ都市部も、全部俺のスタイルにする。要はネタにするんだけど、そこを上手くやる。

保存には俺たちを代表する人間が必要だ。要るのは「よっしゃ、やろうぜ」と動ける人間だけだ

なるほど。

歴史保存協会とか言うと、退屈で寝そうになるよな。歴史の保存? 固いし、ちょっと考えると白人の匂いもする。はるか彼方にあって、手が届かない感じだ。特定の家とか建築が今の時代に関連してる、保存する価値がある。一体誰が、そう決めるわけ? 自分が育った街でさえ、どこか遠い外国のような気がしたもんだ。
子供の頃に通った教会は、地元じゃ長い間保存をめぐって争ったけど、結局負けた。そのとき、俺はどうしてたかというと、何もせずに、ただ遊び回って、面白おかしく暮らして、ちょこっと聞き耳を立ててただけ。別にそれが自分で保存を始めた理由じゃないけど、「保存をカルチャーにする必要がある」ってことを声高に言える理由のひとつではある。実際、保存には俺たちを代表する人間が必要なんだ。要るのはそれだけ、「よっしゃ、やろうぜ」と動ける人間だけだ。

子供時代を過ごしたカレッジヒルは、@hoodmidcenturymodernの視点から見て、どうだった?

話が逸れるみたいだが、地下鉄道を頼りに奴隷が自由を求めて逃亡した時代、アフリカ系アメリカ人が目指すフロンティアはオハイオのシンシナティだった。すごいだろ?

わあ、そうなんだ。

でも、黒人の場合は自由を求めてオハイオへやってきたわけだ。そのとき、最初の登りがカレッジヒル、それなりの高度を登るのはカレッジヒルが初めてだった。ずっと身を隠しながら地下鉄道で逃げてきて、カレッジヒルで初めて高い場所へ登ったんだ。ほとんどはここにある建物を調べているときにわかったことなんだけど、逃げてきた黒人の隠れ家が、俺が住んでる近所だけで、それも全部歩いて行ける距離に4軒から6軒もあった。

気がついてるかどうか知らないが、地下鉄道という名前も売り込みも、ほんと、うんざりするぜ。地下鉄道? ほとんどのやつらは、地下に掘った鉄道を想像してるんじゃないのか? 最近ようやく、地下鉄道というのは安全な隠れ家の組織網だって知られるようになってきた。逃亡した奴隷はハイキングに出かけたわけじゃないからな。夜空の星を頼りに進むことだってあった。これまで語られてないことがまだまだ沢山あるし、奴隷制の廃止を唱えた人物たちも十分に評価されてない。奴隷制廃止論者は俺たち黒人を助けようとした白人だったし、特に長老派教会は他のどの宗派よりも力になった。とは言っても、俺もまだいろいろなことを知り始めたばかりだ。歴史を知るってのは素晴らしいことだよ。地下鉄道のネットワークでは特にそうなんだけど、俺たち黒人の闘いの歴史と建物のデザインを結びつけたものは、今まで誰ひとりいない。俺たちは最初、ミッドセンチュリー様式の家だけを、建築だけを探してたんだ。今はかつて黒人たちが身を隠した隠れ家を探してる。隠れ家は見かけがそれぞれ違ってたから、目当ての隠れ家に辿り着こうと思ったら、人の説明を聞いたり、キルトの模様を読み解いたり、建物の特徴を覚えておく必要があった。頭にどこかの場所を思い浮かべてみなよ。記憶に残ってる場所でもいいし、誰かに聞いた場所でもいい。その場所が、消せないほど強烈に記憶に焼き付けられたら、どんな気分だ? キツいぜ。しかし、だ。反対にそれが記憶に残ってなかったら、命が危なかった。

Instagramのアカウントに関しては、キャプションがいろいろな働きをしてるよね。建築を強調してることもあれば、もっとエモーションに訴える場合もある。だけどどちらの場合も、知りたいという好奇心が根元にあって、そこに視聴者が反応するんだと思う。言葉と視覚イメージの組み合わせについては、どう考えてるの?

見ての通りさ。建築を見ると胸が躍る。建物が何かをくれる。それをみんなとシェアしたくなるかもしれない。俺はそういうふうに建物を見る。俺はこれまでずっと物書きだったわけじゃないけど、ニッキ・ジョヴァンニ(Nikki Giovanni)は、生まれてすぐに家族がここへ越してきて、ここで育ったんだぜ。いいか? トニ・モリスン(Toni Morrison)もオハイオの出身だ。ラングストン・ヒューズ(Langston Hughes)はクリーブランドのハイスクールへ通った。つまり、俺のまわりには作家や詩人がたくさんいるわけ。だから、偉大な作家たちと俺たちが共有するものを伝えるからには、それに人の共感をえたいと思うからには、そういう事実まできちんと伝えるべきだと思ってる。

俺はね、みんなに感じて欲しいの。たとえ気軽なやりとりでも、自分をなくさずに、俺にとって自然なやり方を守りたい。自分に誇りを持ってるから。保存にも俺なりのそういうやり方を持ち込みたい。そもそも、自分を除け者にする理由はないだろ? それにこう見えて、俺はAOLのキャプションで名を鳴らしたから、お手のもんさ。その延長だ。

みんなから写真が送られてくるの?

そう。で、俺がそれについて調べる。差出人が身元を明かせば、やりとりが始まる。送られてくるのだけじゃなくて、知り合いの、そのまた知り合いの写真も見せてもらう。家探しだ。建物が見分けられないやつもいる。「写真を送ってやりたいけど、やり方がわからん」ってやつもいる。ところがつい最近、仲間のひとりに「インスタのページをじっくり見たら、手持ちの写真からミッドセンチュリー モダンを選んで送れる自信がついたぜ」と言われたんだ。「やったな!」って感じだよ。俺たちがやってるのは、特別な学びだ。ダーク アカデミアじゃないが、俺たちが考える新しいやり方には、まず俺たちに合った教育のあり方から理解する必要がある。

あなたはモンテッソーリ教育の学校へ通ったのね。どんなだった? 一般的な教育とは違うでしょ。

モンテッソーリはすべて。俺にとっちゃ宗教みたいなもんだ。言いたいこと、わかる? モンテッソーリは大切な信念を教えるんだ。あの学校を選んだお袋は、すごく勇気があったと思うね。そもそも、市内の全部の公立校でモンテッソーリ教育を導入したのは、アメリカでシンシナティが最初だったんだから。その前は、モンテッソーリをやるのは幼稚園だけだった。マリア・モンテッソーリ(Maria Montessori)がイタリアからアメリカへ新しい教育を持ってきてくれたんだ。ま、俺たち兄弟はモンテッソーリ教育を実験したモルモットだな。お袋は、俺たちが暮らしてた場所の典型的な母親として、上を目指して、子供をオルタナの学校へ入れたわけだ。モンテッソーリは早くから瞑想を教える。ああいう教育を受けると、どんなことに関しても選択肢が広がる。例えばオレンジの皮ひとつ剥くにしても、いろんなやり方があるんだ。本当だぜ。思考が広がるのは、世界を考えるとき、すごく役に立った。

アメリカ人の頭の中やカルチャーで、最初に思い浮かぶコミュニティの光景って、どんなものだと思う? @hoodmidcenturymodernにある写真を見ていくと、私が想像するものとは違うし、だけど身近にしょっちゅう目にするものでもある。なんか、奇妙なパラドックスなのよ。

すごく矛盾してるさ。自分たちが暮らしてる場所をどう捉えるか、それにも色んな見方がある。俺は20世紀中頃の光景を探した。大体がちゃんと手入れされてないから、それで目につくんだけど、全部が全部、ほったらかしで荒れ放題なわけじゃない。面白いのは、デザインの観点からそういう建物を見ると、違って見えることだ。

ビヨンセ(Beyoncé)は、そういう視点をよくショーのステージに反映してるな。テキサスのヒューストンとかジョージアのフォース ワードとか、自分が暮らした場所の要素を持ち込んでる。自分の身の回りにある、独特の光景に気づいてる人間は多い。ただ、それについてじっくり考えることは少ない。でもそれは同時に、俺たちが世界を見る目でもある。例えば、グッゲンハイムっていったら何を思い浮かべる? うっすらピンクで、上の方に線が入ってる。だろ? それが俺たちの頭の中のイメージだ。俺は実物のグッゲンハイムへ行ってみたいんだよ。いろんなリアリティのあいだを移動したり、そうじゃなかったら、いろんなリアリティを同時に体験するのが好きなんだ。

Tiana Reid は、ニューヨーク シティ在住のライター。コロンビア大学で博士号を取得予定

  • 文: Tiana Reid
  • アートワーク: Megan Tatem
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: October 23, 2020