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過去を読む
古本が輝きを取り戻すInstagram アカウント
- 文: Greta Rainbow

Instagramを見ると、ほとんどの場合、持っていないものが欲しくなるし、知りもしない人に腹を立てることになる。楽しくなるものだけをフォローすればいいのに、そうしない私が悪い。だけど、携帯画面の正方形で「映える」ものが美しいとされる現在、こうした余計なお世話は通用しない。Instagramは鎮痛剤のようなアプリだ。良い気分になるために開き、また嫌な気分が戻って来るまでは、良い気分でいられる。
そんな私が外出自粛中にPRESSのアカウント@press_sfを見つけて、今度ばかりはアルゴリズムから解放された。壁画、Halston、押し花、豪華な浴室など、さまざまなテーマで主に60年代から80年代に出版された書籍。間もなく閉店する古本屋で、シリーズ物のロマンス小説が居並ぶなか、通路にしゃがみこんで掘り出すようなビンテージのアート本の類だ。
夫のニック・サーノ(Nick Sarno)と一緒にアカウントを開設したパウリナ・ナサー(Paulina Nassar)によると、大体、投稿後の2分で売れるという。サンフランシスコのダイアモンド ハイツから電話で伝わってくる声は、落ち着きのなかに情熱を感じさせる。家族はサーノとふたりの子供。新型コロナによる自粛生活が始まる前でも、ナサーとサーノは「事実上、寝てるとき以外はいつも一緒」で、過去10年はPRESS、過去7年はアート クラフト フェアのウェスト コースト クラフトに共に取り組んできた。ナサーの生まれ故郷へ引っ越してくる前、サーノはシカゴの小規模な出版社に勤務して、日本の製本資材、エドワード・ゴーリー(Edward Gorey)のプリント、独立系の最新本などを仕入れていた。ナサーはビンテージ担当だった。
IT大企業が途方もない富を築いてサンフランシスコ一帯の様相を一変させる少し前の、80年代と90年代。ナサーはバークレー美術館でアートに開眼し、救世軍のリサイクル ショップに並んだGunne Saxを見て、ファッションの虜になった。「カリフォルニア、それも特にサンフランシスコやバークレーの辺りで育つと、自然と保守的なものに反抗する精神を持つようになる」とナサーは言う。そんな彼女の嗜好は、ニューヨークのResurrectionでマネージャーとして働くうち、今のかたちに集約された。Resurrectionと言えば、かつては『Vogue』誌が至高のビンテージ ストアと称賛したホット スポットだ。Gaultierのショーへ出席するローズ・マッゴーワン(Rose McGowan)のスタイリングに協力し、デザインの聖書として引っ張りだこの『Esprit』も扱っていた。ちなみに、PRESSは『Esprit』へ敬意を表して、ロゴの「E」を波線にしている。
「Resurrectionには素晴らしいアーカイブがあったし、仕入れもとても慎重だった。Norma Kamaliのスリーピング バッグ コートとか、Roger Vivierの特定の時代のシューズなんかで売場がいっぱいになったこともあったわ。とにかく、自分たちが好きなものが好きって感じで、そこにすごく感化されたの」。ナサーは続ける。「Resurrectionで働く前は、古本と言ったらチャールズ・ディケンズ(Charles Dickens)の初版みたいなものを想像していたけど、Resurrectionは本の価値を認めて、アート作品みたいに扱ってた。色々な本が色々な意味で価値を持てるんだと、目から鱗が落ちる思いだった」
2018年に、PRESSは販売をInstagramアカウントに移行した。反骨のサンフランシスコ精神にそぐわない気がするかもしれない。だが、クラフト、カウンターカルチャー、ワールド ワイド ウェブの世界はどれも、近づきやすいこと、手に入れやすいことでこそ真骨頂を発揮するのだ。エアブラシで加工されたソフトフォーカスのビデオブログからインフルエンサーの日常を覗けるように、手作りのカップがアーティストの世界へ通じる扉になる。
私が知り合った@press_sf フォロワーの多くは、通知の受取りを設定しているのはこのアカウントだけだと言う。「たった1回の作業で欲しい本が見つかるのが、すごくいい」。そう語るのは、独立系レコード レーベルのGhostly Internationalでリテール ディレクターを務めるニック・レドウィッツ(Nick Ledwitz)。これまで一度も見たことがない何かを求めているけれど、それを自分で探す時間はない。そんなクリエイティブ界の人種がPRESSの顧客基盤であり、レドウィッツもそのひとりだ。「今じゃ、毎日の儀式みたいに@press_sfをチェックしてる」と電話の声が伝える。平均的現代人は1日に2,617回、携帯に触るというから、儀式もへったくれもあったもんじゃない。

ジーナト・ベグム(Zenat Begum)は、サンフランシスコとは反対側、ニューヨークのブルックリンで、斬新なコンセプトのコーヒー ショップ兼ブック ストア兼イベント会場「Playground」を経営している。以前ブック ストアに置く本をPRESSから仕入れたことがあり、今でも、興味を引く投稿があるたびに感謝と称賛のコメントを書き残す。まだ営業していたPRESSの実店舗へ足を踏み入れたのは、サンフランシスコに住んでいた数年前の夏のことだ。「店内がとてもまとまってて、サンフランシスコ生まれでない私でも、自分の家みたいに感じた」と回想する。「私が育ったベンガル人の家庭では、将来の選択肢として、クリエイティブな分野の職業は問題外だった。結局私はアートを選んでブラックやブラウンの視点を学んだけど、もっとニッチな視点にはすごく白人的なものがあるのはわかってた。だから、そういうものを身の回りに置けるのは、自分のものにできた気がして自信が湧いたわ」
PRESSと70,000人を数えるフォロワーのあいだには信頼が築かれている。@press_sfに登場する本は、絶対特別な本に決まっているのだ。ナサーは、かさばって、重くて、偉そうで、決して読まない本を連想させる「コーヒーテーブル ブック」という言葉が大嫌いだ。だから、美術館のギフト ショップにあるようなジョージア・オキーフ(Georgia O’Keeffe)の回顧録には食指を動かさない。一方で、後年のオキーフが愛したゴースト ランチの荒涼たる自然と絵を描くときに着た服に関する本は、きちんと押さえてある。それを手渡すにふさわしい人物にも、心当たりがある。Instagramでしょっちゅうダイレクト メッセージを送ってくるのに、どうしても制限時間内にチェックアウトまで行き着かないフォロワーのひとりだ。プロフィール画像は紫の百合の花。
正確には、Instagramに投稿しても、投稿した画像の所有権を放棄したことにはならない。広範な使用許諾権を認めるだけだ。だから、私が投稿した私の恋人の写真を誰でも借用できる。だが、Resurrectionが8月に閉店し、PRESSの実店舗はそれより前に閉店し、ニューヨークシティでコロナ禍で追い込まれた小企業の3分の1も閉店の瀬戸際にある現在、ベグムは若者たちのことを考える。開かれた扉を探している彼らに、実体験を約束してくれる場所はあるのだろうか。ここで大切なのは、PRESSで本を買う必要はないことだ。買わなくても、アクセスするだけで、サブカルチャーやジャンルに触れることができる。『Cannibal Soup: Tubbing with the Thompsons』のスライドショーを目にすれば、いやがうえにも、カリフォルニア流デカダンスへの興味が掻き立てられるように。
PRESSは、5月、カウンターカルチャーの教科書とも言うべき『Living on the Earth: Celebrations, Storm Warnings, Formulas, Recipes, Rumors, and Country Dances Harvested by Alicia Bay Laurel』(1971年)から、瞑想のマントラとマーマレードのレシピを投稿した。「いいね!」の数は1,443。私はほんの数秒で著者を検索できた。数十年前、バークレーの丘で、LSDの陶酔と幻覚のなかに現れた形をスケッチしていた女性は、現在パナマ在住。「50年のあいだにどれだけの人があの本に影響されたか、見当もつかない」と、著者のアリシア・ベイ・ローレル(Alicia Bay Laurel)は言う。「『こういうことを考えてるのは、私ひとりだと思っていました』っていう手紙を受け取るのよ。実際は、色々なものを作る方法がほとんどで、考えなんてそれほど書いてないんだけど。挿絵からわかるのね、とても少しのものでとても楽しく暮らせるってことが」
私に言わせるなら、@press_sfがいちばん素敵に見えるのはラップトップのディスプレイだ。紙質まで写し出した高精細画像が虹の七色で描く正方形の格子は、フィルターを使ったみせかけのビンテージとは違う。15歳の頃、美しいと思うものを並べた私のTumblrを思い出す。今私がInstagramで見たいのは、ニューヨークのセントラル パークで開催される「シェイクスピア イン ザ パーク」のために、時代衣装に野球帽という恰好でリハーサルしているメリル・ストリープ(Meryl Streep)だけだ。21世紀の最初の10年は、自分で作ったり、自分で探し出したコンテンツを投稿たりする人は、とても少なかった。元のページから脈絡を無視して記事を借用した1万6890のリブログ、それだけだ。
Instagramに投稿しても、投稿した画像の所有権を放棄したことにはならない。広範な使用許諾権を認めるだけから、投稿した恋人の写真を誰でも借用できる

従来、アートのヒエラルキーで、装飾的なものは最下段に置かれる。理由は、果たすべき機能があり、女性的だから。美術館や博物館が何を所蔵して、どこに展示しているか? それを見れば、美術と工芸の区別は明らかだ。だがInstagramというバーチャルなページでは、まったく異質な影響が共存し、文字通り2次元に均質化され、新世代のクリエイティブ集団の「いいね!」や購入で価値を認められる。西欧世界が工芸や民芸を見下すのは、人種差別が一因でもある。コンテンツを作成した黒人クリエイターは、インターネット上に名前を表示されないのが当たり前。そんな体制的なバイアスだけでなく、瞬く間に拡散する気軽なシェアも、黒人クリエイターの存在を蔑ろにする。PRESSは、アメリカでもっとも長い歴史を誇るオークランドの黒人独立書店「Marcus Books」へ、『Who'd a Thought It: Improvisation in African-American Quiltmaking』をはじめとする本の収益を寄付するようになった。また、PRESSのInstagramアカウントで、どの記事もスライドショーの10枚目に本の表紙があるのは、著者が注いだ労力を正しく認識し、フォロワーが自分でも同じ本を探せるようにするためだ。
私の手の中にある携帯はとても小さいが、私のあらゆる疑問にたいする答えを秘めている。携帯なしに何かをみつけた記憶は、ほとんどない。現在40歳のナサーは、「ふたつの時代のあいだ」に立っている気がするそうだ。もしバンドに入れ込んでいたら、片側の時代では「B面や写真集を見るために、わざわざTower Recordsまで足を運ばなきゃいけない」。反対側は、もっと自由平等に情報が交換される時代だ。「誰でも、どこにいても、問題ない。時間や手段や情報をくれる友だちなしには知り得なかったものに、行き着ける」
能動的に探すのを止めたとき、行き交う情報量は膨大になる。アルゴリズムなるものが、過去の「いいね!」に基づいて、似通ったコンテンツを無限に送り出してくる。それが変わったのは2016年の初め、Instagramが「ユーザーの関心に基づいた」順序で投稿をフィードすると発表してからだ。
PRESSだって、アルゴリズムを免れることはできない。フィードでPRESSを知ってフォロワーになった人が何万人もいるし、私がこのエディトリアルを書く準備を始めたときから、私のフィードのトップは常にPRESSだ。だがPRESSの投稿で紹介されるのは、公共図書館のブックフェアに出されていた料理本であったり、教会が日曜日に開いたガレージ セールから掘り出した古本であったりする。オークランド在住のアーティスト、トレイシー・レン(Tracy Ren)は、都市封鎖中にPRESSをフォローするようになったひとりだ。図書館の書架から適当に本を抜き出して開く行為が、Instagramを開く行為に代ったわけだ。最近は中国の伝統的な建築と家具の図説を探しているが、中国語を流暢に話せないレンにとって、視覚的な資料は家族の祖国と繋がる架け橋だ。「PRESSには一貫した独自の視点があるのがわかる」と、レンは言う。同じInstagramでも、歴史や文化との繋がりを無視して、ただきれいだというだけでビンテージの写真を使っているページも、すぐにそれとわかるのだ。
「西欧世界にはフロンティアを目指す開拓精神がある。シリコンバレーにも、手工芸にも、それが表れてる。反対方向へ振り子が振れるのは、自然なことじゃないのかな」とナサーは言う。PRESSは過去へ目を向けるが、ダイアルアップ接続の時代はそれほど懐かしくないようだ。Z世代であるはずの私の方が、そういう過去にメランコリーを感じる。いずれにしても今は、現実とディスプレイに挟まれた狭い空間に心地よく腰を据えることを体得しつつある。
「私たちはポストモダンの世界で暮らしてるのよ」。ナサーが釘を刺す。「本当に素晴らしい意味で、新しいものなんかひとつもないわ」
Greta Rainbowはシアトル出身のライター。現在はブルックリン在住
- 文: Greta Rainbow
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: October 22, 2020