NYの街が忘れた人びと
ニューヨークの姿を記録しつづけるジャメール・シャバズの最も重要な写真集を改めて検討する
- 文: Max Lakin
- 写真: Jamel Shabazz // Damiani

ジャメール・シャバズ(Jamel Shabazz)の1992年の写真、「ManChild in a Promised Land(約束の地の少年)」では、男の子がレッドフックのまだらになった歩道にひとり立っている。レッドフック ハウスの方を向いている少年の顔は見えない。遠くにはゴワナス高速道路、その向こうにはマンハッタンのビルが見える。白黒で撮影された写真は、地味だが力強い。偶然など何ひとつ存在しないかのようだ。終日駐停車禁止の標識を挟んで両脇に星条旗と汎アフリカ旗があり、そこに少年はもたれかかっている。私たちが「約束」と言うとき、常に分断された社会が受け継いだ不和が一部にあるとことを、この写真は明確に表している。これは写真家自身を撮ったものではない。だが、ブルックリン生まれで低層住宅に長らく暮らしてしたシャバズは、これを自画像のように考えていると私に話してくれた。
1980年にシャバズがニューヨークを撮り始めて以来、写真を通して、彼は繰り返し、あるシンプルな問いかけをしてきた。有色人種のコミュニティは、自分たちのことを顧みない街の中で、どのように生き延びているのか、という問いだ。シャバズの写真の大部分は、ヒップホップという超新星の出現とクラックの蔓延が頂点に達する時期のちょうど間に当たる、ニューヨークの歴史における特別な時期に撮られたものだ。シャバズは支援活動として写真を撮った。取り残された人々を文明社会という織物の横糸に繋ぎとめようとする試みは、次第に、活気に溢れた街の社会構造というタペストリーを織り成すようになっていた。彼の写真は、ヒップホップが登場した当時のスタイルや雰囲気を理解する上で、なくてはならないものになった。



彼の最新の写真集『Sights in the City: New York Street Photographs』には、シャバズの写真の中でも特に独創的な「Back in the Days」とその後日談や、今では古典的作品とも言える、黒人やラテン系の若者のポートレート写真のコレクションを集め、しばしば精巧な絵画のように堂々と組み立てた「A Time Before Crack」も収められているが、それ以降の作品も取り上げられている。本書では、1980年から2016年までの、これまで未公開だったポージングをしていない一連の写真も収められている。このイメージは、ロバート・フランク(Robert Frank)やゴードン・パークス(Gordon Parks)が始めたソーシャル・リアリズム的な流れを汲むものだ。昨年『Sights in the City』が出版された際、十分といえるだけの注目は集めるにいたらなかったが、おそらくこれは、ここで扱われている主題が、シャバズが最初に知名度を獲得した際の手段に比べ、はるかに重い内容だったからだろう。
タイトルは、ギャング・スター(Gang Starr)のグル(Guru)の楽曲のタイトルからとったものだ。これはジャズサックスのリフに合わせた軽快な曲なのだが、曲の雰囲気に反して、ポン引き、投獄、銃の暴力、将来性のなさなど暗澹としたテーマを扱っている。カーリーン・アンダーソン(Carleen Anderson)がサビの部分で「Sights in the city got people cryin’(街を見て人々が泣いている)」と悲しげに歌う。シャバズは私に、グルには一度も会ったことないが、いつも彼と知り合いになりたいと思っていたと話した。「多くの人が殺されていて、多くの絶望と痛みがあった。私はそれを見ていたんだ。だからあの曲を聴くと、街中を見て回った自分の旅を思い出す。あそこには、本当に希望なんて微塵もなくて、ただあるのは様々な苦悩だけだった」
『Sights in the City』の中でシャバズが見せるのは、ここ40年間の市の歴史を振り返る一般教書演説のようなものだ。ストリート ライフの機微を見逃さないようなところは、グルの曲の雰囲気に通じるものがある。2004年のデイヴ・シャペル(Dave Chappelle)によるベッドスタイでのブロックパーティーのシーンの数々が、退役軍人の日のパレードに折り重なる。人種差別の亡霊と公民権の剥奪は頻繁に姿を現わす。1997年の「Invisible Men」はフォート グリーンにいる男たちの写真だ。ラルフ・エリソン(Ralph Ellison)の小説『見えない人間(Invisible Men)』を思わせるタイトル通り、男たちは背後から撮られており、彼らの顔は見えないままだ。警察の写真も多く掲載されているのだが、撮影されて30年が経ってもなお心に響くものがある。1981年にタイムズスクエアで撮った「Black and Blue」では、3人の黒人のニューヨーク市警の警察官が歩道に立っていて、彼らはリラックスした様子だが、別の写真では緊張が走る。その写真の1年前に撮影されたもので、2人の白人の警察官が、黒人の男の頭をパトカーのボンネットに押しつけている。また他の写真「Driving While Black」(タイムズスクエア、1982年)では、ふたりの白人警官が、黒人の運転する赤いスポーツカーを停車させている。

シャバズの写真の中心におかれているのは、社会状況に対する意見表明やアドボカシーという対になった要素ではあるが、それがかなり繊細に表現されることもある。1998年に撮影された写真に、非の打ち所がない服を着た黒人の男たちがショーウィンドーを背にしているものがある。これらの写真は、ジェームズ・ヴァン・ダー・ジー(James Van Der Zee)の落ち着いたハーレム ルネッサンス時代のテーマや、50年代のロイ・デキャラヴァ(Roy DeCarava)のテーマを思い出させる。これらの写真は、黒人の幸福を描くことで悲観的なステレオタイプのイメージを塗り替えるものだ。シャバズは、1980年代と90年代に、ライカーズ刑務所の看守として働いていたのだが、彼の写真の役割も同様のものと考えることができる。意図的かつ前向きに、個人を非人間化し匿名化する投獄の効果に拮抗する立場である。その眼差しは、閉じ込められた人々だけでなく、存在しないものとして扱われていたコミュニティに対しても向けられている。
「いつもショーウインドーに魅力を感じていたんだ」とシャバズは言う。「ショーウインドーは、服装というスティグマ、店の反対側の身なりの良い黒人、名誉や尊厳など、語りの一部になったから」。18年後に撮影された、ダウンタウン ブルックリンのショーウィンドーの写真には、ヒジャブの万華鏡のようなプリズムが写っており、新たな時代のスティグマ化された衣服を見る者に突きつける。




シャバズが、まだ出現して間もない頃に撮っていたヒップホップ カルチャーは、2010年にはリバイバルの傾向が見られるまでに浸透した。そして、シャバズはこれも捉えていた。この年に撮影された「The Original Retro Kids at 106 and Park Avenue」には、多数の10代の若者が、Cazalのメガネやドアノッカー イヤリング、ハイトップ フェードの髪型で着飾った姿が写っている。ひとりはカセットテープをネックレスとして首にかけている。シャバズと聞くと特にこうしたイメージが思い浮かび、また彼がこの手の写真家として分類されることも多いことを考えれば、これはある種のお約束という感じだ。2016年には、彼はPumaのキャンペーンのためにカイリー・ジェンナー(Kylie Jenner)やレイ・シュリマー(Rae Sremmurd)を撮っており、大きなフレームのメガネ、Kangolのハット、腰をかがめてこめかみに手を当てたポーズなど、ここでも同様の記号やポーズがいくつか借用されている。ただ、ここで使われているのは、偽物の地下鉄車両のセットやグラフィティのタグの複製だ。
このようにスタイル面で懐かしさを感じるものは『Sights in the City』ではほとんど見られない。だが、ストリート ライフを捉えたシャバズの写真の原動力となっている、積極的なヒューマニズムは相変わらずだ。それは、1982年のフラットブッシュから、1998年のクイーンズのジャマイカ地区、2006年のソーホー地区まで、彼の写真における一貫した方向性として現れている。この意味では、シャバズの中で最も有名な写真でさえも、新鮮に見える。特に素晴らしいのが、「Flying High」と共に撮影された未公開の作品だ。これは1982年の非常によくできた写真で、ブラウンズビルで、子ども達が捨てられたマットレスを積み重ねて、間に合わせの遊び場にしている様子を撮影したものだ。このオリジナルの場面に「Determination」と「Preparation」と題した写真が加えられ、3部作として作り直されている。ちなみに、この加えられた2作品は、最近、ホイットニー美術館の常設展「Human Interest: Portraits From the Whitney’s Collection」で展示されていた。この3部作は、レーガンの経済政策に支配された街の社会経済上の意味するところについて考えさせる作品となっている。
ヒップホップを記録した金字塔ともいえる『ワイルド・スタイル』の監督、チャーリー・エイハーン(Charlie Ahearn)は、2013年にシャバズを主役にしたドキュメンタリーを制作した。その中でエイハーンは、退役軍人の日やヒスパニック文化遺産の日、ウェスト インディアン デーのパレードを嬉々として撮影するシャバズを追う。そこからは、群衆の熱気と相まってシャバズのエネルギーが伝わってくる。『Sights in the City』の連続した写真に見られるような、シャバズの実践に見られる成果は、彼の情熱を裏付けている。シャバズは、軍人やパナマのマーチング ドラム隊、セントルシアの少女といった被写体を、時にストイックに落ち着いた白黒写真で撮り、時に大胆に仰々しいまでのカラーで撮る。そしてこれらすべてにおいて、彼はそこにある複雑さを素直に認めている。グルの楽曲がシャバズの写真に似ているのは確かだろうが、それだけでなく、彼らの目指すもの、道徳的規範を背負いながらもそれに押しつぶされることのない、明晰なビジョンもまた共通している。

Max Lakinはニューヨークのジャーナリスト。『T: The New York Times Style Magazine』、『GARAGE』、『The New Yorker』など多数に執筆を行う
- 文: Max Lakin
- 写真: Jamel Shabazz // Damiani