インターネットが生まれた場所
ニューヨークのホイットニー美術館で展示中のWagner コレクション
- 文: Kevin Pires
- 画像提供: The Whitney Museum of American Art

今回 SSENSE がお届けする 90 年代レポートでは、今日のアートとファッションの世界における美的感覚に大きな影響を与えた 10 年間を振り返ります。
World Wide Web という無限の可能性を秘めた花々が咲き誇る前、それが後にどのような姿になるのか、正しく予想できた者はいませんでした。Kurt Cobain がグランジに秘めていたアイデアや、Marc Jacobs が Perry Ellis 時代に発表した象徴的なコレクションが、どのような結末を迎えるのか誰も想像しえなかったように。インターネットはアンダーグラウンドのコミュニティに大きな力を与えました。それまで、隅に追いやられて光が当たることのなかったコミュニティが、ほどなくサイバースペースで大きな勢力として花開いたのです。


新たにホイットニー美術館が建てられた地区、「ミートパッキング・エリア」も、誰も予想しなかった変遷を辿りました。1990 年代、この地区には名前の由来になった精肉工場が集まっていました。それらの工場が退去した後、この地区にはマインシャフトなどの BDSM クラブが乱立し、レザーで身を固めたゲイやトランスジェンダーなど、セックス産業に従事する人々が、この街を象徴する住民となりました。しかし、そうしたムーブメントも 1990 年代末には完全に衰退し、ミートパッキング・エリアは、隣接するチェルシー地区と同様に、退廃を商品化したニューヨーク文化の発信源となりました。現在、マンハッタンのロウアー・ウェスト・サイドは Instagram のアミューズメント パークと化し、雨後の竹の子のごとくオープンしたギャラリーやミュージアムが、ハイエンドのリテール ストアと密接な共生関係を築きながら共存しています。そうした中、この新しい秩序の中核が 90 年代に生まれたことを示唆する新たなエキシビションが、ホイットニー美術館で開催されました。
「Collected by Thea Westreich Wagner and Ethan Wagner」と題されたこのエキシビションでは、有名なコレクターの Thea Westreich Wagner と Ethan Wagner によって近年寄贈された作品群の中から、特に当時のカルチャーの激変と変遷を象徴する作品が選りすぐられて展示されています。アートの市場で記録的な成功を収めた Jeff Koons と Christopher Wool ですが、Wagner たちが作品を買い取った当時は未だ無名に近い存在でした。今回のエキシビションは、Wagner たちの瞠目すべき先見の明が象徴されているという意味でも、訪れる価値があるでしょう。現在、コンテンポラリー アートのコレクションは投機的な性格を帯びており、アートというよりは、むしろカラフルな貨幣の一種であるかのように扱われています。そうした風潮の中、Wagner たちは作品の収集を慎重に進めてきました。しかし Wagner たち自身、そして彼らが収集した作品のアーティストたちは、彼らの思惑を超え、市場で重大な影響力を持つに至りました。
1980 年代、Warhol の遺産を Jeff Koons と Richard Prince が継承し、従来の広告様式を破壊して作り替える創作活動を開始しました。エキシビションに展示されている Jeff Koons の初期の作品、「Come Through with Taste–Myer’s Dark Rum–Quote Newsweek(1986)」は、「豪華と堕落」という彼の解釈によって制作されたアルコール飲料広告の一つで、ラムの広告とニューズウィーク誌が組み合わされています。一方、Richard Prince の「Untitled(Cowboy)」にも、Jeff Koons と同様のスタイルを見て取れます。すなわち、見慣れた存在を破壊して再構築し、新たなものを生み出すというスタイルです。
10 年後、ニューヨークとパリを拠点に活動するアートおよびファッション団体であるベルナデッタ・コーポレーションが、尽きることなく市場に溢れる挑戦的なイメージに呼応する作品を発表しました。カルチャーの再構築を目論むこれらのアーティストたちは、90 年代の中盤に、アートとファッションの世界が最先端を巡る競争を始めたときに姿を現しました。「Their Creation of a False Feeling(2002)」は、ファッションの世界から引用したグロッシーなイメージを再解釈した、視覚的なパズルです。この視覚的な言語は、クロッピングやフィルタリングで現実を修飾する、Instagram 時代の到来を予言したものでした。
エキシビションに展示されている Steven Parrino の「Untitled(1997)」は、Vetements のインスピレーション ボードを彷彿とさせる作品です。乱雑に張られたキャンバス地の上に、大胆なエナメル ブラックに塗られた艶めかしいレザーが、荒々しく貼り付けられています。Steven Parrino の作品には、Demna Gvasalia の引き裂かれて縫い合わされたドレス、ジャケット、ジーンズに通ずる精緻な脱構築が見て取れます。
今、90 年代が再び注目を集めているのは、古き良き時代へのノスタルジーだけが理由ではありません。慣れ親しんだものを解体して新しいものを再発明するムーブメントが再び始まろうとしている今、90 年代に目を向けることで温故知新が試みられているのです。しかし、そこから得られる結果が、常に万人にとって素晴らしいものであるとは限りません。現に、エキシビションの会場を訪れていた 2 人の老婦人は、Steven Parrino の「Untitled」に目を向けたものの、「好みじゃないわ」とつぶやき、作品の前で立ち止まることはありませんでした。脱構築が違和感を抱かせない理由の一つは、我々がすでにそれに馴染んでいるからです。かつて我々は 90 年代を初めて体験したとき、その時代の本当の価値を見出せませんでした。今こそ、その価値を再発見するときです。




- 文: Kevin Pires
- 画像提供: The Whitney Museum of American Art