ハリウッド サインがない
ロサンゼルス ガイド

変わり続けるロサンゼルスの変わらぬエッセンス

  • インタビュー: Wes Del Val
  • 画像/写真提供: ©Caroline & Cyril Desroche

ただ一度、週末だけでもロサンゼルスへ行ったことのある人なら、カロリーヌ&シリル・デロシュ(Caroline and Cyril Desroche)の新著『Los Angeles Standards』に掲載された632ページにもおよぶ写真に、ほとんど全部見覚えがあるだろう。だがふたりのフランス人建築家が見せるロサンゼルスの肖像は、お馴染みの観光ツアーとはかなり違う。有名なランドマークのハリウッド サインもなければ、スターたちの名前が彫られたハリウッド ウォーク オブ フェーム、名だたる映画人の滞在と幽霊の噂で知られるシャトー マーモント ホテル、ずらりと並んだ街頭が見どころのロサンゼルス カウンティ美術館も出てこない。ビーチも、運河も、スターの豪邸巡りもない。代わりに、夥しい数の写真がロサンゼルスの構築環境を浮き彫りにする。日常で見かける建築とこの街独自の景観を特徴づけた都市計画を記録する手法で、僕たちが慣れ親しんだ光景に目を向け、大都市ロサンゼルスへの新たな視線と感動を与えてくれる。

2005年、ロサンゼルスの高密度化に関する2年がかりの研究を終了したカロリーヌ&シリル・デロシュは、ロサンゼルス全域の都市景観を調査しようと決意した。その後ロサンゼルスとパリと往復する生活が10年続き、うち6年はロサンゼルスにあるフランク・ゲーリー(Frank Gehry)のスタジオで勤務した。ロサンゼルスにいるときのふたりは、しょっちゅう車を停めては丹念にメモをとり、それらを定義、分類することで、ロサンゼルスの建築と設計の魅力を鮮やかに描き出した。小規模なショッピング モールの看板と大型の屋外広告ビルボード、小規模住宅と駐車場、高速道路と街路、化粧漆喰の箱型建築と支柱で支えた高床式住宅など、ロサンゼルスの多種多様な構造物を最終的に15の類型に落とし込み、何百枚ものページをそれぞれの類型の実例で埋め尽くした。このコンセプトには、連続して格子状に配置された写真が最大の効果を発揮した。

建築や設計の場合、その土地固有のパターンを見極め、説得力のある新たな視点を提起するには、往々にしてアウトサイダーの目を要する。そのような作業が意義のある成果を出したら本として出版されるべきだし、そのように優れた本なら、これから先、建築家や設計家ならずとも手元に置いてページをめくりたいと願うだろう。最初は訪れて観察する外国人として、次に住民として、ロサンゼルスを外側と内側から見たカロリーヌ&シリル・デロシュの視点と自分たちが得た洞察への取り組みは、まさにそのような本として結実した。

5年前にパリへ戻ったふたりは、自分たちの事務所を構えて、フェアファクスと命名した。当然、ロサンゼルスのフェアファクス ストリートからもらった名前だ。現在は、DJのエティエンヌ・ドゥ・クレシー(Étienne de Crécy)のパリの録音スタジオと、中国成都市のブリッジ マーケットの仕事を進めている。2020年暮れ、アパチャー財団とパリ フォトによる年間最優秀写真集賞の最終候補に『Los Angeles Standards』が選ばれて間もない頃、カロリーヌ&シリル・デロシュにインタビューを行なって、プロジェクトを思いついた経緯、ステレオタイプの回避、天使たちの街に抱く愛着を尋ねた。

ウェス・デル・ヴァル(Wes Del Val)

カロリーヌ&シリル・デロシュ(Caroline and Cyril Desroche)

ウェス・デル・ヴァル:『Los Angeles Standards』には、プロジェクトに関するあなた方からの説明がなくて、フランク・ゲーリー(Frank Gehry)が書いた短い後書きだけが唯一の文章だよね。まず、どうしてロサンゼルスに来ることになったのか、ゲーリーのスタジオで具体的にどんな仕事をしていたのか、話してくれる?

カロリーヌ&シリル・デロシュ:最初はまったく文章のない本にするつもりで、その後、それぞれの類型をごく簡単に説明することにしたの。だけどフランク・ゲーリーが後書きを書こうと言ってくれて、その後書きで、私たちも紹介されていたし、私たちが彼のスタジオで働いていた時の状況から『Los Angeles Standards』も説明されていたから、それで十分だなと思って。

もともとロサンゼルスにはとても魅力を感じていたわ。だからフランスでもロサンゼルスに関する本を書いたわけだけど、それが2005年に出版された1週間後に、ロサンゼルスへ引っ越そうと決めたのよ。ふたりとも仕事を辞めて渡米したから、先ず仕事を探す必要があったし、希望する建築事務所のリストも用意していて、その第一志望がゲーリー パートナーズ。それで、ふたりで面接を受けて、フランスで出版された本を見せたら、揃って採用してくれた。ゲーリー パートナーズは丁度そのときルイ・ヴィトン財団の仕事をしていたから、タイミングがぴったりだったわけ。フランス人のほうから飛び込んできたんだから!

記録する対象の分類は、どういうふうに思いついたの?

毎日車で走っているときに、本に使えそうな場所の住所をひとつ漏らさずメモしてたんだ。新しいビルボードや小型建築を見かける度に漏らさず書き残したし、それ以外にも、写真を撮るのに光線の具合がいちばん良い時間とか、余分なものが写り込まないように、道路清掃の日程も書き加えておいた。しばらくするとものすごい量の覚書が溜まって、ノート、ポストイット、もうそこら中メモだらけ。そこで壁にはってあったロサンゼルス大地図の上に配置して、撮影の準備に移った。

撮影したいものがわかっていたから、大量の写真から選ぶ手間はなくてね、すぐに本のモックアップを作り始めて、足りない部分や改善できる部分を把握できた。そういう作業を数年続けて、2008年から類型に分類し始めたら、種類が多過ぎることがわかった。それじゃとても本を完成できない、そんなことをしようと思ったら一生かかる。類型によっても、記録しやすいものとそうでないものがあったし。例えば「パーキング」には、典型的な駐車場の体をなしていないものが非常に多いから、最終的には僕たちの主観的な選択で編集していった。自分たちがロサンゼルスの典型だと思うものに絞り込んだんだ。見せたかったのはロサンゼルスの現状であって、50年代の名残りでも、いかにもなグーギー建築でもなかったから。そういう過去の遺産も好きではあるけどね。

『Los Angeles Standards』の各セクションを見ていくと、僕の考える「ロサンゼルスらしさ」がどんどん変わっていくんだな。そのくせ、これこそロサンゼルスの建築設計の典型というものをひとつ抜き出せと言われると、選ぶことができない。どうですか、その点は?

それは私たちにとっても同じ! だから本全体として考える必要がある。

あなたたちのこのプロジェクトは、どうしても、デニス・スコット・ブラウン(Denise Scott Brown)とロバート・ロバート・ヴェンチューリ(Robert Venturi)のラスベガス研究を考えずにはおれないんだよね。『Learning from Las Vegas』は、ごく普通に撮影した写真でラスベガス特有の構築環境を浮き彫りにして、建築界に大きな影響を及ぼした。これほどまでにロサンゼルスという都市の建築の類型をとらえようとした発想は、どこから?

確かに、『Learning from Las Vegas』には多くの建築家がインスピレーションを得ているし、アメリカの建築にとても関心があった私たちにとっても同じよ。だけどいちばん強く影響されたのは、エド・ルシェ(Ed Ruscha)、それからベルント&ヒラ・ベッヒャー(Bernd and Hilla Becher)ね。

今後40年で、ロサンゼルスで予想される変化は? 今から40年後には、どういう内容の本になるんだろう?

ロサンゼルスには、常にバランスさせなくてはならない要素が3つある。個人の庭や公園、歩道に植えた木などの緑の空間、街路、高速道路、駐車場といった車の空間、そして建物の空間。40年後のロサンゼルスは、おそらく、今よりはるかに密度が高くて、上へ伸びた都市になってるんじゃないかな。車や渋滞の要素にとっては好都合な変化だろうけど、緑の空間にとっては問題だ。というのも、現在の都市化規定では、庭の部分に建物を建てることが許可されているから。微妙なバランスだよ。これ以外にさっき挙げなかった水の問題もあるから、難しい質問だ。

ロサンゼルスに来たときと、ロサンゼルスを去ったときの印象は?

ロサンゼルス暮らしでは毎日どこでも車で行ったから、あの街の生活のパターンをしっかり体験できたわ。最初の子供が生まれたのもロサンゼルスだし、何より、ロサンゼルスを通して、アメリカ文化を確かに理解できたと思う。

Wes Del Valはニューヨーク在住のエディター、ライター

  • インタビュー: Wes Del Val
  • 画像/写真提供: ©Caroline & Cyril Desroche
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: March 3, 2021