衝撃をデザインする横尾忠則

日本のグラフィック デザインに新たな運動を作り出した作品群

  • 文: Olivia Whittick

横尾忠則の業績は、コンセプチュアル アートと純粋デザインの境界線を自在に移動させる革命であった。横尾のカラフルでサイケデリックなポップアートのデザインに見覚えがあるとすれば、それは恐らく、彼の作品が1960年代カウンターカルチャー運動を明確にイメージとして反映しているからだろう。ミスマッチなモチーフの衝突、一見意味の通らないイメージのコラージュは、純粋な耽美主義を超えて社会的に主張する詩情を表している。

劇場のチラシのデザインからキャリアをスタートした横尾は、1965年、東京の松屋銀座で開催されたグループ展「ペルソナ」に自らの名をタイトルにしたポスターを出品して、グラフィック デザイン界のひんしゅくを買った。出展作には、首を吊った男のイラストと「絶頂を極めた29歳で、僕は死んだ」という文が描かれていた。日本の伝統である旭日旗の歪曲的な使用には、束縛を拒絶する創造的な表現が明白だった。このような物議を醸す表現で才能ある反逆児としての名を馳せ始めた横尾は、多作なキャリアを通じて繰り返し立ち戻る多くの寓話的イメージを確立していった。

思いもかけないところからインスピレーションを汲み取る横尾のブリコラージュは、伝統と未来の融合を特徴とした。元来、高潔とみなされた古いものを現代の暴力と崩壊で揶揄したのだ。彼の作品は、無感覚になされていた構図への挑発だった。物語的であり、詩的であり、政治的だった。そもそも悲惨な世界大戦を体験した後に、どうして非政治的な作品を作り続けることができるだろうか?

旭日旗

16本の光線を放つ旭日旗は、帝国主義や古き良き日本を懐かしむ国粋主義的ノスタルジーの象徴として、連合国が戦時中に使用を禁止した。横尾作品に登場する旭日旗は、ルーツへのオマージュであると同時に、死、セックス、暴力、貪欲に対する重層かつ反復的思考の背景として汚された象徴である。横尾は、浮世絵の木版技術風スタイルを生み出して、独自の美学を日本の伝統に深く位置付けると同時に、日本文化で大きな意味を持つシンボルを風刺的、批評的で、反権威的に使った。初期のポスター デザインから現在の作品に至るまで、横尾がこのモチーフを手放したことはない。

三宅一生

構図に対して反逆的にアプローチする横尾は、1960年代の時代精神を描き出す理想的な人物であった。しかし、デザインに向かっていた視線は最終的に印刷物から離れ、テキスタイルやファッションへ向かう。1970年代中頃からは、Issey Miyakeのショーの招待状をすべてデザインし、ランウェイ コレクションに出す無数のプリントでコラボレーションした。伝統と現代の融合をさせる共通の能力がふたりを結び付けたのは間違いない。すなわち、過去と現代の偶像を対比して、現在の世界のあり方を炙り出す。ささやかながら、横尾と三宅は現在まで40年間以上にわたってコラボレーションを続けている。

日本のおとぎ話に、ある日川を流れてくる大きな桃を見つけた老夫婦の有名な話がある。その桃を切ってみると、中から元気な男の赤ちゃんが出てくる。桃太郎と名付けられた子は強く成長し、最後は家族の許を去って、遠くの島へ鬼退治に出かける。第二次世界大戦中、日本政府は岡山の鬼を退治した桃太郎をアイコンに仕立て、国威高揚に利用した。横尾の作品に登場する「桃」は、過去の理想化を示唆する。そして、戦後の文脈における「桃」は、悲劇と敗北に染まったシンボルである。

ヤクザ

ヤクザが行なう「指詰め」は、組員が小指の一部を切り落として自らが犯した失態を償う儀式である。横尾は「切断された小指に捧げるバラード」を詩と形容する一方、日本のマフィアの風習を茶化している。ポスターの一面に飛び散った血しぶきは、デザインの効果的な要素ではあると同時に、何か不吉な意味合いを漂わせる。政治風刺雑誌「話の特集」の表紙に描き下ろした作品では、ヤクザの背中をキャンバスに見立てており、刺青が発展と破壊の関係に対する横尾の認識を示している。富士山が噴火し、新幹線がページの中を疾走し、飛行機が頭上を横切る。伝統的な虎の刺青と平行して鉄腕アトムの刺青。ヤクザの刺青として使われた子供向け漫画は、純粋性を汚されてしまった。

新幹線

横尾が制作したポスターには、混沌のどこかに必ずと言っていいほど新幹線が隠されている。明らかに、横尾は急速なテクノロジーの発展に懐疑的であった。技術の発展は、日本を仕組まれたテクノロジー未来へと推し進めた。そして新幹線は、都市化の波を促して、国内の人口移動に革命をもたらしていったのだ。

  • 文: Olivia Whittick