建築と人種差別と
黒人の空間について
『PIN-UP』共同企画:デイヴィッド・ハートが場所、人種、チャールズ・バーネットを語る
- インタビュー: Felix Burrichter
- 写真: Ager Carlsen(『PIN–UP』)
- 画像/写真提供: デイヴィッド・ハート、Corbett vs. Dempsey、David Nolan Gallery、Galerie Thomas Schulte

今年の2月、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で『Reconstructions: Architecture and Blackness in America(再構築:アメリカの建築と黒人であること)』が開催される。アフリカ系アメリカ人の建築家および設計家のみで構成された展示は、当館で初めて。10の都市で、10人の建築家と設計家がデザインした、10のプロジェクトが紹介される。キュレーターは、メイベル・O・ウィルソン(Mabel O. Wilson)とショーン・アンダーソン(Sean Anderson)。会場では、カナダ人アーティストのデイヴィッド・ハート(David Hartt)が、構築環境を通じて文化、社会、政治の現象を客観的に分析する15分の映像作品も上映される。ハートはまた、Thom Browneからの援助により、ニューヨークで刊行されている建築設計専門誌『PIN–UP』とのコラボレーションとして、展示と連動した16ページの特集記事を組み、展示の参加者紹介とiPhoneを使ってFaceTimeで撮影した各人のポートレート写真を寄稿した。MoMAの建築部門の名称を巡って論争が湧き起っている今日この頃、ハートが今回の新作映像作品「On Exactitude in Science (Watts)」と黒人の空間を定義する難しさを、『PIN–UP』誌編集長のフェリックス・ビュリクター(Felix Burrichter)に語った。

『On Exactitude in Science, Watts』スチール写真。冒頭の画像:デイヴィッド・ハート Ager Carlsen撮影
フェリックス・ビュリクター(Felix Burrichter)
デイヴィッド・ハート(David Hartt)
フェリックス・ビュリクター:『Reconstructions』展に関わるようになった経緯は?
デイヴィッド・ハート:キュレーターのショーン・アンダーソン(Sean Anderson)とメイベル・O・ウィルソン(Mabel O. Wilson)から直接、話が来たんだ。僕は建築を通じて人種や場所や経済や政治にまつわる考えを解きほぐしていくから、その点で選ばれたと考えたいけどね。僕は、建築環境と僕たちの関わりを構成する、さまざまな要素の絡み合いを理解したいと思ってる。『Reconstructions』では、いくつかの都市の、特定の場所の、特定の建築や設計を考察したプロジェクトが紹介される。内容も非常に具体的で、黒人の主観性を問い始めて、黒人コミュニティの空間を作り出そうとしている住宅、商業施設、文化的な場所に限られる。 内容も非常に具体的で、黒人コミュニティの空間を作り出し、黒人の主観性を問うきっかけとなるような、住宅、商業施設、文化的な場所を取り上げている。
厳密には、どういう仕事を依頼されたの?
カタログ用のフォト エッセイと展示用の映像。条件はそれだけだった。黒人の空間という考えをテーマとして捉えてほしいという注文だったが、これが非常に掴みにくいコンセプトでね。どんな空間でもそうだけど、黒人の空間も要は全面的にその中にいる人たち次第だ。特に現在は、僕たちの暮らし方や影響が広範囲に分布しているせいで、とても複雑になってると思う。ハイブリッドな空間という問題もあるしね。色んな種類の文化的位置付けから生じる欲求に、どの空間も汚染されてるから。
というわけで、徹底した黒人空間を考えること自体がすでに難題だ。話を聞いて直ぐに、これは大仕事になるぞと思った。そこで、キュレーターの関心と焦点に応える空間をどう特徴付ければいいか、散々考えた挙句、最たる例を示すには、依頼に含まれていた形態をとるのがいちばんいいという結論に達した。つまり、映像。

左右の画像:『On Exactitude in Science, Watts』スチール写真

どういう映像を考えたの?
黒人空間というコンセプトを捉えた顕著な実例として、即頭に浮かんだのはチャールズ・バーネット(Charles Burnett)の『Killer of Sheep』(1978年)だ。初めてあの映画を観たときは、しばらくして、直線的に展開する筋を追うという発想は捨てた。それよりも、一連の印象的なスケッチが、色んな種類の空間で展開していくんだ。台所だろうが、店だろうが、街中の通り、裏道、窓、ドア、壁の割れ目、人の体が通れるありとあらゆる場所、ありとあらゆる環境が繋ぎ合わされている。アパートの建物から一戸建ての家まで、色んな規模の住宅があったし、店舗も畜殺場も出てくる。
つまり、複雑な枠組みの中に、雑多な空間の類型が包含されていたわけだ。黒人だけがその雑多な空間を占めて、その中で色んなことをしている。愛情、暴力、遊び。そういうわけで、僕自身が黒人空間を提示するにあたっては、チャールズ・バーネットのような独自の視点に立つ歴史的な人物の意見が非常に助けになると思ったから、僕の映像作りに参加してもらうことを提案した。キュレーターも同意してくれたから、チャールズに連絡をとって、誘いを受けてくれたときはすごく嬉しかったよ。で、僕が次にロサンゼルスに行くときに会う約束をして、共同作業の進め方についてとても素晴らしい話し合いを持てた。僕としては、映像の中で、『Killer of Sheep』で描かれた空間の型を彼に分析してもらうつもりだったんだ。ところが実際にインタビューを始めて直ぐの段階で、どうやらチャールズの関心は別のところにあるのがわかった。だから僕はその場その場でアプローチを考えて、忍耐強く耳を傾ける必要に迫られた。
実のところ、チャールズが提起する視点はもっと逸話的だった。黒人地区のワッツで成長することが彼にとってどんな意味を持ったか、そのときのいくつかの体験に強く影響されて、どういうふうに映画にしたい気持ちが膨らんだか。『Killer of Sheep』の中で、主人公がエンジンを買う交渉をする場面には特に大きな意味があって、折に触れて話に出たが、実は彼自身の2つか3つの体験をひとつにまとめて、あの場面にしたと言ってた。そういう具合に、非直線的に、幅の広い語りを作り出す手法を教えてもらうのは、とても参考になった。

左右の画像:『On Exactitude in Science, Watts』スチール写真

撮影する場所は、どういうふうに選んだ?
最初に、『Killer of Sheep』を空間の型に分類したんだ。映画に現れる場面を全部、裏通り、屋上、アパートのビル、工場、店、居間、ポーチ、みたいな類型にね。次にワッツを見て、類型の見本になる場所を探した。実際にロサンゼルスへロケハンに行ったときは、ワッツ コーヒー ハウスを切り回してるデジレ・エドワーズ(Desiree Edwards)という女性に挨拶に行った。ワッツ コーヒー ハウスはワッツの中心部にあって、長年、コミュニティで歴史的な役割を果たしてきた場所でもある。店舗はマフンディ インスティテュートの中にあるんだけど、このマフンディも60年代から70年代初期に一種のカルチャーセンターとして設計された場所だ。それで、デジレを通して、コミュニティの沢山のメンバーに紹介してもらうことができた。
ワッツのコミュニティは、自分たちの歴史と自分たちが成し遂げた貢献を非常に明確に意識している。ワッツの出身で、文化、スポーツ、政治、その他に寄与したメンバーをとても誇りにしている。ただ、アメリカ中のほぼどこでもそうだけど、住民は常に変化しているから、ワッツの歴史を特定の時期に固定することはすごく難しい。歴史的には黒人の居住地区だったけど、現在はラテンアメリカ系のコミュニティが中心だし、地元に行けばそれが明白に見てとれる。
僕にとっては、チャールズの懐古的な回想を表現するだけじゃなくて、むしろ、ワッツに現在の在り様を主張させて、最終的には、両方に折り合いをつけたものに仕上げることが非常に重要な点だった。

『On Exactitude in Science, Watts』スチール写真
『On Exactitude in Science (Watts)』というタイトルにしたのは、どうして?
ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)の短編からの拝借。ボルヘスの『On Exactitude in Science』は、地図の製作方法で空間の全体性を表現するのは不可能であると主張した超短編だ。僕の撮影も、ワッツという複雑な場所の断片を表現するだけになるだろうと思った。現地での撮影の他に、Actual Objectsのリック・ファリン(Rick Farin)、クレア・コクラン(Claire Cochran)、エインズリー・ロブソン(Ainslee Robson)とも組んで、撮影した何か所かを3Dモデルにしてもらった。既存環境を3Dモデルへ転換するのに、Actual Objectsのチームは最新のLIDARを使う代わりに、フォトグラメトリという初歩的だけど優れた手法を使った。ひとつの場所の写真を何千枚も撮影して、次にその写真をソフトウェアで解析すると3Dモデルが立ち上がるんだ。さらにポイント クラウドでレンダリングしたから、ちょっとゴーストみたいな効果もあった。
君は空間に埋め込まれている観念の形態に関心があるという話だったけど、今回の展示が提示する非常に興味深い問いかけでもあるね。なにしろ、90年にわたるMoMAの歴史で、黒人の建築設計家の仕事を取り上げるのは初めてだから。
MoMAがこれまで黒人の建築家や設計家の構想にさほど関心を向けなかったことには、格別驚かないよ。でもMoMAで展示されようとされまいと、この映像は作ったと思う。コミュニティ、空間、そのふたつの繋がりをどう捉えるか。そういうのは、なにも初めてじゃなくて、常々考えてたことだから。例えばフィラデルフィアでやったベス・シャローム(Beth Shalom)プロジェクトでは、フランク・ロイド・ライト(Frank Lloyd Wright)が設計した建築の構造を使って、祖国から離れたユダヤ系とアフリカ系アメリカ人の歴史を提起した。
もうひとつ、コネチカット州ニュー ケイナンのグラス ハウスでもプロジェクトを進めている。グラス ハウスを建築したのは、今ミッチ・マクウェン(Mitch McEwen)を旗頭に、フィリップ・ジョンソン研究グループの抗議の的になってるフィリップ・ジョンソン(Philip Johnson)だし、ミッチは『Reconstructions』に展示される建築家のひとりだ。確かに、フィリップ・ジョンソンのレガシーには人種差別とファシズムの歴史が絡み合っている。それを追及するミッチの取り組みには拍手を送るけど、だからと言って、僕は、グラス ハウスからは何も作り出せないというふうには考えない。
ただし、フィリップ・ジョンソンに「関連」した作品を作る気はないよ。それは、フランク・ロイド・ライトやモシェ・サフディ(Moshe Safdie)に関連したものを作る気がないのと同じさ。僕にとっては、ジョンソンもライトもサフディも、モダニズムの権威主義的な側面や植民地主義といった課題を対話するための仲介の存在だ。MoMAが提供してくれた機会は、そういう僕の方向性とぴったり一致している。映像の展示方法も場所も、すごくいいんだよ。中庭を見下ろす広々とした窓を背に、2メートルあまりのモニターが垂直に配置されるんだが、見ものは54th ストリートの素晴らしいビル群がモニターの背後に見えるところだ。彼方には、ジョンソンが設計したマディソン アベニューのAT&Tビルまで見える。そういう建築群が『On Exactitude in Science (Watts)』の背景になって、映像に現れるさまざまな要素とニューヨーク シティを作り上げている要素が混じり合う。
それらの間に繋がりがあること、それらが絡み合ってること、それらを切り離せないことが、作品で表現したかったことのひとつだ。僕がやりたいのは、構築環境の中に、黒人自身の語りと黒人の独創性が発揮される空間を作りだすことだから。
Felix Burrichterは、ニューヨークを拠点とするクリエイティブ ディレクター、キュレーター、エディター、発行者。ドイツで生まれ、パリおよびニューヨークで建築の研鑽を積んだ。2006年に、年2回刊行の印刷版と並行して、「建築的エンターテイメントのマガジン」を自称するデジタル誌『PIN–UP』を立ち上げる。その他、展示のキュレーション、書籍の編集、デザインおよび建築のプロジェクトに関するコンサルティングを多様なデザイン ブランドに提供
- インタビュー: Felix Burrichter
- 写真: Ager Carlsen(『PIN–UP』)
- 画像/写真提供: デイヴィッド・ハート、Corbett vs. Dempsey、David Nolan Gallery、Galerie Thomas Schulte
- スタイリング: スーツ(Thom Browne)
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: February 2, 2021