ダグラス・クープランドのデジタル運勢

カナダ人アーティストが提示するオンライン時代の謎々

  • インタビュー: Adam Wray
  • 画像提供: Daniel Faria Gallery

世界は今、かつてないほど意味をなさない。競合する非線形のストーリーに打ちのめされた私たちは、何らかの確かさを探し求めて、絶え間なく流入する情報の分類に悪戦苦闘する。そこで、カナダ人作家ダグラス・クープランド(Douglas Coupland)のアート作品は、ひとつ対処法を教える。すなわち、流れに従い、不安定を受け入れ、泣かないために笑うこと。先の読める文化観察者クープランドは、90年代初頭に「ジェネレーションX」という言葉を普及させた小説家として、もっとも知られている。彼は、いく度かのインスタレーションを通じて、現代の状況にコメントする簡潔な文章のカタログ「Slogans For the 21st Century」を作り上げた。格子状に並んだポストイットを思わせる鮮やかな色の掲示板に、常にオンライン、囲まれているけど孤独、死に行く惑星上で無関心、などのスローガンが太字で大量に展示される。それらを読んでいると、無愛想な先駆者ジェニー・ホルツァー(Jenny Holzer)の早口な講義を聞いているような気がする。現在、モントリオールのカナダ建築センターでは、クープランドのスローガンをタイトルにした「It’s All Happening So Fast」で作品の一部が展示されている。

過去は、今や無用

格言の力は、挑発しうる可能性にある。権威的であると同時に曖昧な格言は、あえて異議を挟める余地を与える。不敵な主張ほど良い。狙いは、困惑させ、苛立たせること。一度頭に侵入して、帰宅の途上も五月蝿くつきまとえば、成功だ。解釈次第で、浅薄にもなれば深遠にもなる。クープランドは、ソーシャル メディアの簡潔だが含蓄のある投稿手法を持っている。のみならず、21世紀のもうひとつのトレンド、炎上を狙うネット上の「釣り」にも熟練している。

インターネット前の脳が恋しい

2014年にニューヨーク公共図書館で行われたトークで、作家ウィリアム・ギブソン(William Gibson)は、イノベーションという私たちの共同遺産に鋭い評価を下した。「我々人類は、人工記憶の形態を向上させ続ける存在だ」。私たちの脳の中味をバックアップするツールや技術を開発することは、人類のもっとも長期的活動のひとつである。洞窟に描かれた壁画から書き言葉、そして印刷機やウィキペディアに至るまで、すべては経験を保存して伝えようとする欲望から生まれた。インターネットは、私たちのもっとも偉大な協業の成果のひとつ、容器としても導管としても機能する無限の器官を象徴する。知識が安全に保存され瞬時に利用できることで、私たちの認識エネルギーは、統合、問題解決、創造的生産など、より高尚な仕事へ振り向けることができる。もちろん、WiFiとブラウザを持つ者なら誰でも、ことはそれほど簡単ではないと知っている。インターネット以前に存在した私たちの脳は、永遠に失われてしまった。インターネット後の脳も、いつの日か、別のものに置き換えられるだろう。

オイルにまみれた白鳥は、永遠の生を享受する

メディア批評家と同じく、クープランドはウィルスのように拡散する画像の力に魅せられている。有害な汚泥にまみれた鳥の写真には十分な衝撃があり、とてつもなく広範に到達する。そして、あまたのイメージ メーカーのキャリアは悲劇の美化にかかっている。黒い白鳥は、その苦悶において神話的存在となり、「人類の時代」の十二支に座を占める。

スキー ブーツ、アルミのマグホイール、マクドナルドのゴミは、素晴らしい化石になる

このスローガンは、見解ではなく楽観が面白い。未来の地球上に意識ある生命が存在することが、この予言の前提だから。

クラウドの中にストア?

クープランドのスローガンの多くは、彼のものではない。ユーザーによる厳格なテストを通して磨かれ、ほぼ完璧な明快さを保証するに至った、テクニカル ライターやユーザ エクスペリエンス デザイナーたちの作品である。クープランドは、あまりにありふれて気づかれない表現の細片をすくい上げ、新たな文脈に配置して、言語に内在する意味の可変性を強調する。1996年に「クラウドの中にストア?」と訊ねたら、2016年の現在とは全く異なる結果になったはずだ。ファイルを保存するためのソリューションではなく、機内販売カタログ「スカイモール」を連想させたことだろう。流動や攪拌から生まれる、ちょっと気の利いた、しかし無意味な両義は、時の経過と共に意味を失う。クープランドは、現代生活のそんな不条理を楽しむ。

廃棄物の流れはデータストリームを無効にする

脱工業化環境の悪化は、クープランドが抱く大きな懸念のひとつである。このスローガンは、個人の二酸化炭素排出量と個人情報を照合する。私たちが生成するデータの痕跡は、現在、活発に収集できる資源としてマネタイズできるが、実際、それがどれほど役に立つのだろうか? いったいどの地点で、廃棄物の流れとデータの流れが同一になるのだろうか?

ジェットラグは、ちょっとロマンティックだった

クープランドのスローガンは、時に、未来の想像を垣間見せるフラッシュ フィクションでもある。時は2048年。身体感覚が実世界と一致していた時代を物憂げに思い出しながら、87歳のクープランドが言う。「ジェットラグは、ちょっとロマンティックだったな」。確かにシームレスな仮想現実は便利で効率的だが、空の旅を覚えている者は、何となくあの違和感が懐かしいことを認めざるをえない。人間観察には、空港が最高の場所だった。

  • インタビュー: Adam Wray
  • 画像提供: Daniel Faria Gallery