夢見るサグポップのファンタジーな宇宙

ビジュアル アーティストのクリステン・ムーニーが、黒人ゲイ アート、ノベルティ、自己愛を語る

  • 文: Ruth Gebreyesus
  • 写真: Myles Loftin

このインタビュー当日の午前中、ビジュアル アーティストのクリステン・ムーニー(Christen Mooney)、別名「サグポップ(ThugPop)」はニューヨークにいて、キャナル ストリートにある『Office』誌のイベント空間「ニュースタンド」で開催されるアート インスタレーションを準備していた。その日のもっと早い時刻にはワシントンにいた。ニューヨークの喧騒を逃れ、心を静めるために、今年の春、活動拠点をワシントンへ移したのだ。引っ越しの数ヶ月後には、挑発的なイメージを織り込んだタペストリーのコレクション「Cooning For Cash」を制作した。各作品に使われている黒人男性のヌードは、ボブ・マイザー(Bob Mizer)が『アスレティック モデル ギルド』に掲載した、70年代の写真から引用したものだ。『アスレティック モデル ギルド』は、アメリカの検閲制度によって男性ヌードのアート写真が禁じられていた1945年に創刊された写真誌で、友人知人をモデルにしてマイザーが撮影した写真はフィットネスやボディビルの体裁をとっていたものの、男性同性愛の雰囲気を濃厚に漂わせていた。ムーニーの作品では、モデルのわずかに違うショットが重ね合わせてある。男たちはレザー バンドで縛り上げられた腕を上にして、そのいかめしい表情と疲弊した表情を浮かべた顔が対比をなす。

ビジュアル アートとしては「Cooning For Cash」がデビュー作品だが、現在26歳のムーニーはそれまでも創作を続けていた。スタテン アイランドで生まれ、家族といっしょに東海岸とシカゴの各地を移り住んだ後、ボルチモアに落ち着いたときには10代を迎えていた。カレッジはニューヨークのファッション専門校へ進んだが、ドロップアウトして、Opening Ceremony、V Files、Dover Street Marketで勤務。その間に、かの有名なストリートウェア ブランドHood By Airの花形デザイナー、シェーン・オリバー(Shayne Oliver)と知り合った。そして、エネルギッシュなメンバーのひとりとしてファッション ショーに出て、スタイルに関わり、ムーニー自身の言葉によれば「社内ミューズ」の役割を担っていた。なんと言っても、オリバーの創作の過程を間近に見る機会こそ、いちばん実り多い学びの体験だった。

だが結局のところ、ムーニーの創作意欲はファッションでは満たされなかった。手探りを続けるうちに魅かれたのが、彼自身と同じ黒人男性の身体を表現した写真だ。そこから、マイザー、シエラ ドミノ スタジオのクレイグ・カルヴィン・アンダーセン(Craig Calvin Andersen)、ジョゼフ・ビーム(Joseph Beam)やマーロン・リッグス(Marlon Riggs)といった、先駆的なライターや活動家による、黒人男性をエロティックに描写する創作世界を知ることとなった。サグポップの作品世界とは、こうした先達の作品を称え、さらに複雑に解釈するものだ。

現在のムーニーは、サグポップの名前で、コラージュやコレクション アイテムを発表している。作品は一見、単純なようで、その構成は巧妙だ。私が好きなのは、黒人専門のエロティック マガジン『Black Inches』に出ていたモデル、コリー(Corey)を使った作品。ソファに坐ったコリーが、腿の後ろから前側へ左腕をまわしている。左手があるはずの場所にはピンクと白のバースデー ケーキがあり、「I Love Myself (僕は僕が好き)」とアイシングで綴られている。軽やかな遊び心があって、同時に心温まる表現は、まさにムーニーだ。そんな彼に、創作のプロセスとインスピレーション、彼の作品世界に反響している自己愛の精神を尋ねてみた。

ルース・ゲブレイサス(Ruth Gebreyesus)

クリステン・ムーニー(Christen Mooney)

ニューヨークから引っ越したのは、どうして?

自分がやるべきことを見つけたかったから。ファッション関係の仕事をしてれば生活はできたけど、クリエイトという点ではものすごく物足りなかった。Hood by Airでは色々勉強になったし、僕の仕事もあったから、そのHood by Airが活動を止めたとき、ものすごく大きな喪失感を感じたよ。だけど、グレイス(Grace Coddington)やシェーン(Shayne Oliver)と話したり、アーティストとしてのふたりの在り方を見たりするだけで、僕自身が作品を作れる自信を持てたんだ。

あなた自身の創作は、どういうふうに始まったの?

実際に何かを作り始める前、ゆっくり考えた。自分の内面を見つめて、自分を愛せるようになるまで…。内側に目を向けて、僕が繋がりを感じられる表現、黒人の肉体を表現した作品を探してみたんだ。そうやって見つけた作品は、ほとんどが、白人のレンズを通して見た黒人の肉体だった。ボブ・マイザーの作品にも出会った。「Cooning for Cash」に使わせてもらったものもあるけど、彼が撮った写真は本当に心に響いたよ。僕はいつも、なんて言うか、自分の作品のなかで自分を探してるんだ。自己愛を表現したり、自己受容を促したりしようとしてる。そんなとき、マーロン・リッグスのことを知った。何と言っても、黒人ゲイのアート界でひと際光る存在だ。黒人ゲイのための作品を作ってるアーティストだと思ったのは、彼が初めてだし、僕自身もそういう創作を引き継ぎたいと思ってる。

「Diamonds vs Rhinestones」2019年

「Cookies & Cream」2019年

今のところはトニ・モリスンを見習ってる

引用する素材は、どこで見つけるの?

色々だけど、大抵の場合はネットで。インターネット中を探し回ってる感じ。最初はTumblrで探してたけど、そのうち、これだと思うものが見つかるまでインターネットをくまなく探すようになったんだ。そうこうするうちに、色々なデータベースも見つけた。どれもデジタルな感じがするのは否めないけど、いくつかアーカイブも購入してある。

コラージュには、『Black Inches』の写真をよく使うな。『Black Inches』は、唯一とは言わないけど、黒人が撮った黒人の身体を見せる、いちばん新しいマガジンだと思う。僕も、黒人のレンズを通した作品作りを心がけてるし。でも、別にそうじゃなきゃダメってわけでもなくて、今のところはトニ・モリスン(Toni Morrison)を見習ってるわけ。

ニューヨークにいる間は、ほとんど自分で写真やビデオを撮影して、一から新しい作品を作ってる。実はずっと以前から、ニューヨーク公共図書館のショーンバーグ黒人文化センターに黒人の肉体とエロティシズムを表現した作品があるか、確かめたいと思ってたんだ。超タブーな領域だから、どうだろうな? 黒人の同性愛を表現したエロティックな映画や映像作家をリサーチしてみたけど、何もない、誰もいない。まったく、信じられないよ。

黒人のレンズを通した黒人の肉体というのは、黒人以外のレンズを通した黒人の肉体と対比して?

ショーンバーグ センターが企画したエイミー・サル(Amy Sall)とリナ・ヴィクトル(Lina Viktor)のトークを、ネットで見たんだ。その中でエイミーは、白人のレンズは、黒人の肉体に突きつけた銃みたいなもんだと言ってたよ。初めて入植者がやってきたとき、黒人の写真を撮って、ヨーロッパや他の場所へ持っていった。それ以来ずっと、今に至るまで、黒人の肉体は視覚イメージの戦場なんだ。本気でリサーチしてみたら、エロティックなのはどれも、白人のレンズを通した黒人の肉体のほうだった。この点に関しては、僕自身のレンズと僕自身のアート表現を使う以外に、どうすればいいかわからないよ。50年後の若者たちは、僕の作品を見て、「白人が写した以外の写真もあるぞ」って言えるだろうけど。

あなた自身は、自分の肉体を意識してる? 自分の肉体との一体感を感じる?

僕自身の肉体は意識してると思う。でも、空想の世界で生きてるところもあるし、それが作品にも表れる。リボンとかラインストーンとか貝殻みたいなものが好きなのも、そのせいなんだ。そうやって、自分を空想の世界へ置き換えてる。

タペストリーとか枕とか、生活用品を作品の媒体に選ぶのはどうして?

見て鑑賞するだけで楽しめる作品もたくさんあるし、アート作品のコレクターは絵画へ投資する傾向が強まってるよね。でも僕は、僕が知ってる人たちが手にできるもの、一目見ただけで繋がりを感じられるものを作りたいんだ。すごく機能的で、すごく共感できるもの。ただ飾ってあって、埃が積もるようなものじゃなくて、実際に使えるもの。それに、僕自身、ノベルティが大好きだし。

あなたの昔のベッドルーム、どんなふうだっだ?

随分あちこち引っ越したけど、母さんはいつだって、家を特別な場所に変えようとしてた。ハイスクール時代、僕の部屋はふたつあって、ひとつはものすごく奇抜だった。母さんが壁をオレンジ色に塗って、天井から中国風のランタンを吊るして。僕も色々とやってたよ。『Vibe』みたいなマガジンには、キャシー(Cassie)とかのすごく素敵な写真があったから、切り抜いては壁に飾ってた。

どんなアート表現ができるかってことは、いつも考えてた。高校生のとき、最初のブログを立ち上げて、別に大した数のフォロワーがいたわけじゃないけど、僕自身はものすごく入れ込んでた。タイトルは「Cosmic Collection (宇宙のコレクション)」。ヘッダーにコラボ仲間の名前を書いて、とにかくPhotoshopを使いこなせるように、それは一生懸命勉強したもんだよ。毎日、学校が終わったら家でブログが待ってる、みたいな。インターネットで僕のアートを表現したのは、あのブログが初めてだった。

「Attack My Crack From the Back」2019年

現在のアトリエは、どんな感じ?

今も部屋がふたつある。考えてみると変だね。ともかく、区別して使い分けてる。ひとつはデジタルの部屋で、もうひとつはアナログの部屋。片方の部屋でコラージュやキャンバスを使う作品を作って、もう片方の部屋でもっとデジタルな作品を作る。ビデオ作品に使うオリジナルの写真は、ニューヨークへ行って撮影する。もうすぐ、僕のウェブサイトで公開する予定だ。

コレクション第2弾の「Dreamworks of an Ethereal Mind」について教えて。あのコレクションにあるフィルム コラージュには、その他のコラージュ作品と同じ精神が流れてるわね。

フィルム カメラを使ったのは、あれが初体験と言ってもいいな。販売作品にするつもりだったし、全部、僕自身が作ったものだけにしたいと思ったんだ。すごく色々なことに挑戦してクリエイトするソランジュ(Solange)には、かねがね創作意欲をすごく刺激されてるから、「Dreamworks of an Ethereal Mind」では、僕もできる限りたくさんのことに挑戦して創作の範囲を広げるようにした。人に頼んで、わざわざ撮影のために時間を割いて被写体になってもらったのも、初めて。以前からレンズの後ろに立って作品を作りたいと思ってたから、そういう意味で「Dreamworks」はまさに「ドリームワーク」、夢の作品だよ。別に語呂合わせじゃなくて。

最近では、どんなインスピレーションがあった?

実は今は、デザート、食事の最後に食べるデザートにハマってる。お皿を作ったのも、多分そのせいだな。新しい作品にはロメロ(Romero)のプリントを使う予定だけど、彼、今刑務所だから。でも僕の頭の中には、ずっとひとつのファンタジーがあるんだ。

どんなファンタジーなの?

僕が作るコラージュみたいな世界で、何もかもピンクで、1日中デザートを食べてるの。ちょっとソフィア・コッポラ(Sofia Coppola)の映画みたいだけど、でも登場するのは黒人だけなんだ。

  • 文: Ruth Gebreyesus
  • 写真: Myles Loftin
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: October 30, 2019