熱狂するフィールドと動きの写真家ペレ・キャス
驚くべきタイムラプス画像で見る現実の多重性
- 文: A. S. Hamrah
- 写真: Pelle Cass

今週は、SSENSEとVictory Journalが共同で、スポーツをテーマにした5つのストーリーを連載します
ペレ・キャス(Pelle Cass)のスポーツ写真で、動いているアスリートが無秩序に入り乱れている様子は、現実そのものだ。演出されたものではない。けれども、その現実は、私たちが試合や競技や大会を観戦するときに見るのとは違う。
それは、キャスの写真の中では何もかもが同じ時間、同じ場所で起きているからだ。グレゴリー・クルードソン(Gregory Crewdson)やアレックス・プレガー(Alex Prager)といったアーティストの演出写真において、人々はエキストラのように、映画の1コマのような構図にまとめられている。存在しない映画を完璧に表現する、特別で偶発的な1コマだ。
だがキャスの写真の中では、すべてのコマがいっぺんに重なり合う。そこにすべてがある。ひとつのシーンで起きる可能性のあるすべての出来事が、同時に、順不同で起きているのだ。その場を決定づける、唯一の瞬間は存在しない。代わりに、線状の時系列から切り離され、脈略なく並んだ瞬間があるだけだ。
キャスのスタイルは、人を配置して、定位置で凍らせたように動きを止めるのではなく、不意に人々をとらえ、その場所を特定し、そこで印を付けて、先へ進む。ありとあらゆるデジタル画像が溢れかえる今の時代においては不可能に思えたことを、キャスはやってのけた。これまでにない方法でありながら、すぐにそれとわかるやり方で、リアルな体験を表現する新たなスポーツ写真を発明したのだ。しかも最小限の手段で。位置を固定したカメラで何百枚ものデジタル写真を撮影し、社会人向けのクラスで学んだPhotoshopで編集するという手法である。
混沌とした『ウォーリーをさがせ!』のような側面を持つキャスの作品は、見る人を惹きつけるが、迷わすものでもある。キャスの写真には中心人物がいない。見つけ出すべき特定のキャラクターがいないのだ。例えば、カリフォルニア州オレンジ郡で行われた全米マスターズ飛込競技国内大会で、去年8月にキャスが撮影した何千枚もの写真から作り上げた作品の、Marine Serreのボディースーツに身を包むブロンドの飛び込み選手。彼女はそのユニークな水着のせいで目立っているが、他にも20数人いる選手のひとりであり、他の選手の多くもまた、彼女と同じく、写真中に何度も現れている。
飛び込みは連続的な事象だ。前方に向かい、踏み切り、フォームを整え、着水し、水がはねるという風に、段階的に発生する。この出来事のキャスの写真では、さまざまな場所で、さまざまな飛び込みの段階を見ることができる。飛び込む瞬間の選手が異なる体勢で写っており、まるで自身の隣りにいるかのようだが、それは異なる飛び込み段階にある、他の選手の姿で隔てられている。その髪を見ると、濡れていたり乾いていたりして、写真中の彼女の動きが、実は連続していないとわかる。
キャスは、これをエドワード・マイブリッジ(Eadweard Muybridge)から学んだと話す。この19世紀の英国系アメリカ人の写真家は、速足で駆ける馬の連続写真を撮影し、馬がギャロップする際に、すべてのひづめが地面から離れている瞬間があることを証明した。キャスの写真では、連続性と地面が切り離された。彼の被写体は四方八方に飛び出し、画面上のスペースを争っている。
キャスの写真における、混雑し、込み入った競技の場は、動いている身体が別の身体を阻止し、その動作を隠してしまうので、複雑でわかりづらいことがある。それは、わかりやすく、即座に理解できる一瞬を捉えることを目指す、スポーツ写真の鉄則を破るものだ。通常、スポーツ写真の目的は、勝利または敗北の瞬間を封じ込めることであり、そこで許されるのは、興奮か苦悶だけだ。キャスの写真では、もっと多くのことが起きている。キャスは、ダンクシュート、キャッチ、ゴールという瞬間は表現しない。時を超えようとするのではなく、時間の動きそのもの求めているからだ。典型的なスポーツ写真に見られる、あの必然の感覚を排して、なんら保証のない不確実なものに置き換える。誰が勝ったのかを知るというより、起きている瞬間にスポーツを観戦するような感じだ。

Janet Schutlze 着用アイテム:ジャンプスーツ(Marine Serre) 冒頭の画像 Lisa Meller 着用アイテム:ジャンプスーツ(Marine Serre)
II.
昔、ボストンに住んでいた頃、私は2シーズンほど、大学と高校のアメフト チームの撮影スタッフとして働いていた。大きなハンドルの付いたBolexの16mmカメラと木製の三脚を持って、ニューイングランド中のアメフトの競技場に行き、そこで、三脚に大きなミッキーマウスの耳のようなフィルム カートリッジの付いたBolexを取り付ける。そして、キャスのように、観客席の上の決まった位置で作業していた。下の方では、コーチや学生選手の親たちが子どもたちに向かって声援や罵声を送り、チアリーダーが飛び跳ねたり歌ったりしていた。周囲の目まぐるしい動きを見て、私は、バスビー・バークレー(Busby Berkeley)が、1930年代のミュージカル映画で、上から見下ろすような、ダンスのシーケンスのアイデアをどうやって得たのかわかった。
当時、私のルームメイトが報道カメラマンで、彼は仕事の大半の時間をプロスポーツのスタジアムで過ごしており、試合の間中、選手の動きを追って走り回り、レッドソックス、ペイトリオッツ、セルティックス、ブルーインズの選手たちを撮っていた。私も彼も同じ被写体を撮っていたが、スポーツを後世のために記録する手段としては、私たちは両極にいた。私はトレーニング動画を撮影し、彼はニュースを扱った。私が撮影した動画では、選手のユニフォームの背番号が映像に映っていることが重要だった。そして全員が揃って写っていることも。ルームメイトにとっては、それは考慮せずとも良かった。重要なのは、その試合の全体がわかるような瞬間を捉えることだった。
「混沌、リアルな世界が撮りたいんだ。その場にいられるような」。この夏、マサチューセッツ州ブルックラインにあるキャスの自宅で話したとき、彼はそう言っていた。「みんな整頓するためにPhotoshopを使っている。でも僕は散らかしたい」と説明する。あるキュレーターは、彼の作品を「デジタル画像の大混乱」と呼んだ。キャスは、自身の写真が「人々がパニックで走り回るような、ある種の大惨事を表現している」と考える。
彼が描こうとしているのは栄光や勝利ではなく、「尻込みせずにぶつかっていく」様子や、熱狂と暴力、楽観主義と恐怖の間の葛藤だ。写真を1枚にまとめるとき、彼は細かな不一致を探し、心の中でひそかに「これはわかりにくくなるな、いいかもしれない」と思うのだ。


III.
写真撮影のためスポーツ イベントに向かう際、キャスは一連の自分ルールを決めている。まず、彼が住むボストンにはたくさんの大学があるため、通常、撮影対象に選ぶのは大学のスポーツだ。彼がそこにいることを誰も気にしないし、大抵は、写真撮影に特別な許可を得る必要がない。また車も運転しない。ニューハンプシャー州のダートマス大学のホッケーを撮影したときは、バスを利用した。
大学の試合では、誰も彼に気づかない場合がほとんどだ。カメラの位置を1カ所に固定して、彼が「いちばん安い」と言う三脚に取り付けたCanon 50mm 1.8レンズ搭載のCanon 5D Mark IVで撮影する。「ものにこだわるタイプじゃないんだ」と彼は言う。最初、空のコマを撮るところから始め、観客が現れ、選手がフィールドやコートに出てきて、物事が起こるにつれ、徐々に撮る数を増やしていく。
試合が始まると、キャスは数百枚、大抵は数千枚もの写真を撮る。家に帰ると、玄関の横に置かれた小さなデスクのモニターに向かい、これらの写真をパソコンにアップロードする。妻のマーガレット・ホームズ(Margaret Holmes)はフィクション作家で、家には撮影機材よりも本が占領しているのだ。1枚の写真を完成させるのに、40~80時間、約2週間しっかり取り組む。写真がアクションから遠ざかっていればいるほど、時間がかかる。最初にスポーツ写真の制作を始めたとき、彼には何か新しいことをしているという意識があった。作りながら、その作品がどういうわけか彼の意識を変容させていると感じたからだ。だが、人々が作品の技術、動き、予期せぬ繰り返しではなく、作品の主題を気に入るとは予想していなかった。キャスは、スケールと構図を強調するために、写真を写真用紙ではなく、特大のラグペーパーに印刷する。デジタル対フィルムの対立にはうんざりだと言う。「その点をやたらと誇りにする写真家にはイライラするよ」
キャスは長年にわたり、多くの被写体やスタイルを取り上げ、写真技術を伸ばしてきた。たくさんのピンが並んだ写真は、奇妙に現在の作品に通じるものがある。その後、横断歩道や公園で街頭の風景を撮った。1970年代の美術学校で、彼はゲイリー・ウィノグランド(Garry Winogrand)風のストリート フォトに苛立ち、自身の作品でそれに対抗しようとした。ストリート フォトの写真家が公衆の場で他人を狼狽させるには、かなり神経が図太く、自信家でなければならない。キャスは、自分にはそのような図太さがないと言う。キャスは人をイラつかせたくないのだ。ストリートフォトの写真家は例外かもしれないが。キャスは、仕事はすべてカメラがやるべきだと考えている。だから自分がカメラと一緒に「踊ったり跳ねたり」しようとは思わない。一緒になって踊ったり跳ねたりしなくてよいのなら、ダンサーや俳優やファッションモデルも撮影したいと話す。

IV.
キャスは、風変わりでユニークな自分の写真が大衆芸術のひとつであると理解するようになった。「誰もが楽しめる」のだ。作品を見たスポーツファンが彼のところに「うわー、ヤバいね!」と言ってくる。ウィノグランドに代表される20世紀の写真の本流を彼が拒否するのだとしたら、それは絵画からより多くの影響を受けているからだろう。彼がもっとも興味をひかれる美術史の主題が2つある。戦争と天国だ。彼を突き放し、魅了する戦争と天国を、キャスはその後の抽象主義者のレンズを通してフィルタリングする。
18世紀のベネチアの巨匠ティエポロ(Tiepolo)が描く、雲に住む神、女神、天使、ケルビムが雑然とひしめく天国と、ピカソ(Picasso)による、手足、頭、胴体をバラバラにして個の破壊の叫びを表現した後期キュビズムの作品、「ゲルニカ」の爆発的な衝撃を、キャスは結びつけた。そのスポーツ写真には、17世紀フランスのバロック時代の巨匠ニコラ・プッサン(Nicolas Poussin)の、空を背景に広々とした場所で戦いを繰り広げる群衆を描いた装飾的な絵画と、ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock)のカラフルな絵の具を滴らせた巨大なフィールドが同時に存在している。キャスにとって、スポーツは、現実から切り取った、動きのあるコンポジションで表現する、戦争と天国のアナロジーだ。そこでは、激しい競争の中で、あらゆるものがそれ以外のすべてに影響している。
キャスは、男子アメフトとラクロスは少し物騒だと考えている。彼のホッケーの写真を見れば、ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel the Elder)の「雪中の狩人」を連想せずにはいられない。プッサンの描いた、略奪にあうサビニの女たちとともに、ブリューゲルの「死の勝利」の恐怖が、キャスの写真の水面下には潜んでいる。ボールの円や、ラケットやポールの線が、壁画のようなキャスの写真の半分を埋めており、選手たちは、これらのスポーツ用具の下や周りで激しく衝突している。
ユニフォームの背番号が問題になることがあると、キャスは言う。1枚の写真で、同じ選手を何度も使用するのだが、繰り返し、同じ数字を視野に入れたくないのだ。1試合のすべての瞬間をまとめることにより、彼は個々のアスリートを越え、チーム全体、動き全体、そして人間の活動としてのスポーツの概念そのものを讃える方法を見つけた。私たちは、これらの空間にどれだけの生命が息づいているかを見る。時間を分解するキャスの手法によって、多くのアクションが明らかにされる。だが同時に、そこには閉所恐怖症と混沌もある。美しさとともに、そこには緊張と暴力も存在している。キャスに言わせれば、これらすべてを写真に収めるために彼がたどり着いた技術は重要ではない。「神秘的なのは世界であり、時間なんだ」と。「Photoshopじゃないよ」
A. S. Hamrahは雑誌『n+1』の映画評論家。先頃、作品集『The Earth Dies Streaming: Film Writing, 2002–2018』を出版した
- 文: A. S. Hamrah
- 写真: Pelle Cass
- 撮影場所: Marguerite Aquatics Center、ミッションビエホ
- 制作: Jezebel Leblanc-Thouin
- 制作アシスタント: Stephanie Bayan
- 協力: USA Masters Diving、Mission Viejo Nadadores、Vice Chair USA Masters Diving / Lisa Meller
- 協力: ictory Journal / Aaron Amaro、Chris Isenberg、Kate Perkins、Nathaniel Friedman、Shane Lyons、Tim Young
- モデル: David L Acosta、Karen Alderman、Kim Alderman、Luis E Bahamon、Eric M Bomberger、Maryhelen Bronson、Joan M Chalkley、Robert M Chandler、Ibone A De Belausteguigoitia、Matt Dehaven、Gregory J Derevianko、Elizabeth A Dinello、Kathy Diringer、Gerard T Dunn、Madonna Fernandez-Frackelton、Steve J Figg、Patrick French、Tabitha A Fritz、Geoffrey P Geis、Brian D Gilbert、Sara J Gilliland、Jordan M Gotro、Felix Grossman、Michael B HA、Nick Hastie、Mark A Hearn、Gail M Heaslip、Andrew Helmich、Lori J Hillman、Alan T Hungerschafer、Joanne A Hutlet、Nancy Janik、Jo-Ann D Johnson、Ron M Kontura、Alexander Lapidus、Kevin T Lynch、Carol J Mackela、Kara Macwilliam、Chay N Malvasio、Jennifer L Mangum、Barbara M Martin、Don McAlister、George S McGann、Michael F Mcgowan、Lisa Meller、Ava Miller、Cole A Miller、Graham Miller、Melanie J Milone、Lisa A Mitrani、Nancy Morris、Logan J Pearsall、Richard J Pennavaria、Casey Pepe、Lindsay Pierce、Laurel L Plewe、Sean Proctor、Sheila Raives、Catherine A Rendell Green、Edward L Richmond、Peter Rieman、Courtney N Rudolph、Ryder Sammons、Lea K Schmeisser、Catherine J Schmittling、Janet L Schultze、Janelle P Sherako、Robert W Sherman、Rebecca Sibberson、Garrett Sisley、Gerard A Smith、Jeffrey Stabile Jr、Edward Stevens、Kelsey A Stillinger、Andy O Stortroen、Viki Tamaradze、John B Terry、Mark A Timko、James P Whalen、Luke T Winkler、Kelly Winterbottom
- Date: November 15, 2019