仮想に現実を学ぶ
Actual Objectsのデジタル世界が指す終末世界の可能性
- 文: Max Lakin
- 監督: Claire Cochran

ゼロから世界を作り出すには、考えるべきことが沢山ある。新しい世界の輪郭は? 顔の各部分の比率は? 空の割れ目の色は? デジタル アーティストでありプロデューサーでもあるクレア・コクラン(Claire Cochran)、リック・ファリン(Rick Farin)、ニック・ヴァーネット(Nick Vernet)には、決めたことより、決めていないことを尋ねるほうが話が早い。3人が結成したクリエイティブ スタジオ「Actual Objects」は、現実と非現実の明瞭な境界が曖昧に混乱した、広大なデジタル世界をデザインする。同スタジオの業務内容はクリエイティブ分野のプロジェクトに使用するビジュアルの制作および提供ということになっているが、それだけでは、現実世界の特色を完全に打破したActual Objectsの作品を十分に理解できない。
2019年にロサンゼルスで結成されて以来、Actual Objectsは不吉なトリップへ迷い込んだような視覚イメージを作り続け、ますます幅広いカルチャーへ進出している。例えば、バッド・バニー(Bad Bunny)が発表したスタジオ アルバム『YHLQMDLG』のカバーでは、第三の目を見開いた少年が大異変の中を自転車で走り抜けている。トラビス・スコット(Travis Scott)が置かれているのは、破滅したテクノの荒地だ。シュローモ(Shlohmo)がプロデュースした薄気味悪い電子音楽は、同じく悪夢のような終末世界の映像に合わせて流れる。刺激臭が鼻をつくような褐色と土の色で描かれる光景は、汚れた紗幕を通して見ているような、まだ粉塵が空中に浮遊している変わり果てた世界を見ているような、そんな感覚を抱かせる。
ゲーム通ならActual Objectsの世界に馴染みがあるだろう。高度な3Dグラフィックをリアルタイムで制作できるプラットフォーム「Unreal Engine」を使っているからだ。写真と勘違いするような視覚効果は、不気味の谷と高熱に浮かされた鮮明な悪夢の狭間のどこかへ僕たちを運び去る。「僕たちがやろうとしたのは、不快な後味を残すグラフィックを使って、抵抗し難い何かを作り出すことだ」。Unreal Engineは1998年にコンピュータ ゲームの制作を目的として開発されたが、その後、空間を立体的に見せるライティングや自然な動きを再現するモーション トラッキングなどの進歩を経て、用途を拡大してきた。現在では、『マンダロリアン』や『ウエストワールド』など、大金を投じた非常に視覚要素の強いテレビ シリーズの舞台作りに使用され、幅広い魅力でSFの範疇を超えたファンを獲得している。だがそれも、Actual Objectsの手にかかると、ビデオ ゲームの『コール オブ デューティ』というよりは、エド・アトキンス(Ed Atkins)に近い視覚効果になる。「Unreal Engineのスタイルに抗わずに、そのまま活用する手法を選んだ」とファリンは言う。
Actual Objectsの顧客は、ポップおよびインディー系のミュージック、大衆市場、前衛的な現代ファッションと、一見繋がりのない多岐の分野にわたる。NikeとThe North Faceのためには予想外に不可思議なキャンペーンを制作したし、破壊と言えるほどウェアを解体するベルリン ブランドOttolingerのキャンペーンも、Actual Objectsならではの焦土と化した地球を連想させる。Hood By Airが過去のアーカイブをリメイクしたプロジェクト「Museum」のビジュアル、シェーン・オリバー(Shayne Oliver)のノイズミュージック プロジェクト「Leech」のビデオも制作した。顔を変えられたオリバーがさらに悪夢のような生き物に変容する、不穏なビデオだ。ファッション界では、Marine Serreと継続している活動がもっとも大きい。Marine Serreと言えば世界の終末の混沌を感じさせる未来派ブランドだから、Actual Objectsとはぴったり波長が合う。全身を覆うボディスーツや、丈の長いダスターとお揃いの呼吸マスクが登場した2019年秋冬コレクション「Radiation」のキャンペーンでは、アニメーション モデルが放射線を浴びた後のパリを歩くビデオを制作した。不毛な薄闇の中で始まり、次第にパリが自然へ戻り、眩い陽光の中で終わるストーリーは、ビジュアル ポエムと呼ぶにふさわしい。「世界の終末に憑りつかれてるわけじゃない」と、コクランはマリーン・セール(Marine Serre)を評するが、それはそのままActual Objectsにも当てはまる。「焦点は、適応の過程そのものよ」

画像のアイテム:ベスト(A-COLD-WALL*)、トラウザーズ(Bottega Veneta)、ブーツ(Bottega Veneta)、スニーカー(Maison Margiela)、コート(Junya Watanabe)、ブーツ(Marques Almeida)、コート(Bottega Veneta)、ブーツ(Maison Margiela)、T シャツ(Balenciaga)、ショーツ(Balenciaga) 冒頭の画像のアイテム:ドレス(Louisa Ballou)、コート(Marine Serre)、パンツ(Marine Serre)、ブーツ(Bottega Veneta)、ジーンズ(Maison Margiela)、ブーツ(Maison Margiela)、ショート ドレス(Mowalola)、コート(Charlotte Knowles)、ドレス(Charlotte Knowles)、スカート(Charlotte Knowles)
コクランもファリンもヴァーネットも全員ロサンゼルス育ちだが、それぞれに経歴は違う。コクランは絵画を学んだものの、卒業が2008年の不況と重なり、美術団体への就職を諦めて教職を選んだ。ヴァーネットは、『Fader』誌の見習い、小規模なエレクトロニック ショーのマネジメントなど、音楽業界の周辺に取りついていた。17歳の一時期は、同い年のファリンのマネジメントをしたこともある。そのファリンはまだニューヨークのカレッジに通う学生だったが、コクランに言わせると「アングラの電子音楽アーティストとして比較的成功」していたらしい。
少年時代にゲームにハマり、テクノロジーに心を奪われたファリンは、その両方を現実の世界で堅実に応用できるのが建築だと思った。そこでニューヨークへ行き、科学と芸術の発展を掲げる有名市立大学クーパー ユニオンへ入学したが、建築の勉強はファリンが考えていたものとは違っていた。「デッサンが中心。その他に、もっと色んなやり方があると思ったんだ」とファリンは言う。「デジタル エコシステムの領域に関しては、さほど注意が向けられてなかった」ので、ロサンゼルスへ戻り、南カルフォルニア建築大学の大学院へ行き直す。そこでファリンが師事した教授が、オーストラリア出身の建築家、映画監督、未来学者のリアム・ヤング(Liam Young)だった。建物を設計するだけの孤立した視点を超えた建築観を学んで、デジタル グラフィックでもっと全体的な世界を描く可能性をファリンは確信した。この信念に基づいて、Actual Objectsはデジタル グラフィックによる世界の構築を模索してきたのだ。
3人とも、間違えた方向にテクノロジーを使う恐れを理解している。テクノロジーの普及につれ、企業と同じレベルでテクノロジーに向き合わなくてはならないという、一種の倫理的な義務も感じる。それはとりもなおさず、ソフトウェアが作られた元来の意図に抵抗することだ。「未来の世界の姿を『スター ウォーズ』で決められたくはない」とファリンは言う。「そういうテクノロジーは、例えばFacebookみたいな大企業によって作られるし、所有しているのも大抵は大企業だと思われている。だから問題は、どうすれば正しい判断に立ってテクノロジーを利用できるか? テクノロジーを作り出した大企業の目的に奉仕する以外に、どんな使い方ができるか?ってこと」
グラフィックスのシミュレーションには、ファッションの未来を期待したい誘惑にかられる。少なくとも、パンデミックの最中のキャンペーンには、魅力のある選択肢だ。事実、 Balenciagaは、来るべきコレクションをビデオ ゲームの形式で紹介すると発表したばかり。ファッションとグラフィック シミュレーションを結びつけようとするこの衝動に、Actual Objectsは難色を示す。ファリンは言う。「引き受けるスタジオは沢山あるはずだ。僕たちだって、『イエス』と応えるほうがよっぽど稼げて、都合がいい。でも僕たちの答えは『ノー』」。コクランが続ける。「ファッションは、100%純粋にデジタルにはなりえないアート、私たちの体の上に乗せる物理的な実体よ。CGIはファッションの未来ではなくて、アートを作り出すツールだと私たちは考えてる」
ファッションにグラフィック シミュレーションを応用すると、あくまで滑らかな視覚イメージが出来上がる。これがファッション業界の大きな売りのひとつであり、おそらく無意識のうちに好意的な批評がなされる。一方でActual Objectsは、グラフィック シミュレーション特有の要素をぞっとするほどに誇張する。Ottolinge 2021年春夏コレクションのキャンペーン ビデオでは、モデルが煙の柱に呑み込まれ、顔の部分がバグのように干渉され、体や目や口がグロテスクな大きさに変えられている。
ファッションにおいてもそれ以外の分野においても、「本物であること」、「表現であること」、「真実とみなされること」に対する問いが今ほど重要なことはない。これらの問いのすべてを集約するのが架空のデジタル インフルエンサー、リル・ミケーラ(Lil Miquela)だ。2016年にInstagramに登場して以来、彼女の姿は現実世界のマーケティング キャンペーンやエディトリアル記事の見開きページに現れ、さまざまな影響を及ぼしている。昨年はCalvin Kleinのキャンペーンでベラ・ハディッド(Bella Hadid)とキスして、Calvin Kleinを謝罪に追い込んだ。問いの焦点は、リル・ミケーラをはじめ、CGIで誕生したモデルたちが倫理と商業に及ぼす意味合いだが、オンライン上のアイデンティティを判断する限り、ミケーラはハディッドに劣らず現実であるばかりか、おそらくもっとありのままだろう。今年、Actual Objectsはミケーラのシングル盤のビデオを制作した。アーティストとして認められたがるセレブと同じように、ミケーラにもパッとしないポップ シンガーとしてのキャリアが用意されているのは、用意周到というほかない。ともかくActual Objectsが制作したミュージック ビデオは、出来栄えも説得力も、現実のシンガーのために作られたミュージック ビデオと何ら変わらない。「デジタル アバターは未来の視覚要素のひとつになる」とファリンは言う。「僕たちに似ていて、僕たちみたいな動きをする。アバターに僕たち自身を重ね合わせることができるんじゃないかな」。同時に、アバターと本物の人間との違いは距離感を生む。Actual Objectsがこの距離感を保つのは、視覚イメージの解析が難しいためではなく、多くのことがやりやすくなるから。「CGIを使った目新しい部分で、一瞬、流れが止まるかもしれない」とコクランが説明する。「ちょっと待てよ、これは何かおかしい。もう少しよく見てみよう、という気になる」

画像のアイテム:ドレス(Paula Canovas Del Vas)、シャツ(Marine Serre)、パンツ(Marine Serre)、ドレス(Issey Miyake)、ドレス(Chopova Lowena)、ベレー(Chopova Lowena)、レギンス(Chopova Lowena)、T シャツ(Chopova Lowena)、スカート(Chopova Lowena)、レギンス(Chopova Lowena) 画像のアイテム:ドレス(Chopova Lowena)、セーター(Ann Demeulemeester)
「Actual Objects - 実際のもの」とは、混乱させる名前をつけたものだ。まったく実体のない非具象の制作は匂わせず、実践主義をアピールする。だがその通り、彼らの作品が例外なく目指すのは、気候変動の緊急性や、オンラインの度を深める僕たちのライフスタイルと構築環境の間に現実に存在する関係を、見る者の内面に浸み込ませることだ。作品に頻繁に炎が登場するのは、クールな演出ではなく、文字通りアメリカが炎上しているからなのだ。
ファリンとコクランがコラボした初期の作品に、未発表のビデオ ゲームがある。ロシアにある金属鉱山から中国の深センにある工場、さらにガーナとバングラデシュにある電子廃棄物集積場まで、コンピュータ ハードウェアの寿命を追跡する内容だ。「昔から、テクノロジーは際限がないみたいに思われている。みんな、クラウドとか、シルバーに輝くApple製品を連想する」とファリン。「実際は、ワード文書だってれっきとした物理的形体だ。ハードドライブ上の、刻みを付けた金属片なんだから。ファイルをアップロードするGoogleドライブだって、空中に浮かんでるわけじゃない。ノースダコタにあるデータ センターだ。だから、ファイルを追加する毎に、廃棄物を増やし、空間を消耗することになる」。Actual Objectsの面々は、再自然化による自然保護に関心を持っているが、目標は、絶滅の危機に瀕した動物を生息地に再導入したり、家畜化や栽培化を止めることではない。自然界と人間界という長らく敵対した視点を変えること、ふたつの世界のあいだに調和した共依存の関係を作り出すことだ。都市が森林と同じように自然なものとされ、森林が都市に恩恵をもたらすのと同時に、社会は森林に十分配慮する。そういう道を辿るとき、新しい世界への再順化が必要な「失われた種」は、僕たち人間だ。
Max Lakinはニューヨークのジャーナリスト。『T: The New York Times Style Magazine』、『GARAGE』、『The New Yorker』などに執筆している
- 文: Max Lakin
- 監督: Claire Cochran
- クリエイティブ ディレクション: Rick Farin
- スタイリング: Peri Rosenzweig
- メイクアップ: Echo Seireeni
- 照明技師: Derek Perlman
- スタイリング アシスタント: Ava Doorley
- 写真アシスタント: Cole Daly、John Gittens
- キャスティング: Chandler Kennedy、Nick Vernet
- モデル: Alanna Aguiar、Quincy Banks、Chuck Cochran、Cruz Dominguez-Roberts、Gabriella Dunac、Katja Farin、Lauren Juzang、Ezra Kahn、Theo Karon、Elaine Kim、Nicole Maloney、Cleo Maloney、Gabriel McCormick、Catherine Perloff、Peri Rosenzweig、Echo Seireeni、Frances Smith、Emilio Velasquez
- 制作: Nick Vernet / Actual Objects
- 制作アシスタント: Ben Lederman
- 協力: Marco at Greycard Studio
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: December 18, 2020