グレッグ・アラキが描くLAのクィアなレイブ風景

「ノーウェア」のメタンフェタミン誘発ファッション

  • 文: Julia Cooper

グレッグ・アラキ(Gregg Araki)監督作「ノーウェア」の世界に入ることは、オルタナ ビックリハウスのの現実に身を任せること。そこでは、あらゆる瞬間、あらゆる言葉が、ストレートの世界の増幅あるいは歪曲である。クィアのティーンたちが、ホットなロサンゼルスのストリートを気だるく漂う。デートスポット、パーティ、サボりたい授業以外ならどこでもいい。セックスをする。マリファナを吸う。舐める。キスする。ケンカする。それらすべてが、クジラや拳銃、ニューエイジの象形文字のような色鮮やかな水玉を描いた大きな壁画の前で繰り広げられる。着ている服は、このところ復活しつつあるレイブのスタイル。Miu MiuAcne StudiosKenzoといったブランドのランウェイでは、90年代のメタンフェタミン的ファッションへの回帰が見られる。慎みのない色彩が脳にドーパミンの放出を促し、知覚経験が支配する。チョーカーであれキャミソールであれ、「ノーウェア」に登場する服は、きっちりボタンをとめたヘテロセクシャルな現実の縁を歪め、ほつれさせることを意図する。スピーディな画面の切り替えや手持ちカムコーダーの映像を使っている「ノーウェア」は、視覚的に錯乱した映画だ。何ひとつ、意味はない。神は死んだが、信奉者は至るところに存在する。異性愛のみを規範とみなすことが規範だが、「ノーウェア」のキッズたちは同性愛者で、しかも最高にホットだ。

ニュー クィア シネマのゼロ地点

アラキは、90年代初めにアメリカで登場したニュー クィアシネマ(NQC)と関係した最初の映画監督のひとりだ。NQCの一員である監督たちの「パリ、夜は眠らない」「マイ・プライベート・アイダホ」「ウォーターメロン・ウーマン」など、NQCには良い仲間がいた。参加できる条件は、a) カムコーダーを持っていること、そして b) レーガン政権と、レーガンのエイズ否定政策を愚弄すること。「ノーウェア」の主人公ダーク・スミスは、バイセクシャルのガールフレンドであるメルと結婚したいけど、男のことも夢想する。何でもあり、誰でもあり。

ヒア & ナウ

「ノーウェア」に登場する奇抜な迷彩柄と強烈なニットを見れば、Kenzoが2015年秋冬コレクションの短編映像をアラキに依頼したこともうなずける。「Here Now」と題された短編映像には、「ノーウェア」と同じキャラクターが何人か登場し、ロサンゼルスの同じ場所で撮影されたようだ。服もほぼ同じ。

「ノーウェア」はいかにも90年代後半の映画だが、あの時間が現代の2017年春夏コレクションへ力強く回帰して、まるで時間の外側にとまっているようだ。非時間的で野心的。なにせ、全く動いていないうちに、前へ進むのだから。

直感の家

ニュー クィア シネマは、情熱も倦怠も含めて、ゲイの生活をスクリーン上に映し出す行為だったが、クィア ファッションを広く知らしめるものでもあった。アラキは、衣装で、登場人物が体験して主張する現実を表現した。風変わりで、鮮烈で、衝撃的で、退屈とは縁がない。メルは、簡素な草間彌生の展覧会場のようなベッドルームに立っている。壁に飛び散った原色の水玉、白いオーバーオール、コードレス電話。演じたレイチェル・トゥルー(Rachel True)は、「ノーウェア」に出演する前、「ザ・クラフト」の奇妙な魔女4人の1人を演じた。現在は、ロサンゼルスの「直感の家」というショップで、電話タロット占いをしている。

再びゲイなアメリカを

母親にシャワーから追い出されたダーク・スミスは、下半身にアメリカ国旗を巻きつける。邪魔が入るまで自慰に勤しんでいたのだから、十代の苦悩のまさに崖っぷち。ベッドルームの壁には、 本人よりはるかに大きな白黒の自画像が描かれている。

こめかみに当てた拳銃は、さらに大きな苦悩を意味する。危険な自殺の兆候がつきまとう。クィアな欲求や自慰行為は、常に「不健全」な病理とされてきたが、「ノーウェア」はそれを認めつつも、ゲームの最後は常に快楽だと主張する。

神よ、救いたまえ

途方にくれたゲイの少年がバス停に佇む。横にある看板は、ベンチ広告が上手く機能していることを証明している。背後の壁に描かれた2頭のクジラがカメラを凝視し、少年のTシャツの涙形の模様が第三の目に見える。ヒンドゥーの伝統では、女神の額にちなんで、第三の目に超自然的な力が宿るとされる。叡智を発する場所である

昇天って聞いたことある?

恋人たちの渦巻くようなプリントや色彩と尼僧を包む白が、あからさまなコントラストを見せる。恋人たちの目眩めくような情熱は、重苦しい道徳観で中断される。が、中断は長くは続かない。ロサンゼルスは、「天使の街」という名の宗教性に取り憑かれている。そして神聖が快楽を妨げることを、アラキはあざ笑う。シスター、あなたは見当違いの祭壇で祈りを捧げている。

昼間はレイブ、夜は寝る

「ノーウェア」の衣装は「昼間はレイブで、夜は寝る」タイプ。車の後ろに一体何を積んでるのか、知りたいものだ。トランクをこじ開けたら、Stella McCartneyGucciのプラットフォーム シューズに似せたDIYバージョンがあるのかもしれない。ミニ バックパック、丈の短いタイダイ染めのセーター、ボトルに入った水は、女性にとってレイブでの必需品。家では、きっとMarc Jacobsのシルバーのプルタブ型イヤリングの写真を切り抜いて、「欲しいものボード」に貼り付けているに違いない。モヤのかかった通りを流しながら、すれ違うシャド、ダッキー、エルビスの誰彼構わず、「私のバミューダトライアングル、舐めてよ!」大声で叫ぶ。コンバーチブルに乗った彼女たちは、レズビアンの女神たちのごとく、夕日に向かって走り去る。

  • 文: Julia Cooper