誰でもないジェイ・エリス

HBOのスターを知る

  • インタビュー: Zoma Crum-Tesfa
  • 写真: Sandy Kim

ロサンゼルスでジェイ・エリス(Jay Ellis)を訪ねたとき、彼は椅子に腰掛けて、長い付き合いの理容師にヘアを整えてもらっている最中だった。写真撮影が控えているのだ。私を目にしたエリスは立ち上がり、いかにも人気急上昇中の俳優らしく、人を惹きつける永遠のカリスマを発散しつつ挨拶してくる。こうして話をしているあいだも、理容師がもみあげをフェード カットにしていくのと同時進行で、淀みなく質問に答える。エリスにはいろいろな仮面があるという。あちこちを転々としながら成長した産物だ。最初は投資銀行家になろうと思っていたが、結局、多くの若者が辿る、そして往往にして屈辱的なモデル兼俳優の道をスタートすることになった。そして長い冒険は、HBOのコメディ シリーズ「インセキュア」のローレンスとして、人々の意識へ漂着した。イッサ・レイ(Issa Rae)演じるイッサ・ディーの相手役ローレンスは、アメリカの数多くの若い男たちと同じく、きちんとカレッジを卒業し、恋愛関係に悩み、仕事に不満を抱えている。そんなローレンスにたちまち合い通じるものを感じた、とエリスは言う。ロングランのドラマ シリーズが、そういう陰影のある黒人の「都会人の体験」を語ることは、かつてなかったことだ。少なくとも珍しい。エリスがローレンスの役柄に惹かれたのはそこだ。HBOのラブ コメディが常に時代の性を象徴する指標であるなら、ローレンスは、そしてエリス自身も、ミレニアル世代の先端を行く男の代表だ。つまり、傷つきやすく、憂鬱を抱え、ハンサムであることに違和感を感じる。

自制、惹かれる役、理容師との望ましい関係について、ゾーマ・クルム–テスファ(Zoma Crum-Tesfa)がジェイ・エリスと対話した。

ゾーマ・クルム–テスファ(Zoma Crum-Tesfa)

ジェイ・エリス(Jay Ellis)

ゾーマ・クルム–テスファ:育ちはどちらですか?

ジェイ・エリス:生まれたのはサウスカロライナ。両親は、まだふたりとも10代だったんだ。親父は空軍にいたから、しょっちゅう転勤があって、13年間で12回も学校を変わった。ハイスクール時代はオクラホマで、オレゴン州のポートランドにあるカレッジに行って、モデル時代にちょっとだけニューヨークに住んで、そこからLAに引っ越したんだ。

では、どこが故郷だと思ってますか?

簡単には言えないな。でも、僕の人生が「ビフォア アイ フォール」とか「きっと、星のせいじゃない」みたいな映画だとしたら、舞台はオクラホマだろうね。

頻繁に引っ越しを繰り返した経験が、役作りに影響を与えていると思いますか?

僕はアリア・スタークみたいなもんさ。「ゲーム オブ スローンズ」、見てる? 僕はどんな顔にもなれるんだ! 誰でもないんだ。経歴もばらばら、話す言葉もばらばら...長い期間、そんな人たちに囲まれて過ごすと、ひとりひとりから小さな宝を受け取るようになるんだ。子供の頃は周りと同化しようとする。もっと大きくなると「知ったことか、オレはオレなんだ!」って思うようになる。それでも、いろんな仮面を被る方法を見付けるんだ。

若い黒人男性に対する固定観念に挑戦するキャラクターを見付ける

俳優という職業ではとても役に立つ特徴だと思いますが、私生活でいろんな仮面を被るのは大変ではありませんか?

仕事には役に立ってる。プライベートでは、健全じゃないね。自分の中にいろいろな面を持つのは、ある意味で健全だけど、ある意味ではすごく不健全だ。

あなたは自分に厳しいですか?

そうだね。両親の影響だと思う。

私は自制心が足らないんです。どうやって身に付けるのですか?

分からないよ! 何らかのスケジュールとか計画を、守らなきゃいけないんじゃないかな。君はすごく綺麗な肌をしてるから、きっと毎日、肌のためになることをやってるはずだ。それが、やることすべてに浸透していくんだ。度を越すこともあるけどね。

羽目を外すことはありますか?

大抵は、休暇中にね。

演技をすることは、羽目を外す方法のひとつですか?

僕の場合、演技はすべてをさらけ出すこと。僕は、キャラクターの不安や幸せやセックスを経験する。一方で、僕自身の生活がある。私生活を話すことは、僕はしないけどね。もし私生活に触れることがあっても、ベラベラ喋ったり、何もかも暴露することはないよ。

投資銀行家という目標から、どうしてモデルに、最終的に俳優になったんですか?

ポートランドのカレッジでバスケをやってたんだけど、Nikeはよく地元の選手を広告に使ってたんだ。僕もそこから始まって、そのうち「世界中を旅行するとか、ニューヨークに住むとか、キャンペーンをやるとか...どんな感じかやってみよう」って具合に膨らんでいった。16人の野郎とひとつ屋根の下で生活した経験は、絶対忘れないだろうな。記憶に染み付いてるよ。毎日、起きたらジムへ行って、トレーニングして、キャスティングに行く。それが大事な仕事の一部さ。最後にやったキャスティングは、今も覚えてる。下着用のキャスティングで、長い廊下に20人ぐらいの男が列を作ってた。突き当たりの部屋に椅子と机があって、椅子にはパンツが1枚置いてある。机にはクライアントとフォトグラファーが並んでる。モデルはひとりずつ呼ばれて、顔写真を撮って、裸になって、その下着を履くんだ。僕も呼ばれて、部屋に入って、顔写真を撮られて、下着を履こうとした。振り返ると、まだ20人がその下着を履くのを待ってて、僕の前におそらく30人が同じ下着を履いたんだ。そのとき、気付いたさ。先ず、不衛生だってこと。次に、こんなことをしていても俳優にはなれないって。

「インセキュア」のローレンスに惹かれた理由は?

脆さ、だと思う。傷つきやすくて、複雑で、男らしさを見つけるために苦闘したり、ぐらついたり、微妙な線の上でバランスを取ってる。同時に、自分の感情に忠実であろうとする。そんな黒人の男のキャラクターなんて、今まで見たことがないよ。脚本を初めて見たとき、「ああ、これは、僕や僕の友達や知り合いにかなり近いキャラクターだ」って感じた。ローレンスみたいな男はそこら中にいるよ。野心があって、賢くて、僕たちが直面しているのと同じ問題に直面している男なんだ。学校を卒業するチャンスに恵まれて、社会に出たものの、そこは教えられたものとは違ってる。自尊心は揺らぎ始めて、最後はローレンスみたいに憂鬱になるんだ!

着用アイテム:レインコート(Balenciaga)

電話が鳴るのを待ってるんじゃなくて、可能な限り、自分でチャンスを作らなきゃダメさ

着用アイテム:シャツ(Balenciaga)

HBOの番組は、現代の性道徳を象徴する指針であってきたような感じがします。 例えば「セックス アンド ザ シティ」は、1998年当時のデートのあり方を見せました。「インセキュア」は、今の時代の何を語っていると思いますか?

アプリを使ってセックスの相手を探すイッサの行動は、まさに今の世代が現実にやってることなんだよね。主人公は、自分のセックス ライフを自分でコントロールして、しかもアプリを利用することを何とも思わない女性なんだ。そういう生き方は、今や、僕たちの文化の大きな部分を占めてる。「インセキュア」では、セックスのためのセックスはけっして出てこない。「インセキュア」に出てくるセックスは、いつもそれなりに何らかのメッセージがあるんだ。

たくさん仕事をするようになって、どうやって役を選んでいるのですか?

若い黒人男性に対する固定観念に挑戦するキャラクターを見付ける。僕らは、全員同じじゃないんだ。髪型も違うし、言語だって違う。歩んできた人生も違う。だから、僕の経験にひとりの人間としての顔を与えて世界の人たちに見せる、そういうキャラクターを見付けることが大事なんだ。

現在、キャスティングで、黒人俳優の制約は少なくなったと思いますか?

制約が前より減ったとは思わない。最近ある映画のオーディションを受けたけど、 白人を選びたいから僕はだめだって言われたよ。面と向かってずばり、「必要なのは白人だ」。でもそういうことがあると、プロジェクトを見付けよう、プロジェクトを企画しよう、僕が主導権を握れる方法でもっとクリエイティブになろう、って駆り立てられる。クリス・ロック(Chris Rock)は自分が登場しない脚本を書いてるし、ウィル・スミス(Will Smith)やケヴィン・ハート(Kevin Hart)もそうだ。電話が鳴るのを待ってるんじゃなくて、可能な限り、自分でチャンスを作らなきゃダメさ。

主役を演じるには、良い理容師がいることが重要ですか?

常に必要だよ! エリック(Eric)は、僕の髪を切ってくれてもう5年になる。兄弟みたいなもんだ。今回の映画はアフリカで撮るんだけど、僕の床屋を連れて行きたいってスタジオに頼み込んでるところ。ヘアをやってくれる人は信頼できなきゃね。エリックがいいのは「任せろよ。48時間経って、まだ気に入らなかったら、別のスタイルに変えてやるから」ってところ。いっしょにやってる感じなんだ。散髪はそういうものであるべきだ。

あなたのスタイルは、理容師から始まるわけですね?

めちゃくちゃ大切な存在。ヘアが決まらなかったら、僕は何処へも行かないよ。着るものなんか、どうでもいい。ヘアが決まらなかったら、動かない。

着用アイテム:レインコート(Vetements)

ゾーマ・クルム–テスファは、ベルリンを拠点とするライター兼アーティストである

  • インタビュー: Zoma Crum-Tesfa
  • 写真: Sandy Kim
  • スタイリング: Zara Mirkin
  • ヘア&メイクアップ: Jaime Edenilson Diaz
  • ヘア: Eric Gonzalez