ジャネット・モック、人生最高の時
ポッドキャスター、回顧録の著者、そしてポップ カルチャーのエヴァンジェリストは立ち止まることを知らない
- インタビュー: Collier Meyerson
- 写真: Magnus Unnar / Rep Limited

9月の下旬、ライターでありジャーナリストであるコリアー・メイヤーソン(Collier Meyerson)は、ロサンゼルスに友人のジャネット・モック(Janet Mock)を訪ねた。近況を教え合ったふたりの会話は、ジャネットの近著『Surpassing Certainty』と自分自身のストーリーを語る大切さに及んだ。

Janet Mock着用アイテム:タートルネック(Versace)
冒頭の画像 Janet Mock着用アイテム: トレンチコート(Kwaidan Editions)、 イヤリング(Maison Margiela)
2013年、MSNBC局の「メリッサ・ハリス-ペリー」 ショーで仕事をしているときに初めてジャネットに会って以来、私たちは、まるで幼なじみのように意気投合し、うるさいくらい互いのことを気にかけてきた。テレビやポッドキャストに登場するジャネットは、底なしの情熱に溢れている。私たちは社会に対する不安を覆い隠すために「クールな」女を演じることがあるが、ジャネットは絶対にそんな真似はしない。積極的に対話する。いつも目を細め、顎に手をやって、注意深く、ひとつひとつの言葉に耳を傾ける。TVの司会者、トランスジェンダーの権利を擁護する活動家、そして私の友であるジャネット・モックは、相手の気持ちを削ぐことなく、ぐいぐいとタフな対話を進めていく。
去年の初夏に出版された2冊目の著書『Surpassing Certainty』を読むのは、それと似た体験だ。長い旅を独白する形で、ジャネットはハワイで過ごした10代へと読者を誘う。そこでトランスジェンダーの少女は個性に目覚め、いくつかのロマンス、学校、お金を稼ぐことを体験し、ライターになる夢を抱く。ニューヨークに移ってからは、体にフィットする大事なZaraのシース ドレスを着て就職の面接を受ける技を磨き、初恋の人との長く辛い別離を味わった。その描写にはまったく気取りがない。読者は、いわば同じソファの隣に座っている友達のような存在だ。彼女が笑うときに笑い、彼女が泣くときに泣き、彼女が思いに沈むときに共感しながら傍にいる。
私たちの対話はジャネットの執筆スタイルの再現だ。いや、延長といえるかもしれない。『アリー、マイ・ラブ』からデスティニーズ・チャイルドに至るポップ カルチャー、美しくあること、ファッションに注ぐ崇敬の念... ジャネットがテレビ番組向けに執筆中の、ウェスト ハリウッドのスタジオ内にある、かなりうらびれた付設オフィスで、私たちは語り合った。
コリアー・メイヤーソン(Collier Meyerson)
ジャネット・モック(Janet Mock)
コリアー・メイヤーソン:あなたのいちばん新しい本『Surpassing Certainty』の記述は、とても鮮明だわ。10代や20代の始めに買った洋服の値段まで覚えてるのね。どんなものを着て、髪を下ろしてたか上げてたかまで覚えてる。ファッションのセンスは、もっと若くてお金も無かった頃と今とでは、明らかに変わったわ。労働階級の環境で育ったあなたに、ファッションはどんな影響を与えたのかしら? ハワイからニューヨークへ移ったことで、変わった?
ジャネット・モック:ハワイにいた15歳か16歳の頃、初めて働いたのがファッション ショップだったの。だからカッコいい服とか、流行の服とか、デスティニーズ・チャイルドっぽい服が手に入ったわ。ニューヨークへ行ってからは、それまでのスタイルが試されただけじゃなくて、幅が広がったわね。ビンテージのリサイクル ショップは値段も安かったから、ビーコンズ クロゼット(Beacon’s Closet)やイナ(Ina)の棚を片っ端からチェックしたもんよ。ストリート スタイルにも刺激を受けたな。私より、ずっとずっと先を行ってたけどね。ダウンタウンやイースト ビレッジ、ニューヨーク大学の周辺、グリニッチ ビレッジを歩き回って、まわりを見ながら「ああ、早く仕事を見つけて服を買いたい」って思ってた。でも、洋服にそれなりのお金をかける余裕できたのは、去年あたりから。
去年? まぁ! 高くないものを沢山買うの、それとも特別な服を少なく? 私は少なくの方針にしようとしてる。例えば1本記事を仕上げたところだから、今着てるこのジャンプスーツが買えたわけ。
時たま高価な買い物をしたときに感じる罪悪感を、感じなくなったのが、ようやく去年だもの。彼はいつも言うのよ、「いやいや、君はすごく働き者だし、好きなものを買えるんじゃないの」って。ハンドバッグは1年にひとつ、いいものを買うわ。値段次第ではふたつ。いまだに値段が気になるの。値段を考えなくなることは、きっとないわ。「今みたいな状況は全部明日にでも終わるかもしれないんだから、何も要らない」って思ったりもする。

着用アイテム:タートルネック(Versace) 、 イヤリング(Jil Sander)
そういう気持ちはどこから来るのかしら?
貧乏よ! 貧しい環境で育つとそうなるの! 何かのときの蓄えがまったくないんだから。私のためにお金の工面をしてくれる家族もいない。落ちたらそのまま。多分誰かがソファーで寝させてくれるだろうから、ホームレスにはならないと思うど、ハワイへ戻るとか、そういう道しかない。稼ぐのことを頼れるのは自分自身だけ、そういう実感から起きる気持ち。
あなたの本で、いとも冷静に、自分は可愛いって書いてるわね。あれ、いいわ。無愛想な姿勢のおかげで、美人であることの特権が肩から下せるんじゃないかしら。事実、「Allure」マガジンでは、そのテーマに特化した記事を書いたものね。だけど、私としては、出世してからのあなたと美しさやファッション業界の関わりを聞きたいわ。
今でも結局、自分本来の立場に戻るわね。有色の人間が大多数を占めてる空間で、フォトグラファーもヘアやメイクのスタッフもブラックだと、セットで私のすべてをさらけ出して、みんなも「ゴージャスだよ!」って言ってくれる。 だけど、超高級ファッションの領域で、白人であることとスリムな体に価値が置かれている状況だと、私は穴があったら入りたい気持ちになるし、周囲も「どうもこのスカートはしっくりこないな」ってことになる。視覚イメージを作り上げるプロセスにはそういうレイヤーが重なってるから、私の自衛手段は、必ず私のヘア スタイリストとメイクアップ アーティストを同伴すること。我儘なディーバ気取りみたいに聞こえるかもしれないけど、実際にその場にいると考えざるを得ないのよ。「これがカメラに写る私の姿なんだ」ってね。ものすごく不安と闘ってきたわ。
私たちみんな、あなたが美人なのは認めてるわ。でも、それだけじゃなくて、すごく華やかでセクシーな魅力がある。どうもあなたは、「起き抜けの私はこんなんじゃないわよ」って言わなきゃ気が済まないみたいだけど。
だって、きれいに見えるように手間がかかってることを知ってほしいし、第一、目が覚めたときからゴージャスな人なんていないでしょ。本当のことを伝えようとしてるだけ。インスタグラムに載せてる写真だって、ほとんどは外出先で、私の日常じゃない。1週間に1回程度しかアップしないけど、それでも手間と努力、思考、みんなのスケジュールの調整、いくつの予定表を駆使して、ようやくきれいな画像が1枚仕上がるのよ。
私のフォロワーはとっても応援してくれる人ばかりだから、その種のくだらない問題はまったくないわ
そうね。あなたの画像はすごく沢山出回ってるわね。あなたの体が視覚イメージとして人々に消費される、時にはモノのようにみなされる。そのことについては?
私のフォロワーはとっても応援してくれる人ばかりだから、その種のくだらない問題はまったくないわ。だけど、機嫌が悪くて自分に対しても後ろ向きになってるときにTwitterで自分の名前を検索すると、とんでもないことになる。たいていはシスジェンダーの男か女が、私の画像を餌にして待ち構えてるの。誰かが関心を示すと、最後に「こいつは男」ってばらすわけ。それから、お互いのセクシュアリティを監視するような薄気味の悪い話が展開していく。私が見た限り「彼女はきれいだ」、その後で「彼女はトランスジェンダーだ。それでもきれいだ」って返答した男はいないわね。絶対そうはならない。
本を読んでて知ったんだけど、あなたがトランスであることを人に教えるか、黙っているか、両方の気持ちがせめぎ合ったそうね。いわば、すごく話したいのに、誰にも話したくないような葛藤。だけど、そういう緊張状態から一気にカミングアウトしたでしょう。何があったの? どうして公にしようと決心したの?
私の人生のその部分はまだ書いてないわ。色々なことが重なり合った結果だったから。仕事をするのに、私、最初の2年半は可愛い子ぶって売り込んでたんだけど、その後はもう飽き飽きして、成り行きまかせに動いてただけ。ひとつには、何ひとつちゃんと中身のあるものを書いてない、中途半端なライターのような気がしてたの。それがいつも心に引っ掛かってた。次に、最初のハズバンドだったトロイとの関係が終わったこと。それも、くっついたり離れたりっていう変な時期があって、結局別れるまでに1年半かかったわ。
それも私が話したいことのひとつなの。だって、別れるのにどんなに時間がかかるか、誰も話さないでしょう?
そうね。彼はまだ私のところへ来て泊まっていったり、私も彼に会うためにニュージャージーまで行ったりしてた。いろんな物も買ってくれて、要するにめちゃくちゃな関係が続いてたの。いつでも彼の元へ戻れるって分かってたから、完全に気持ちを切り離してなかった。自分を彼につなぎとめてたわ。その時期に多分6ヵ月くらい正真正銘シングルの時期があって、その後でアーロンに出会ったの。前とはまったく違う関係だった。オープンになる心の準備が、私にできてたんだと思う。アーロンはビューティフルで、寛容で、率直だったから、私はすごく感動して夢中になったわ。彼と会ってるときは自分の脆さを隠さなかったし、私自身のストーリーを語った。だから、最初に書いた本がそこから始まってるのは全然偶然じゃないのよ。私たちの関係を具体的に書いたわけじゃないけど、ストレートのハンサムな男性がいるっていうだけで、みんな勝手に特別な彼だって決めつけたみたい。

着用アイテム:ドレス(Balmain)
トランスジェンダーの女性であることだけを取り上げて、掘り下げて、あなたの基盤にしたいわけじゃないわよね。最近の「Vice」マガジンのインタビューは「ジャネット・モックのレガシーはトランスジェンダーの活動だけにとどまらない」っていう見出しがついてた。
自分以外の人のストーリーをありのままに深く洞察して語るには、先ず自分自身のストーリーを語る必要があったわ。だから、それまでの質問する人から、質問に答える人に変わった。人と対話して、トランスジェンダー、黒人、有色女性としての視点を語り合ったり質問したりするのは、とても好きだわ。だけど私はタラジ・P・ヘンソン(Taraji P. Henson)のレベルじゃないわよ。彼女、私のことを知らなかったもの! クリス・ジェンナー(Kris Jenner)だって、私のことを知らない! カーダシアン一家も私を知らない!単に私は、部屋へ入ってきてインタビューした頭のいい黒人の女に過ぎない。でも、真剣に質問に答えて欲しいと思ったら、私は必ず自分のことを包み隠さず話す。そういう意味では、いつも目的があるわ。オプラが今みたいに有名になる前って、きっと同じようなことを思ったんじゃないかしら。だから、自分の殻を一枚一枚、剥ぎ取るように、捨てていったんだと思う。
じゃあ、オプラみたいになりたいの?
オプラになろうとしてるわけじゃないわ。私は自分になろうとしてるのよ! でも、トーク番組を持ちたいって意味では、そうね。今トーク番組は変わりつつあるから、どうなるかは、わからないけど。私はまだそこまで行ってないし、焦ってもないわ。
コリアー・メイヤーソンは、ナショナル インスティテュート特別研究員であり、進歩的なオピニオン雑誌「ネイション」の寄稿者である。ブルックリン在住
- インタビュー: Collier Meyerson
- 写真: Magnus Unnar / Rep Limited
- スタイリング: Ian Bradley / Starworks Artists
- ヘア: Rob Scheppy / ONLY.AGENCY
- メイクアップ: Neeko / Tracey Mattingly