ユルゲン・テラーのビールシャワー

ユルゲン・テラーのサッカーへのこだわりをさらけ出す、最新の展覧会

  • インタビュー: Katja Horvat
  • 写真: Anton Gottlob

サッカーファンたちは試合観戦中、まるで自分たちがサッカーをしているような気分になる。私たちの脳にあるミラー ニューロンは、自分以外の視点を理解することができるとされている。すなわち、自分が応援しているチームや選手がプレイをしているのを観ている時、自分の中で彼らと同じ経験を共有している可能性があるということだ。ファンたちはよく、自分のお気に入りのチームについて話す時「私たち」という主語を使うが、これはファンであることはチームの一員であると本当に信じていることの表れであろう。医師のリチャード・シュスター(Dr. Richard Shuster)によると、「自分のチームが勝つ、もしくは優勢であると、脳の報酬中枢と快楽中枢の制御に直接関与する神経伝達物質ドーパミンが脳から放出され始める」のだそうだ。逆に、自分のチームが劣勢であったり負けている場合は、ストレス下で体内から発散されるホルモンであるコルチゾールが副腎で作り出される。

どうしてそんなことが今ここで関係あるのか、もしわからなければ、モスクワ現代美術館、通称「ガレージ」に行けばその答えがわかる。奇しくもワールドカップがロシアで開催されるのと時を同じくして、このミュージアムでは設立10周年記念イベントとして、フォトグラファーであり、また熱狂的なサッカーファンでもあるユルゲン・テラー(Juergen Teller)の新しい展覧会を開催している。

「Zittern Auf Dem Sofa (仮訳: ソファで手に汗をにぎる)」と題されたこの展覧会では、これまでユルゲン・テラーが観戦したドイツチームの2018年FIFA全公式試合のビデオが展示の一部として放映される。また、ビールシャワーの部屋、2014年ワールドカップでドイツが優勝した際にテラーが狂喜乱舞しながら祝福する模様、そして2002年のワールドカップ決勝でドイツがブラジルに負けた試合を観戦し落胆する彼を映した、94分の初期のビデオ作品「Naked on the Soccer Field」(2002年)も展示されている。

展覧会のオープニングの朝にモスクワでテラーに会い、彼自身あるいはサッカーファンたちの熱狂の源泉を検証した。

カーチャ・ホーバット(Katja Horvat)

ユルゲン・テラー(Juergen Teller)

カーチャ・ホーバット:このインタビューについて、あまり過度な期待させてはいけないので、最初に確認しておきますが、私のリサーチ内容についてはアントン(テラーのアシスタントAnton Gottlob)から事前に聞いていますよね?

ユルゲン・テラー:うん、リサーチのテーマは、サッカーファンが行うビールシャワーという不思議な儀式だって彼から聞いたよ。

そのビールシャワーですが、どんなビールでもよいのでしょうか? それとも使うべき決まったビールブランドがあるのでしょうか?

僕はFCバイエルン・ミュンヘンをサポートしている。彼らはドイツでいちばん優秀なチームで —

ええ、それについては、私も調べました。14連勝したとか何とか。

その通り。でも、それよりも重要なのは、彼らはブンデスリーガ6連覇を達成したんだ。イギリスで言えば、プレミアリーグのタイトルみたいなものだよ。彼らはバイエルン州出身だからバイエルンのビールで祝福する。僕は全く好きじゃないんだけどね。ドイツ語でヴァイスビアって言うんだけど、ビール腹の元になる。サッカー選手の誰ひとりとして、あんなビールは飲まないと思うよ。

FCバイエルン・ミュンヘンが連覇を達成したとき、ビールシャワーのビデオがインスタグラムに溢れかえっていた。選手、マネージャー、コーチたちのね。ビールシャワーなんてバカげていると思うけど、何故か惹き付けられてしまう。だから、それを再現して、写真に撮って、自分の展覧会の中核となる作品にしようと決めたんだ。今は完成して壁に掛けられているけど、どちらかと言えばホラーショーのように見えるし、不思議と宗教のようにも見えるね。

私もそう思います。見ようによっては、洗礼のようでもあります。

そうだね。僕も同じことを思った。いくつかの写真では、ワックスを塗りたくって祈りを捧げてるようにさえ見える。奇妙だよね。

ビールシャワーをする時は、素面ですか? それとも酔っ払っていますか?

この時は、僕は完全に素面だった。ちゃんと最後までやり遂げないといけなかったからね。僕は仕事をする時にお酒を飲んだりしない。当然、細部にまで注意を払わないといけないから。

で、どれぐらいのビールを無駄にしましたか?

全部合わせて80リットルぐらいのビールを垂れ流したと思う。だから、この作品には多大な費用がかかってるって言っても間違いじゃない。

2002年ワールドカップの決勝、ブラジル対ドイツ(2対0)の話をしましょう。その時から撮影を始めたわけですよね?

確かに撮影を始めたのはあの試合からだけど、元を辿れば、僕が10歳だった1974年に遡る。その年のワールドカップ決勝でオランダを打ち負かしたのを観て、僕はそれまで感じたこのなかった高揚感や達成感というものを味わった。

そして、ドイツが再びタイトルを手にした1990年は僕にとって大きな意味を持つ年で、そこから2002年まで早送りするとブラジルとドイツの決勝になる。試合観戦に先立って、自分のことも自分の観戦歴もわかっていたから、決勝戦を観戦している自分を撮影してみようという突拍子もないアイデアを思いついたんだ。観戦している自分を見るなんて、非常に奇妙な体験だったよ。ドイツが負けて僕はひどく落ち込んだけど、その悲しみに打ちひしがれる辛さは、実際、フィルムの方が上手く表現されていたし、よっぽど面白みがあった。

あなたのサッカーに対する熱狂は、元々どこから来たものなのでしょうか?

僕はそこそこの選手で地元のチームではキャプテンをやってたけど、プロになるだけの力はなかった。というか、まあ、全然そのレベルにまで達していなかったんだけどね。僕はいつもサッカーに自由を感じていた。子供の頃、放課後にプレイしている時は特にそうだった。僕の地元は森に囲まれた村で、僕たちはよくジャガイモ畑でサッカーをしていた。他の村のチームと対決する時には、ある程度きちんとしたサッカー場で試合をして、それが僕たちにとっては世界の全てだった。僕はそういう環境で育ったんだ。

サッカーをやめてしまったのはどうしてですか?

僕が15歳か16歳の時、突然、どんなスポーツであれ、スポーツをやること自体がクールじゃないっていう時代がドイツにやってきたんだ。当時は、今みたいに誰もが身体を気にかける時代とは違って、酒と女が全てだった。その年頃の少年にはありがちだけど、そういう時って、疑うことなくそれが自分のいちばん大切な目標になってしまう。だから僕もサッカーをやめて、他のやりたいことに集中するようになった。だけど息子ができたことで、自分のサッカー愛やサッカーに対する情熱がまた蘇ってきたんだ。今では息子がサッカーに熱中しているから、僕もサッカーのことをもっと好きになった。エジプトに行っても、アメリカに行っても、ロシアでもアフリカでも、世界中どこだって、サッカーの話をすれば、誰とでもすぐに打ち解けあえる。

この展覧会は、どのようにしてまとめ上げたのでしょうか?

この展覧会を依頼された時、最初は何を見せるべきか、悩んでいた。ペレ(Pelé)やベッカム(Beckham)、ポグバ(Pogba)なんかの写真は全て持っているけど、それをここで見せるのか?って。そこから、とんでもなくダサいタトゥーやバカげた髪型に関心が移っていった。素晴らしい戦いをしていた選手でも、当時のちょっとした流行に乗っかったせいで、今ではピエロみたいに見えてしまう。そして次に、選りすぐりの風変わりなサッカー場を撮影したらどうだろうかと思ったんだけど、それはすでに他のフォトグラファーやアーティストがやっているから、そうなると展覧会の中心になるのは「自分自身」だって閃いた。だから今回は100%、僕についての展覧会(笑)。ファンである愚かな僕、ゴールを決めるために懸命に戦っているフィールド上の22人の男を見ながら心の奥底から興奮を覚えている僕。

この展覧会のタイトル「ソファで手に汗をにぎる」から判断すると、あなたは大抵サッカーを家で観戦しますか?

スタジアムで見ることもあるけど、今回は録画があるから僕の息子が側にいるというのが絶対条件だったんだ。息子をあちこち連れ回したり、そのために学校を休ませたりしたくなかったしね。それに家でソファにいると、ビデオの映像を完全にコントロールできるし、今回のプロジェクトでは、まさにそれが必須条件だったから。

僕は仕事をする時にお酒を飲んだりしない。当然、細部にまで注意を払っていないとならないから

喜びのあまり、もしくは辛さのあまり、観戦中に涙することはありますか?

息子はね。僕は泣くことはない。どちらかというと、僕は罵ったりわめき散らす方。負けたら数日間はかなり落ち込むけど。

罵る時の言語は何語ですか? ドイツ語?それとも英語?

どっちもだね。でも、「Fuck」を意味するものならどんな言語だってかまわないよ。

何かげん担ぎのためにしていることや儀式などはありますか?

いつもショートパンツを履いている。

色はピンク、緑、オレンジ?それとも何色でも構わないんですか?

そうだね、明るい色なら、何でもいいな。それと、事前に必ずジムに行くようにしている。試合を見るためには準備が必要なんだ。身体を使うからね。

選手を撮影する時は、どれぐらい緊張するものですか?

この世のどのセレブリティを撮るよりもはるかに緊張する。例えばもしビヨンセ(Beyoncé)やデイヴィッド・ホックニー(David Hockney)から撮影を頼まれた場合、それは彼らが僕の腕を必要としていて、僕が提供する仕事をきちんと評価してくれているからなんだ。彼らはイメージが重要な世界に生きているし、そのプロセスも理解している。だけど選手たちはそんなこと気にしないし、僕のことなんて必要でもない。サッカー選手の使命はピッチの上で能力を発揮することだから、プレーしていない彼らをただ撮影するなんてほんとに意味がないことだ。ファッションのセンスがない人間が、ぎこちない笑み浮かべてボケーっとしている写真なんて全く要らないよ。あくまで、例えだけどね。

2014年に歴史的勝利を収めてブラジルから帰国したドイツ代表チームを撮影する時は、緊張しましたか?

それほど緊張はしてなかったよ。僕は究極の祝福モードだった。彼らは日曜日に優勝して、僕は月曜日の朝に大規模な祝賀会がベルリンのブランデンブルク門で行われるのを知った。そこから、チームの勝利を祝い彼らの写真に収めるために、許可を得ようとあちこち電話し始めたんだ。そのプロセスはドタバタで、すでに大勢の人が許可を得ていた。どうやら、僕の名前もちょうどいいタイミングで入れてもらえて、なんとか中に入ることができた。でもひとつの問題が解決したら、ごまんとさらなる問題が出てくる。次の問題はどうやってベルリンに行くかだった。フライトは全て売り切れてしまっていたから。そしたらまたラッキーなことに、その日に一席だけ、席が空いたんだ。だからスタジオから自宅まで全速力で戻って、パスポートを取って、飛行場に急行して、あやうく乗り遅れそうになりながら、ギリギリ間に合った。ブタのように汗をかいて、体臭も酷かったし、まわりの人には本当に申し訳なかった。ベルリンに到着して、ホテルにたどり着き、ベッドに入ったはいいけど全然眠りにつけない。僕たちは勝ったんだ、そしてこれからほんの数時間で選手たちに会うんだっていう興奮で目が冴えてしまって。でも、寝る必要さえなかったよ。明日はどうなるんだろうって、あらゆるシナリオが頭の中を駆け巡った。愚かなことに、僕はユルゲン・テラー、特別扱いされて当然の有名なフォトグラファーだから、現場に行けば選手たちとステージに上って、お祝い騒ぎをして、抱き合って、彼らを写真に撮るんだって考えた。な、素晴らしいことだろ?

まさに夢の世界にいたわけですね…。

そう。その夢の状態のまま、翌朝、現場へ行った。そこで初めて現実世界に引き戻された。40℃のうだる暑さの中、水もコーヒーも持たずにタバコも切らせていた。始まるのを待つ間ずっと、他のプレス関係者に挟まれて身動きできないまま会場の外で待機していた。後になって気付いたんだけど、僕が並んでいたのは、ステージの下にあるカメラマンエリアに向かう場所だった。ステージの下だよ。上じゃないんだ! 周りのみんな自分がどこに配置されるのかよくわかっていて、大きなレンズを持って来て準備万端だった。その中に僕がいたんだ。マヌケな僕だ。ちっちゃなカメラで、それもステージの下! さらにマヌケなことに、選手たちを乗せた飛行機が遅れたせいで、そこで4時間以上も身動きが取れなかった。帽子もなく、水もなく、もう1ミリたりとも威厳なんて残ってなかった。これが現実だなんて僕は信じられなかったよ。

現実の厳しさを学んだというわけですね。ユルゲン・テラーでいることが、ある場面では何の役にも立たないというのがいいですね。では、少し前のナポリでの出来事について話しましょう。この話は一般に公開していいですか? これはまた違ったタイプの現実を突きつけられた経験だと思いますが。

そうだね。話せないこともあるけど、話してもいいよ。

わかりました。では、可能な範囲で話してください。

僕が旅行する時は大抵、イタリア人でASローマの大ファンである僕の親友のマヌと、ドイツ人のビジネスパートナーが一緒なんだ。でも、いくら刺激的で魅力的な場所に行っても、いつも仕事ばかり。味気ないだろ? 楽しむために旅行なんてしたことがなかった。だから、ナポリに行くことに決めた。ナポリは何度も訪れたことがあるけど、そこで遊んだことはなかったんだ。だから食べて飲んでナポリを見て回った。滞在中に、何を思ったか、母が電話してきた。ドイツ人2人が、お尻を刺されたらしい、ってわざわざいうために。あ、言い忘れていたけど、僕たちはFCバイエルンとナポリの試合のためにそこに訪れていたんだ。ナポリのファンはよく他のチームのファンを刺すんだ。僕たちには2人組のボディガードがいて、スタジアムに行くためにベスパを用意してくれていた。11月だったけどまだかなり暑くて、僕はゲン担ぎで例のショートパンツを履いていた。ところが、試合に向かう途中、ボディガードたちが僕たちを止めて、その場でスタジアムにいる誰かに電話をかけ、ショートパンツを履いた、このバカなドイツ人の警護はできないって言うんだ。「彼はほんとにナイフでケツを刺してくれってお願いしているようなもんだ」って。

「ユルゲン・テラー氏、ナポリ滞在中にお尻を刺される」っていうデイリーメール紙の見出しを想像してみてください。

実際はそうはならなかった。僕たちのバカなガードが僕を着替えされたから。変なタイトフィットのイタリアっぽいロング ジーンズを持って来て、着替えるようにって言ってきたんだ。もう何もかも台無しだし、僕のショートパンツはなくなったし、これでドイツチームは負ける! 僕にはそうとしか思えなかった。完全に自信喪失していたよ。そしてスタジアムに着いて席まで案内されたら、信じられないことに、僕たちの席はナポリ側の客席だったんだ。だからボディガードは、お前らは何もするな、やるなら目立たないようにやれ、って僕らに忠告したんだ。静かに喋れ、FCバイエルンを応援するな、そしてドイツ語を話すなってね。だから僕は、こいつらは、僕のことを完全なバカだと思っていると悟ったよ。忠告されなくったって、僕がそんなことするわけがない。ところが、試合が始まって20秒も経たないうちに、トニー・クロース(Toni Kroos)が得点を決めた(余談だけど、バイエルンはクロースを手放すべきではなかったね。)で、あのバカどもは正しかった。僕は彼らの忠告なんて何もかも忘れてた。気がつけば、狂ったように大声で叫んで喜んでいたんだ。するとスタンドの空気が一変して、殺意のこもった目が僕に向けられるようになった。今にも僕めがけてナイフが飛んで来そうな雰囲気で、皆が殺意のある視線を向けてくる。異常なほど張りつめた空気! そのうえ、マヌとゲオルグ(Georg)までが僕のことを怒鳴りつけ出した。でも、僕たちは生き延びたし、素晴らしい経験だったよ。機会があればまたやりたいね。

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