喧騒の中の静寂:ムンバイ案内
カニカ・カービンコップがSSENSEをインド最大の都市へ誘う
- 文: Durga Chew-Bose
- 写真: Vikas Vasudev

スタイリストであり、ビンテージを扱う移動コンセプト ショップNo Bordersのオーナー、カニカ・カービンコップ(Kanika Karvinkop)は、あちこち動き回る中でインスピレーションを得ている。バンガロールを離れて以来、7年間暮らすムンバイの自宅から、Facetimeで「空間は撮影に大きく影響する」と彼女は話す。「私はまずロケーションを選んで、それから服を考えるの」。カービンコップはニューヨークとムンバイの2箇所を拠点に暮らしており、今年の夏に、彼女が見つけたインド人デザイナーによるビンテージ アイテムを販売するショップを、ブルックリンに持ち込む計画をしている。彼女は、自分のスタイリングを、インドに対していまだに残る時代遅れのイメージや認識にとらわれず、直感的に理解するための媒体だと特徴づける。
カービンコップは、パービーン・バビ(Parvine Babi)やレカー(Rekha)といった一昔前の女優からインスピレーションを得る一方で、 伝統に抗い、伝統の再考を促すような思いもよらないシルエットにも突き動かされている。ブレザーにルンギーを合わせるなど、パターンやカット、色、ドレープなど、見慣れたものに新鮮さが加わり、新たな方向性が与えられる。手刺繍やビーズ、ろうけつ染めなどの技術を真似ていると思われる西洋のデザイナーについて、「インドの外の人たちは、何がインドから来ているのかを知るべきよ」と言う。これらの技術に関しては、インドの職人技の長い歴史に陽が当たることはほとんどない。「でも同時に、ファッションの観点から言えば、ひとつの着方しかないわけじゃないことを認識しないとね。伝統的である必要なんてないのよ」
今回、カービンコップは私たちを「文字通り、映画のセットのような」ムンバイの通りの喧騒へと案内し、彼女のお気に入りの場所や、ショップのためのインスピレーションを受けている場所を紹介してくれる。


ジェームス・フェレイラ邸宅
ジェームス・フェレイラ(James Ferreira)は1980年代から活躍するデザイナーで、彼は代々受け継いだ家に住んでいる。家は、サウス・ボンベイの街の中心に位置するコタチワディと呼ばれる歴史遺産の小村にある。そして、ある小さな路地に入ると、こんなにも可愛いらしく、古風な趣の小さな村が見つかるのだ。彼の家はその村でも最も大きな家のひとつで、中には住居、美術館、アトリエが備わっている。この家はメンテナンスがすばらしく行き届いており、200年近く前の調度品が置かれ、またここ数年は美術品の展示も行われている。実は、私のショップがこのアトリエの上階にあって、今は一緒にカフェのプロジェクトも進めているところ。近年、政府が地区全体の改修を支援して、村全体の美化を進めているのだが、[フェレイラは]この家を誰かに取り壊されることがないよう八方手を尽くした。ひとたびこの村に足を踏み入れると、自分が都市の中にいることすら忘れてしまいそうで、ゴアかポンディシェリかにいる気分になる。ボンベイの狂騒から逃れ、平穏なひと時を求めて、人々はここにやってくる。
ココナッツ屋台
ココナッツの屋台はいつも市場の近くにある。人々が集まる場所の近くにならどこにでもある。ビーチの側やジョギング パークの横で、ひと汗掻いたあとの人々を待ち構えている。写真のゴールドのチェーンを身につけたサングラスの男性は、すごかった。彼は近づいてくると歌を歌い出し、カメラに向かって微笑んだ。すると屋台の男が、彼に無料でココナッツをあげたのだ。彼は30分ほどの間、ずっと人々を楽しませてくれていた。往来があまりにカオスだと、こういうことが普通に起きる。見るべきものが満載だ。

カブータル カナ
ここができたのはおそらく80年か90年前。3000羽から4000羽いる鳩に餌を与えるためにできた場所で、周囲にはハヌマーン寺院やモスクもあり、神聖で穏やかに過ごせる場所だと考えられている。その朝は、賢者たちがいて、鳩に餌を与えていた。しかも、文字通り往来の真っ只中で。めちゃくちゃだ。ここの写真が撮りたかったのは、子どもの頃、ボリウッドの映画で男たちが鳩に餌をやるシーンがよくあったからだ。中でも記憶に残っているのが、『シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦』という映画だ。舞台はロンドンで、トラファルガー広場で鳩に餌をあげる人が出てくる。理由はわからないが、このシーンがずっと心に残っている。ボンベイに来てカブータル カナを見たとき、私はロンドンのことを考えた。賢者たちは、ここで私たちが写真撮影するのを良しとしなかったが、3分間だけ門の内側に入ることを許可してくれた。男たちは「ここは鳩だけのための場所だ」と言って、私たちを追い出した。彼らは鳩のことを本当に大切にしているのだ。男たちは、毎朝7時に寺院からここに来て、目を閉じて鳩たちに餌を与える。何より面白いのが、ここには他の鳥がまったくいないことだ。カラスやスズメは中には入ってこない。本当に鳩だけ。他の鳥たちは、自分たちが入れないことを知っているのだ。



チョール バザール
ボンベイでいちばん好きな場所のひとつがここだ。この通りはマトン ストリートと呼ばれ、骨董品やビンテージ グッズ、電化製品、数多くの家具を売っている。服はあまりない。区画ごとにさまざまなものが売られていて、今回撮影したのは、アンティークの区画。ここにミニ マーケットという名前の店があり、オーナーは50年代、60年代から今までのボリウッド映画のポスターを集めていた。ありとあらゆるオリジナルポスターに、あらゆる映画スターの写真が揃っている。カラー写真もあれば白黒写真、ラージャスターン州のジャイプルの王様と女王様のポスター、マッチ箱にコインなどもある。何時間でもここで楽しめそうだ。

ダダール花市場
ここは、朝6時が最も美しい。色とカオス。街の中心に位置し、広大な敷地内にあり、屋内空間と屋外エリアがある。何百という店が並び、キクやバラ、白いジャスミン、ユリ、マリーゴールドなどが売られている。店の外にはマリーゴールドに紐を通して花飾りを作っている男たちがいる。この場所の熱気が本当に好きだ。床は水浸しで、花や花の茎が至るところに散らばっている。隣に魚市場があるにもかかわらず、とても良い香りがする。以前、ここに来たときに見たサリーを着た女性たちを思い出す。花柄のついたストライプに水玉模様のサリー ブラウスと、どれも組み合わせがバラバラだった。そのめちゃくちゃ具合と、彼女たちはただ花を買いに来ていたという事実に、うまく言えないが、とても感銘を受けたのだった。

Durga Chew-BoseはSSENSEのシニア エディター。今年、初のエッセー集『Too Much and Not the Mood』がファラー ストラウス ジロー社から出版された
- 文: Durga Chew-Bose
- 写真: Vikas Vasudev
- スタイリング: Kanika Karvinkop
- ヘア&メイクアップ: Sandhya Shekar
- モデル: Nidhi Sunil