ジェーン・ゴヒーンの今と永遠
ありえないほどクールな生き方
- インタビュー: Gaby Wilson
- 写真: Justin J. Wee

「人が大勢いるところでは、後ろのほうでひっそりと座ってるタイプ」。10月のある日の午後、デザイナー兼クリエイティブ ディレクターのジェーン・ゴヒーン(Jayne Goheen)はみずからをそう語った。「どちらかというと静かで、距離を置いて観察しているほうね」
影の実力者は、スポットライトの当たる場所へ躍り出ることなく、私たちの理解を変えていく。今まで誰も考えたことのなかったコミュニケーションの取り方、世界観、文脈—。少し距離を置いた位置から、ドラマを、複雑な筋書きを作り、傍観する。ゴヒーンはまさにそんな存在だ。出しゃばらず変わらず、謎めいた人物。ゴヒーンは画期的な名作を生み出し、あのChristopher KaneやBalenciagaよりも先に、Crocsとのコラボレーションを成功させている。彼女のスタイルは、1989年の映画『ローリング キッズ』とダイアン・キートンをかけ合わせたようなものだ。

Jayne Goheen 着用アイテム:カーディガン(Paco Rabanne)、ドレス(Paco Rabanne) 冒頭の画像 着用アイテム:ブレザー(Dries Van Noten)
私がはじめてゴヒーンの作品と出会ったのは今から10年ほど前。それは、現在は休止中のブログ「Stop It Right Now」をゴヒーンがまだ更新していた頃で、彼女はさまざまなコレクションのことや、ロサンゼルスの気候のせいで着たくても着られないコートのことについて、傍観者的ユーモアを交えながら小気味よく書きつづっていた。そして時折、韓国に住む父を訪ねた話やスケート カルチャー黎明期にあったカリフォルニア州アーバインで育った体験談なども書いていた。
2011年、ゴヒーンは、CELINEの2011年春夏コレクションに登場した3着のフラール ブラウスへのオマージュとして、スケートボード デッキ セットを作り上げた。それは、日中はスケーター アパレルのデザイナーで、夜はファッション ショー最前列の常連というゴヒーンのふたつの顔を見事に表すものであった。この作品が発表された時、購入すべきか一瞬迷った私はタイミングを逃してしまい、買おうと決めた時にはすでに売り切れだった。
ゴヒーンは売り切れ必至のアイテムを次々と生み出してきた。しかし、ひとつひとつのアイテムの詳細についてはゴヒーン本人に直接聞くまではわからない。ゴヒーンがブログを更新しなくなってから4年の間に、彼女が「ホーマー・シンプソン、自然に帰る」のミームを地で行く存在と化したのもある。これはゴヒーン本人の言葉だが、私も同感だ。最近は、作品そのものに語らせることを好んでいるから、とも言える。
「あなたはカメラをオンにしたままでもいいのよ」。私がカメラをオフにすると告げると、ゴヒーンは場を和ませるようにそう言った。Google Hangoutを使った今回のインタビューに、彼女は音声だけで応じた。私はスクリーンに映る自分自身の冴えない顔と対峙するはめに陥っていた。「ビデオ コールはやらないの、誰とも」とゴヒーンは笑いながら付け足した。夫と1歳3か月になる双子の娘エリンとリプリーとともに暮らす彼女は、ロサンゼルスの自宅からインタビューに応じてくれた。ゴヒーンが産休から復帰しようというタイミングで、コロナウイルスの蔓延が本格化した。1979年の映画『エイリアン』のエリン・リプリーと『X-Men』のウルヴァリンに因んだ名前を持つ双子のかわいらしい声が、インタビューの合間に、時折かすかに聞こえる。
ギャビー・ウィルソン(Gaby Wilson)
ジェーン・ゴヒーン(Jayne Goheen)
ギャビー・ウィルソン:多くの人にとってそうであるように、私にとっても、あなたはスポットライトのど真ん中にいる人という印象でした。今は裏方に回って本業のほうに没頭されているようですね。
ジェーン・ゴヒーン:ネット上で活躍している人と認識されはじめたことに違和感を覚えて。そこまで知名度が高いわけじゃないけど、ネット配信するのが私の本業だと勘違いする人が増えたと実感した瞬間があった。実際には、今現在やっていることが、私が以前からずっとやっていることなのに。ネット上の活動はそのほんの一部に過ぎなかった。とはいえ、当時のブログ事情は今とはまったくの別物だったけどね。
ブログの黎明期でしたよね。
そう。基本的には、何か言いたいことがあっても発表の機会がないような人たちがたむろして、「ねぇ、これもう観た?」なんて発言する場のようなものだったよね。私はしばらくの間、この二重生活を楽しんでたわけ。職場の人たちは私がネット上で何かしているなんて知らなかったし、ネット上で私を知る人たちは私が何を生業にしているのか知らなかった。この立ち位置をキープするのが難しくなってきて、結果、ネットの世界から身を引いたの。
一気にブレーキがかかった瞬間があったのですか? それとも徐々に居心地の悪さが増していった?
徐々に居心地が悪くなっていった。個人的に、注目を浴びるのはあまり好きじゃないから違和感があったのよ。と同時に、表舞台に出なくても、たとえば唐突に写真をアップロードするだけして、まるで投稿したのは自分じゃないみたいなふりをするという手もあるけど、「インフルエンサー」という言葉が登場したあたりから、「なんだかなぁ」という思いが強くなってきて…。
「緊急脱出!」
そう。インフルエンサーという職業がいけないと思ってるわけじゃないよ! ただ、私にとっては違った。

着用アイテム:シャツ(Lemaire)、スカート(Lemaire)
注目を浴びるということとファッションとの関係っておもしろいですよね。人々がファッションに魅かれる理由は2つあって、ひとつには注目を浴びたいから。もうひとつはファッションが隠れ蓑になってくれるから。つまり、服が会話をはじめるきっかけとなって話題を提供するから、着ている本人に関心が集まるのを防いでくれる。ところが、インターネットはすべての人を無個性にして、二次元の「インフルエンサー」のスペースに閉じ込めてしまう。
インフルエンサーって名前自体すごい! そしてファッションにはファッションならではの賞味期限みたいなものがある。当時は、特徴的なキャラが求められていて、私は「ファッション コンシャスなスケボー ガール」みたいな位置づけにされていたんじゃないかな。それでつねに「スケボーやってみて」と言われつづけ、内心それがずっとイヤだった。ある時、誰かに指図されるんじゃなくて自分のやりたいことをしたいんだと気づいたの。私には私のブログをコントロールするパワーがある。だからもしやりたいようにできないなら身を引くか、あるいはやりたいようにできる方法を見つけるしかないって。
6人目のスパイスガール「スケーター スパイス」になっちゃったようなものですね。
そうそう! それにそもそも自分をスケート カルチャーを象徴するような存在だと思ったことは一度もないし。お門違いも甚だしい。
スケートボードはもう勘弁、とすら感じていたりして?
少なくとも、今の私はスケート カルチャーのイメージ キャラクターではないし、スケート シーンやそのコミュニティの中心人物でもない。とは言え、90年代にスケボーにどっぷりと浸かって育ち、しかもそれがスケート シーン全盛のオレンジ カウンティだったら、もう骨の髄までスケート カルチャーが染みついているようなものよ。今やボルボに乗って、郊外で2人の子どもを育てながら、赤ちゃんソングの「ベイビーシャーク」を頭がおかしくなりそうなくらいヘビロテする毎日だけど、スケートが暮らしの中から完全に消えることはないんじゃないかな。
Poot! と X-Girl なら、どちらを選びますか?
Poot!。Poot!がとにかく好き。コラボしたいブランド ナンバー ワン。誰とタッグを組むことになるのかすらよくわからないけど、ひとりじゃなくて、チームでやってみたい。それができたら究極だな。私のキャリアのハイライトになる。
あなたなら十分、射程距離内だと思いますけど?
あり得なくはないよね。でもなんとなくPoot!はそう簡単に触れてはいけないような気もする。
Poot!の長靴を、娘さんたちのためにちょっとだけリメイクするなんていうのはどうですか?
高校生の時は、そんなことばっかりしてたわ! お金がなくて、欲しいPoot!アイテムを買いまくるなんてできなかったから、Poot!のロゴと物を組み合わせてシャツを手づくりしてた。「Girls Kick Ass」のリュックを使ってて、校長室に呼び出されたこともあったし。人生初のバイト先は、15歳の時、オレンジ カウンティのニューポートにある、女の子のためのスケート ショップだった。オレンジ カウンティの人なら誰もが知ってる、すごく有名なお店。でも90年代には、それをはるかに超越するLadies Loungeっていうお店があったの。その店のオーナーは、私が知るかぎり世界一かっこいい女性で、FUCTのウィメンズ T シャツとか、ローンチされたばかりのPoot!の商品とか、Foxyのシャツとかいろいろ扱ってた。Mantrapの「Our Pussys Our Choice」シャツとかね。
今の若い子はそういうことしないよね、なんて言うつもりはないけど、当時は今みたいにクリックひとつでなんでも手に入る時代じゃなかった。たとえばニューヨークのヒップホップ キッズみたいになりたいとする。土埃にまみれたオレンジ カウンティのスケート少年、あるいはベニス ビーチのサーファーになりたいとする。そんな時、それぞれのスタイルにどんな文化背景があるのか、今ならネットで1時間も調べればすぐわかるし、Amazon Primeでキー アイテムを注文すれば、翌日には自分好みのスタイルに早変わり、みたいなことだってできる。でも当時はもっとプロセスに時間がかかった。リサーチして観察して情報を集めて。結果的にそのほうが本当に自分のものにできると思ってるけど。

着用アイテム:ブレザー(Beams Plus)、トラウザーズ(Beams Plus)、ブレザー(Lemaire)、トラウザーズ(Lemaire)、ベスト(Lemaire)、シャツ(Lemaire)、スカート(Lemaire)
慎重に考え抜かれたモノ作りを心がけているように見受けられます。それだけではなく、ある種、自然志向になってきているように感じるのですが、実際のところどうですか?
そのとおり。ここ5年ほど、生きてる意義をずっと問われているような心持ちだから。人が私を見る目にも辟易していたし、インフルエンサーがどうしたこうしたというのも嫌だった。その危機感は、大量消費や気候危機の問題が次々と表面化してきたことで雪だるま式に大きくなって。個人的には歳も取って子どもを産み、不安は増すばかりだからね。
私が新しいプロジェクトを手がける際にいつも指針にしてることがあるの。それは、地球にこれ以上ダメージを与えないこと。私の力ではどうにもならない部分もあるけど、つねに、この基本姿勢に立ち返るようにして、真剣に取り組んでる。
仕事の性質上、それを実現するのは難しいのでは?
まさに。難しいなんてもんじゃない。毎朝起きると、「あぁ、またこの戦いが始まる」ってうんざりする。でもそこからしか何も始まらないよね。仕事場ではつねに声を上げて、もっとサステナブルなビジネス モデルを模索するよう会社側に働きかけたり。よりよい工場のあり方や働き方を提案しながら、各店舗で使う資材を減らす努力をしたり。
個人的に買い物をする時は、商品についてどれくらい綿密に調べますか?
うーん、これでもかってほど調べまくることもあるけど、いい加減な時もある。経済的に余裕があったことなんてなくて、CELINEも、人が思ってるほど好きなだけ買ってたわけじゃない。なんとか騙しだまし、「よし、じゃあこの3つを売って、高いけど一生使える上質な 1着を手に入れるんだ」みたいな感じでやりくりしてた。
いまだに最終的に目指しているのは、洋服ラックを1つだけに絞ること。だって実際、日々着ている服ってラック1つに収まる数で間に合ってるんだから。
今、持ってる服のほとんどを手放してでも手に入れたいお宝的アイテムはありますか?
CELINEのカラーブロック コートとか、今、手元にある服の何着かは一生手放したくないお宝。あとはもうスウェットパンツとか古いバンド T シャツとか、本当にぼろぼろのセーターしか持ってない。スウェットなんか誰も欲しくないから、トレードは成立しないだろうけど、今日の今日までずっと探してるお宝は、CELINEのスケートボードに使ったあのシャツ。
え、まさかあれ持ってないんですか?
持ってないのよ…。
マジですか?!
いつも思うのよ。「ねぇ、そのシャツ、私に譲って! それを持つにふさわしいのは私なんだから!」って言ったら通用しないかなぁって。オレンジの、比較的知られてないほうだったら持ってるんだけど。
半袖の?
そう。でも長袖のが私にとってはお宝なのよね。eBayで1万ドルで売り出されているんだけど、さすがに高くて手が出ない。
もし手に入れたら着るんですか?
もちろん。オレンジのはいつも着てるし。
私だったら…、今日初めてお会いしたので、自分の性格をそのままあなたに置き換えてるだけだとは思いますが…
いいよ。
私なら、着るのためらいますよ! もったいないと思ってしまう。
ファッション全般に言えることなんだけど、服って着たおすものだと思ってるのよ。そもそも物をあまり大切に扱わないタチだから、私の服はどれもボロボロ。カシミアのセーターだって洗濯機に入れちゃうもん。
[うわぁ…]
とにかく着まくるから穴だらけになる。オレンジのCELINEも、シルクだけどいつもビーチに着ていく。すごくゴージャスだけど、なんというか、シャツはシャツでしょ。今、手に入れたいほうのシャツもそんな風に着たい。
フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)が新たに自分のサステナブル ブランドを立ち上げるんじゃないかという話がありましたよね。その噂は聞いていましたか? 爆買いせずにいられますか?
まぁ、後ろめたいからこそ得られる快感って誰もが経験することよね。私は子どもができてタバコを諦めたんだから、ひとつくらい悪行を働いてもいいはず、っていうのは違うか。とはいえ、この点については、消費するだけの買い物はもう二度としない、っていうのが答えだとは考えてないんだよね。ファッション業界にたずさわっていてサステナビリティを謳う人間は、その時点で矛盾してるよね、私自身も含め。消費より、今あるものをもっといいものにして、一生使いつづけるために何ができるかを考えたいって言ってるんだから。
一生ものを作りたい、ただそれだけなのよ。新しいから、かっこいいからというだけで先を競って買い物をする人を増やすような影響ではなく、できれば、長く長く、ながーく着られるものをみんなが買いたくなるような影響を与えたい。黒子として、そんな影響を及ぼせたら嬉しいな。
Gaby Wilsonは、ニューヨークを拠点に活動しているライターであり、ジャーナリスト。記事はHBO局の『VICE News Tonight』やMTVに登場したことがある
- インタビュー: Gaby Wilson
- 写真: Justin J. Wee
- 翻訳: Yuko Kojima
- Date: January 6, 2021