アレックス・ダ・コルテの
因習打破

フィラデルフィア出身のアーティストは
「趣味の良さ」に挑戦する

  • 文: Tom Brewer
  • 写真: Lukas Gansterer

アレックス・ダ・コルテ(Alex Da Corte)の柔らかな語り口と内省的な物腰から、マキシマリストな作風はとても想像できない。彫刻と映像を中心とする作品群は、視覚的に騒々しく、没入型体験を誘う大きな規模で、鮮やかな色彩や模様、そしてポップ カルチャーのビジュアルを使う。下手をすれば下品で暑苦しくなりうるモチーフも、美術史に関する広範な知識と恐るべき直感を等しく援用するこの36歳のアーティストの手にかかると、優美でエモーショナル、感動的でさえある。確とした形を成さないダ・コルテのアッサンブラージュは、外側へ向けて流れ出し、同時に外側の世界を内側へ取りむ。ひとつの塊、空間に孤立した作品、という古臭い彫刻の概念を拒む。

往往にして舞台装置を連想させるインスタレーションでは、鑑賞する者が消費者と出演者という二重の立場を体験する。マサチューセッツ現代美術館で先頃開催された「Free Roses」展では、非常に商業的なビジョンを極彩色で繰り広げ、美術館の展示室とは思えない空間を創造した。純粋に幾何学形のテッセレーション、企業のブランド、無表情な現代家具、ふんだんな蛍光灯が生み出す空間は、訪れた者を招きつつ遠去ける。徹底して、真正であり虚偽の空間である。

ダ・コルテのプロジェクトは、文化のヒエラルキーを複雑にし、不明瞭にし、消し去る。スター ウォーズのキャラクター「ジャー・ジャー・ビンクス」の安っぽいプラスチックの仮面とソル・ルウィット(Sol Lewitt)の幾何学作品、コカ・コーラやありふれたシリアルの箱とアルチュール・ランボー(Arthur Rimbaud)の詩が、完璧に共存する。

ニュージャージーの郊外とベネズエラの首都カラカスを行き来しながら成長した経歴に、ダ・コルテのアーティストとしての活動は大きく影響されている。大規模な小売店が象徴するアメリカ中産階級の視覚文化は、いわば制作のテンプレートだ。ターゲットやウォルマートのように人々を呑み込む環境を、ダ・コルテはキャンディー カラーのネオン ライトや企業のブランドで再構築する。経済の二極化が進むベネズエラでは、その中産階級が存在しないも同然なのだ。ダ・コルテのプロジェクトは、米国に広く浸透した心理操作の「悪」を非難せず、明るい材料を見出そうとする。「良い趣味」という従来の通念に疑問を投げかけ、子供の頃大好きだった$1ショップの安物の大量生産品のような、通俗的な素材を賛美する。

トム・ブルワー(Tom Brewer)がダ・コルテが愛する街フィラデルフィアのスタジオを訪ずれ、ウィーンのセセッシオンでインスタレーションとオープニングを終えて帰国したアーティストと対話した。

トム・ブルワー(Tom Brewer)

アレックス・ダ・コルテ(Alex Da Corte)

   

アレックス・ダ・コルテ:ウィーンのセセッシオンには、グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)の壁画があるんだ。地下にある「ベートーベン・フリーズ」って作品。セセッシオンで変わらないのは、唯一それだけ。展示は入れ替わるけど、その壁画はいつもそこにある。もとからそこにあったわけじゃなくて、最初はメインの展示会場の片側の棟にあったんだよ。

トム・ブリュワー:そこに一時的にに展示されていたのですね。

そう。あの展示会館を作ったウィーン分離派は、絶えず前進する精神を持ってた。極限まで追求して、完成して、ブチ壊したければブチ壊してしまえ、って考え。

確かに、空間の破壊を推奨するなんて、一流アーティストの団体としては普通じゃないですね。

イザ・ゲンツケン(Isa Genzken)の展示の写真を見たことがあるんだ。2004年か2005年だったと思う。僕が初めて目にした現代美術だったんじゃないかな。友人のウィリアム・ピム(William Pym)が見せてくれたんだけど、綺麗なガラス天井の綺麗な白い空間の中に揺り籠と傘がたくさんあった。だから僕は、展示会場っていうのは、どれもそんな風にのどかなんだろうと思い込んでたよ。もちろん、違ってたけど(笑)。でも、セセッシオンみたいな場所で展示をやれるなんて、すごく嬉しいんだ。美術史上の伝説の場所ってだけじゃなくて、僕の人生や成長の上でも記憶に残る場所になるね。

最初に見た現代アートのひとつがイザ・ゲンツケンというのは面白いですね。きっと強い影響を受けたでしょう。

まさにその通り。当時、僕はフィラデルフィアで働いてた。学部を卒業したばかりで、工芸の勉強を始めてたんだ。だから現代アートにはまったく無知。クーパー ユニオンやスクール オブ ビジュアル アーツ(SVA)みたいな学校の卒業生なら普通は、もうちょっとアート界の動向を知ってるんだろうけど、僕が勉強してたのは製版で、アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer)なんかを参考にして、基本的に技術を習っただけだから。「すごく上手に製版を作れます」って感じで卒業したのはいいけど、「それは結構。でも用はないな」と言われる状態だった。

では、彫刻はそれほど大袈裟なものじゃない、思うほどマッチョででミニマルな媒体じゃない、とすぐに気付いたのではないんですね。

そう。彫刻の全部が全部、リチャード・セラ(Richard Serra)ってわけじゃない。学校の彫刻科は、なんとなく「全部がリチャード・セラ」みたいな印象だったけどね。僕自身は家で作品を作りたいと思ってたんだ。ずっとオブジェを作りたかったけど、使う素材は、付け爪とかスパンコールとか、ちょこちょこした手軽なものだったから、彫刻界に僕の場所はないなって感じてた。そしたら、ウィリアムが同じような素材を使っている人たちを教えてくれたんだ。マイク・ケリー(Mike Kelley)とか、ポール・マッカーシー(Paul McCarthy)とか、イザ・ゲンツケンとか。それでガツンとやられた。

それは大きかったでしょう。素材だけじゃなくて、そういうアーティストたちの表現は、ミニマリストたちに比べてはるかに表現的で感情的だし、既成のフォルムに大きく依存している。ピュアではないですよね。

全然ピュアじゃない。サンプリングの技法なんだ。それと、精神。どの素材も何かしらの感覚を代弁して、混ぜ合わせることもできる。詩として言葉を扱うのと同じだ。

そういうアーティストの作品は、とても心理的ですよね。最初見たときはおかしくて、深く関わるほど心がかき乱される。マイク・ケリー(Mike Kelly)とポール・マッカーシー(Paul McCarthy)が一緒に作った「Family Tyranny/Cultural Soup」というビデオを、よく思い出すんです。ポール・マッカーシーが虐待する父親役で、マイク・ケリーが子供役。本当にバカバカしくて突飛で、少なくとも私の場合、読んでる分にはおかしかった。おかしいけど、恐ろしい。

確か、木の板を張り巡らした奇妙な空間が舞台だったよね。

郊外の、特徴のない場所で。

あれは地獄だよ。少なくとも多くの人にとってはね。ニュージャージーで育った僕には、よく分かる。

ニュージャージーのどこに住んでいたのですか?

カムデンが長かったけど、いろんな街に住んだね。あちこち引っ越したから。

ベネズエラで暮らしたのはどれくらい?

8歳になるまで。カムデンで生まれて、その後、父の故郷のベネズエラに引っ越したんだ。

そういう背景があるあなたの制作手法が、おそらく典型的な北米のやり方ともヨーロッパのやり方とも違うということに、とても興味があったんです。特に「趣味が良い」という考え方。一般的に「趣味が良い」という言葉から連想するのは「抑制」、つまり、視覚的な情報の編集です。あなたの作品は、反対に、すでに存在しているもののボリュームを最大限まで上げて、視覚的情報を拡張する方向へ向かっています。

うーん、それが必ずしも非北米的とは思わないけどね。

そうですか。もしかしたら極めて北米的なのかもしれないけど、普通、ニューヨーク近代美術館で目にするようなものとは違います。洗練されたものと量販店の美学は根本的に相反する、と考えられていますから。

それは間違いなく、両親や、両親の育ち方や、ふたりの関係に、僕が惹かれてるからだろうな。僕の両親は結婚して40年なんだ。母はアメリカ生まれ。父はポルトガル生まれで、ベネズエラへ移った。だから、70年代にフィラデルフィアでふたりが出会ったとき、ふたつのまったく違う文化が衝突したんだ。そこに僕はずっと惹かれてきた。ベネズエラのカラカスには中産階級が存在しないからね。

とてつもなく貧しい人たちと、とてつもなく裕福な人たちだけ。

その通り。成長する上で、僕はそのことに大きく影響された。階級構造の意味は分からなくても、山腹にへばりついたスラム街の貧しさを見れば、それが僕自身の生活とまったく違うことぐらいは理解できた。僕の母がアメリカの極貧の生まれってわけじゃないよ。普通の労働者の中間階級。価値観、物質的なものの捉え方は、両方の家族ですごく違ってた。ある種、都市と郊外という対立の好例だった。僕はいつも、郊外か、何であれ周縁にあるものの味方だけど。

そういう考えが、どのように作品に現れていると思いますか?

そうだな、僕たちのまわりにはすごく高いものとすごく低いものがあって、「なんで中間がないんだ?」って話がしょっちゅう起こった。どうして高いものと低いものになるんだ? どうして、これは良い趣味だ、高尚な趣味だ、このスカーフの質は最高だ、とか言う人間がいるんだ? そんなに趣味が高尚だったら、ピーナッツバターのサンドイッチは食べないのか? そもそもピーナッツバター サンドイッチのどこが悪いんだ? 愛情を込めて作られたピーナッツバター サンドイッチだったら? 最高の生活の質を与えてくれるかもしれないその他諸々を、どうやって評価するんだ? 最高って何だ? そういうことを話してた両親の会話を、僕はよく耳にしてた。そして、自分のサンドイッチやリサイクル ショップで買った洋服に誇りを持って育ってきた。安っぽいプラスチック製品も好きだった。それが最高だからじゃなくて、僕を幸せにしてくれたから。皮肉じゃなく、すごく本気で、馴染みの量販店を愛することを学んだと思う。

大型店の影響は、あなたの作品、特にマサチューセッツ現代美術館での展示を見る上で、とても参考になりました。後期資本主義は現実であり、それが私たちが生きている世界です。そして、あなたの作品には、それに対する暗黙の批評があります。でも力強いのは、後期資本主義の世界、安価なプラスチック製品の恐怖ではなく、そんな世界に人間性を見出す方向へ視線が向いていることです。

僕は参加者になろうと思ってる。参加と傍観には大きな違いがある。僕はコンビニへ行って、安いサンドイッチを買う。超美味しいんだ。だからそれを祝福する。それでもなおかつ、世間には「高いものほど価値がある」という価値体系があるけどね。

「良いものは高い」

そう。そういう考え方が人を排除するんだ。ひどいことだ。僕は人生でかなりの疎外感を味わってきたから、他の人にはそんな思いをして欲しくない。僕に言わせれば、あれが完全にいじめのメンタリティだ。

あれは、階級化が作動して健在化する、狡猾で邪悪な産物のひとつだと思います。まともな環境で育ったら正しい価値観を持つようになるという考え方がありますが、実際のところ、他のあらゆるものと同じく、価値体系は文化に作られているのです。他者を区別するための手段です。

最近、年配の女性と昼食を食べたんだ。カプレーゼサラダ、ほら、モッツァレラとオリーブオイルとトマトのサラダ、あれを食べてた。ところが、その女性ときたら、「フィラデルフィアにはこんなトマトはないでしょう」って言うんだ。僕は内心「もちろんあるさ。ただのトマトなんだから(笑)」って思ってた。彼女は続けて「私に子供がいたら、こういうものしか食べさせないわ。ピーナッツバター サンドイッチなんか、絶対食べさせない」。僕は、3人の子供がいる姉のことや、4人を育て上げた母を思い出してたよ。

みんなピーナッツバター サンドイッチを食べて大きくなった。

そう、僕たちはみんなピーナッツバター サンドイッチを食べてた。何の問題もなかった。僕たちはピーナッツバターが大好きさ。トマトとオリーブ オイルを混ぜたらカプレーゼになるのは大いに結構なことだけど、ピーナッツバターとジャムをパンに塗ったらピーナッツバター サンドイッチになる。同じことだ。単にどう見るかの問題さ。錬金術はあらゆるものに存在してる。なんだってゴールドに変えられる。つい最近までウィーンにいて、すごくたくさんアートを見て、正直、もうこれ以上アートは結構って気分。大文字のアートね。

いわゆる美術ですね。

そう、美術。大きな彫像に、城に、白人文化を賛美するもの。フィラデルフィアに帰って来て、ここにあるものに満足して、「薄汚れたこの場所が恋しかった」と言えるのは、本当にハッピーだ。そのおかげで、僕は進み続けることができる。

多くの現代アートの良いところ、とりわけあなたの作品の良いところは、文化を水平化して、ヒエラルキーの解体を目指している点です。

そうだね。象徴をたくさん破壊してるよ。

でもただ破壊するだけじゃなく、新しい象徴を作り出していますよね。古い象徴の土台を使って、新しい象徴を下支えするような...。

僕達は、伝統を突き上げて、抵抗してるんだ。僕はスラングについてよく考えるんだけど、スラングの良さは新しさだし、スラングの奇妙なところもその新しさだ。スラングは言語の劣化じゃない。僕たちを前進させる言語の変異なんだ。

その通りですね。スラングに関してもうひとつ言えるのは、人が言葉を支配しているということ、言葉を自分のものにしていることですね。人は時代や場所に特有の話し言葉を作り出して、それが例えばビクトリア朝の英語と、まったく同じ力を備えています。

必ずしも前からあった象徴の神秘や意味を無効にするんじゃなくて、自分自身のものにすること、受け入れてその上に付け足すことなんだ。抹消じゃなくて、変容だ。

因習打破とは、字義通り、因習を破壊することではない。

その上に築いていくこと。そうでなきゃ、何もどこへも行き着けないからね。僕の頭によく思い浮かぶアーティストは、リー・モートン(Ree Morton)、ポール・テック(Paul Thek)、ポリー・アフェルバウム(Polly Apfelbaum)。それから、カレン・キリムニック(Karen Kilimnik)の初期の作品だな。

キリムニックはフィラデルフィア出身の女性ですね。

そう、フィラデルフィア出身。だから、早い時期に作品を見る機会があった。彼女の制作方法はすごく自由なんだ。「私を縛り付けておくなんて無理」って感じで作品を作る。

なるほど。その点では、あなたもかなり成功してると思いますよ。あなたの作品がどこから始まってどこで終わるのか、私にははっきり分かりません。そのことから、疑念が湧いてくるのです。アート作品は外界から隔絶した環境にそれ自体で存在する、という従来の過大な評価に対して。

僕が最初に好きになった芸術作品のひとつは、ミケランジェロの「最後の審判」なんだ。この絵の好きなところは、おそらく本当だと思うんだけど、ミケランジェロが依頼されてこの絵を描いたことなんだ。当時のこういう類の絵は、民衆を啓蒙して、キリスト教徒に改宗させるためだった。つまるところ、教会が金儲けするためだったわけ。ところが見事なことに、依頼を受けたミケランジェロは、聖バーソロミューの剥がれた皮に自画像を描き込んで、制作を依頼した富豪の男を醜い悪魔に仕立ててる。つまり、委託制作という制約を甘受しながら、依頼主に対してジャブを二つくらわせることができたんだよ。協力しながら、抵抗して破壊した。僕の制作活動に取り入れたいのは、その精神だ。制作には、いつだって、抵抗したり、疑問を提示したり、穴を開ける余地がある。

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  • 写真: Lukas Gansterer