韓国発:
クルマ文化のエンジン始動
熱烈なクルマ愛のクリエイティブ集団「Peaches」のカー スタイリングが爆走する
- 文: Elaine YJ Lee
- 画像/写真提供: Peaches
- アートワーク: Justin Sloane

「ツライチ」とか「ターボ ラグ」なんて言葉の意味は知らなくても、クルマがポップ カルチャーに与えてきた影響は理解できる。クルマは、私たちのファッションや現代のデザインと美学に反映され、映画のキャラクターや音楽の語りを生き生きと立ち上がらせ、世界各地のファッション ウィークに登場する。高価なハンドバッグや腕時計と同じく旧来のステータス シンボルであり、セックス アピールを発散し、華やかでスピーディなファンタジーを刺激する。ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)がメルセデス ベンツと、ロニー・ファイグ(Ronnie Fieg)がBMWと、ダニエル・アーシャム(Daniel Arsham)がポルシェとコラボする気になったのも、当然だ。
韓国初の自動車メーカーとして京城精工(のちのKia)が設立されたのは1962年、朝鮮半島を二分した内戦が終結してわずか9年後のことだ。Kiaはマツダと提携して、ライセンス契約を結んだ部品を輸入し、自動車を組み立てた。だが完全に韓国産の乗用車が誕生するには、1975年の「ヒュンダイ ポニー」まで待たなくてはならなかった。現在の世界市場における自動車生産台数を見ると、日本、ドイツ、アメリカと並んで韓国は5本の指に入るものの、1800年代からすでに生産を開始していた競合国に比べると、スタートは遅かったのだ。クルマ文化の形成が遅れたのもそのせいかもしれない。例えば隣国の日本は、『ワイルド スピードX3 TOKYO DRIFT』に登場した色とりどりのホンダ改造車とドリフト キングの国だが、韓国のクルマ文化に関しては、語れることはさほどない。

しかし、Peachesはそんな状況を変えるつもりだ。設立は2017年。活動拠点はソウルとロサンゼルス。メンバーは、ミュージックビデオ ディレクター、フォトグラファー、元ラッパー/DJ、ファッション デザイナー、イラストレーター、心理学分野の著者から転身したレストラン経営者の8名。多彩な顔ぶれのクリエイティブ集団は、すでにK-POPのミュージック ビデオ、Nikeの広告、サムスンのモバイル ゲームでカー スタイリングを手掛けている。実際のところ、コンセプト作りとそれに合わせた車体の改造を含むカー スタイリングから、マニアックなハッセルブラッドのカメラ機器のために5万ドルでクルマにポーズをとらせることまで、クルマに関してPeachesがやらないことはない。ポルシェやBMWといった自動車業界の重鎮までが、若年層の顧客へのアピールを狙って、キャンペーン用のカスタマイズとクリエイティブ ディレクションをPeachesに依頼した。「カー スタイリング」というと比較的ニッチ分野の印象を受けるかもしれないが、熱烈なクルマ愛好家なら、Peachesのことはもうよく知っている。世界のクルマの首都ともいえるロサンゼルスと東京は渋滞が日常茶飯だが、立ち往生した車列の中で「Peaches」の斜体ロゴを貼り付けたバンパーを目にするのも、決して珍しくない。
「クルマ好きのあいだでは、僕たちはよく知られている」と、Peachesをの創設者であるインテク・リョウ(Intaek Ryo)は言う。「だけど、もっと若くてもっと幅広い層へ、クルマを愛する気持ちを伝えたいと思ってる。あらゆる人にとって、クルマ文化をもっと身近なものにしたいんだ」。Peachesが掲げるスローガン「One Universe - 全世界」は、いくつものグループに分断されたクルマ愛好家の団結を目指す誓いだ。「クルマの世界は小さいサブカルチャーに分かれている。ドリフト、ドラッグ レース、スーパー カー、クラシック カー、ミニ カー、日本車、ヨーロッパ車などなど」とリョウは説明する。「どの集団も大抵、違う集団と交わるのを嫌う。僕たちの目標は、ばらばらのグループを結集することだ」
リョウがソーシャルメディアで呼びかけると、早朝6時であろうと、何百人というファンが思い思いの愛車を駆って、ソウルを流れる漢江の脇の駐車場へやって来る。ソーシャル メディアやオフラインでの集まりを利用して、2000年代の韓国で束の間盛り上がったクルマ熱を蘇らせるのがPeachesの狙いだ。「実を言うと、2000年代の初頭に、韓国でクルマのサブカルチャーがブームになったことはあるんだ」とジェ・ホ(Jae Huh)が教えてくれる。Peachesの新しいクリエイティブ ディレクターだ。「そのときは70年代から80年代にかけての外国車がすごい人気でね、オフラインの集会やドラッグ レースを頻繁にやったもんだ」。ホによると、当時は韓国政府による関税や法令が緩かったことが、ブームに一役買っていたという。外国車も買いやすかったし、レースをしてもトラブルになることはなかった。だがその後交通法規が厳しくなり始めると、レースもチューニングも表立ってはできなくなり、韓国で育ち始めたカスタム カーの芽は立ち枯れてしまった。


「輸入税もガソリンも高くなったから、それでなくても今、韓国でクルマを持つのは大変なんだ」とリョウが続ける。事実、車両の運転と改造に関する規則が厳しいことで、韓国は世界でも有数だ。他の国では当たり前に行なわれているヘッドライトの交換でさえ、政府の許可がなければ違法行為になる。今年の3月までは、装飾的なホイール キャップも認められていなかった。「目立つことはするな、っていうのが韓国社会の規範なんだよ。ちょっとでも普通と違うクルマを見たら、近所の人か通行人が早速警察に通知する」
カスタム カーには不名誉な烙印が押されている。そのことがいちばんPeachesの意欲を掻き立てる。「今も韓国のクルマ文化を守り続けているのは、2000年代初頭にクルマを愛した世代だ」とリョウは語る。「だけど今では高齢化してるし、反社会的な『ワル』のイメージを引きずったままなんだ。先ずそこを変えて、一般的な人、特に若者たちが繋がりを持てるクルマ文化にする必要がある。クルマで自分を表現するのはちっとも悪いことじゃない。それを伝えたい。ファッションと同じように、クルマでも自分を表現できるんだ」
ホは言う。「確かにクルマは服や靴より高くつくかもしれないけど、クルマを愛する気持ちは、はるかに長い時間を経て育まれるからね。子供時代に生まれた夢かもしれない。だから、感情的な繋がりもはるかに深い。それに、クルマ文化に参加して楽しむのに、必ずしも自分のクルマを持ってる必要はないんだ」
ハイスクール時代にヒュンダイのサンタフェに恋したリョウのラブストーリーも、そのひとつだ。その数年後、BMW M4でチューニングへの興味に火がついてからは、すっかりクルマの虜になった。レストラン事業で得た収入は、すべてクルマに注ぎ込んだ。現在31歳だが、過去5年に所有した車は、ポルシェ 993 2やBMW 1M クーペからランボルギーニ ウラカン EVO スパイダーまで、40台近い。「大体いつも3〜4台持ってて、どんどん入れ替える」
Peachesを立ち上げてから、リョウは原点のヒュンダイへ立ち戻った。先頃はヒュンダイの高性能車部門であるHyundai Nとブランド提携し、デカールをカスタマイズできるホイール キャップの製作と販売に乗り出した。「去年の秋、ヒュンダイはキャンペーン ビデオのシリーズをリリースしたんだけど、僕たちのロゴで始まるんだ。ヒュンダイのロゴより前に、Peachesのロゴが出る」と、リョウは顔を輝かせる。「韓国の自動車メーカーは保守的で旧態依然なのが普通だから、とんでもなく思い切った決断だよ。市場がようやく、若々しくてファッショナブルな集団に目を向け始めたんだ。スーパー カーを走らせるドライバーは、年齢だけじゃなく、精神的にもかつてなく若返っている。スーパー カーもクラシック カーもカスタム カーも、もう、金のある年寄りだけのものじゃない」


今年はシェル石油とコラボして、ロサンゼルスのコリアンタウンでガソリン スタンドのポップアップをやるはずだったが、新型コロナのおかげで中止になった。だが、来るべき年の予定はまだまだ沢山ある。最終的には、ドライバー向けの本格的なアパレル ブランドもやりたい。「クルマに関する限り、SupremeやStüssyみたいなブランドはまだないんだ。人気のあるストリートウェア ブランドはどれも、クルマじゃなくて、スケートやサーフィンから生まれた」。リョウは続ける。「もっともっと、クルマの文化を表舞台へ出していくよ」。2021年の初めには、ソウルにガレージとスタジオ ギャラリーを兼ねたPeaches D8NEをオープンする計画もある。1990年代にヒップホップ アーティストを撮影し続けたことで有名な写真家チ・モドゥ(Chi Modu)の作品展も、実現に向けて着々と進んでいる。会場には、数多くのラッパーと彼らの愛車のポートレート写真が並ぶはずだ。パワーアップしたクルマあり、クラシック カーあり。「まだまだ、ほんの手始め」と、リョウは今後の活躍を約束する。

Elaine YJ Leeは、ニューヨークを拠点とするライター。『i-D』、『VICE』、『Refinery29』、『Complex』、『Highsnobiety』、『HYPEBEAST』、『Atmos』、『office Magazine』、その他多数に記事を執筆している
- 文: Elaine YJ Lee
- 画像/写真提供: Peaches
- アートワーク: Justin Sloane
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: November 16, 2020