粘液の救世主
ブルックリン美術館マリリン・ミンター回顧展で、汚れた喜びを検証する
- 文: Bianca Heuser
- 画像提供: Brooklyn Museum

アメリカ・ルイジアナ州で生まれ育った現在68歳のアーティスト、マリリン・ミンターは、偏見の形を知っている。子供の頃、コミュニティで、さらには家庭でも目にした人種差別や同性愛嫌悪について、ミンターは語ってきた。まだ幼い頃、母親はノイローゼを患い、その後はバスローブとタバコと錠剤を手放すことなく、ほぼ家の中に引き篭もった。その母を題材として1969年に発表した「Coral Ridge Towers」シリーズは、現在ニューヨークのブルックリン美術館で開催中のミンター回顧展「Dirty/Pretty」に展示されている。この初期作品は後の創作を方向付けた。すなわち、「女性らしさ」と呼ばれる喜びの要素をクローズアップした一連の作品である。それは、例えばトム・フォード(Tom Ford)に委任された仕事のように、ファッション界と接点を持った。喜びの要素はどのように汚されたか、汚された部分をどのように愛でるか...ミンターは分析する。ビアンカ・ハウザー(Bianca Heuser)が、ミンター回顧展から選んだ作品をガイドする。

Torrent
パールのネックレスにそっと触れる唇。ファッションが使い古してきたイメージがあるとすれば、間違いなくそのひとつだ。蠱惑と過剰が滲出するイメージ。ミンターのアートワークは、ラグジュアリーに対するコンセプトの性差と戯れる。トム・フォードが2007年秋冬キャンペーンを委任したのも、そのためだ。しかし、ミンターが表現する贅沢に処女性はない。したがって、倒錯もない。その代わり、本物の生や本物のセックスの汗のような凝縮液にまみれている。
あら、私が口フェティッシュなわけじゃないわ。世界がそうなのよ!

Armpit
女性に体毛や体液は許容されない。馬鹿らしい! マリリン・ミンターの作品は絶えず濡れて、毛が生えている。あなたがそれで気分を害する人なら、私たちはうまく付き合えないかもしれない。もちろん、汗にまみれた短い体毛に拒絶反応がなくても、その問題の一部であることは否定できない。ハードルは高くない。ただし、それほど低くもない。

Clip (Cropped)
分析的に言うなら、このイメージは奥が深い。毛髪とメイクアップに、あなたはモデルを見るだろうか? 高校時代のガールフレンドを見るだろうか? それとも、あなたの髪の毛を三つ編みにする母親? 「Clip」には無垢、純真や従順への強迫的崇拝がある。そう、女の子に特有の。

Not In These Shoes
ハイヒールを履く効果は、女性に課されたいくつかの矛盾した期待に形を与える。過度に単純な男性社会の価値体系では、背が高いほど強く、声高なほどタフだ。したがってヒールは履く者に権威を与える。しかし、いくら試したところで、ヒールを履いていては亀を追い越すことさえできないだろう。この敏捷性の欠如は脆弱性を意味する。このように多大な含蓄とインパクトがあるかかわらず、歴史的にもっとも「女性らしい」アート形態であるファッションに私たちの文化が嘲りの眼差しを向けることは、理解しがたい。ミンターはVogueで語っている。「ファッションが全く無視されてる事実は興味深いわ。ファッションはたくさんの人に喜びを与えるのに」。ミンターは喜びをとても真剣に受け止める。

Green Pink Caviar (Still)
喜びは、結局のところ、それを武器にする文化の深刻な問題だ。ハイヒールと食物は、男性社会が女性に行なう拷問の道具として機能している。気取ってセクシーに歩こうとして、石畳の道でよろめく。性的な魅力を高めるために、食べる量を減らす。しかし、ミンターのビデオ作品「Green Pink Caviar」が持つ破壊力は、モデルがガラスの板から緑色のスライムやメタリックなパールを舐め取る喜びの中にあるだけではない。その喜びが発する熱気の中にもある。

Orange Crush + Pop Rocks
アート イン アメリカ誌にミンターは言った。「あら、私が口フェティッシュなわけじゃないわ。世界がそうなのよ!」。まさに真実。
喜びは、結局のところ、それを武器にする文化の深刻な問題だ

Coral Ridge Towers (Mom Making Up)
マリリン・ミンターは、たまたま女性に生まれた多くのアーティストのひとりである。作品に現れたセクシャリティのせいで、性搾取的であるとか下品だと受け取られ、アーティストとしてのキャリアが停滞した。「面白いのよ。1989年に本物のハードコア・セックスのシリーズをやった時は批判されたわ。ところが1995年に母親の写真を公開したら、(アート界に)戻れたの」。パープル マガジンのインタビューで、ミンターはグレン・オブライエン(Glenn O’Brien)に語った。このシリーズ、本質的に娘であることがアーティストの名誉を回復したという考えに、あなたは笑うだろうか? それとも涙を流すだろうか?

Black Orchid
嘘は止めよう。蘭は基本的に外陰である。女性のシンボルとして、どちらも優しい。ビヨンセ(Beyoncé)がフォーメーション ワールド ツアーのイメージやグッズに使った白い蘭のように(ちなみに、彼女の夫はミンターの作品をコレクションしている)。同時に、この作品の濃い紫の唇のように、大胆でもある。
- 文: Bianca Heuser
- 画像提供: Brooklyn Museum