女性とマシン:
インターネットの構築と瓦解

YACHTのメンバーでもあるクレア・L・エヴァンスが、アバターと新著『Broad Band』を語る

  • インタビュー: Naomi Huffman
  • 写真: Jaclyn Campanaro

「テクノロジーの歴史に関わった女性を探そうと思ったら、何より先ず、生活を向上するテクノロジーに目を向けることだ」と、今年出版された新著『Broad Band』の中で、クレア・L・エヴァンスは書いている。『Broad Band』には、インターネットの構築に貢献した女性たちが、親近感に溢れた筆致で紹介されている – 数学者の エイダ・ラブレス(Ada Lovelace)、世界で最初のプログラマーのひとりに数えられるグレース・ホッパー(Grace Hopper)、初期のソーシャル ネットワーク「Echo」の共同創設者であったステイシー・ホーン (Stacy Horn)、その他、現在に至るインターネットの短い歴史の中で忘却の彼方に押しやられた数多くの女性たち。

そして、例えばベティ・ジーン・ジェニングス(Betty Jean Jennings)とベティ・スナイダー(Betty Snyder)のように、テクノロジーに大きく貢献した女性たちのエピソードが、数多く紹介される。20代という若さで世界初のコンピューターのひとつ「ENIAC」のプログラマーを務めていたジェニングスとスナイダーは、1946年、ENIACを使って弾道軌道の算定方法を設定することを米軍から依頼される。それほど高度な問題をコンピュータが成功裏に処理できた前例はなかった。さていよいよ、高級将校連と当時の代表的な数学者を前にして、実地に計算方法を説明するときが訪れた。ジェニングスとスナイダーは見事に大任を果たした。ところが、その後の取材合戦で、ふたりは完全に蚊帳の外に置かれたのである。

『Broad Band』に登場するその他の女性たちは、低賃金や不完全雇用など、女性に対する社会的抑圧を覆すためにテクノロジーが果たしうる、潜在的な可能性を理解した。例えば、大半の人がインターネットなど思いもつかなかった1970年代の初期、サンフランシスコには、インターネットの利用を提供する無料アングラ ネットワーク「Resource One」を立上げた女性たちがいた。エヴァンスは、賞賛と愛情をもってそんな女性たちに歩み寄り、彼女たちのストーリーを語る。脚注があることを別にすれば、母の世代がカレッジでやらかした、ちょっとした出来事を暴露するみたいに…。
ゼネラリストを自称するエバンス自身の行動は、おどろくほど共同作業的であり、広範にわたる。先ず、ロサンゼルスの「トリフォリウム」を保存するため、資金を募るトリフォリウム プロジェクトを共同で設立した。「トリフォリウム」は、ジョセフ・ヤング(Joseph Young)による光と音のインタラクティブな彫刻で、6階に匹敵する高さがある。次に、ネットメディア「Vice」のサイエンス フィクション部門で『Terraform』誌をスタートした。サイバーフェミニスト集団「Deep Lab」のメンバーでもある。2008年からは、長年のパートナーであるジョナ・ベックトル(Jona Bechtolt)と共に、エレクトロポップ バンド「YACHT」のリード シンガーを務めている。「YACHT」は6枚のスタジオ アルバムをリリースしているほか、LCD Soundsystem、Dirty Projectors、Yeah Yeah Yeahsと一緒にツアーを行っている。とても忙しそうだと私が言うと、エヴァンスは答えた。「考え、作り出す人間としては、異質なものを結び付けることが歓びなの」

Naomi Huffman(ナオミ・ハフマン)

Claire L. Evans(クレア・L・エヴァンス)

ナオミ・ハフマン:YACHTは、とても未来志向な思考を表現するプロジェクトですね。作品の配布やプロモーションでは、Uberのようなアプリからファクシミリまで、幅広いテクノロジーを使って実験している。それなのに、インターネットの背後で活躍した女性に注目した『Broad Band』は、 20世紀初頭までの検証で終っています。どうして、今現在テクノロジーの領域で活躍している女性について、触れないのですか?

クレア・L・エヴァンス:ドット コム バブルの破綻であの本を締めくくるのが、私にとっては、落ち着きのいい終わり方だったの。なぜかというと、ドット コム バブルがはじけたときから、私の現在の生活、言い換えれば破綻後のインターネットの世界が、形を取り始めたから。だけど、正直言って、その世界を私はまだ完全には理解できないわ。何であれ、有益な洞察を得るには、歴史の外に出て一定の距離を持てることがとても大切だというのが、ライターとしての私個人の考えよ。

YACHTのアルバム カバーやプロモーション プロジェクトには、YACHTの看板であるあなた自身の体や顔の画像を加工処理して使っていますね。その結果、ビョーク(Björk)、セイント・ヴィンセント(St. Vincent)、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)と同じように、未来的なキャラクター、あるいはオルター エゴができあがっています。そういうキャラクターを演じることは、難しくありませんか?

どんなタイプであれ、アート パフォーマンスをやるときには、ある種の分離が必要だわ。観衆の前に立って、厚かましくも、自分がやってることは聴く価値も観る価値もあると宣言するのは、とても気恥ずかしいことよ。どうにかそれをやりぬくには、本来の自分から分離する必要があるの。私の場合は、必ずしも本当の私そのものではない、あるいは実際の私と正確には並行していない、私のアバターになるわけ。ステージに立つと、実生活よりはるかに勇ましくなる、いつもの自分よりはるかに挑戦的になる、と認めるパフォーマーは多いはずよ。本来の私はとても内省的で、家にいることが多いし、何時間も本を読んでる。本当は人前に出るのは好きじゃないけど、挑戦的でとてもインタラクティブなキャラクターにならざるをえない。だけど、公然と挑発することはどんな場合もカタルシスだし、私にとってもそうよ。自分以外の人が参加することで、自分個人の不安が昇華されて、自分がなりたいものが見えてくるのね。

あなたが尊敬する人は?

作家が多いわ。サイエンス フィクションをよく読むの。アーシュラ・ル=グウィン(Ursula LeGuin)、ジョアンナ・ラス(Joanna Russ)、サミュエル・ディレイニー(Samuel Delany)、J.G. バラード(J.G. Ballard)なんか、大好き。私は自分のことをライターだと思ってるの。音楽をやってるときもそう。以前は、バンドのシンガーじゃない、ライターだって言ってたのよ。そもそも、歌はたいして上手くないもの。これは、多くのミュージシャンに共通することでね、大切なのは技術じゃなくて、パフォーマンス、キャラクターだから。

ミュージシャンで好きなのは、「ザ・スクリーマーズ」っていう70年代のパンク バンドのシンガー。トマタ・ドゥ・プレンティ(Tomata du Plenty)っていう名前の、すごくクレージーな人だったわ。そして、すごく沢山の意味をとてもわずかな方法で伝えることができた。私、パフォーマンスを始めたころは、ステージで狂ったみたいになってたのよ。フロアをごろごろ転がって、身をよじって…ほんとやり過ぎなくらいに。経験を積んで、年齢を重ねるにつれて、そんなことをしても実際にはさほど多くが伝わるわけじゃないって、だんだんわかってきたわね。それよりも、さりげない行為のほうが多くを伝えることができる。

歴史の中に自分を刻む行為はとてもパワフルだし、とってもパンクだと思う

その他には、どんなキャラクターを演じていますか? カバーの折り返しの部分に使われている写真は、スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)の有名な写真のアプロプリエーションですね。

面白がってもらえるといいけど。スティーブ・ジョブズは聖人みたいな存在だし、空っぽの部屋でランプの下に坐ってる例のイメージは、私の目に焼き付いてるの。ジョブズと彼のあのイメージには敬意を払うけれど、同時に、歴史を表現する方法は沢山あること示したいわ。文字通り、歴史の中へ飛び込まなきゃいけないことだってある。

オクテイヴィア・バトラー(Octavia Butler)も、好きな作家よ。 どうしてサイエンス フィクションを書くようになったのか尋ねられたとき、彼女は、とてもたくさんサイエンス フィクションを読んだのに、自分に似た人物がどこにも登場しなかったから、と答えたの。つまり、自分がその世界に入っていくしかないと思ったのね。サイエンス フィクションという書物の中に、自分の存在を書き込むしかなかった。そういうふうに、歴史の中に自分を刻む行為はとてもパワフルだし、とってもパンクだと私は思う。

『Broad Band』は、テック文化を変えていこうと女性たちに呼びかけて、前向きに締めくくられています。過去のインタビューでは「2番目のインターネット」という発言をされたことがありますが、「2番目のインターネット」とはどんなものですか?

たくさんの道が未来へ向かってる。そして私たちの生活は、現在も、おそらく将来も、避けられない悪夢のディストピアの方向を向いている。私が理想主義なだけかもしれないけど、将来的には、成長期の私を形成したような、一種の分散的なDIYネットワークへ回帰するような気がするの。私たちがインターネットに関わらないで生きていくのは不可能だし、そうする必要もないわ。

私が興味あるのは、以前のテクノロジーに注目して、再利用できる方法を見つけて、色々と試して、私たちの生活の中へ復活させることなの。古いテクノロジーの道具が姿を消すことはなさそうだもの。ファクシミリなんて、長い間、大量生産されたのよ。今でも、両親の世代の家の地下室とか世界中のオフィスの保管室とか、そこら中に転がってる。ファクシミリを使って電話回線でお互いの考えを送信し合う方法は、今後の潜在的な方向性になりうるかしら? 可能性はあるわね。古いテクノロジーの中に、何を見つけられるかしら? 資本主義に基づいた最新テクノロジー プラットフォームの外側にも、選択肢はたくさんあるのよ。要は、利用を妨げている障害を打ち壊すこと、それから、すぐにはすべてを解決できないものやそれほど便利でもないものに対して、私たちがどれほど忍耐強く取り組めるか。私が昔風のDIYカルチャーが好きだったのは、そういう発見の感覚があったからよ。色々調べてると、ジンを出版するネットワークとか、初期のブログのネットワークとか、色々と模索した結果、有意義な発見で報われたわけだから。

実は、私もすごく同感なんだけど、私の友人がインターネットに関する理論を持ってるの。それによると、インターネットというのは、常に、拡大と崩壊を繰り返す宇宙で、今は呼気の最後の段階。もうじき吐ききった状態の休止が来て、その後に次の長い吸気が始まる。それがどんなものになるかはわからないけど、おそらく再建よ。物事は循環する。ドット コム バブルの崩壊は、その一番最初の実例だわ。大きく膨らんで、気違いじみた富が集積されて、色々な未来図が描かれて、その後、必然的な崩壊がやって来た。そこからまた再建して、また崩壊する。ただ、再建する都度、私たちが何かを学んでるといいわね。

Naomi Huffmanは、ブルックリン在住のライターであり、エディター。出版社「Farrar, Straus & Giroux」の新部門である「MCD」のスタッフ、非営利団体「Book Fort」のディレクターでもある

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