牙をむく刺繍

片田舎でヤンキーたちが想い出の一張羅をまとう

  • 文: Kanako Noda
  • 写真: Cailin Hill Araki

進乃助がワルなのは一目瞭然だ。ブリーチした威勢のよい金髪で、耳にはピアスが何個も輝いている。だが、14歳のあどけない顔から悪人には到底見えないのは、進乃助がおばあちゃんの運転する車でやって来たせいかもしれない。言っても、中学3年生だ。

だが、来年の卒業式で着るためにオーダーしたという、きらびやかな刺繍を入れた真っ赤なボンタンと短ランに着替えてもらうと、幼く見えた彼の顔が、急にキリッと引き締まった。卒ランの赤は畑に実った完熟直前のトマトのように鮮やかで初々しく、青々とした田んぼによく映える。

卒ランとは、地方の田舎の不良中学生たちが着るボンタンやドカンと呼ばれる幅のゆったりとした変型ズボン、ハイウエストに切り詰めた短ランといった変型学ランに、特に卒業式用に刺繍を入れたもののことだ。そして義務教育最後の卒業式という晴れの舞台に、一部のヤンキーたちは特別にオーダーした卒ランを着て臨む。カラフルでド派手な卒ランは、黒地の詰襟とは似ても似つかない代物だ。

ヤンキー ファッションは1970年頃に東京で生まれ、その後すぐに地方でブームとなり、1980年代に全盛期を迎えた。だが最近ではめっきり見かけなくなっている。卒ランも、学校側が刺繍ランでの卒業式参加を認めなかったり、学ランの学校の数自体が減ったりと、今でも卒ラン文化が残っているのは茨城、愛知、滋賀、大阪、奈良、岡山、福岡、沖縄など、地方のごく一部地域に限られている。

カラフルでド派手な卒ランは、黒地の詰襟とは似ても似つかない

欧米だと、中学生が人の注意をひくために目立つ格好をするのは、それほど特別なことではないかもしれない。だが日本の中でも特に保守的な田舎の狭い世界では、常に世間の目を気にしていなければならず、他人と違う生き方や、他人と違うスタイルを貫くのは容易ではない。地毛の茶色さえ逸脱とされるほど、学校の統制が厳しいケースもよくある。普段着であっても、ユニクロやしまむらなど友達と似たりよったりの服を着て、流行を取り入れつつも悪目立ちしないことは、田舎で穏便に生き延びるには不可欠なスキルだ。その意味でも、進乃助は「不良」である。彼の真っ赤な卒ランは、田舎の10代の画一的なスタイル、常識に真っ向から反抗し、中指を立てるものだからだ。

今回、私がモントリオールから故郷の滋賀県にはるばる戻ってきたのは、刺繍y@(ししゅうや) こと中川内一広さんと共に、刺繍に入れ込むヤンキーたちに会うためだ。中川内さんは、18年間、この卒ランや特攻服などのオリジナル刺繍を手がけてきた。

卒ランは、それぞれ細部までこだわり尽くした特注の刺繍で彩られる。まさに世界にひとつ、自分だけの思い出の結晶だ。デザインの核となるのが文字の刺繍で、自分の名前に加え、友人の名前、学校名、自分のモットーなどがあしらわれる。中でも特徴的なのが「ヤン詩」と呼ばれるヤンキー独特のポエムであり、恥ずかしいほどセンチメンタルかつ大げさに、永遠の友情への誓いや、親や教師に対する感謝が表現される。ヤンキーたちは自らヤン詩を作るか、ネットで見つけた参考例にアレンジを加え、それを自分の卒ランのデザインに取り入れる。

中川内さんの仕立てた卒ランに身を包み、進乃助は緊張した面持ちでカメラの前に立っている。刺繍された詩について尋ねると、少年の顔がぱっと明るくなった。そして、文章は「自分で考えたりネットで調べたり」して考え、「毎日、紙に鉛筆で書いたり消したり」しては何度もやり直し、2週間ほどかけてデザインを完成させたと言う。いちばん気に入っているのが俵屋宗達の風神雷神図のモチーフで、これを最初に入れようと決め、そこからデザインを発展させたと話す。

次に一行は私の地元に向かった。そこで私の中学の後輩に当たる仁と翔太に会う。待ち合わせは近所でたった1軒のコンビニの駐車場だ。仁と翔太は17歳で、2年前に中学を卒業した。卒ランを着てもらうと、「知り合いに見られたら、年いくつやって言われる」と、ふたりとも人目をかなり気にしている。卒ランは中学生のための特別な服なのだ。誰にも見られたくないと言うので、コンビニから撮影地点まで200メートルの距離を車で移動する。

卒ランに込めた意味を尋ねると、仁は背中を見せて「ここにある通りです」と言う。「俺、悪かったから。喧嘩ばっかりしてたから、親に感謝、友達に感謝ってこと」。例えば、仁の卒ランの文面は、不良少年を卒業して大人になることを宣言するヤン詩の典型だ。

悪行ばかりのこの俺を
見捨てず 助けてくれた 友や先生
言えなかったこの思い 今日は言葉に致します
今まで本当にありがとう
親を裏切り 親を泣かせ
迷惑ばかり かけたけど
これが最後の 親不孝
今宵見せます 自分のけじめ

翔太に、お尻の部分に大きく刺繍した中学校の略称「甲北」に蛍光の黄緑色を選んだ理由を尋ねると、「この色がスクールカラーやから」と答える。ほとんど学校には行ってなかったと言うわりに、学校に対する思い入れが強いのが、私には意外だった。背中に刺繍された後輩の名前から、彼にとって後輩がどれほど大切だったかが伝わってくる。卒ランには、中学卒業時点の人間関係や想いが、タトゥーのように刻み込まれているのだ。翔太がこの卒ランは絶対に誰にも貸したくないと言うのも頷ける。

卒ランは決して安いものではない。刺繍だけで7万円以上、変型学ランの値段も合わせれば、軽く10万円は越す。それぞれに卒ランの購入費用はどうしたのかと聞くと、一様に「親から借りた」と返ってきた。中川内さんの話では、彼の顧客の多くは、卒業式前の夏休みからバイトを始め、貯金を崩し、親や祖父母の支援を得て卒ランを購入するのだそうだ。「たまに、全部千円札で支払いにくる生々しいケースも」あると言う。

実際、卒業式に1回着るだけの服に14歳が10万円もかけるのは尋常ではない。高価なものだからこそ、中川内さんはオーダーを受ける前に必ず直接学生の元まで赴き、面談を行う。そして顧客とひとつひとつデザインを確認する。また、彼は「できるだけ親御さんにも会うようにしている」と言う。10代の子供たちの多くは、他社と商品を比較して買い物するという習慣がない分、猜疑心も強い。だから彼は自ら顧客の元に赴き、少年たちやその家族と信頼関係を築いた上で、彼らの希望に耳を傾けることに重点を置くのだと話す。こうして顧客と地道な関係を築くことで、彼はこれまで刺繍一筋でやってきた。

また、中川内さんは中学生に対しては常に「今の彼女の名前は刺繍に入れるな」とアドバイスすると言う。そして将来ハロウィンでコスプレにも使えるように、文面は一般的なものにした方がいいとも勧める。にも関わらず、皆、彼女の名前を入れたがり、ほとんどの場合、ジンクス通り、卒業式直前に別れ、泣くことになるのだそうだ。

「10代の子らの恋愛なんて、大抵そのときだけのもので、卒業して新生活が始まったら皆別れてしまう。でも本人たちにとっては、その時点では中学生活がすべてなんですよね。それで卒業式前に、別れた彼女の名前の刺繍をほどいて、やり直してくれって泣きついてくるんですよ」

最後の撮影地に向かう車の中、中川内さんは数年前に作った特攻服について話してくれた。特攻服は卒ランの原型であり、いわば暴走族のユニフォームのようなものだ。中学生のヤンキーとは違い、暴走族の特攻服にはより反社会的なイメージがつきまとう。昨今は特に道路交通法の改正などで暴走族の取り締まりが強化されたことで、暴走族の数自体が激減し、夏祭りなどでも特攻服をほとんど見かけなくなった。

今回撮影に協力してくれた男爵のメンバーも、この点は十分すぎるほど意識しているようだった。まず予想に反して、彼らは撮影場所に大きな真っ黒の車に相乗りしてきた。服装もブランドTシャツやチノ ショーツ、adidasNikeのスライドと、至って今どきのストリート スタイルだ。

中川内さんは、男爵のメンバーが特攻服を作る際、毎週末の夜に彼のアトリエに押し寄せ、徹夜でデザインの相談をしたことを懐かしそうに話す。「実際、特攻服でいちばん楽しいのは、ああでもない、こうでもないとデザインを考えるときなんですよね。皆、1着1着にこだわりがあるから」。名前、文章、シンボル、国旗など多くの要素が、所狭しと1 枚の服に並ぶため、配置のバランスが肝であり、そこが職人の腕の見せ所でもある。

男爵のOBの指示に従って若いメンバーが一斉に動き出す。そして皆が特攻服に着替えると、辺りの空気が一変した。先ほどの人当たりが良く、礼儀正しい若者のイメージとは打って変わり、かなりの威圧感がある。もっと光が当たる場所で撮影しようと、私は、彼らに駐車場から出て、まだ人がちらほら歩いている奥の公園に移動するよう促す。すると彼らは「アカンて、まだ一般人おるから」と躊躇し、困惑の表情を見せる。中川内さんから、特攻服をフル装備で身につけた若者をほんの数人でも集めて撮影していると、警察が来て職務質問される可能性が高いとは聞いていたが、私は公衆の面前で特攻服を着ることの意味を改めて認識した。実際、撮影していると、おじいさんの警備員がやってきた。警備員は少しでも不審な動きがあれば許さないという顔つきで、私たちのすぐ側をこれ見よがしにゆっくりと歩き、通り過ぎていく。彼はひとことも言葉を発しなかったが、一瞬たりとも私たちから視線を逸らしもしなかった。

日が暮れて、他の人たちが公園から姿を消すと、男爵のメンバーは少しほっとした表情になる。撮影の合間に彼らと特攻服について話していると、ひとりが携帯を出して成人式の写真を見せてくれた。白の袴に身を包み、仲間と一緒に大きな旗を掲げている。旗には仲間の名前が大きく刺繍されていた。彼は「プリントのもあるけど、それはペラッペラで安っぽい」と言う。「かなり高かったけど、そこは刺繍にこだわった。これ見てや、イイやろ」

確かに、その旗はとても美しかった。刺繍のために質感と立体感が全然違う。旗に存在感がある。この少年たちは皆、ややもすると警察が出てくるような危うい境界上に存在している。そして彼らの独特なファッション センスは、何かと揶揄や嘲笑の対象になりがちだ。だが今回、絢爛豪華な刺繍がほどこされた卒ランや特攻服を着て、堂々とカメラの前に立つ彼らを見て、ひとつはっきりしたことがある。彼らには、自分たちの身につけるものに対する徹底したこだわりがある。そして、それは自虐でも、今流行りの「ノスタルジー」でもない。純粋な美意識ゆえに、それを身につけた姿は圧倒的な説得力を持って迫ってくる。特攻服や卒ランには、現代のパワー スーツたる、抗いがたい魅力があるのだ。

Kanako Nodaは、 SSENSE のエディトリアル トランスレーターであり、モントリオールを拠点に活動するビジュアル アーティストである

  • 文: Kanako Noda
  • 写真: Cailin Hill Araki
  • スタイリング: Kazuhiro Nakagawachi
  • モデル: Shinnosuke、Jin、Shota、Baron
  • 制作: Kanako Noda