Cherevichkiotvichkiと、皮革を操る秘伝の魔術
デザイナーVictoria Andrejevaが、技巧の重要性と発音できない存在のパワーを語る
- インタビュー: Cailin Smart
- 写真: Adrian Crispin

Cherevichkiotvichkiのデザイナー、ヴィクトリア・アンドレエヴァ(Victoria Andrejeva)には、コンピューターの画面と不釣り合いな何かがある。彼女の白塗りのスタジオ内では、白いユニフォームに統一されたスタッフが、まるで宗教の勤めでもこなしているように動き回り、ねっとりした黒い染料の様子に気を配っている。スタッフが履いている靴やリネンのテーブルクロスの上に無造作に散らばっている靴は、20世紀初頭エドワード朝の靴を履き古したように見える。この光景にコンピューターは、なんとも時代錯誤だ。
リトアニアの工場労働者の一家に生まれたアンドレエヴァは、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションのコードウェイナーズ・カレッジで借り出した、ほとんどが世界に数冊しか残っていないような本を頼りに、独学で靴作りを学んだ。そのようにして彼女は、他のブランドのやり方を一切知らぬままに、まさにゼロから、Cherevichkiotvichkiという静かなる現象を作り出した。製品に関する話の中で耳にした「2.5cmの隠された靴底」や「完全防水」などのキーワードは、ディテールと品質に対する彼女の並々ならぬこだわりを物語っている。山本耀司が、今秋から立ち上げるフットウェアでコラボレーションを決めたのは、このようなアンドレエヴァの特徴が目に留まったからに違いない。
SSENSEのケイリン・スマート(Cailin Smart)が、ロンドンにあるアンドレエヴァのスタジオで、染料作り真っ最中の彼女に話を聞いた。

ケイリン・スマート(Cailin Smart)
ヴィクトリア・アンドレエヴァ(Victoria Andrejeva)
ケイリン・スマート:Cherevichkiotvichkiというブランド名は、一語だけのブランド名の中では、いちばん音節が多いですね。どうしてこんなに発音するのも、覚えるのも難しい名前を付けたんでしょうか?
ヴィクトリア・アンドレエヴァ:私が子供だった頃に因んでいるのよ。小さいときから、何か物を作りたかったの。それも靴。靴の複雑さに惹かれたわ。古いスラブ語で、「shoe by Victoria(ヴィクトリアが作った靴)」っていう意味の3語をくっつけて、英語のアルファベットで綴ったら、発音できるんじゃないかと思ったのよ。私にとっては簡単なの、言葉の由来を知ってるから。ブランド名は、私個人と、私の仕事が象徴するものを区別するためなの。私の仕事は、儀礼的な物作りと言えるわ。細心の注意を払って、ディテールに配慮して、時間をかける。
すごく覚えるのが大変な名前なので、きちんと呼ばれないことも多いのに気付きました。グーグルで見つけるのも、さぞかし大変なはずです。
そんな必要はなかったわ。ずっと口コミで広がってきたから。
私は、どういうブランド名で物作りをしているかよりも、むしろ作っている物自体に関心があるの
音声学では、「Ch」は「無声」音と呼ばれます。無声であることや匿名であることは、あなたのブランドで何か特別な役割を果たしていますか?
意図しているわけではないけど、あると思う。その質問は、私の仕事に対する倫理感を大いに反映しているわ。個人の匿名性。私は、どういうブランド名で物作りをしているかよりも、むしろ作っている物自体に関心があるの。
あなたの製品をよく見ると、高級商品に必ず付いているものが、ないですね。ブランドのロゴです。
ブランディングは私の頭にないわ。私が何かを作るとき、ラベルは関係ない。法律上輸出に必要だから、小さいブランド ロゴを付けてるけど。それも、あまり目障りにならない場所を選んでるわ。
ロゴは目障りですか?
画家だってそうでしょ。サインをするのは、一番下の隅っこでしょ。
実は、私たちの目が特定の場所とロゴを関連するようになっていることを、自覚させられました。例えば靴なら、ロゴがあるのは中敷きの部分ですよね。でも、ロゴなしに、どうやって、あなたのブランドの製品だと分かるんでしょうか?
ラベルは、他人に承認されたい人のためよ。Cherevichkiotvichkiの靴を買う人たちは、個人主義者だと思うわ。

染料をご自分で作っていますが、2016年の秋冬コレクションには、どのような染料や顔料を使いましたか?
どのシーズンも、イタリアにある生化学研究所と一緒に仕事をしているの。考えつくどんな色でも、どんな仕上げでも、実現してくれるわ。今シーズンの色使いはかなり大人しくて控えめだから、すごくベーシックな色を使ったわ。銅の粉末とワックスと動物性の脂で、素晴らしい塗料を開発したのよ。その次は、原皮の加工。最初は表面のしぼ(皮革製品の表面のシワ)や毛穴がすべて開いた状態で、質感も粗いけど、徐々に滑らかにしていくの。仕上げは自然でありながら、贅沢に。染色の観点から見れば、今回のコレクションがいちばんおとなしいわね。化学的な要素や生物学的な要素に焦点を当てたかったから。染料に動物性のタンパク質が大量に入ってたから、外に置いてあった樽の周りにハエが大量発生しちゃった。
染色や靴作りは、かなり汚れる混沌とした作業のようですね。あなたは服作りも始めましたが、服作りは従来美しい技巧です。作業工程は、どのように変わってきましたか?
私の仕事は何層もの構造になってて、それぞれの層に特定のスキルが求められるの。ここで、イタリアの職人との関係性が重要になってくるのよ。スタジオの中で、いろんな分野を行き来する人間は、おそらく私だけなの。他の人たちはみんな、ひとつの技術に特化した専門家よ。レザーや洋服の染色は、チーム内でこなす仕事。でも、パターンの裁断や裁縫は外注で、それぞれ別の役割りだから、私の作業工程は変わってないわ。今でも汚れながら、仕事してるわ。
靴や洋服を作っていなかったら、何を作っていたと思いますか?
以前は、他のものを作るなんて、想像できなかった。でも、ここ数年は、大きな規模のオブジェを作ることに興味があるの。立体作品のアイデアを発展させるにはちょっと時間がかかるから、まだ初期の段階だけど、そのうち実現するわ。今は、パリで予定しているプレゼンテーションやウィンドウディスプレイと、ちょっとした実験に取り掛かるところよ。


そのオブジェはどれくらいの大きさになる予定ですか?
かなり大きいわ。
多くのデザイナーが、違うジャンルに活動範囲を広げたり、門外漢としてファッションに参入したり、独学でデザイナーになろうとしていますね。
独学というのは、自分のビジョンを進める上で、スキルを身に付ける必要から来るものよ。自分の仕事をするために、私はそうやって学んできたわ。 私の経験が全く新しいカリキュラムになるのが、私にとっての本当の贅沢ね。
あなたの独学の方法を教えてください。
本と実践。靴作りの本は単なるマニュアルだから、実際のトレーニングは実践しかないのよ。
2016年の秋冬コレクションには、特に何かのストーリーがありますか?
コレクションのタイトルは「Present Past: Part Two(現存する過去:パート2)」。今も存在し続ける過去の物語という意味よ。私なりの過去の解釈なの。私が作る物を通して、過去はいまだに物質的な現実世界に存在している。デザインは、全部、グッドイヤー構造やブレイク構造(どちらも革靴の伝統的な製法)よ。バッグはハンドペイントだから、レザーの表面の艶に少し使用感があるわ。他のブランドは、そういう風合いを手っ取り早く出すために、靴やバッグを洗ってしまうところが多いんだけど、私たちはそれは絶対やらないの。表面の艶には影があって、所々、暗く見えるの。新品じゃなくて、使い込んだように見える。
Cherevichkiotvichkiを短縮したCherevichkiは、ゴーゴリ(Gogol)の短編を基にしたオペラの名前でもありますね。
そのオペラは、実はチャイコフスキー(Tcaikovsky)が書いたのよ。ゴーゴリは「降誕祭の前夜」という物語を書いて、それが40年後にオペラになったの。ゴーゴリの物語は、ものすごく風刺的。ロシア皇后の靴を欲しがる貧乏な女性の話なの。彼女にその靴をプレゼントしたいと願う、鍛冶屋のヴァクラという男が登場してくる。もちろん、教会を冒涜する悪魔も出てくる。オペラは1800年代の娯楽だったのね。ゴーゴリは物怖じしない、本当にとっても面白い人だったわ。彼の作品と私の仕事の唯一の共通点は、遊び心があることだわ。




モダンでポップな靴が全盛の現在、あなたが作る靴が、何らかの役割を果たしていると思いますか?
(沈黙)
セックス・アンド・ザ・シティの主人公キャリー・ブラッドショー(Carrie Bradshaw)は、あなたの靴を欲しがるでしょうか?
返事に困るわね(笑)。私は、靴を作ることと、出来上がった靴のその後を結びつけて考えないから。自分の中では、作ったものをお店に受け渡した時点で、プロセスが終わるの。
消費者のことは考えないのですか? 頭の中に、Cherevichkiotvichkiを履いた女性像を思い描いたりしませんか?
ないわね。誰が履いてもいいの。解釈は自由よ。
皮肉や自己中心に溢れているこの業界で、自分自身の立ち位置をどのように見ていますか?
そういうのは、どこの業界も同じじゃないかしら? 皮肉は、不信感を抜きにしたら、実のところ個人主義に近い。個人主義である限り、私は皮肉に共感するわ。自分の描くビジョン以外には、何も気にしないということね。アイン・ランド(Ayn Rand)の客観主義みたいに。こんな風に皮肉を解釈できればの話だけど…。
最後に、ちょっとおかしな質問があります。靴の箱にイタリアの新聞が詰められてることに気がついたんですが。
イタリアは、すごく積極的にリサイクルを実践してるの。どの通りの角にも、紙のリサイクル ボックスがあって、アトリエの外にも1個あるのよ。そのコンテナから持ってくるの。特に目的はないんだけどね。どちらにしても、いずれはゴミ箱行きなんだし。リサイクル ボックスは、私が昼食をとるイチジクの木の横にあるわ。





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