悲しき時代のダンスコア
スペクタルの装いと超越の希望
- 文: Olivia Whittick

2019年、ファッション界に突如、まるでフラッシュモブのように、ダンスのリファレンスが出現したのはなぜだろうか。映画の中では、ダンスを学ぶことは、しばしば自分探しのメタファーとなる。イメチェンして大変身するシーンが、キャラクターの自己実現の過程を強調するのと同じだ。ダンスが、慣れた普段の動きから身体を解放するきっかけとなるように、ファッションがあれば、基本的な構造を超えて、身体を新たなコードへと作り変えることができる。

Bode 2020年春夏コレクション、Molly Goddard 2019年秋冬コレクション. Acne Studios 2019年春夏コレクション、Thom Brown 2020年春夏コレクション
Homme Plissé Issey Miyakeの2020年春夏メンズウェアのファッション ショーで、モデルたちは踊りながら庭園の小道を進み、Thom Browneは、トゥシューズとコッドピースとチュチュで他のダンスのリファレンスに大きく差をつけた。『The Face』誌は、ダンス色が強いファッション イーストの2020年春夏コレクションを「皆が必要としていたレイブ パーティー」と評した。そしてリアーナ(Rihanna)の待望のブランド、LVMH傘下のFentyのプレビューでは、1930年代の派手なズート スーツを思わせる、極大ショルダー パッドの入りのロング ジャケットや幅の広いペグ パンツなど、踊るのにぴったりのゆったりとしたフィットの服が公開された。またGucciの2019年秋冬コレクションでも、同じように誇張したスタイルが見られただけでなく、ローファー、アーガイル柄、ダブル ブレストのカーディガン、ハイウエストのスリーピース スーツといった、まさにジーン・ケリー(Gene Kelly)メドレーとでも言うべきアイテムが披露された。Molly Goddardのドラマチックなエンパイア ラインのバレエ風チュール ドレスは、相変わらずファンから根強い支持を得ており、他方、Simone Rochaのテーマは、これまでと同様に今回も『赤い靴』だった。
今年のメット ガラのテーマは、ファッション業界内部関係者で構成される委員会によって設定され、痛ましいほどにその解釈がズレていた「キャンプ」だったが、ここで見られたどの服も、(クィアな世界の)ダンスがあってこそのものだ。キャンプのイメージは、ドラァグ ボール カルチャーから生まれた。リー・バウリー(Leigh Bowery)のようなクラブのプロモーターや、「クラブ・キッズ」を生み出した、ナイト ライフに傾倒するニューヨークのパーティー好きな人々の手によって誕生したのだ。実際、どのセレブリティもリー・バウリーのスタイルを再現するチャンスを利用しなかったのが不思議なくらいだ。スーザン・ソンタグ(Susan Sontag)やこの用語を生み出したのは誰かを巡って多くの議論が巻き起こったが、その結果、ひとつはっきりしたことがある。それは「キャンプ」がクラブのために作り出されたということだ。クラブという、完全なる超越を目指して、ダンスとファッションが利用される場所のために。そして今、明らかに私たちはその超越を切実に求めている。

Willi Ninjaのポートレート、Andrew Eccles
先月、ジェニー・リビングストン(Jennie Livingston)が1991年に制作し、論争の的にも賞賛の的にもなった、ドキュメンタリー 映画『パリ、夜は眠らない。』が劇場公開された。この映画は、ファッションとパフォーマンスを使って、支配的な文化によって強いられた制約を否定したサブカルチャーに光を当てている。映画の立役者のひとり、ドリアン・コーリー(Dorian Corey)の言葉を引けば、「ボール ルームでは、何でもなりたいものになれる」ということだ。「本当はお偉いさんではないとしても、見た目は、お偉いさんみたいになれる」。映画では、ボール ルームの伝説の振付師、ウィリー・ニンジャ(Willi Ninja)も大きく取り上げられている。ウィリー・ニンジャはヴォーギングというダンスを考案した人物で、これは、『ヴォーグ』誌の表紙を飾るようなファッション モデルたちのポージングやその華麗さを強調したスタイルにちなんで名付けられた。2019年、ボール文化というサブカルチャーが、ポップカルチャーとアンダーグランド カルチャー、そしてファッションにも多大な影響を与えたことについては、疑問の余地がない。『POSE/ポーズ』の脚本/監督を務めるジャネット・モック(Janet Mock)が、「私にとって『パリ、夜は眠らない。』は、私の前に、自分にとても似ている人々やその人たちがいる世界を引き合わせてくれたという意味で、すばらしい贈り物だった」と認めるように、大人気のテレビ番組『ル・ポールのドラァグ・レース』や『POSE/ポーズ』も、この映画に負うところが大きい。映画の出演者たちは今や定期的にレッドカーペットや雑誌に姿を見せているし、6月号の『Elle』の表紙を飾ったインディア・ムーア(Indya Moore)は、出版界で初めてトランスジェンダーのカバー スターとなった。

Gucci 2019年春夏「Showtime」キャンペーン
Gucciの2019年春夏シーズンの「Showtime」キャンペーンは、『雨に唄えば』のような昔のハリウッド映画に捧げるオマージュとなっており、メディアの消費のされ方が劇的に変化しつつある時代のショービジネス界を皮肉っていた。オンラインのストリーミングが現実世界の体験にとってかわり、テレビの質がますます映画を凌ぐものになっている今、このスタイルが再び蘇るのも当然という気がする。
ジーン・ケリーの後に現れたのが、『オール・ザット・ジャズ』や『キャバレー』、『シカゴ』で有名な振付家、ボブ・フォッシー(Bob Fosse)だ。ライザ・ミネリを前面に押し出した見せ場やクラクラするような煌びやかな世界観といった要素は、Gucciの現在のクリエティブ ディレクションにおいても健在だ。驚くことでもないが、フォッシーの人生を描いたFXのテレビ シリーズで、今年になって再びフォッシーも注目を集めている。サム・ロックウェル(Sam Rockwell)主演で、妻であり仕事仲間であったグウェン・ヴァードン(Gwen Verdon)をミシェル・ウィリアムズ(Michelle Williams)が演じている。ボブ・フォッシーは、非常にユニークで気まぐれなダンス スタイルで知られており、彼のそのスタイルは「フォッシー アメーバ」として知られるようになった。もしかすると、この時代のGucciを「アレッサンドロ アメーバ」の時代として記憶することなるかもしれない。Rodarteの2019年秋冬コレクションの舞台裏で、メイクアップ アーティストのジェームズ・カリアードス(James Kaliardos)は、メイクアップの決め手となる「過剰さ」はフォッシー的な調和からきていると発言している。「彼のダンスのポイントは、あの表情豊かな、超個性的なキャクターを作り上げるところにあった。そして、そこではいつも、華やかさを演出するヘア メイクの過剰さもセットになっていた。あのショービズの感覚だよ」
5月の終わりには、伝説のアメリカ人デザイナー、Halstonのドキュメンタリーが公開された。ロイ・ホルストン・フローイック(Roy Halston Frowick)は、ナイトクラブ Studio 54全盛期のファッションに最も近いとされるデザイナーだ。80年代の多くのアイコニックな人物たちがHalstonの服を着ていた。キラキラのスカーフを頭に巻いて垂らし、エレガントな姿で晩餐会に姿を表したグレイス・ジョーンズ(Grace Jones)など、セレブリティ中のセレブリティを被写体とした、今や聖典というべき写真の中に彼のデザインが見られる。パット・クリーブランド(Pat Cleveland)やグレイス・ジョーンズが参加した、ディスコがテーマのTommy Hilfiger × Zendaya 2019年春夏ランウェイショーは、70年代から80年代のナイトクラブのような自由奔放さの復活がくることを暗示しており、「Netflixを見てまったり」する時代における、古き良き時代のスペクタクルに対する絶望的なまでのノスタルジーを示している。

Merce Cunninghamの「Root of the Unfocused」、Barbara Morgan、1944年

Acne Studios 2019年春夏コレクション
Halstonはモダン ダンスの申し子、マーサ・グレアム(Martha Graham)の衣装を作っていた。マーサ・グレアムは20歳のマース・カニンガム(Merce Cunningham)を発掘しており、彼の死後20年経った2019年に私たちが思い出すところの、アヴァンギャルドな振付師にカニンガムを仕立て上げたのが彼女だった。カニンガムとファッションとの関係が、本当の意味で強固なものになったのは、おそらく1997年、川久保玲が「腫れ物(Lumps and Bumps)」として有名になった同年のコレクションを、カニンガムのパフォーマンス「Scenario」の衣装に使うのを認めたときだろう。カニンガムはAcne Studiosの2019年春夏コレクションにもインスピレーションを与え、彼の舞台のプログラムや、カンパニーのダンサーたちの写真をまとめたコラージュをシルクスクリーンでプリントしたTシャツとなった。また、Acne Studiosは2019年春夏キャンペーンにウクライナのバレエ ダンサー、ソーニャ・モホヴァ(Sonya Mohova)を起用し、彼女がさまざまな季節の気分がムードを表現した、自撮りのiPhone動画シリーズを公開している。
Chanel、Yves Saint Laurent、Alexander McQueen、Christian Lacroix、Prada、Dries Van Notenなど他にもまだあるが、世界中の有名デザイナーの多くが、バレエ団のために衣装を手がけてきたことは言わずもがな、バレエとファッションがその長い歴史を共有しているのは、誰もが知るところだ。今や、レオタードとレギンスは、私たちの服装に完全に溶け込むあまり、バレエ レッスンで使われていたという起源にあえて触れる意味がないほどだ。レッグウォーマーやラップ スカート、ダンサーの重ね着にスタイルについても同じこと言える。長袖のメッシュ、ボディースーツの上にロールアップしたスウェットパンツ、くるぶしソックス。この春は、ソフトな履き心地の靴もひっぱりだこだ。2020年メンズウェアのショーでは、ニューヨークの新顔、Bodeがパリにぴったりのロマンチックな服を発表し、そこでモデルたちに黒とバレエ ピンクの革製のバレエ シューズを履かせた。Thom Browneのショーでは、トゥシューズとコッドピースだけでなく、アメリカン・バレエ・シアターのプリンシパル ダンサー、ジェームズ・ホワイトサイド(James Whiteside)による、15分に及ぶパフォーマンスが話題をさらった。

Rudi Gernreichによる「Inscape」のための白鳥の衣装、Lewitsky Ballet、1976年

Rudi Gernreichによるウィルターン シアターでのコスチューム、1985年
2019年春夏シーズンは、アヴァンギャルドな60年代のデザイナー、ルディ・ガーンライヒ(Rudi Gernreich)のブランドの復活も見られた。レスターホートン モダン ダンス カンパニーの元ダンサーでコスチュームデザイナーだったガーンライヒのデザインは、(当時も今も)人体を際立たせる、非常に造形的要素の強いデザインであり、同時に、ダンスに必要な、どのような動きも表現できる自由さがある。ガーンライヒはそのキャリア全体を通して、ホートンを始め、他のダンスカンパニーやダンス作品のための衣装製作に貢献し、一方で、身体は自由で、流動的で、何も着ない生まれたままの状態で受け入れられるべきだという信念によって、人々に衝撃を与え続けた。他の人がやる50年以上も前から#フリーザニップルをやっていた活動家の彼は、常にジェンダーやセクシュアリティ、そして身体のあり方に対する厳格な考え方に対抗し、「自分がなりたいと決めた自分が、本当の自分だ」という有名な言葉も残している。ガーンライヒにとって、人間のあり方は、第一に動く自由と身にまとう自由を通して決まるものだった。
アイデンティティの政治が何かと先に立ち、(ブランディングされていない)正真正銘の抑制からの解放はかなり稀に思われるような、文化的節目にある今、ダンスとファッションが、流動性と自由を表現する最も重要な術、アートとして駆り出されている。最後に自分が本当に動いたのがいつか、最後に何かに心を動かされたのがいつか覚えていないようなこのご時世、『キャバレー』のスタイルを引き合いに出すことの魅力は計り知れない。このように、ファッションはあらゆる文化的領域を利用する。いや、そうするより仕方ないのだ。なぜなら、ファッションには、それ自体で意味を作り出すことができないからだ。そして、スタイルを超えて、深く刺さる主張という意味で、本当に有意義なものは何かといえば、現実しかない。つまり、アイデンティティやコミュニティや経験だ。振付師のアルビン・エイリー(Alvin Ailey)は、次のような有名な言葉を残している。「ダンスは皆のものなんだ。ダンスは人々から生まれる。だからこそ、常に人々の元に送り届けなければならないと私は思っている」。ファッションとダンスは、ともに最も総合的な芸術の形態かもしれないが、ダンスの方がもっと楽しい。なぜならダンスは自由だからだ。
Olivia WhittickはSSENSEのエディターであり、「Editorial Magazine」のマネージング・エディターも務める
- 文: Olivia Whittick
- 翻訳: Kanako Noda
- Date: July 9, 2019