財布か携帯ケースか
ファッションを通して検討するお金の形態学
- 文: Erika Houle

1994年の映画『パルプ・フィクション』で、クエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)は、歴史に残る対決場面を残している。真顔で手に銃を持ったサミュエル・L・ジャクソン(Samuel L. Jackson)が、象徴的なセリフを吐く。「バッド マザー ファッカー」。そして強盗が奪おうとしている物を返却するよう要求する。彼の財布だ。だがもし、今、タランティーノが『パルプ・フィクション』を書いたとすれば、どうだろうか。20年以上が経ち、私たちの通貨の形態は、いろいろな意味で大きく変化した。携帯電話で資金の管理が行われ、Uberの乗車、集金アプリTiltの送金から、スターバックスの注文までキャッシュレスで済む時代、財布にはどのような役割があるのだろうか。

数年前、Appleは、ウェアラブル端末初の腕時計という形で、財布を手首に付けてまわることを提案した。もうポケットがぱんぱんになったり、バーでカードをなくすこともない。本来は時間通りに行動できるよう設計された、このデバイスがあれば、 数秒足らずで日常生活に必要な支払いができるようになった。IT業界の大物やファッション関係者、セレブらの前に、未来の片鱗が現れた瞬間だ。
古代ギリシャに遡ると、かつては貧乏人の携帯用サバイバル キットでしかなかったものが、のちにステータスや社会の階級を表す威厳の指標となった。その発展の過程で、財布は様々な形態をとってきた。札入に二つ折り財布、コインケースからマネー クリップ、タバコ グッズから、Futureにあるようなただ現金を突っ込むポケットまで、 絶え間なく進化を続ける財布は、社会の要請に合わせて、さまざまな形状やサイズ、用途に幅広く対応している。そして、近年のスマートフォンとデジタル通貨の増加に伴い、さらに特筆すべき変化が財布に起きている。2018年、財布は、従来とは完全に異なるファッション アイテムのテリトリーを占領する。携帯ケースである。

今日、銀行口座も、To-Doリストも、好きな人の写真も、携帯電話のアプリに保存されていることだろう。だが、これらのアプリが、その外側の殻によって守られていることに変わりはない。この財布からのスピンオフに関して言えば、持つ人は2つのタイプに分けられる。持ち物の保護が目的の人と、デコレーションが目的の人だ。絶対に安全なOtterBoxの保護ケース、それ自体をセルフィーで撮る価値のある、ロゴをあしらった美しいGucciのケースなど、選び抜かれたアイテムは、持ち主がどのような人物なのかを伝えるひとつのメッセージとなる。通貨がそうそう変化しないのに対し、携帯端末のサイズやモデル、素材がこれほど変化することを考えると、このケースには無限の形態変化の可能性があるといえる。仕事用のデスクに伏せて置かれていようが、ちゃっかりInstagramの写真に写っていようが、私たちの髪型やペットと同じく、携帯ケースは私たちのアイデンティティの一部となっている。VBのケースなしのヴィクトリア・ベッカム(Victoria Beckham)や、LuMeeなしのキム・カーダシアン(Kim Kardashian) など誰が想像できるだろう。

2013年には、ある特殊なタイプの携帯デコレーションにインターネットの注目が集まった 。ひび割れたスクリーンの流行だ。壊れたデバイスという新たに登場した奇妙なステータス シンボルが、ある種の反逆的なカッコ良さの象徴になった。その結果、ちょっとしたトロンプ ルイユの効果で、全く傷のついていないデバイスを粉々に割れたかのように見せることができるケースも売られるようになった。逆に、数年後、Louis Vuittonはシグネチャのフォリオ ケースに、新たな素材を採用した。ヤモリからヒントを得た独自技術である。これは携帯電話の安全と安心を実現するために発明されたもので、ブランドはこの「トカゲから着想を得た」特性を、「自然のパワーで、どのような表面にでも対応できる高性能の粘着性をもち、通常の粘着テープの600倍もの強度を誇る」と謳っている。ラグジュアリーのためなら、多少、気持ち悪くても関係ないのだ。


画像のアイテム:ウォレット(Gucci)、 ウォレット(Gucci)、iPhone 6 ケース(Gucci)
そうは言ってもやはり、テクノロジーの進歩とノスタルジーの両方によって突き動かされる時代において、従来の財布は今なお人気を保っている。いくら携帯電話の性能が便利になったとしても、その性能に頼り切ってしまうことには本質的なリスクもある。支払いの際にサービスが停止したり、バッテリーが切れたりすることもあるからだ。また、この2018年に現金を持つというのは、どこか魅力的だ。バス料金を探して財布の中をあさったり、前の月に見た映画の半券を偶然見つけたりするのもいい。今の時代に財布を持つということは、急速に進む社会のペースに逆らい、自分だけの隠し場所という、手で触れられる現実を楽しむことなのだ。
- 文: Erika Houle