革を育てる
クラシックから誕生する
Hender Schemeの
ミュータント シューズ
- インタビュー: Tiffany Godoy
- 写真: 蓮井元彦

ピンクがかった肌色。天然レザーを使ったHender Schemeのスニーカーは、1キロ先からでもそれと分かる。デザイナーの柏崎亮がスタートしたブランドHender Schemeを有名にしたのは、靴作りで培った伝統の手作りスタイルを駆使して、世界中でもっとも人気があり広く愛用されているスニーカーを新しく表現した「オマージュ」ラインである。親近感あるデザインと、強印象を与える未加工の重厚な革。両者を組み合わせた結果は、誕生したときから魅力を放った。このように、柏崎の仕事はすべて、熟知と違和の間に作用する緊張感が原動力だ。


柏崎は、東京の浅草近辺に制作の拠点を置いてきた。青山や渋谷の喧騒から40分、地下鉄銀座線の終着駅である浅草は、東京の皮革産業の中心地だ。細い通りが迷路のように入り組み、伝統品を売る商店は今や大半の客が観光客だ。柏崎は、靴作りを始めたときからずっと、そんな浅草を拠点とし、実験室としてきた。柏崎は足の建築家だ。最初は靴の修理職人として、その後はHender Schemeのオーナーとして、およそ7年間、近在の小さな町工場と力を合わせてアイデアを製品に転換してきた。ホース ウィスパラーならぬシュー ウィスパラーのごとく、柏崎のアンテナは意識下の日常から形状や素材をキャッチする。クラシックなペニー ローファーやビンテージなミリタリー ブーツのソールからステッチのディテールを選び、パーツを分断し、組み合わせ、新たな全体に作り変える。ファッションを考慮に含めて設計したデザインではあるが、決してハイプなスニーカー少年の野心などではない。
Hender Schemeは、渋谷の目立たない通りにあるグレーのコンクリートの建物に、当座のショールームをオープンしている。とても禁欲的で、とても日本的だ。最新のコレクション「コンテンポラリー」を展示するには、完璧な背景である。2017年秋冬コレクションと最新の「オマージュ」ラインナップを陳列中の柏崎と会い、禅と革靴作りの技術について教わった。


ティファニー・ゴドイ(Tiffany Godoy)
柏崎亮
ティファニー・ゴドイ(Tiffany Godoy):Hender Schemeというブランド名は、ジェンダーと関連していますね。ブランド名にそのコンセプトを使おうと思ったのは、なぜですか?
柏崎亮:大学で心理学を勉強していたとき、テーマのひとつがジェンダー論だったんですよ。「ジェンダー スキーマ(gender scheme)」を超えるという意味で、アルファベットでGの次に来るHを使って、「Hender Scheme」という名前にしたわけです。たとえば、男は青で女は赤とか、男は外で働いて女は家で家事をする、みたいな社会的な通念があるでしょ。僕は、そういう社会的な性差を考えずに、自由にデザインしたかったので。
デザインするとき、セクシュアリティを考慮しますか? というのも、ジェンダーに関する話を聞いてるうちに、突然、この肌色のモーターサイクル ジャケットがとてもエロティックに見えたからなんですが。
直接的には考えないけど、間接的にはあるかもしれない。僕は、シーズン毎にコンセプトを立ててデザインするより、日常で感じたインスピレーションを無意識にアウトプットするやり方だから。
毎日、浅草に来ているんでしょう? 浅草は東京のファッションから一番かけ離れた場所ですが、世界中の読者にこのエリアのことを教えてもらえますか?
東京は、それぞれの地域に、それぞれ独自の空気やライフスタイルがあるんです。浅草は東京の東にあるけど、僕が育ったのは西のほう。新しく開発されたニュータウンで、両親の世代が東京の中心部へ出勤するのに便利だったんです。それほど家賃も高くなくてね。西は住民同士の関わりが深くないけど、東は何世代も前からそこに住んでいる人がいて、すごく横のつながりがあります。密度の濃いつながりが、お祭りとかを通じて、さらに結束を高める。そんなエリアです。
歴史的に、浅草には革靴の職人さんや町工場が集中してるんですよね?
そう。革をなめすのに水を使うから、革の文化は川沿いにあるんです。靴を作り始めたとき、僕はまだ19歳だったけど、若い職人は少なかったので、みんなとてもよくしてくれましたよ。仕事を続けるうちに、ますますいろんなことを教えてもらったから、何か恩返ししたいと思うようになったんです。そして、僕に返せるのは、アイデアとデザインだった。僕のデザインを通じて、みんなとコミュニケートして、職人さんや町工場に仕事を持って帰る。そういう役割りを果たせたらいいなと思って始めたのが、このブランドです。
その頃、日本ではちょうど、ファスト ファッションの人気が高まっていましたね。あえて、反対をやろうとしたわけですか? 大量生産ブランドに、手作りブランドで対抗?
僕がやりたかったのはその中間。大量生産と1ヶ月に1足しか作れない手作りの間をやりたかったですね。どちらのやり方も、良いとか悪いとか、思わないですけど。
選択があって、選択を実現できる。それが今の時代ですよね。あなたが、今シーズンのコレクションのタイトルに選んだ「コンテンポラリー」、そのものです。
そうなんです。僕たちは、手も使うし機械も使う。1000足は作れないけど、100足は作れる。浅草には、その程度の規模がちょうどいいんですよ。僕らは、浅草の技術を使って、面白いアイデアを形にしていくんです。
あなたのプロセスは、要素をどんどん削ぎ落としてパーフェクトに近付ける、というミニマリズム精神ですか? 古い靴をシンプルにして、今の時代に合わせるわけですか? ここには、ペニー ローファーとか、他にもクラシックな靴が展示されていますね。
こういう誰もが持ってる典型的なモデルを新しい表現に変えるのが、僕は好きだし、得意なんです。例えば、あのスニーカーのコレクションも、みんなが持ってる典型的なモデルだけど、アプローチが全然違うから、見た人はみんな驚く。ペニー ローファーみたいなクラシックにちょっとスパイスを効かせる。そういう表現をよくやります。
「オマージュ」ラインで製作する靴は、どうやって選ぶんですか?
あのコレクションは、いちばん典型的なモデルを選ぶことが決め手だったんです。そうすれば、元のモデルと僕たちが作ったモデルを比べられるから。どっちがいいとか悪いというわけではなくて、僕らみたいなアプローチもあるんだということを見てほしい。大量生産の製品にも、良い点はいっぱいありますよ。品質が一定してるし、値段も手頃だし。
誰でも手に入るし。
そう。でも一方で、僕らがやっていることを見たら、マス プロダクトにはない新しい感覚や匂いみたいなものを感じてもらえて、それがすごく面白いかなと思ってます。僕たちの靴を見ると、どうやってできてるんだろうとか、誰がどこで作ってるんだろうとか、想像が広がるんじゃないかな。それを僕はやりたい。モノを作るだけじゃなくて、モノから想像も引き出せたら素晴らしいですよね。
ブランドを始めた当初は、靴作りだけを考えてたわけでしょう? 今はどうですか? ブランドの今後の展開は?
やっぱり僕は靴が好きだから、もっとたくさんの靴を作っていきたいなと思ってます。服はトレンドがどんどん変わるけど、靴は、クラシックからそれほど変わってないし、アップデートもしてない。だから僕は、クラシックなものを踏まえて、できるだけ現代風にアップデートしていきたいと思っています。
そういう正反対なもののバランスが、「コンテンポラリー」というタイトルの意味ですね。見事に成功しましたね!
ええ! いつも、それを意識してやってます。例えば、何でもかんでもミックスしたいわけじゃない。でも、クラシックばかりにもしたくない。クラシックとハイブリッドな靴の間にある、ちょうどいいバランス。それが、僕がやりたいことだし、僕にとっての「コンテンポラリー」です。
2017年秋冬コレクションで、特に力を入れたり、プロセスにこだわったアイテムはどれですか?
ブーツ。ディテールはアーミーなんだけど、全く機能的じゃない。全然「アーミー」じゃないという、皮肉みたいなデザインです。それから、「ミューテーション」という靴は、ドレス シューズとスニーカー、両方のディテールを足しています。とっても、僕たちらしいデザイン。僕は、靴でそういう相反を表現するんです。
さぞかしたくさんの靴を持ってるんでしょうね。
もともと靴の修理をしていたから、たくさんの靴は見てきました。靴の修理をやったのは、すごくいい経験になってる。僕自身、靴はそんなに持ってないし、自分で作った靴しか履きません。自分の靴を毎日履いて、歩いて、マイナー チェンジしていくんです。
靴のお手入れで、一番大切なのは?
愛情を込めて履くこと。製品は、店頭に並んでいるときがパーフェクトじゃないんです。使われていくうちに、パーフェクトになっていく。僕たちはそう考えてます。出来上がったときは、完全体じゃない。僕は、靴が使われた後の姿を想像したいなと思うんです。そうするために、使えば使うほど良くなっていく革しか使いません。


- インタビュー: Tiffany Godoy
- 写真: 蓮井元彦