親愛なるアン Dへ、
I love U
いつまでも咲き誇るAnn Demeulemeesterに捧げる賛美のラブレター
- 文: Arabelle Sicardi

今や世界のNO.1に登りつめた防弾少年団ことBTSだが、彼らのアルバム発表には、ある陰謀論が存在する。Ann Demeulemeesterからシャツがリリースされる時期に合わせて、BTSのアルバム リリース時期が組まれる、というものだ。アン・ドゥムルメステール(Ann Demeulemeester)は文章を刺繍した作品を数多く残したが、彼女の後継者、セバスチャン・ムニエ(Sébastien Meunier)がその手法を踏襲して2017年にデザインした「I AM RED WITH LOVE」シャツは、BTSのステージに登場するやファンに強烈な印象を与え、ファンの間で次回のツアーはいつかについて憶測が飛び交った。redditでもweiboでもTwitterでも、「I AM RED WITH LOVE」という短文から、熱愛するバンドの次のツアーのテーマや時期、果ては歌われるであろう曲の仮想タイトルまでが推論され、さしずめムードボードの体をなしている。まさしく2019年に蘇った「ビートルマニア」だ。スタイリストが潤沢な資金に物を言わせて選んだシャツからすべてが始まったわけだが、ドゥムルメステールにとってロック スターたちは大きな刺激を与えるミューズだったから、きっと感激していることだろう。パワフルなものは何でもそうだが、非の打ちどころなくデザインされた衣服もまた、強烈な欲望を喚起するがゆえに、崇拝とヒステリックな反応を引き起こす。Ann Demeulemeesterは、ブランドとして誕生したときから、その点が抜きん出ていた。
1985年の設立から10年間に発表されたルックは、20年以上が経過した現在なお、BTSをはじめとするポップスターのステージでもランウェイでも無限にコピーされ続ける。初期のシーズンはデジタルの形態ではほとんど残っていないが、1997年春シーズンにはすでに、以後、展開し続けたコンセプトが見られる。慎重にボタンをずらせたカーディガンと、完璧にプレスされたボタンアップ。紗のように薄いホワイトのトップスを横切る、アシンメトリーな細いショルダー ストラップ。光沢があって滑らかなカーフ レザーのジャケットやドレスは、濡れたようにドレープしているのだが、さらりとした肌触りが約束されていた。ロング ドレスは、常に揺れ動いているように、常に咲き誇っているように、エレガントなラインを描いていた。
寝起きのようなヘアとミニマルなメイクアップで発表された1997年春コレクションのルックは、90年代ファッションを大きく方向づけた。その残響は現代にも現れている。軽やかなタンク トップ、片肌脱ぎのカーディガン、バギーなトラウザーズで登場したミラ・ジョヴォヴィッチ(Milla Jovovich)は、2019年に、同じくカーディガンを片肌脱ぎにして、まったく同じ表情を作ってみせたオルセン姉妹(Olsens)として蘇った。ステラ・テナント(Stella Tennant)が思い切り着崩してみせたボタンアップは、LemaireがUNIQLOとコラボしたブラウスで、同様の無頓着な雰囲気を狙った。エリン・オコナー(Erin O’Connor)が着た完璧なカットのブレザーは、無数のウィメンズウェア ブランドがそのクールな雰囲気を模倣し、同様のバリエーションは、Celineにも、Saint Laurentにも、Diorにも見受けられる。アントワープ仲間のHelmut Langと並んで、Ann Demeulemeesterはひとつの世代、ひとつの時代を象徴するスタイルを確立した。そしてインターネット時代と呼ばれる現在は、あの雰囲気へ追慕の視線を向けている。

だが、これほどに言葉を並べても、ドゥムルメステールが、詩人でありロック スターであったパティ・スミス(Patti Smith)を含め、熱烈な信者を得た理由を十分に説明することはできない。彼女は、生涯を通じて着続けているかに感じさせる服を作り出した。年月を経て、服の色が褪せ、伸び、着る人の体形に合わせて変化するプロセスを綿密に予測し、時の流れを飛び越えて熟成のフォルムを創造した。ファッション アーキビストのマイケル・カーダマキス(Michael Kardamakis)は、次のように解説している。「ひじの部分にゆとりがあり、散々着古した服が体の動きを吸収するのとまったく同じように、自然に動きを取り込む。例えば、着心地を向上するために、カフスの内側にはテクスチャ加工フリースのライニングがほどこされている。着てしまえば見えない場所であるにもかかわらず、ブレザー、コート、スポーツ ジャケットと、すべてに同様のディテールが実践されている。根底に流れるのは、こうした、時を経た服との類似性だ」
ファッション デザイナーというよりは魂を呼び起こす人、魂を宿す肉体を包容する建築家
ドゥムルメステールが、初期のインタビューで、そうした技巧を凝らさずにいられない衝動について語っているが、まるで錬金術師の話を聞いてるみたいだ。「私はノンシャランを刻み込んだ服を作りたいの。そのためには、バランスを考慮する必要がある。例えば、ジャケットのポケットは、何かを入れると下がり方が違ってくるわ。最終的に、服は着る人の体形へと変化するの。大好きで頻繁に着るコートは、まったく同じものでも、新品とは完全に別物の魂を持つようになる。衣服は生き物だという考え方は、とても刺激的よ。私は魂がみなぎる服を作りたい。そのために、カットや生地や始末の方法を長いあいだ研究してきた。着る人の腕の形をしたジャケットの袖を作りたいのよ」。ファッション デザイナーというよりは魂を呼び起こす人であり、魂を宿す肉体を包容する建築家だ。ムニエは、彼自身のやり方で、建築的な要素をさらに発展させている。鳥の爪の形で有名な「バード クロー」ブーツを復活させるにあたり、彼は自動車の製造技術を援用してさらにヒールを長くした。
服の変化を追究したドゥムルメステールの熱意は、ほかにも秘かな形跡を残している。2007年秋になる頃には、多くの作品の内側に紐やボタンが配置され、スカートやドレスやジャケットの長さを調節できるようになっていた。また、前後を逆に着ても、同じくらい実用的だった。同年春コレクションでは、その他のディテールにも同じような遊びがあった。ベストにパールがあしらわれ、チェーンがネックレスに使われ、ウェストコートが三重のレイヤーになっていた。その数年前には有刺鉄線みたいなレザーのラップアラウンド ネックレスが登場したが、それを王冠のように使うと、ブーツと同じオーラが漂った。美しく、そして恐ろしい天使のオーラだ。今に至るまで、ドゥムルメステールが与えてくれた最高の贈り物のひとつである。

初期の数年の作品には魔法がある。それはおそらく、ドゥムルメステール自身が魔法と可能性のストーリーにインスピレーションを見出したからだろう。もっとも注目に値するのは、バージニア・ウルフ(Virginia Woolf)の『オーランドー』から着想したコレクションだ。オーランドーは、昏睡状態のうちになぜか男性から女性へ性転換し、姿かたちを変えつつ何世紀にもかけて詩を書くという、人間離れしたヒロインだ。風刺小説であると同時に、同じくイギリスの作家であったヴィタ・サックヴィル=ウェスト(Vita Sackville-West)との実ることのないクィアな恋に向けた、遠回しの恋文でもあった。『オーランドー』に描かれた両性具有とロマンティシズムは、ドゥムルメステールのすべてのコレクションで表現されている。ドゥムルメステールがデザインした服は、互いの服を共有する恋人たちのためにある。それが可能なのだ。私の過去の恋人たちと私は、大抵、相手のAnn Demuelemeesterのシルクの服をこっそり拝借する時期があった。愛する人と溶け合ってひとつになりたかっただけでなく、外の世界に対抗する鎧の役目を、いとも簡単に果たしてくれたからだ。Ann Demuelemeesterが最高なのは、何もかもが、何の問題もなく、あるべき場所に収まるからだ。「たったそれだけのこと」ができるまでに、たとえ何年もの失意と反復を体験する必要があったとしても。それは恋と同じ、と私は思う。
そして、不毛なロマンスの形見と同じようにいつまでも長く余韻を残しているのは、ドゥムルメステールが手がけたなかでもいちばん繊細なアイテムたちだ。深く記憶に刻まれた作品として、シアー素材に叙情的なフレーズを刺繍したものがある。詩人たちが懸命にサッフォー(Sappho)を理解しようとするように、現在、美術館が熱心にアーカイブに努めているアイテムだ。ビーズが散りばめられ、軽やかに揺れ動くチュールに「Curious wishes feathered the air (奇妙な願い事が宙に羽を与えた)」と書かれている。同じくパティ・スミスの詩的な回想録『Woolgathering』からの引用が、白のロング スカートのベルトに赤いビーズで綴られている。2000年当時すでに、シルクのメッシュのトップスが「into a realm that could not be measured (測ることのできない領域へ)」と囁きかけていた。ムニエはこのテクニックを継承して、明らかに成功を収めている。そして、恋人たちのための服を作り続けている。最新コレクションに登場した光沢のあるテールコートとレザーのハーネスは、誰が着ても華麗に、そして危険に見えるはずだ。
ドゥムルメステール自身がデザインした最後のショーのひとつは、創作の原点へ回帰するものだった。かくもロマンに溢れ、体にしっくりと馴染む作品を生み出した彼女のインスピレーションの源は、詩人ランボー(Rimbaud)と彼の詩集『地獄の季節』だった。ランボーの放浪をモデルに、ドゥムルメステールは女性のペルソナを作り出した。「I sat beauty down on my lap, and I found her galling (俺は『美』を膝の上に座らせた、苦々しいやつだと思った)」の一文を、私は忘れることができない。
ランボーが今の時代に生きていたらロック スターになっていただろう、とドゥムルメステールはショーの後で語っている。きっとAnn Demeulemeesterを愛用していただろう、とはティム・ブランクス(Tim Blanks)のコメント。BTSとファン軍団の歓声を聞くと、ふたりの言ったことは正しいに違いないと思う。だがさしあたり今のところ、Ann Demeulemeesterのミューズを演じるロックスターは不動であり、最大のパワーを発揮している。誰にも不平はないはずだ。少なくともファンの女の子たちに関する限り、何ひとつ問題はない。
Arabelle Sicardiは美容とファッションのライター。『i-D』、『Allure』、『TeenVOGUE』などで活躍
- 文: Arabelle Sicardi
- 翻訳: Yoriko Inoue
- Date: November 26, 2019