フェイクと戦うジュリー・ゼルボ

「The Fashion Law」創設者が語る、広告における倫理問題とファッションにおいて透明性が高まっている理由

  • インタビュー: Adam Wray
  • 写真: Rep Limited

ジュリー・ゼルボはいつでも論争を巻き起こしてきた。5年前、彼女はファッション業界を法律の視点で書くブログ「The Fashion Law」を創設した。ブログでは、巨大ファストファッション企業による違法行為や人権侵害から、ラグジュアリーブランドが犯すデザインの盗用に至るまで、ブランドの責任を追及する記事がたびたび公開された。当然、反感を買うことも多い。「自分が本当に興奮するような記事を書くたびに、企業を敵にまわすから、雇ってもらいにくくなるの」とゼルボは話す。

趣味で「The Fashion Law」を始めた当時、ゼルボはまだロー スクールの学生だった。「サイトを始めた理由は、法律の基本原則を学ぶだけでなく、ファッション界で実際に起きている事象を取り上げることで、補完したかったから」と彼女は説明する。ゼルボが大きなニュースを報じるにつれブログの評判が高まっていった。2012年にはパメラ・ラブ(Pamela Love)のデザインしたブレスレットをChanelが盗用したという記事を公開したことを受けて、ウォール・ストリート・ジャーナル紙で取り上げられた。結果として、このブレスレットが製造されることはなかった。現在、法律の専門家を必要とする業界のジャーナリストにとって、ゼルボは頼りになる情報源である。ブログ記事は定期的にニューヨーク・タイムズ紙で引用されており、彼女は同紙に寄稿もしている。

「The Fashion Law」にはどこか新鮮な古めかしさがある。シンプルなサイトのデザインにはWeb 1.0的な雰囲気があり、ここにはゼルボの関心を体現している。すなわち、テキストとアイデア、そしてそこから生まれる対話である。このブログは個人の手で書かれた文章や分析がいまだ影響力持ちうるのだという恰好の例だ。「成果を見るのはいつでも面白いわ」とゼルボは言う。「ロー スクール時代に始めたブログの成果が得られるから」

アダム・レイ(Adam Wray)

ジュリー・ゼルボ(Julie Zerbo)

アダム・レイ: 「The Fashion Law」でやっているせいで企業に雇われないとあなたが言うとき、それはファッション業界のことを指しているのですか? あるいは、法曹関係も含まれるのでしょうか?

ジュリー・ゼルボ: 多くの法律事務所は、それがたとえファッションを扱う法律事務所でも、いまだに石器時代なの。彼らは、注目を集めたり自分自身の意見を述べたりすれば、顧客が寄りつかなくなると考えているわ。その考えには一理あるのだろうけど、私はそれよりも、Instagramをやって自分の主張を好きに書ける方がいい。

ブランドがあなたを雇おうしないというのには驚きです。銀行はセキュリティシステムの欠陥を明らかにするために、ハッカーを雇ったりしますよね。

巨大企業からお金をもらうことを望んでいないのが明白だからだと思う。私はこれまでずっと自分のサイトを本当に好き勝手な方法で運営してきたわ。人々が望みそうなことを基準にサイトを運営しているのではないから。もしそうなら、私のブログはZaraを着た私の写真だらけで、Gucciのやっていることがどれほど素晴らしいかを書いているはずよ。私が書くのは、自分が興味深いと思ったことなの。

Julie Zerbo着用アイテム: コート(Proenza Schouler)

では現在関心があるのは、どのようなことですか?

ここのところずっと関心があるのは、連邦取引委員会と広告における倫理問題。あと、正確さからは程遠いニュースや見出しの宣伝にもとても興味がある。ファッションメディアが読者をどのように見て、どれくらい尊重しているかが特に気になっているわね。私が感じるのは、読者に対するリスペクトが完全に欠如しているってこと。

その点において、ファッション業界は他の業界に比べてひどいと思いますか?

ファッション業界と他の業界に特に違いはないと思うわ。とはいえ、ただのファッションなんだから、という議論は馬鹿げていると思う。ファッションはこんなにも多くの人の人生に関わっている産業なんだから。関心があろうとなかろうと、ファッションは何らかの形で私たちの生活に影響していることには違いないわ。

あなたが特に他に先んじて取り上げてきた分野の中のひとつに、スポンサードコンテンツの情報開示の基準の緩さがありますね。なぜこの問題がそれほどに重要なのか教えてもらえますか?

何よりも、これが消費者の権利に関わる問題だからよ。私たちは、ウェブサイトを訪問し、そこに書かれた情報に間違いがないと信頼できなきゃいけない。消費者は何かにスポンサーがついているなら、それを知らされるべきだわ。InstagramやSNSは、本質的に、というか常にスポンサードコンテンツであると考えるのがおそらく安全よ。でも、連邦公正取引委員会に詳しい人など、なかなかいない。Z世代などは、それらが実際にどういうものか理解するには若すぎるしね。これらの広告主の多くは、このような知識が不十分な人たちを食い物にしているのよ。「The Fashion Law」では、どのインフルエンサーがきちんと情報公開しているかどうか、アンケートを年に2回行なっているけど、詳しく調べてみると、「これは広告?これは広告じゃないの?」」って感じで、いつでも区別できるわけじゃない。私でも毎回わかるわけじゃないのに、専門家でもない人なら、なおさらよ。

これは誰かが痩せるためのお茶などを売ろうとしているときに、本当に問題になると思うのですが。

薬品やサプリメントの問題となると、完全に話は変わってくるわね。

ハンドバッグであれば、誠実ではないにしろ、誰かが死ぬようなことはありませんからね。

確かにそうだけど、原則は同じだし、法律も同じなのよ。バッグであれ、痩せるためのサプリメントであれ、それが少数の人たちを欺くようなものなのかどうかが問題だから。この問題において、私はインフルエンサーの果たす役割は特に重要だと考えているわ。たかが少女のInstagramの投稿だからいいじゃないか、って誤解している人がいるけど、実際は違うわ。高度なビジネスが存在していて、場合によってはこれで数百万ドルも儲けようとしている。彼らの影響力は強大だから、軽視すべきものじゃないわ。

着用アイテム: ブレザー(Thom Browne)

ファッションにおいては、インフルエンサーも他のあらゆるもの同様、コモディティだから

どこかの時点で、インフルエンサー マーケティングも瓦解する時が来ると思いますか?

私は何か他のものに姿を変えて進化すると思ってる。例えば、従来型の広告の時代は終わった。そこに至るまでは何十年もかかったけど、今はものごとのスピードが以前より加速しているから、きっとそんな時間はかからないんじゃないかしら。

インフルエンサー マーケティングはどんな風に変化するのでしょうか。もしかすると、それは単なる一連のアルゴリズムになるのかもしれませんね。私たちが読んでいるものや文体なんかを分析して、ブランド コンテンツを、私たちが好むトーンで提供する。

確かに。それは利口なやり方ね。ファッションにおいては、インフルエンサーも他のあらゆるもの同様、コモディティだから。

私は、自分の携帯のマイクが広告目的で色々と情報を集めていると確信しています。それでちょっと気が狂いそうな気になります。例えば、絶対一度もグーグル検索したり自分の携帯に入力したことがないのに、それに関する広告が送られてくる時とか。ただし、実生活で話したことだけはあるんです。

それが、私たちが承諾したことよ。細字で書かれていた部分は裁判では争えないわ。私たちはサービスを利用していて、それと引き換えにこの全ての情報を提供しているのだから。でも、だからといって情報を追跡されないように、iPhoneを使うのをやめようと思う?

難しい質問ですね。この手のエコシステムから身を引くことは、大衆文化からも離れることですよね。口に出すとことさら気が滅入りますが、世の中の多くのことが、携帯をはじめとするデバイスやInstagramのようなプラットフォーム上で起きています。

トレードオフってことよね。SNSには本当に素晴らしい点があるわ。私たちに発信するプラットフォームを提供してくれている。私も、SNSがなかったら法律に関するウェブサイトを始められなかった。ただ、同時に身を滅ぼす原因にもなるわ。SNSは、ファッションやアメリカの経済界の非道なやり方や、人々の持つ恐ろしい意見の存在を常に思い起こさせるの。

恐ろしいくらい全くフィルターのかかっていない、むき出しの社会の本性が見えるのですね。

SNSのおかげで自分の仲間内以外からの意見も目に入ってくるけど、そういう意見にしっかりと向き合うってなかなか出来ないことよね。それはそれで良いことなのかもしれないけど、怖くもあるわ。私は自分が書くこと全てについて人々に賛同してもらえるとは考えてないし、そんなことを望んでもいない。でも、自分が書くことについて、考えてほしいとは思っているわ。タイトルや140字を読むだけでは、有益な対話はできないもの。

着用アイテム: シャツ(Loewe)

読者や消費者が透明性に反応するような時代に入りつつあるのかもしれない

着用アイテム: プルオーバー(Sacai)

着用アイテム: ヒール(Balenciaga)

人間の脳は、現在私たちに可能な接続のレベルに対処できるようにはできていないと、私は思います。

メディアやジャーナリズムにも流行り廃りがあるわ。今は奇妙な時代よね。多くのものがすぐ手の届くところにありすぎて、 どれが上でどれが下かもわからない。140字とタイトルだけで何かがわかった気になれる。これは恐ろしいことよ。

趣味で始めた「Fashion Law」が、今では別のものへと成長を遂げましたね。その過程で学んだことで、あなたが予想してなかったことは?

幅広い読者に向けて書くという心づもりはなかったわ。ジャーナリズムの学校に行ったわけではないから。大学時代、経済学のジャーナルを編集したことはあったけど、私がそれまでやってきたことは、いずれにせよ、すごくニッチなものだった。ただ、もしかすると、それが「The Fashion Law」の強みかもしれないわね。あと、「The Fashion Law」のメッセージや価値観をより魅力的に表現するにはどうすべきかを学んだわ。あまりに角かどしくならないように。厳しい批判をする記事とファッション業界の良い点に光を当てるような記事とで、バランスをとるようになった。ファッション業界には良い点も確かにあるもの。才能ある人々や、面白いやり方で新風を巻き起こす人がたくさんいるわ。

最近目に留まったポジティブなことについて聞かせてもらえますか?

この夏、Givenchyでのリカルド・ティッシの時代と、中でも彼のクチュールの仕事に高評価を与える記事を書いたのだけど、この記事を執筆するなかで、私は正真正銘の現代のクチュールに初めて触れた。もちろん、ラフ・シモンズは少しの間、Diorのクチュールの現代化を行ったけど、私はティッシによるGivenchyのクチュールこそ、非常にイノベーティブで限界を押し広げるものだったと思っているの。

Givenchyにティッシが残すレガシーはどんなものになると思いますか?

彼のレガシーは、手の届くアイテムを導入したことに関するものになると思うわ。例えば、彼がくる前は、Givenchyにイット バッグはなかった。Givenchyを街で見かけることもなかった。彼のレガシーがロットワイラーのTシャツだけにならないことを祈っていいるわ。でも、このことは、何かもっと大きなものを明示しているし、ランウェイに出しているアイテムが売れないブランドの現状を示している。売れているのは、コレクション後に販売される、よりお手軽な値段のアイテムよ。Givenchyは格好の例だと思う。Givenchyが絶頂の頃にKirna Zabêteに行ったときのことを覚えているわ。多分、3種類くらいのワンピースがあったけど、そこにいた人々は皆、Tシャツを着ていたもの。

着用アイテム: ドレス(Loewe)

着用アイテム: セーター(Rick Owens)

それがVetementsの興味深い点ではないでしょうか。今だとBalenciagaもそうですね。ランウェイに出ていたのと同じ服をみんな買って着ています。デムナは、実際に買って着てもらえる製品をデザインすることに関心があることを明言しています。

そうね。ファッションではそのような透明性はあまり見かけないわね。

これは良いことでしょうか?

ファッションが、これからもあらゆるリソースを使って消費者からファッションビジネスの中にある胡散臭いものを隠そうとしていくなら、人々と関係性を保ち、信頼され、関心をひくものであり続けることは不可能だと思う。読者や消費者が透明性に反応するような時代に入りつつあるのかもしれないわね。ファッションとファッションメディアは、日々の暮らしと切り離された存在では、決してないから。ちょうど今、アメリカではニュースの不正確さに対して人々が目覚め、出版に対して以前より厳しい目が向けられるようになっているわ。だからこそ、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルの広告は、真のニュースであることや正確性、真実などを謳っているのよ。

ワシントン ポスト紙の新しいキャッチフレーズは「Democracy Dies in Darkness(民主主義は闇の中で死ぬ)」ですね。

これはあらゆる主要なメディアの根底にあるテーマよ。つまり、人々は真実に飢えているのだと思う。だからこそ、リスペクトが必要だという点に立ち返るの。私たちがジャーナリズムの中に居場所を得られたのは、本当のジャーナリズムとは何かについてじっくり考えたからよ。私たちはジャーナリズムをより手短で手軽に手に入れようとして、報道の自由でさえも自明のものと考えてしまいがちだけど。

あなたの自身のプラットフォームの規模をもっと大きくすることに関心はありますか?

あるわ。でも、それは単に読者を増やしたいということよ。だからこそ、ニューヨーク・タイムズに記事を数本書いたの。より大きな発表の場がほしかったから。私が提供するのは人々が知ってしかるべき情報だと思っているわ。だから、それをシェアしたいの。

アダム・レイは、SSENSEのシニア エディターであり、過去に「Vogue」「T Magazine」「The Fader」といった雑誌でも原稿を執筆している

  • インタビュー: Adam Wray
  • 写真: Rep Limited
  • スタイリング: Delphine Danhier / Rep Limited
  • ヘア&メイクアップ: Rei Tajima