ミルフィーユと重ね着の季節は永遠に
ダイアナ妃のサイクリング パンツ、美術史、NBA、そしてセブンレイヤー ディップ
- 文: SSENSE エディトリアル チーム
「タマネギは何枚にも剥ける。俺も心の奥まで何枚もある。わかったな?深みがあるんだ」 - シュレック
この2月、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)は、常冬の大地に生きる人々、あるいはファッションに対して斜に構えた人のため、ハイブリッド型ジャケットとして、地層のごとく密に重ね合わされたコートを纏ったモデルたちをランウェイに送り込んだ。だがよくよく考えてみれば、ほとんどあらゆるものがレイヤーでできていることに気づく。人間の身体や地球だけでなく、怪物オーガにタマネギ、すべての美味しいデザートまで、層になっている。また文字通りの層に限らず、比喩的な意味での層もある。たとえば、皮肉やお笑い。層が剥ぎ取られることで、何か新しく、斬新なものが顔を出す。今回は、SSENSEのエディトリアル チームがあらゆる形態のレイヤーに注目する。

セブンレイヤー ディップ
溶ける前の「とろけるチーズ」は、あまり美味しいものではない。冷凍ピザを温める時間さえ惜しいほどにお腹が空いているのでなければ、おそらく、ほとんど食べることがない代物だ。だが運良く、手の込んだディップにお目にかかれるような会合に出席することがあれば、罪深いセブンレイヤーにはまってしまう可能性は高い。溶けていない「とろけるチーズ」という、一見まちがった素材にも関わらず、この食べ物が美味である点に異論の余地はない。この美味しさは主に、ひとくちごとに、7つの風味と食感が織りなす絶妙なバランスが口に広がることに由来する。これはまた、数の多さ、そして種類の多さは強みになるという考えが正しいことの証しでもある。とはいえ、複数のものをまとめて何かひとつのものを作り上げるには、多くのポイントを押さえる必要がある。これは食べ物に限った話ではない。例えば、重ね着は、疑いようのない喜びを感じさせてくれるものだ。この喜びとは、ありとあらゆる状況に備えているとわかっていることからくる安心感そのものでもある。だが、重ね着を成功させるには、チームワークが不可欠だ。Tシャツにミトンを合わせただけでは、魅力的なスタイルにはならない。刻みネギだけが盛られた皿が、どれほど食欲をそそるかを考えてほしい。食材、もとい、衣服をないがしろにしては、十分な効果は得られないのだ。多様な食材が一体となって深みのある味わいが生まれるように、服を合わせる際も、完全に異質なアイテムを組み合わせることで、幅広い用途に対応したスタイルが合成される。ファッションにしろ、料理にしろ、その構成要素がもたらす調和なくして全体の統一感は生まれないことを、「層」という概念は思い出させてくれる。

タンクトップの下にTシャツを着るNBA選手たち
21世紀におけるNBAの試合中のファッションは、技術を詰め込んだストレッチ素材なしには語れない。ショーツの下にコンプレッション タイツを履き、腕は、2000年代初頭にアレン・アイバーソン(Allen Iverson)が世に広めたアームスリーブに包まれている。そのかっこいいスーパーヒーローのような出で立ちは、細部まで注目の的となり、中高生たちの集まる学校の体育館や、世界中の運動場で、皆がこぞって真似をする。彼らは、ヒーローと繋がり、ヒーローと同じ格好をすることで、実際には体得できないようなヒーローの技をも身につけようとしているのだ。だが、このスタイルの崩壊を表す現象がある。NBA選手たちはタンクトップの下のTシャツ着用である。タンクトップの下にTシャツというのは、高校や大学の選手の典型的なスタイルであり、ここでは、子どもがプロ選手の格好を真似するという従来の流れがひっくり返っている。このスタイルは、引っ込み思案でかわいらしいおっちょこちょいな少年の雰囲気を醸し出す。そのため、身長201cm、体重104kgのドレイモンド・グリーン(Draymond Green)ですら、どことなく小さな男の子っぽく見えてくるのだ。

映画『スケアクロウ』のジーン・ハックマン
「俺は冷血な男なんだ。だから芯まで温もりを感じることなんてない」。ジェリー・シャッツバーグ(Jerry Schatzberg)監督が流れ者のふたり組を描いた人間ドラマ、『スケアクロウ』(1973年)の中で、ジーン・ハックマン(Gene Hackman)演ずるぶっきらぼうな元詐欺師、マックスはこう宣言する。若きアル・パチーノ(Al Pacino)が演じるもうひとりの主人公ライオンは、元船乗りだ。非常に柔和でおどけてまわる彼に、見る者は魅了されずにはいられない。そのライオンの反対側で、マックスが寝る支度をしているシーンだ。 まだ出会ったばかりのこのふたりの男が、安いモーテルで同じ部屋に泊まっている。彼らは自分の話をして、笑い、つまりはお互いを知っていく。マックスとライオンは息がぴったり合っているわけではないが、差し当たり行動を共にする。彼らはそれぞれ、自分たちの人生の先に進もうと必死だ。まさにこのために、彼らはお互いの最も深い部分に関わる儀式を目にすることになる。マックスの場合、それは、何重にも服を重ねて着るという一風変わった趣味として現れる。寝る前になると、タマネギの皮を剥がすように、マックスはシャツのボタンを次から次へとはずしては、セーターやカーディガンの袖から身を剥がしていった。つかの間、態度の悪い大男が、かわいらしく見える。それは、毎晩行われる仰々しいまでの脱衣の儀式のせいだけではない。これほど喧嘩っ早い巨漢が、血行の悪さに苦しんでいるということの奇妙さのせいでもある。

ベッド メーキング
大人になると、子どもの頃のお手伝いをやりきったときに、それがどんなことであれ、ちょっとした勝利感が得られる。忘れずにランチを詰めたり、洗濯物を片付けたり、といったことだ。だが、きちんとベッドメークされた布団をめくる瞬間ほど、満足感がえられるものは他にないだろう。もちろん、これが贅沢であることは言うまでもない。マーサ・スチュワート(Martha Stewart)は、そのことをよく知っている。現に、彼女は、マーサ・スチュワート流のベッドメーキングのテクニックを使えば、「赤ん坊のようにスヤスヤと」眠れることを保証する。まずは表面をラム ウールで包んだ馬毛マットレスを用意。それからシーツ。そしてブランケットは病院のベッドのようにピシっと角を折り込む。もちろん最後には、いちばん柔らく美しい、最高級の羽布団だけを選んで掛けること。エジプト綿のシーツを使おうが、大学の寮で使っていた紙のようにガサガサの寝具を使おうが、この原則は変わらない。「この布団に入って、昼寝をして、テレビを見て、本を読むこと。そうでなければ夜、快適に眠ること」とマーサは言う。自分だけの心地よさ、そしてプライドを感じよう。

聖像画
かの有名なシエナ派の画家、ピエトロ・ロレンツェッティ(Pietro Lorenzetti)については、あまりわかっていない。だが、ここでは勝手ながら、彼が非常に忍耐強い人だったと想定してみる。現存する1306年頃から1345年の間に制作された彼の絵画を見ると、その緻密な技術が伺える。絵画を固着させるためには、基本的に、顔料と糊を念入りに測り、それを何層にも重ねて塗っていかなければならない。これらの美術史に残る作品がどのようにしてできるのか、イメージが掴めるように、絵画修復の専門家に話を聞いた。以下、初心者のために伝統的な聖像画の描き方を紹介する。
1 用意した木の板に下地のウサギ膠を塗り、乾くのを待つ。
2 ジェッソグロッソ、膠に二水石膏を混ぜたものを塗る。
3 ジェッソソッティーレ、極めの細かいジェッソ下地を塗る。
4 すべての層が乾燥したら、スポルヴェロと呼ばれる技法を用いて、線に沿って穴の空いた紙の上から木炭の粉末を叩き、乾いたジェッソ下地の上に下絵を転写する。
5 次に、金箔を貼るサイズに合わせて漆喰を塗る。
6 卵の黄身と少量の酢と粉末の顔料を混ぜて作った卵テンペラで着色する。
7 最後に金箔を貼る。

サイクリング パンツ
タイトで、きらびやかで、元気いっぱいの80年代におけるエアロビクスの大流行によって、エクササイズ用の服とフィットネスの際の無意味な重ね着が、ファッションの第一線に登場した。レギンスの上からフレンチカットのブリーフを履いたり、トップスとしてスポーツブラを着たり、レオタードの上に丈の短いTシャツを着たり、ストッキングの上からレグウォーマーを履いたりするスタイルだ。ぴっちりした服の下に着るための、さらにぴっちりした服は必ず見つかる。サイクリング ショーツはその中でも最もぴっちりしたアイテムとして、何の下でも、下着のさらに下にだって着ることができる。80年代のリバイバルが到来し、ダイアナ妃からインスピレーションを受けた健康第一の今の時代、エアロバイクのクラスの後に服をひっかけただけといったスタイルは、どことなく洗練されて見える。たとえ、あなたの日常生活の中で運動らしき唯一の行為が、車からオーガニック食品の店へ短い距離をダッシュするときだったとしても。
- 文: SSENSE エディトリアル チーム