袖を捨て、町へ出よう

メンズウェアの定番ベストがあらゆる問題を解決する

  • 文: Calum Gordon

Louis Vuittonの2020年春夏ランウェイショーで最後に登場したルックは、どこまで「ベスト」を拡大解釈することができるか教えてくれるものだった。それはまるで、モデルが強力な粘着剤の中に漬けられたあと、足首つかまれて、そのままLouis Vuittonのショールームで振り回され、刻みタバコやモノグラムのバッグ、家具を集めて回ったかのようだった。これをイメージするのが難しければ、同じく、大掛かりな構造物をモデルにくっつけることで知られる、イギリスのデザイナー、クレイグ・グリーン(Craig Green)の作品を思い出す、と言ってもいいだろう。この10日ほど前、ロンドンでは、グリーンが、紐やロープ、自転車のフレームに使われるようなアルミのパイプを用いた、革新的なベストを発表していた。どちらも実用性にはほど遠く、ほとんど意図的に、ベストの意義という概念そのものに揺さぶりをかけるデザインになっていた。おそらくは、近年ファッション界にしつこく登場するアイロニーの遺物なのだろう。従来、ベストというのは問題に対する答えだった。純粋に機能性のためだけに存在する服だったのだ。ただジャケットの袖を切り落としただけではない。通常、ベストとは、他の服の要素と並行して機能し、収納や暖かさ、視認性など、その服に足りないものを提供するためのものだった。

1月、アブローとグリーンがそのアバンギャルドなベストを披露する5ヶ月前、もっと質素なベストが、短期間だが、パリ ファッションウィークと関連して話題になった。10週間連続で、毎週土曜日に抗議に人が集まった、ジレジョーヌ (黄色いベスト)のポピュリズムの運動だ。最初のデモは2018年の11月17日、ガソリン代の値上げに対して起きたのが始まりだった。運動は、極右活動家と極左活動家の両者を取り込み、苦々しい思いを抱えたひとつのグループへと急速に姿を変えた。フランス政府に対する彼らの不満は、生活費の高騰、経済的不安、そして公共サービスの不足など、具体的であり、かつ彼らの生存に関わるものだった。解説者の中にはこれを1968年の抗議運動と関連づける者もおり、パリを麻痺状態に追い込み、すんでのところでフランス第六共和制の到来となった、あの学生運動から50周年に当たることを指摘した。抗議の落書きの中に「敷石の下は砂浜だ」という当時のスローガンがあったが、2019年に生まれ変わったそれは、1968年の運動とは似ても似つかないものだった。フランスの法律によって、どの車も常備することが義務づけられているという、ジレジョーヌのユニフォームの黄色い安全ベストが、未来への希望ではなく、失望と怒りにあふれているのは、ほとんど喜劇的アイロニーと言っていい。彼らは一斉に集まって、めちゃくちゃにモノを壊し、殴り、場合によってはレアな車に火をつけるため、健康と安全規制のユニフォームを身につけていた。

キム・ジョーンズ(Kim Jones)の2019年の秋コレクション発表が、資本家に対する反感のとばっちりを受ける可能性があると見込んでか、Diorは、ショーの時間を、それまでの数週間デモが起きていた土曜日の午後6時から、金曜日の午後5時にこっそり変更した。Thom Browneもそれに従い、もともと午後2時に予定されていたショーの時間を変更した。ブラウンが再構成するスリーピース スーツは、今やブランドの顔になったと言えるが、その日、パリの街頭で起きていた人たちとのつながりを若干感じさせるデザインとなっていた。

このショーのために毛羽立ったグレーのウールでブラウンが作っていたウエストコートだが、それこそがベストの起源であるのは、ほぼ間違いない。サミュエル・ピープス(Samuel Pepys)の日記によれば、1666年、ペルシャの王、アッバース1世に感化された英国のチャールズ2世は、「その後、決して変更されることのない、服装のスタイルを制定する決議」を出したとある。王は、その布告において、廷臣たちにウエストコートの着用を要求した。これは当時、フランスのファッションが優勢だったことに応じたものだったと言われている。

最近のシーズンではずっと、Calvin Kleinのラフ・シモンズ(Raf Simons)も、ヘロン・プレストン(Heron Preston)も、ジレジョーヌと同じ、蛍光色の反射性のあるモチーフを取り入れている。おそらくは、ファッション デザイナーによるワークウェアの再構築という、繰り返し見られるテーマの中でも、より現代的で、力強い解釈と言えるのかもしれない。だが、もっと広範囲のメンズウェア全体において、ベストはちょっとした定番アイテムになっている。こうしたベストは、Carhartt WIPのように、控えめなワークウェア アイテムに多かった。あるいは、それとは別に、StussyやSupremeのような、ハンティングや魚釣りのギアを作り替えたアイテムとしても登場した。とはいえ、1930年に初めて、ポケット付きのベストを含め、一連のハンティング ギアを発売した、Carhartt WIPの親ブランドが、自分たちこそ、このスタイルの起源だと主張するかもしれないが。

他のブランドも、通常、機能的なものであるベストのイメージを覆したり、誇張したりするデザインを試みてきた。Louis Vuittonでの初コレクションで、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)は、実用的でタクティカルなベストというアイデアを取り上げ、若干馬鹿げているのだが、それを小売価格でおよそ8000ドルもするヴィトンのモノグラム模様のレザー アイテムに作り直した。その本質的矛盾という点において、これは非常にアブローらしい一品だ。その美学は、機能性をほのめかしはしていたが、その実、ほとんど軽薄そのものだった。他方、アーティストのスターリング・ルビー(Sterling Ruby)は、画家や内装屋が着ていそうなペンキの飛び散ったベストのイメージで、自らの手で施したブリーチの染み模様とベストを結びつけた。彼のベストをアウターとして着ると、派手に見せびらかしているように見えるだろうが、重ね着のインナーとして着る場合、人の目には、一瞬だけ、だが堂々と感じられる、控えめな装飾として映る。その意味で、ルビーのベストには一定の魅力がある。

自分がルアーになりたいというのでない限り、おそらく、フライ フィッシングでは使えない

最近のベストの中には、従来のベストに似たところがほとんどないものもある。ストラップやレザー、チェーンを組み合わせて作られており、今シーズンのVersace ブラック メドゥーサ リボン ハーネスのような、ハーネス風のアイテムは、どちらかというと、ベルリンのテクノ/セックス クラブ、Berghainで見かけそうなクラブ ウェアの類に入る。自分がルアーになりたいというのでない限り、おそらく、フライ フィッシングでは使えない。

とはいえ、ベストの影響は、メンズウェアと伝統のベストを偏愛する人たち以外の間にも広がっている。The Midtown Uniformは、金融系の人たちの「ボタンダウン、ベスト、スラックス」というスタイルを揶揄するInstagramアカウントなのだが、これが今までに14万6000人ものフォロワーを集めているのだ。おそらくは、ニューヨークの金融会社の行き過ぎたやり方に対する非難の意味があるのかもしれないが、もっとありそうなのは、自分たちがミームにはなるのはごめんだと考えた結果、ニューヨークの投資家御用達のフリース ベスト メーカーであるPatagoniaが、今年の初め、金融会社との共同ブランド商品は、これ以上生産しないと発表した。Patagoniaの代表はこの決断について、「過去には共同ブランドを持っていたが、現在ブランドは、自分たちと考えが似て、方向性が同じ企業との、小さなコレクションだけに焦点を絞っている」とし、さらに「[Patagonia]は、石油、掘削、ダム建設など、自分たちが環境破壊につながると考える企業との共同ブランドの立ち上げは控えたい」と書いている。

ベストは機能性の象徴だ。袖がないために、本当のアウターと考えることはできない。そうではなく、伝統的には、ある目的を果たすため、またはジャケットやシャツでは足りないがゆえに、自分で服に追加するアイテムだ。

ポケットや高視認性のディテールなど、いかにも素早く行動に移せる準備万端といった格好をすることは、おそらく潜在意識における反応の現れだ。現在の、後期資本主義における生存に関わる脅威とは、今にも、自分たちの仕事が自動システムによって取って代わられるだろうというものだ。そしてそれは、無益であることに対する恐怖を伴う。おそらく、釣り人やハンター、労働者のような格好をしたり、ごみ収集員の格好を褒め称えたり、私たちが自ら超実用的なスタイルで装うようになった理由はそこにある。

ジレジョーヌの抗議の根幹にあるのも同様の不安だ。そして以来、フランスに止まらず、ベルギーやイギリス、イラク、イタリア、台湾といった国々でも、小規模だが同様の運動が出現している。抗議には、それぞれ独自のニュアンスがある一方、いずれも主として、根底にある、既得権益層に対する反発によって団結しており、デモ参加者が集団で黄色のベストを着ているという特徴が共通している。ベストは今も、問題に対する解決を探る人々のための服であり続けているのだ。

Calum Gordonはベルリンを拠点とするファッション ライター。『Contemporary Menswear』の共著者であり、「Dazed」、「032c」、「Kaleidoscope」でも記事を執筆している

  • 文: Calum Gordon
  • 翻訳: Kanako Noda
  • Date: September 17, 2019