テルファー・クレメンスと
仲間たち

楽園のようなロケ地で、デザイナーが語る

  • 文: Sophia Al-Maria、TELFAR INC.
  • 写真: Torso

目の前の光景は、大胆不敵だ。

テルファー・クレメンス(Telfar Clemens)が、レッド、ブラック、ゴールドのアシンメトリなメッシュのトップスで、裸馬に跨っている。腿の部分から足首まで割れたカーキのトラウザーズは、苦労しながら砂洲へ歩を進める馬の脇腹にはりついている。背後には、水平線を支配するように巨大なクルーズ船「キャピタル エンプレス号」が聳え立つ。私たちの対話を大きく支配した存在でもある。

2020年春夏キャンペーンをロケ撮影中のニューヨーク デザイナーをインタビューするために、私はこの知られざる小島へやって来た。そして、キャピタル エンプレス号をはじめ、その他世界中の数知れない人々と同じように、足止めをくらってしまった。

「汝、通過することなかれ!」と、巨大船に向けて拳を振り回しながらテルファーが叫ぶ。フォトグラファーは大笑いして、もう少しでカメラを水中へ落としそうになる。

島から出られなくなって6週間だ。その間に耳にした噂について、私はテルファーに尋ねてみたい。なぜ、これほど長くインタビューをOKしてくれなかったのか? 最初は寄港を許可されたキャピタル エンプレス号に、ストップをかけたのは誰か? クルーズ会社に所有されているも同然の島がその指令に盾ついて、今後どうやって生き延びるのか? この場所の歴史について、現地の人たちから聞いた信じがたい話の数々もある。

「歴史なんか、あんまり興味ないね」。素っ裸になって、モノグラム入りのタオルで濡れた体を拭きながら、テルファーは答える。「興味があるのは未来だよ」

バンガローの外でテルファー待ちながら、私は考えていた。彼が言ったのはどういう意味だろう? それから、この島には日焼け止めの在庫がたっぷりあるかしら?

やがて、思いっきりショートなオーバーサイズのホットパンツに、とても柔らかな感じのサーファー シャツに着替えたテルファーが現れる。シャツにはボタンがなくて、襟がある。気絶しそうなほど素敵だ。

「Telfarのショーはシーズンごとに前進してすっかり語り草になってるけど、ステージでは何を求めるの?」

「僕はウェアを見る。ウェアがどんな具合に動くかを見る」
「モデルに求めるものは何?」

「服を着こなせなきゃダメ」

少し考えた後で、付け加える。

「それと、一緒にいて楽しくなきゃダメ」

「モデルと一緒に過ごす時間は長いの?」

「モデルだけじゃなくて、みんなそうさ。ショーってそういうもんだろ、実際にステージを歩く15分を除いてね。モデルは大抵家族みたいなもんだし、スタッフも家族同様。実際、僕たちチームは家族みたいじゃなくて、家族そのものだ」

ここでテルファーは、自転車専用道路の脇で草を食んでいる動物を指さす。

「おい、君は牡牛なのか? 牝牛なのか?」。そうからかいながら、大型のオックスブラッド バッグを赤旗のように振って、大股で近付いていく。

だが、牛は突進して来ない。

その後、ランチのために浜辺のカフェで腰を下ろしたとき、私が知りたいことはただひとつだ。

「そのバッグには、何が入ってるの?」

「ビーチに似合う軽い読み物」。大きな声で笑う。「撮影用の小道具だよ」

最初にバッグから引っ張り出されたのは『Assata: An Autobiography』。黒人解放軍に参加してFBIに最重要指名手配され、キューバへ亡命したアサタ・シャクール(Assata Shakur)の自伝だ。Instagramで、インディア・ムーア(Indya Moore)がバスタブに浸かりながら読んでるのを見たんだ!」

今彼が手にしている本には、アサータが私たちと同じようにカリブ海のビーチでジェイムズ・ボールドウィン(James Baldwin)を読む部分がある。そして20世紀半ばの米国における人種と性の問題をテーマにしたジェイムズ・ボールドウィンの書簡が、次にバッグから出てきた本のタイトルになった。だけど、私はそれらのアイロニーを口にしない。

テルファーは私に背を向けて、2番目に取り出したアンジェラ・イボンヌ・デイヴィス(Angela Yvonne Davis)の『If They Come in the Morning』を読み始める。

風でページがめくれないように撮影アシスタントが両面テープを貼り付けているあいだ、私は座ったままで、テルファーの着ているポロの上質なニットを吟味している。前後を逆にした着方に感心する。

お昼寝の後は、夕食の前のひと泳ぎ。地元で開催されるミス・ユニバース・サン レミで優勝した女性も一緒だ。

彼女が着ているのは、テルファーが馬に乗っていたときと同じアシンメトリなストリング ベストだが、色はレッド、グリーン、ブラックで、膝までの長さがある。粗い網目を通して、下に着ているビキニが見える。

私に紹介されたときの肩書は「ドクター・ユニバース」。

正直なところ、驚いた。

「昼間は婦人科のお医者さんで、夜は太陽光発電の経営者。それと、モデルもね!」とテルファーがジョークを飛ばす。

「あながち冗談でもないのよね」

「あなた、絶対、大統領に立候補するべきだわ!」と、私も興奮して同調する。

ドクターとテルファーはそこで突然興味を失ったのか、撮影に戻ってドローン操作で頭上を旋回しているカメラに向かって手を振る。

3週間目が過ぎてから、ホテルの客室係は現れなくなった。レストランも店舗も学校も閉鎖されている。撮影が行なわれているリゾートホテルでは、宮殿のように豪華な共用エリアが地元の子供たちの遊び場と化した。

ミス・ユニバースとテルファーが、ふたりとも、カーゴ パンツとデニム ショーツを組み合わせたハイブリッドなパンツで階段を下りてくる。テルファーのトップスは、袖にカーゴ ポケットをほどこしたホワイトのTシャツだ。感動的!

中庭へ降り立ったテルファーは、全員の子供を名前で呼んで挨拶した後、私のほうへ向き直ってその日の撮影予定を延々と説明する。彼のキャンペーンは果てしなく続くようだ。

思い切って「帰りたくならないの?」と尋ねてみる。

「帰るって、どこへ?」

この場所には贅沢な宿泊施設がいっぱいあるのに、誰も利用していないことを彼は指摘する。

贅沢な建物を好き勝手に使っている現状は、まるで夢のような不法占拠だ。Telfarブランドが掲げたスローガンのひとつを思い出す。「君のためじゃなく、すべてのひとのために」

だがやはり、私の不安は消えない。

「政府が特別に滞在を認めてくれるの?」

「どの政府が?」と、テルファーはくぐもった笑いを漏らす。

そのとき、初めて私は気がついた。

そう言えば、サン レミでは警察の車を1台も見かけたことがない。

バラカ ベイの船着場に到着したときも、国境警備員はひとりもいなかった。

パーム ハイツ ホテルへチェックインするときも、ビザどころか、パスポートも見せる必要がかった…。

大使館大通りと名付けられた通りはあるけど、大使館はない!

建築の途中で放り出された建物とドラッグを売ってる店が1軒あるだけだ。

つまり、サン レミに人為的な境界は存在しないのだ…。あるのは、海と陸の境界だけ。

「じゃあ、誰がキャピタル エンプレス号を追い返したの?」

「私よ」と、ミス・サン レミ・ユニバースがプール チェアで微笑みながら、会話に割り込む。「私、国境の意味なんて信じないけど、境界はきっちり守らせるの!」

「僕のコレクションについて話すはずじゃなかった?」。テルファーが静かな口調で私を軌道修正する。

彼女と彼はバルコニーの手すりに寄りかかっている。彼が着ているのはBudweiserのロゴを散らしたラップ シャツで、手首とウエストにドローストリングがある。彼女はブーツカットのブラック ジーンズを履き、胸に巻き付けたスカーフがトップスの代わりだ。

「病気と疫病の違いって、何かしら?」。ミス・サン レミ・ユニバースはしばし考えて、自問自答する。「病気は体に対する反乱、疫病は社会に対する反乱ね」

「じゃあ、愛着と感染の違いは?」。テルファーが混ぜ返して、いきなり私の唇にキスをする。

たっぷりとしたディープなキスを受けながら、私はとても色々なことを感じている。ドクター・ユニバースはふざけて、だけどかなり強く、テルファーの胸にパンチを入れる。

BBQの煙の匂いにつられて、みんながレストラン「ティリーズ」へ向かう。

私が着いたとき、テルファーはカメラに向かって、大きな魚をさばくふりをしている。見渡すところ、観光客の姿はひとりも見当たらない。レストランのスタッフと彼らの親類縁者がテルファーのスタッフと混じり合って交流を深め、テーブルのあちこちに仕出し料理のアルミ容器が置かれている。

最後にようやくテルファーとドクターが私のテーブルに来て、腰を下ろす。

テルファーは、背中が露出するブラックのホルター トップと、ボクサー ブリーフからずり落ちたようなデザインのブラック デニムのパンツだ。上下のコントラストがとても斬新。

ふたりには、尋ねたいことが山ほどある。

ゴシップも手にいれたい。

それに、もう一度キスしてほしくてうずうずしている。

だが魚料理に邪魔される。みんな腹ペコだ。

「これも撮影用の小道具なんだ」と、テルファーが教えてくれる。「聖書にも出てくるだろ」

夕食後に、板張りの遊歩道をそぞろ歩く。シャッターを下ろしたバンガローが並ぶ通りの名前は、クレメンス コーブだ。

「あなたの名前にあやかった通りなのかしら?」

「僕の名前だって、僕にあやかってるわけじゃない」と、テルファーは呟く。

人気のない通りに立つと、クルーズ船のスピーカーから流れてくる音が、バケーション用の別荘にエコーする。所有者の不在をいいことに、雇い人が友達を呼び集めてパーティを開いている。グランド ピアノが、応接間からプール脇のデッキまで引っ張り出されている。

プールは無人だ。

「ここの住人はプールで泳ぐことなんか、一度もないんだ」

世界を襲っている危機が去った後、ファッションはどんなものになるのかしら? 2021年春夏シーズンの予定は? 一時的にせよ、スタッフを解雇しなきゃいけなかった? 現代貨幣理論のことは読んだ? 2020年の大統領選には投票するつもり? これは、環境にとってはいいことだと思う? 「目を覚ませ!」っていう、自然から私たち人類への警告?

遠くで、ピストルを撃ったような音が聞こえる。多分、埠頭で車がバックファイヤーを起こしたのだろう。

自転車専用道路を越えたどこかから、例の牛が鳴き声をあげる。

テルファーが同意して頷く。「社会的距離は、人によっては団結を意味するし…、人によってはますます遠くへ離れることを意味する」。その言葉が、まるで謎解きのように空中に浮遊する。

招かれていないパーティー会場の外の交差路に、私は取り残される。
そして、感染力のある愛着が世界の人たちに体験されることを願いながら、待ち続ける。

Sophia Al-Mariaは、現在サン レミを拠点としているライター。『Extravaganza』、カタール航空の機内誌、『Fodors』で定期的に執筆している

  • 文: Sophia Al-Maria、TELFAR INC.
  • 写真: Torso
  • スタイリング アシスタント: Greg Miller
  • モデル: Kadejah Bodden(ミス・ユニバース・ケイマン諸島代表)、Chef Jake Brodsky
  • 撮影場所: パーム ハイツ グランド ケイマン
  • 協力: Gerardo Gonzalez、Raul Lopez、パーム ハイツ全従業員
  • 翻訳: Yoriko Inoue
  • Date: April 29, 2020