SSENSE 2018年秋冬トレンドレポートPART 2

次シーズンと未来のスタイル ガイド

  • 文: SSENSE エディトリアル チーム

7月になり、この2月と3月に見たコレクションがようやく手に入るようになった。最近は情報の伝達があまりに早いため、ランウェイを飾った服が店頭に並ぶまでの6ヶ月間で、コレクションが発表された当初前提となっていたカルチャーの背景が変わってしまいかねない。かくも誰もが、何とかトレンドに乗り遅れないようにと必死だ。そんなあなたのために、今後のトレンドと、トレンドを牽引するようなカルチャーの触媒となるものを整理した。2018年秋冬トレンドレポートのパート2では、SSENSEのエディターたちが来るシーズンをさらに掘り下げる。

画像のアイテム: Marine Serre

ロコのバジリスク

ロマンスと人工知能が、いわば水と油だというのは、SF映画を1回でも見ればわかる通り、ごく真っ当な仮説だ。しかし、今年になってインディ ミュージック界の歌姫グライムス(Grimes)と起業家イーロン・マスク(Elon Musk)が、他愛もないダジャレをきっかけに付き合い始めたことで、この仮説は覆された。そのダジャレとは、人工知能(AI)が高度に発達することでやがて人間に仕返しをするリスクをめぐる「ロコのバジリスク(Roko's Basilisk)」として知られる思考実験と、「ロココ調」を掛け合わせたものだ。人をにらみつけただけで殺す能力を持つ神話上の蛇の王バジリスクからその名前をとった、復讐に燃える人工知能は、ネット掲示板Redditでまことしやかにその寓話的存在が議論されてきたが、はからずも2人を結び付けるキュービッド役となったのだ。そんなカップルの一挙手一投足を、世間は固唾を飲んで見守っている。「自称社会主義者」兼「厳格な菜食主義者」兼「ミュージシャン」兼「カナダ人」で、グライムスと名乗る前は、あなたの友達と同じ高校に通っていた彼女が、今や、人間の居住空間を宇宙へ拡張する事業に携わるテック業界の億万長者と付き合っているのを見るのは、スリリングなくらい奇妙な気分だ。それと同じくらい奇妙なことと言えば、優美なシルクの服とテックウエアを組み合わせた、今シーズンのトレンドだ。それは、丁寧に仕立てられたスパンデックスと先鋭的なサングラスという形で、まだ現実となっていない未来を体現する。グライムスが、自分とイーロン・マスクの間を取り持った、ミュージックビデオの中の架空のキャラクターであるロココ・バジリスク(Rococo Basilisk)について述べた描写は、奇しくもこの奇妙なトレンドにも当てはまる。「彼女は人工知能によって永久に苦しめられるような運命なんだけど、同時にマリー・アントワネットのようでもあるの」

心地良いダーティー

おろしたてのラグジュアリーな服を着るのには、ある種のプレッシャーが伴う。無意識であるにせよ、服を汚さないようにと一日中気をつけなくてはならないことが、そうさせるのかもしれない。コーヒーでも飲もうとして、うっかり誰かにぶつかったが最後、それは全てを台無しにする終焉の始まりを意味する。しかしデザイナーたちは、私たちが乱雑な失態を犯しても、それをカバーする手立てをちゃんと考えてくれている。少なくとも、許容範囲の汚れた感を提供してくれる。ほつれた裾、意図的にほどこされたエイジング加工、型破りな重ね着、薄汚れたフェイクファーといった具合に。カオスには制御できない何かがあるのと同様、テイストの異なるアイテムで構成された妙に不完全なコーディネートには、どことなく人をほっとさせる混沌とした何かがある。特に筋金入りのミニマリストの目にはそう映るようだ。ドキュメンタリー映画『Grey Gardens 』の主題となったリトル・エディことEdith Bouvier Beale (エディス・ブヴィエ・ビール)の言葉に耳を傾けよう。「ミニスカートの下に、太もも丈のストッキングか短パンを履くのがいちばん良いと思うわ。そうするとスカートの下に短パンがあって、スカートの下で、ストッキングを引っぱり上げて短パンの裾にかぶせることができる。それなら、いつでもスカートを脱いでケープとして使える。だから今の時代、それがいちばん良い服装だと思うわ」。快適さが多様性を生むのだ。今シーズン、綺麗でいる理由など無い。心地良くダーティになろう。

クラフト Singles チーズ

ダグラス・クープランド(Douglas Coupland)による1995年の小説『マイクロサーフス』の中で、コンピュータの天才マイケル(Michael)は、ほとんどの時間を自分の部屋に籠ってコーディングに費やし、「フラットランダー」と呼ばれる特別な食事法を実践している。仕事の間、彼はドアの下の隙間から滑り込ませることができるポップタルトや塩クラッカー、「グレープレザー」といった平たい2次元的なスナック類しか口にしない。中でもお気に入りは、彼のスクリーンネームを見れば明らかだ。それはクラフト社のプロセスチーズ、Singles。グリルド チーズ サンドウィッチの具として、あるいはひんやりとしたそのままの状態で、私たちの誰もが間違いなくこのプラスチック、もとい、このプロセスチーズのスライスから、人生のある時期、安らぎを得てきた。そして、仮想通貨危機が頻繁に起こりビットコイン中毒が広まる今の時代に、デザイナーたちがこのフレンドリーで柔らかいオレンジ色の食べ物に共感を覚えるのは、おそらく偶然ではないだろう。フラット中毒になるかは別として、今シーズンはマイケルを見習おう。透明に輝く包みをはがして、Singlesチーズの包み込むような抱擁を受け入れるのだ。

左より: TogaMarine Serre

2002年にジェフリー・ユージェニデス(Jeffrey Eugenides)が書いたピューリッツァー賞受賞作で、家族を題材にした長編小説『ミドルセックス』の中の語り手は言う。「古代中国の言い伝えによると、紀元前240年のある日、黄帝の后、西陵氏(Si Ling-chi)が桑の木の下に座っていると湯呑の中に蚕の繭が落ちた。それを彼女は取り除こうとしたが、熱い液体の中で繭から細い糸が出ていることに気付く。そこで、ほどけている方の端を召使いに手渡し、それを持って歩くようにと命令したのだ。召使いは皇后の部屋を出て宮廷の中庭に差し掛かり、宮廷の門を越えて紫禁城を出て田舎へとたどり着き、繭がなくなるまで800メートルも離れた地点に到達した」。このようにして私たちが知るシルクは発明されたとされている。この語り手が指摘する発見は、重力の端緒となった逸話に似てなくもない。「西洋においては、この言い伝えが物理学者とりんごの話になるまで3千年の歳月をかけて徐々に変化したのだ。いずれにせよ、意味は同じ。シルクであれ重力であれ、偉大な発見というものは、たいてい棚ぼたなのである。木陰でぶらぶらしている人に起こるものなのだ」。『ミドルセックス』において、蚕が持つ重要性は際立っている。話の中に何度も姿を現し、メタファーとしてだけでなくあちこちに散らばる小説の要になっている。つまり、いくつかの世代にまたがって移住や同化を描くうえで、長い時をかけて起こることは、「繭がなくなる」まで自然にほどけていく様子を描くことに他ならないのだ。私たちが、代々受け継がれるものと言えばシルクのスカーフを連想するのは、そのためではないだろうか? 例えば、結婚式で花嫁が身に着けると幸せになれるという欧米の慣習に出てくる、借りたものや青いもの、もしくは誰かの形見として譲り受ける記念の品にも、シルクはつきものだ。ほんの少し使い古された彼のシルクのハンカチ、あるいはジュエリーやコインのために作られた、彼女やあなたのお祖母さんのシルクのポーチ。シルクの手触りは、あなたから逃れ、溶けてなくなるかのように優しくたわむれる。それはHermesのシルク スカーフや伝統的なブランドが体現する、時代を超えて愛され続ける魅力のように永久的であると同時に、かぎりなく儚いものでもある。自らの力で自分自身を解放し、飛び去れ。自由になって迷子になろう。そして、記憶に残るのだ。

ディップ コーン

形は実用的ではなく、高度なテクスチャを組み合わせ、そして構造上すぐに劣化する。ソフトクリームをチョコレートでコーティングしたディップコーンと、ファッションのトレンドは、似たような領域を共有している。いずれも極端過ぎて長くは存在できない束の間の楽しみであり、手に入れるなら、期間は限られている。ひとつの靴が他の靴の内側に、もしくは上に入り込んでいるコンパウンドスニーカーに対する昨今の偏愛も、美的観点から言えば偶然にもディップコーンと一致している好例だ。わかってる、わかってる。あなたはそう簡単に流行には乗らない、独自の洗練された感覚を持つ情報通の消費者であることを。しかし、5秒間でいいからその態度を軟化させて、自滅へ向かう消費に興じることを想像してみよう。ディップコーンを欲しがる6歳の自分がいたとして、最後にはTシャツが溶けたアイスクリームでベタベタになるとわかっていても、それを拒否するだろうか? もちろんできない。ディップスニーカーは、趣味は良くないかもしれないが、美味しいのだから。

左より: PradaGucci

クリエイティブ ディレクター

ある種の職業は人から人へと伝染するように思えてならない。スタイリストやDJで同様の悲劇が起きた後、クリエイティブ ディレクターは今やなくてはならない仕事として、その地位を確立してきた。「ちょっと待てよ?彼らにできるなら自分にもできるに違いない」というタイプの生業であり、何かにつけて中傷されたり、議論の的となったり、称賛されたりする。目下、私たちは「クリエイティブ ディレクターとは何なのか」を嫌になるほど自問し、実際のクリエイティブ ディレクターにも尋ねてきたが、本当のところはまだわからない。けれど、ひとつ確実に言えることは、この仕事には「スタイル」があり、当分それはなくならないということだ。巷に溢れる新鋭の即席クリエイティブ ディレクターたちにとって、重要なのはハイプなアイテムなのだ。Off-Whiteのインダストリアルベルト、BalenciagaのトリプルS、The North Faceのヌプシなど。もう少し上品なクリエイティブ ディレクターには Pradaのファニーパックを反抗的なヴィンテージっぽいTシャツに合わせるなど、クラシカルなスタイルがおすすめだ。ちなみに、SSENSEはどんなサブカテゴリーのクリエイティブ ディレクターにも対応できるよう、あらゆるアイテムを取り揃えている。2018年秋冬シーズンも例外ではない。さあ一歩踏み出して、想像と創造の世界に身を投じよう。

左より: PradaPradaOff-White

デジタルマッスル

2015年、サンアントニオ・スパーズのマット・ボナー(Matt Bonner)は肘を負傷したが、それはバスケットボールが原因ではなかった。彼の新しいiPhone 6 Plusが「ボタンを押すのに以前より指を広げなきゃいけなくなったので、正直、僕はそれになったんだと思う」。それ、とは上顆炎の一種、もしくはテニス肘と呼ばれ、前腕の外側で起きる筋肉の炎症や凝りのことである。私たちの身体が科学技術のイノベーションに影響を受け、また適応するように、当然ながら私たちの衣服もそうなるべきなのだ。筋肉の輪郭をくっきり際立たせたいという情熱は、2018年秋冬のランウェイの驚くほどいたるところで見受けられた。それはとどのつまり、今、私たちの健康状態が良かったとしても、親指のスクロールと猫背の姿勢から受ける健康上の恩恵はそれほど多くないことを示唆しているのだろう。集中力が欠如し、記憶力も劣化、身体が鈍くなるなか、どうして着るだけるだけで事足りるウェアがあるのに、本物のたくましい肉体を必要なのか? 自分がこの世で手に入れたいと思う架空のスタミナを、ただ身に着けさえすればでいいのだ。

ガジェット警部

ガジェット警部は、たくましいがドジなサイボーグの警部で、人間の形をした彼の体にはあらゆるテックガジェットが仕込まれている。随分と心もとない話の設定だが、人工の刑事としての彼の存在には魅力を感じてしまう。彼のことを知らない人のために言っておくと、彼の手そのものが電話なのだ。想像して欲しい。もし自分がトレンチコートを身にまとう詐欺探知機で、お気に入りのアプリが全て仕込まれていたら。そして傘が帽子から飛び出してくるのだ。それがヘリコプターでもいい。さらに考えられる全ての調理具がすぐに使用可能。誰も別に警官になんてなりたくないし、あと少し科学技術が発展すれば、我々が完全なサイボーグになれる日もそう遠くはない。だが、来シーズンはまだ、警部公認のトレンチコートにつばの広い巨大なハットを身に着け、見事なまでに現代的な仕事さばきのガジェット警部になりきるのも悪くはない。

  • 文: SSENSE エディトリアル チーム