SSENSE 2019年春夏
トレンドレポート PART 1

次シーズンと未来のスタイル ガイド

  • 文: SSENSE エディトリアル チーム
  • イラストレーション: Tobin Reid

ベラ・ハディッド(Bella Hadid)がホテルから出てきて車に乗り込むまで3.5秒。それだけの時間があれば、新たな隠れトレンド、あるいは一大トレンドが生まれるには十分だ。オンライン メディアがパパラッチの写真に飛びつき、そのファッションに名前をつければ、れっきとした新スタイルの登場である。今年は、トレンド サイクルが嵐のようなトレンド サイクロンとなり、流れについていくだけでフルタイムの仕事になっていた。この調子で数が増えていくとしたら、毎シーズンあたり一体いくつのトレンドを追うことが可能なのだろうか、そして、この大量のトレンドの中でより長く続くのはどれか、と問わずにいられない。そこで、迫り来るヒット商品の波に乗り遅れぬよう、SSENSEエディトリアル チームが小さなトレンドから大きなトレンドまで幅広くピックアップし、2019年春夏トレンドレポートとしてお届けする。

釣り人スタイル

2019年春夏コレクションで、Junya Watanabeは、長年にわたりイギリス海軍や特殊部隊のユニフォームの製造しているArkAirとコラボレーションを行った。結果、コレクションでは、モデルたちが実用性を重視した服を着てランウェイを歩いた。デザイナーは、タータン チェックが特徴的な、複数のポケット付きの多数のタクティカル ベストを発表したのだが、それは戦闘より、むしろフライ フィッシングを思わせるものだった。昨シーズンはPradaが川歩きに最適な膝丈のラバーブーツを出しており、今シーズンではMarine Serreがポケットや釣り道具のようなキーホルダーをちりばめた、釣り人風のイブニング ドレスを出している。これは日本のブランド、Eupepombooの1999年のタクティカル ドレスを思わせるものだ。Margielaは、防水タイプの高視認性バケット ハットに、虫除けネットが一緒になった、大げさな釣り人のユニフォームを発表した。そして、釣りと言えば冷えたビールが不可欠だ。というわけで、Raf Simonsは、ビール缶をまとめるプラスチックのパックリングを使って、このスポーツに定番の飲み物を、ファッションに最大限取り入れていた。このパックリングは、漁網や、私たちの海、私たちの世界における有害なプラスチックの存在を連想させる。ホールフーズ・マーケットで農産物に手を伸ばす、あらゆるインフルエンサーの肘にかかっているような、編んだ買い物バッグに未来はなく、バケット ハットの流行は戻りつつある。となると、この春は、謙虚な釣り人のファッションが注目を浴びる時だろう。では次は釣具屋で会おう!

スパゲッティー ストラップ

ストラップ ヒールというと、キャロリン・ベセット=ケネディ(Carolyn Bessette-Kennedy)が犬を散歩していたり、Yohjiを着ていたり、夜会から出てきたところだったり、ジョンの腕につかまっていたり、あるいは日曜新聞を握ったりしているような、90年代ミニマリズムのイメージを抱くかもしれない。だが、今の時代のストラップ ヒールは、もはやミニマリズムのアイテムではなく、2010年代のマキシマリズムの表れである。Jacquemusのランウェイに登場した、様々なガラスのぼんぼりみたいな歪な形の、足もとに派手なキーチェーンをつけたようなストラップ ヒールなど、もはやオブジェ。あたかもサイモン・ポート・ジャックムス(Simon Porte Jacquemus)の麦わら帽子に対する執着が、スリップドレスやフリンジのついた巻スカートと入れ替わったかのように、ストラップ ヒールもまた、ある種の脚のハーネスのように、足首に巻きつけられている。だが何と言ってもやはり、ストラップ付きのアイテムから連想するのは、露わになった素肌であると考えれば、このトレンドが決して流行遅れにはならず、今後も流行り続けることは容易に想像がつく。 頑なにヨーロッパ流のバカンスの予定を立てるようなマンハッタンの女性を愛するデザイナー、Maryam Nassir Zadehのドローストリング Tシャツや普段着のスイムウェアは、どれもストラップのポテンシャルを最大限に活かしたもので、一瞬にして紐をほどいて、リラックスできるようになっている。裸になろう。そして日焼けラインをソフトフォーカスで加工したら、Instagramに投稿だ。スイムウェアよりもメタリックな印象とはいえ、Priscaveraもまた、スペース マーメイドとレイブ ファンが合体したようなものとして、ストラップ ドレスを表現した。結んだり、垂らしたり、ウエストを縛ったりするストラップは、あのVersaceのミューズを思い出す。例のクラブ、Limelightでパーティーをしていた彼女の娘だ。ソフィア・ローレン(Sophia Lauren)の有名な言葉にあるように、「あなたが目にしているこの体は、すべてスパゲッティのおかげ」というわけだ。もちろん、彼女の文脈の方が適切で面白く、真実に近いのだが。

キャンプ

1964年、スーザン・ソンタグ(Susan Sontag)は、1本のトレンド レポートを発表した。それは、その後のすべてのトレンド レポートを追随を許さないすばらしいものだった。そのエッセイのタイトルは「キャンプについてのノート」。ソンタグの解釈は、それまで、時に祝福の意味を込め、時に軽蔑の意味を込めて、クィアに関連づけられていた用語に、巧妙さ、軽薄な振る舞い、ナイーブな中流階級の気取り、衝撃の余波などすべてを含有する、ニュートラルな定義を与えることで、その用語を完全に葬ってしまった。いろんな意味で、ソンタグは、私たちが今日ヒップスターとして知るものや、あるいは、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)のGucciやヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)のOff-Whiteのデザインにおけるアプローチまで、すべてを予見していた。「キャンプはあらゆるものをカッコ付きで考える。ランプひとつとっても、それはランプではない。『ランプ』なのだ」

今シーズンのアイテムから、このキャンプの基準にぴったりな思いつく例を挙げてみる:

-Margielaのツイスト タイ リング

-Balenciagaのマガジン クラッチバッグ

-2019年春夏コレクションで発表された、ハンドバッグというよりもむしろ拾い物に見えるようなすべてのハンドバッグ。(注) 後期のジュディス・リーバー(Judith Leiber)の作品を参照のこと。

-Ambushのビール缶

-Gucciのやりすぎなマキシマリズム、スパンコールやフェザーやラッフルやレファレンスが用いられた全てのもの

-今年のメットガラで、テーマをしっかり理解し、それに従う人が着るであろう服

-「くだらなすぎて面白い」もの全部

-ヴァージル・アブローがカッコ付けで表現するもの全部

グランジのアルゴリズム

またである。グランジ少女が戻ってくる。というよりは、むしろ、高校最後の追加の1年の無限ループのように、いつまでもそこにいる感じだ。だが、誰が彼女を責められよう。徹底的にサボることと、完全に退学になる間の微妙なバランスをマスターすることで、グランジ スタイルが提案するのは、いまだかつてないほどに野心的な、「自然体でカッコいい」姿勢だ。ファッション評論家のキャシー・ホリン(Cathy Horyn)は以前、「グランジは、ファッションにとって受け入れがたいものだ」と書いていた。だが、親や教師や他の大人たちと同じで、「彼女は何もわかっていない」。ありがたいことに、Marc Jacobs は、1993年にデザイナーがPerry Ellisのためにデザインしたグランジ コレクションの再来と銘打ったコレクション発表。ちなみにガーバー(Gerber)家の兄妹はブランドTシャツにストライプのスーツ ジャケットと、文字通り、グランジの申し子の格好だった。私たちは、今こそペースダウンするというアイデアを受け入れるべきなのだ。一歩一歩進むにつけ、ほんの少しずつ抵抗しながら動くのだ。アイライナーをこすってぼかし、さっさと出て行き、邪魔する奴には「鎮静剤でも飲んでろ」と言ってやろう。スマッシング・パンプキンズ(The Smashing Pumpkins)の曲をどんどんかけよう。私たちはバグったグランジのアルゴリズムからは逃れられないのだから。

ウォーター カラー

顔料は、水に溶いたときがもっとも純粋な状態だ。そして、絵を描くというのは、染みを残すことに他ならない。水彩絵の具を使う場合は特にそうだ。かつては流体であったものが、乾燥して追憶のように残る。2019年春夏コレクションは、色彩に対する関心の高さが伺われたが、そこで見られたのは、薄く、様々な色合いが混ざった、彩度の低い色が多かった。Craig GreenMarine SerreIssey MiyakePradaと、どのブランドも、色褪せた、タイダイのようでありながら、かなり「ハイ」な感じの柄のアイテムを発表した。GucciStella McCartneyは、貝殻のハード バッグやモデルの股につけたホタテ貝のアップリケなど、よりはっきりと水を想起させる記号を取り入れた。Ambushは、サーフボードとプーカ貝のネックレスを発表し、ビーチでの『ブルークラッシュ』な気分に再び火をつけた。だが、一体なぜ私たちは、昨シーズンの砂塵の舞うプレーリーのようなウェスタンへの傾倒に踵を返し、海岸線へと戻ってきているのだろうか。イギリスの詩人コールリッジの詩にあるように「水、水、どこもかしこも水だらけ。ただし一滴だって飲めはしない」状況のごとく、地球温暖化と海面の上昇が進む中、もしかすると、ファッションは、飲み水が残っているうちにそれを楽しもうとしているのかもしれない。そのうち、水は文字通りの意味だけでなく、比喩的な意味でも、牙をむくようになるだろう。そのときには、私たちはその輝きを染みという形で偲び、干ばつ状態となった世界のあちこちで身につけることになるのだ。

デイヴィッド・ホックニー

11月、『ニューヨーク・タイムズ』は、デイヴィッド・ホックニー(David Hockney)の「芸術家の肖像画―プールと2人の人物」がオークションにかけられ、過去最高の9030万ドルで落札されたと報じた。ちなみに、それまで最高落札額の記録を保持していたのは、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)のバルーン・ドッグだ。純粋な戦利品としての芸術という意味でも、ホックニーの落札はもちろん重大事件だったのだが、同時に、アーティストの表現スタイル (ただし、絵画ではなくポロの方) に注目が集まる絶好の機会となった。ホックニー個人のスタイルは、長らくファッション界にインスピレーションを与えてきた。カジュアルなプレッピー スタイル、シワになったブレザー、そして遊び心溢れる大胆な配色。 彼はストライプの王である。そして、ゆったりとした仕立てとお茶目な丸縁メガネの王だ。ティールにパープル、マジェンダ、イエロー。ホックニーの色のスペクトルは楽しく、シンプルだ。彼のラガーシャツのコレクションは、ただ見てうらやましくなるだけでなく、愛情を込めて着古した感じが出ていて最高に良い。このシーズン、ホックニーの影響はあまり目立たなかったからこそ、それを見つけ出すのが、よりいっそう楽しくなるというものだ。

Xander Zhouのランウェイには、ストライプのラガー シャツに明るい色の重ね着をしたモデルが登場した。Marniは、大胆に鮮やかな色使いを取り入れた。ケチャップ色やマスタード色、ブルーのサドルシューズなどは、サイズ的にどことなく滑稽だったとはいえ、Marniのデザインは、ホックニー本人だけでなく、彼の絵画の主題に通じるものがある。同じことが、Rowing BlazersとNoah NYCにも言えるだろう。これらブランドが見せる大学生風のアクセントは、アイビー スタイルと『いつも2人で』のオードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)が合わさったような感じだ。ヘプバーン演じるキャラクターのスタイルは非常にホックニーっぽい、言うなれば、休暇中のホックニーとでも言うべきものだ。Pradaでも、この画家のスタイルは数多く見られ、寒気も吹き飛ぶような、鮮やかな色彩のアイテムを披露していた。モデルたちはカラフルなナイロン製のロシア帽をかぶってランウェイを歩いていた。言うなれば、プールの青のホックニーというより、寒さと戦う青のホックニーといったところか。

  • 文: SSENSE エディトリアル チーム
  • イラストレーション: Tobin Reid