ユーザー 体験:
Off-White Something & Associates店
物理とデジタルが破綻するOff-White東京店
- 文: Adam Wray
- 画像提供: Off-White提供、およびAdam Wray

現在、あらゆる物理空間はデジタルだ。もっと正確に言うなら、あらゆる物理的空間に、スマートフォンから作動されるばかりのデジタル次元がある。新たに重なったデジタル層を活用するか、拒絶するか。どちらが適切と考えるかはアーティストやデザイナー次第だが、無視するのであればリスクを覚悟する必要がある。視覚的な関心を充分に喚起するものは何であれ、好むと好まざるに関わらず注目され、データとして取り込まれ、シェアされる。そして、元の物的環境と関連はあるものの、独立した別の生を与えられる。草間彌生のアート界からポップ カルチャーへの上昇を加速させたのと同じ力学が、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)率いるOff-Whiteプロジェクトにも作用している。


店舗
先頃行なったコロンビア大学での講演で、アブローは「店舗は古臭い」と言った。大方の点で、アブローは正しい。店舗は、商品を売ろうと懸命に努力する。そして、商品を売りつけられた我々は、実際の価値を疑うようになる。買うように説得される必要があったのなら、そもそも我々は、どの程度その商品を欲しかったのか? 消費者がいる場所へ出向いて接触しなければ今後の存続は危ういことを、小売業界は理解し始めている。すなわち、オンラインだ。消費者は常時、店内にいるときでさえ、オンラインにいる。そこでブランドは、ブランドを銘打ったアプリやビーコン技術を利用したメッセージ送信という、魅力に欠ける介入を講じるようになった。それによって店内体験に、ブランドとつながる要素を付け加えようとし始めたのだ。その結果、ショッピングはさらに不自然なものになりつつある 。Off-Whiteの店舗は、唯一無二かつフォトジェニックなコンセプトを開発する、絶対に業界を模倣しない、絶対に業界に従わない、といったシンプルな戦略でこの無様な力学を回避する。店舗を、先ず体験手段、二番目に商業手段と位置付ければ、あらゆる可能性への扉が開かれる。

仕事
Off-White東京店は、高級ブティックがひしめく青山の地階にある。アブローとコラボレーションを依頼されたデザイン事務所Familyのメンバーがこの場所を目にしたとき、全員がオフィスのような印象を持った。そこで雰囲気をそのままに増幅して、「Something & Associates」と名付け、仕事を連想させる視覚要素を並べた。法律事務所みたいな名前だということで、この店舗でしか購入できない文房具セットを置くアイデアが生まれた。壁には、東京証券取引所の取引をリアルタイムで表示する電光掲示板をめぐらせた。入り口脇のタイム レコーダーは、昔懐かしい勤務時間の記録装置だ。空間の重点となっているのは、向かい合わせに配置された20世紀中頃の机と椅子のセット。机上のiMacは、Off-Whiteのインスタグラム アカウントとランウェイのビデオを映している。これらの結果、夢の中で潜在意識が作り出したようなスペース的あるいはコンセプト的光景、または20世紀の地球が出てくる映画を山ほど見たエイリアンが記憶に頼ってデザインした事務所、のような空間が出現した。店内のデコレーションはアナログからデジタルへの移行を示しているが、それが意図されたものか否かは明瞭でないし、どちらにしてもほぼ関係ない。重要なのは、この空間は、写真写りが素晴らしく、超現実感を楽しませ、実際に働く場所としてはほとんど意味をなさないことだ。私が入ってから出るまで、店内にいたのは私と3名の店員だけだった。その全員が仕事をしていたのは、皮肉としか言いようがない。



ブランド
店内の中程に置かれたウォーター クーラーには、ブランド入りのプラスチック カップが完備している。「しょっちゅうカップが盗まれるけど、別に構わない」と、アブローはコロンビア講演で言った。Off-Whiteがブランドとしてうまく機能しているのは、そのような聴衆/顧客からのインタラクション奨励しているからだ。彼がデザインに、一貫してハッシュマークを使ったブランディングを繰り返すのは、現代ビジュアル生活のあらゆる場所にハッシュマークが存在するからだ。道路から標識、雲域の形成まで、斜線は至るところに登場する。アブローのファンは、斜線を目にすると写真に撮り、リツイートの見返りを期待してアブローに送ってくる。フォロワーとの束の間の謁見である。ここから複合的な効果が生まれる。イメージがイメージを引き起こし、別のパターンが形成される。現代というブランディングが転移する時代では、インタラクションに成功して初めて価値を発揮する有料広告より、ユーザーが生成したコンテンツに大きな価値がある。このような背景を踏まえるとき、販売より体験を優先するOff-White式リテール手法の意味が見えてくる。店内で私は好きなだけ写真を撮るように勧められ、必然として、多数の写真をシェアした。インスタグラム向きに高度に特化した空間で、来店者は自分なりのやり方でブランドの世界に浸ることが許される。貴重な実体験を生成するテクニックは、貴重なデジタル体験を生成するテクニックと同じもの。実体験とデジタル体験の区別を再考する手掛かりである。

商品
私は、アブローの出身地シカゴに行ったら、必ずアニッシュ・カプーア(Anish Kapoor)の「Cloud Gate」、例のミラー仕上げの「ビーン」を見に行くようにしている。別に私だけがやることではない。いつ行っても大抵、あの彫刻は観光客に取り巻かれ、写真を撮られている。彫刻の近くに立って、どれほど多くのセルフィーに私の姿が写り込んでいるかを想像すると面白い。集団的なイメージの生成と流布という新しいプロセスの中心に立っていると、自分を超えて広がっていく感じがする。拡散して、 私自身であると同時に違うものであり、視覚素材の大きな流れの中の微小な一部になるような気がする。私の思いは、アブローと彼のブランドと彼のファンの関係へ飛ぶ。参加型の行動は、Off-Whiteが販売する衣服の副産物なのだろうか? それとも、参加型行動こそ主要な産物なのだろうか?


- 文: Adam Wray
- 画像提供: Off-White提供、およびAdam Wray