人はなぜ言葉を身につけるのか
ファッションと書き言葉の深層を探る
- 文: Olivia Whittick

1920年、 F・スコット・フィッツジェラルド(F. Scott Fitzgerald)は、彼の初小説『楽園のこちら側』で、かの有名な「Tシャツ」という言葉を生み出した。当時は肌着としてのみ着られていたこのシャツは、アルファベットのT字に近いことから、Tシャツと名付けられた。 Tシャツの歴史において、書き言葉は切り離せないものであり、Tシャツは、ファッション史から切り離せないものである。政治的メッセージのあるTシャツ、皮肉たっぷりのスローガンの書かれたTシャツ、バンドTシャツ。さらに、詩や記念の言葉から、文化の解説に至るまで、あらゆるメッセージが刻み込まれたTシャツが存在する。さらに、群れからはぐれた迷子のように、宙ぶらりんな単語がひとつプリントされたTシャツもある。これらの単語は文脈から切り離され、本質的には無意味である。なぜこのようなものが存在するのか。
言葉は、憧れの文化の領域へ自らを駆り立てる試みかもしれない。それは、マチュー・カソヴィッツ(Mathieu Kassovitz)が1995年に撮った不朽の名作『憎しみ』の中で、パリ郊外の青年たちが、衣服を通してアメリカのポップ カルチャーへの愛着を表現するのに似ている。ウォルマートとあだ名をつけられたダーティという青年が、「Elvis Shot JFK (エルヴィスがJFKを撃った)」と書かれたTシャツを着ている姿が映し出された瞬間、ダーツが的を直撃する。ここには、アメリカ文化と自由という観念が、この若者たちの人生にどれほど深く刻まれているかが表れている。彼らは、内心感じている親近感を、一語一句書き出して胸の前に掲げ、それを身につけることで外面化しているのだ。完全に現代的な意味での団結を表す衣装といえば、 Yang Liの2018年春夏コレクション「Reference 3.0」をおいて他にないだろう。驚くほどひしめきあったデザインには、無数のさりげない引用が詰まっており、今はなきレコード レーベルや70年代のパンク雑誌、偉大な文学作品から、なんとジュリア・クリステヴァ(Julia Kristeva)のような哲学者の文章までが、コットンの長袖Tシャツ上に登場する。


モデル着用アイテム:Tシャツ(Yang Li)
言葉は、無意識に出てくる叫びかもしれない。1971年、ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)とマルコム・マクラーレン(Malcolm McLaren)は、トミー・ロバーツ(Tommy Roberts)のキングスロード43番地にあるブティックMr. Freedomを買い取って、手作りのスローガンTシャツと一緒に、ボロボロのチェック柄のパンク スタイルを世に広めるべく新たなショップ経営に乗り出した。彼らの「アンチファシスト」モデルでは、かぎ十字と逆さまになった十字架上のキリスト像が、モスリン地にシルクスクリーンでプリントされ、その上には「DESTROY (破壊せよ)」の文字がデザインされている。メッセージは単刀直入で、攻撃的だ。キャサリン・ハムネット(Katharine Hamnett)も1980年代に同様のプロジェクトを行なっており、白地にシンプルな黒のブロック体の文字で、様々な、気の利いた異議申立ての表現をプリントしたTシャツを作っている。彼女が「58% DON’T WANT PERSHING (国民の58%は弾道ミサイル パーシングを望んでいない)と書かれたTシャツを着て、マーガレット・サッチャー(Margaret Thatcher)と会ったことはよく知られている。このように、彼女の服は、対決姿勢そのものであり、それ自体がデモのプラカードとして機能していた。ちなみに、それから約30年後、この実直なデザインは、ミラノでビンテージ アイテムのショッピングをしていたカニエ・ウェスト(Kanye West)の目に留まった。彼は、ハムネット側に連絡を取り、「YEEZY Season 2」のコレクションのデザインを依頼している。ハムネットのアプローチが、空洞化したテキストTシャツの中で、今もなお反響を呼び続けていることは、「AlyxのWorld Peace」Tシャツを見れば一目瞭然だ。


言葉は、無から有をも生む。70年代半ば、自称「大成しなかった」画家ジェニー・ホルツァー(Jenny Holzer)は、「Truisms (自明の理)」と題した一連の作品を初めて発表した。このプロジェクトは、彼女が美大生の頃に、課題図書のとっつきにくさに対して感じていたフラストレーションから生まれた。彼女は文章を削ぎ落とし、中核となるメッセージに凝縮することでこれに対抗し、それによりキャリアを築いた。2017年、彼女は、テキストをベースにしてデザインに取り組むもうひとりの還元主義者、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)と手を組む。アブローは幾度となく、「ひとつの単語」によって、普通のモノを最高傑作レベルにまで高められるという自らの信条を示してきた。彼は『032c』のインタビューで、「タイポグラフィや言葉の表現を使うことで、モノ自体は一切変えることなく、モノに対する認識を完全に変えることができる」と語っている。「メンズのスウェットシャツに『women』と書くと、それはもうアートになるんだ」。言葉やフレーズは、 Tシャツにプリントされたり、壁にプロジェクターで映されたりすることによって、人々の認識を形づくる。だからこそ、Supremeのボックスロゴは、明らかに皮肉であるにもかかわらず、あるいは明らかに皮肉であるからこそ、見た瞬間にバーバラ・クルーガー(Barbara Kruger)の作品をパクったと認識されるのだ。ファッションにおいては、本来のミューズの意図が革命的であればあるほど、「思い切りダサい奴らの糞みたいなゴタゴタ」に感化されて、取り込まれやすいようだ。おそらく、自分の意見を持つことが要求される場面、さらには意見を持つことがカッコいいと考えられるような場面で想起されるのが、純粋な過激主義者たちが過去に作ったデザインだからかもしれない。

2018年のグラミー賞でLordeが着用していたJenny Holzerの「Untitled (Rejoice!)」が縫い付けられたドレス
言葉がレトリックの道具である場合もある。テキストを用いたファッションの多くが、苛立つほど純粋に、そして時に滑稽なまでにスタイルに偏重しているように思われる。非英語圏で売られているTシャツが良い例だ。そこでは、英単語の見た目そのものがカッコいいからと、何の意味もなさない文章がTシャツを覆っていたりする。あるいは、西洋人が自分では読めない漢字のタトゥーを彫るのもそうだ。もし文化の役割が記号を意味で埋めつくすことならば、ファッションの役割とはその意味を無にすることだ。Juun.JのTシャツには、クレジットはされていないが、アナイス・ニン(Anaïs Nin)のほぼ引用のような「Life Opportunities Contract and Expand(人生のチャンスは縮むことも広がることもある)という言葉が書かれている。ここでは、官能的な日記を書いた作家の言葉が、リンク & ビルドの時代に当てはまる別の意味に読み替えられている。数年前にOpening Ceremonyが販売した、スーザン・ソンタグ(Susan Sontag) にオマージュを捧げたスウェットシャツのコレクションでは、トーマス・マン(Thomas Mann)からの引用が間違えてソンタグのものとされていた。ファッションではきちんとした研究も麻痺してしまうのだろうか。胸部にデカデカと掲げられた言葉は、何かの意味の伝達というよりは、むしろレトリックに近い場合が多い。つまるところ、テキストは売れる。そしてこれら女性作家の文章は、読まれるため、一般に知られるため、そして多くの場所で広まるように書かれたものだ。そして、人間の身体ほど、そしてその身体が身に纏うファッションほど、大衆的で数の多いものは他にない。

モデル着用アイテム:Tシャツ(Off-White)

モデル着用アイテム:Tシャツ(Juun.J)
言葉は、キャッチフレーズの場合もある。Tシャツは、個人の価値観を主張するものであり、そこに記された言葉は、時代精神を表している。2000年代初頭に見られた「I AM THE AMERICAN DREAM (俺がアメリカン ドリームだ)」などの、自己の存在を大きく見せるような言葉は取り下げられ、「WE ARE ALL DREAMERS (俺たちは皆ドリーマーだ)」のような、言葉に取って代わられたようだ。ブリトニーを先頭にして引き起こされたこの転換を、ネットは大歓迎で迎えた。人間看板、社会的意識の高いキャッチコピー 、慎重に言葉の選ばれた政治スローガン。情報が大量に押し寄せる風潮の中で、人々は、率直で裏のない、必要最小限のスローガンに引き寄せられ、複雑な問題は簡素なキャッチフレーズへと姿を変える。スローガンTシャツと同じく、格言をプリントしTシャツも、肯定的なメッセージを通して人々を勇気づける。たとえ、そこから何も学ぶことがないとしても、既に知っていることに立ち戻るのは、気分がいいものだ。スローガンTシャツというのは、「こんにちは、私の名前は〜です」というステッカーを貼ったような衣服であり、会話を先取りするためにデザインされている。こういったデザインは、社会的立ち位置は、コミュニケーションを促すものにすぎないことを知っている。トーニャ・ハーディング(Tonya Harding)の「No Comment! (ノーコメント)」と書かれたスローガンTシャツは、質問される前から、それに答えているのだ。


言葉は、詩の場合もある。プロセスを露わにする、アートを意識した「未完成の」ファッションへとトレンドが向かう中、テキストを用いたデザインとして、再び詩を取り入れる独立系デザイナーが急増している。例えば、Omondiの手刺繍による瞑想がそうだ。イッサ・レイ(Issa Rae)が『インセキュア』のシーズン2で着ていた服といえばピンとくるだろうか。この服は、人それぞれの独特な味わいや女性職人の技を復活させる。そして、「The Future is Female (未来は女性の手に)」のような大量生産された関心とは真逆のメッセージを伝える。Eckhaus Lattaとコラボレーションを行なっているブレンダン・ファウラー(Brendan Fowler)の「Election Reform! (選挙改革)」のプロジェクトは、アメリカの腐敗した選挙制度について人々に考えさせようとするもので、買い物をするたびに、ためになる読み物が付いてくる。ファウラーが自分のラインを生産する際に使用するのは、彼がビジュアル アート作品を制作する際に使用するのと同じ刺繍ミシンだ。ここでもまた、工業用ミシンの商業利用という従来の役割が転覆させられている。また、彼の熱心な取り組みによって、協力者のコミュニティも芽吹いている。その中の協力者のひとりが、ソーニャ・ソンブレイユ(Sonya Sombreuil)である。熱狂的人気を誇るロサンゼルス在住の芸術家である彼女は、自身のブランドCome Teesでデザインも行なっている。そこで、サイケデリックな体験から生まれたイメージや、彼女の心に刺さった芸術作品や芸術家に捧げる讃歌を、数量限定で、1つ1つプリントしたアイテムを作っている。

言葉はまじない、あるいマントラ、あるいは呪いかもしれない。言葉が胸元に書かれた服を着るとき、そこでは一体何が起きているのか。なぜ「Hollywood」?なぜ「Future」?それは、魔法の形、あるいは何かを具現化するという形で効くまじないなのか。それとも、ある考えに共感を示そうとする行為、その意味を理解するまである暗号について瞑想するような行為なのか。スローガンTシャツは、情報の洪水の中で掴まっておくための、ちょっとした救命ボートのようなものなのか。あるいは、一言も言葉を発することなく、何かごく私的なことを伝えるためのものなのか。
Olivia WhittickはSSENSEのエディターであり、「Editorial Magazine」のマネージング・エディターも務める
- 文: Olivia Whittick