100倍美味しいチェリー フィーバー
ビンテージからヴァージルまで、豊かな実りを迎えたファッションの果実
- 文: Erika Houle

花の子房が成熟すると果実になる。その基準に則れば、チェリーは果実の中の果実と言えるだろう。固い核を肉厚の層で包み、丸々と膨らんだ様子は、女性の体によく似ている。ただし、赤の色調が印象に残るルカ・グァダニーノ(Luca Guadagnino)監督作『サスペリア』(2018年)の場合には、内側と外側が逆転している。ディナーの場面で主人公スージーが着ているドレスは、「花開いた桜の木のように見える」けれど、よく見れば、なんと腰骨を全面に散らした柄なのだ。だが、風船ガムのようなピンク色の花びらが房をなした状態であれ、甘くて果汁たっぷりな一口サイズの果実になってからであれ、チェリーはあらゆる様相で心騒がせる魅力を放つ。傷つきやすいけれど、中身がたっぷり詰まった小さな誘惑の球体は、渇望を引き起こす。そして昨今、その誘惑に抗うことは不可能になった。なにせ、私たちの周囲にはチェリーが飛び交っているのだから…。
ファッション界のショッピング カートには、入れ替わり「旬」の果物が入ってくる。例えば、Pradaの漫画チックなバナナ、Gucciの煌めくパイナップル、そして、ありきたりなメッシュのトートに入った(きっちり)3個のオレンジ、等々。だがチェリーは、同じ核果の仲間であっても、お洒落なトーストや手作りフェイスマスクのレシピでもはや使い古された感のあるアボカドとは違って、時の流れに左右されることなく生き続ける。ハーレー・ヴィエラ・ニュートン(Harley Viera Newton)、スザンヌ・アレクサンドラ(Suzanne Alexandra)、 ミミ・ウェイド(Mimi Wade)といった現代のイット ガールだけでなく、ロカビリー時代のピンナップ モデルたちや1990年代後半に公開された『ロリータ』とも繋がりを持てる。ファッション業界が止まることなく回転の速度を増し、新たなトレンドと過剰な生産を紡ぎ続けるなかで、私たちは深く根を張ったものへと回帰する。私たちが子供だった時代にも、チェリーは傍にいた。ポケットの刺繍、髪ゴムの飾り、ユーモラスなキーホルダー、永遠の友情を誓ったネックレス。もちろん、下着には「Fruit of the Loom」のロゴがついてたし…。チェリーの心軽やかな雰囲気は、決して色褪せることがない。サイコロや占いのマジック8ボールと同じように、チェリーを見ると、いつでもワクワクしてしまう。
チェリーとストリートウェアの関係は、ポラロイド カメラと写真の関係と同じ。懐古的であると同時に現代的であり、日常との繋がりを保ちつつ、キッチュとの境目で揺れ動く。チェリーは、アマチュア デザイナーやいくつもの肩書を持つインフルエンサーへ流れつつあるファッションの方向性を象徴し、貴重なコレクター アイテムをなんとか手に入れようとする若者の執着と、「次」のトレンドを知ろうとする燃え尽きることのない熱中を体現している。例えば、「注目ブランド」に挙げられることの多いCherry Los Angelesは、Goosebumps カプセル コレクションをはじめ、90年代へのノスタルジーから着想したデザインを現在の10代御用達の定番アイテムと並べて、「ブランドの顔」にしている。ちなみに顧客の大多数は、テレビ シリーズ「ミステリー グースバンプス」が放映されていた頃や最初にモチーフとして使った頃には、まだ生まれていなかった点に注目したい。あるいは、Off-White。ヴァージルを信奉する世界中のファンの大群が、袖にミレニアル ピンクの花を咲かせて、最新のドロップを待ち受ける行列をかき分けていく様子を頭に描いてほしい。今月の初めには、桜の花が満開のDiorプレフォール ショーに、ベラ・ハディッド(Bella Hadid)が姿を見せた。当日の出で立ちは、コレクションのルック1のカスタム バージョンである未来感覚のシルバーのタートルネック ドレス、AmbushとAlyxのアクセサリー、そして桜にふさわしいピンクのアクセント。「チェリー ピッキング」という表現は「つまみ食い」とか「いいとこ取り」とかさまざまな意味に使われるが、つまるところ、「手に入るものの中からベストなものを選び取る」のが基本。レアもののビンテージ Tシャツや限定コラボの製品を手に入れることで、存在感を強め影響力を大きくするのと同じだ。

道化師のような頬の赤いメイクアップ、丸い顔、ふっくらした唇、その他艶のあるものすべて…最近の美容界に見られる動向の多くは、チェリーの存在が大きくなったことと符合している。偏執的なほどに完璧な「ふくよかさ」追求する考え方は、どういうことか、 ヘルスとウェルネスを示す指標の座を与えられた。実質の点では、チェリーは極めてシンプルで、なんら複雑な要素はない。同じ「紅」でも、朝鮮人参の「紅参」とは違う。だが、容易に高値がつくところは似ている。世の父親たちの車のグローブ ボックスに放り込まれているチェリー味のリップクリームから、1万円近いチェリー カラーの口紅まで、まさにピンキリだ。ちなみに、Glossier社の「Balm Dotcom」チェリー フレーバーに謳われているとおり、チェリー カラーは、ほのかに朱が差した慎ましやかな唇へも古き良き時代のハリウッド女優のようなマニキュアへも、扉を開いてくれる。気取らない楽天性は、「あらゆる個性」の包含と受容へ向けて努力する美容業界にとって、変革に欠かせない重要な要素でもある。チェリーをテーマにしたKKW Beautyのフル コレクション、そして胸をときめかせたキム・カーダシアンが「可愛いピンクの花」への愛情を世界へ向けて発信したインスタグラム思い出してみよう。もちろん、広告転じてインターネット現象と化したフレグランス「Kimoji Cherry」は、言うまでもない。Urban Decayの最新のアイシャドウ パレット「Naked Cherry」は、20種類の肌の色に似合うことが、実際の写真付きで広告されている。トム・フォード(Tom Ford)は、2019年春夏ショーを開催するにあたり、招待状に最新フレグランス「Lost Cherry」を添えた。スージー・メンケス(Suzy Menkes)との対話で、「男性も女性ももっと美しく、自信を持って、力強く」なってほしいと、フォードはコレクションに込めた思いを語っている。
チェリーは、果物かごの中の「ファム ファタル」。存在そのものが謎と魅力に満ち、芯の強さを秘め、手を伸ばさなければ届かない距離を置いて身を守る。女性が社会が決めた基準に支配されていること、それを覆すためには力が必要なことを、簡潔かつ効果的に思い起こさせてくれるではないか。リアーナ(Rihanna)が新境地を開拓した先頃のSavage × Fentyコレクションは、その実例だ。同時にリリースされたキャンぺーン ビデオのひとつでは、耳や首にチェリーをつけたり「Cherry Blossom」シリーズのテーマカラーを着たモデルたちが登場する。モデルでありアーティストでもあるアルヴィダ・バイストロム(Arvida Byström)は、昨年準備を進めた個展「Cherry Picking」で、デジタル時代の女性の在り方をチェリーのモチーフで探った。『ロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』に出演した女優ブリア・ヴィネイト(Bria Vinaite)は、「シリアス」な印象を与えないために チェリーのイヤリングをするし、古くて汚れのあるホワイトのブーツにチェリーを手描きしたことから、Thursday Boot Companyとのコラボレーションが生まれるに至った。チェリーには、赤い色から処女喪失、ふたつのチェリーから胸の谷間、と連想によるセックス シンボルとして、公然たる長い歴史がある。だが、何を表現するか? それを決めるのは、チェリーそのものではなく、チェリーを身に着ける人だ。地面にチェリーを落としてみればわかる。チェリーは潰れることなく、跳ね返ってくるのだ。
Erika Houleはモントリオール在住のSSENSEのエディターである
- 文: Erika Houle
- アートワーク: Skye Oleson-Cormack