A.チャルの感覚と魂

プロデューサーから転身したソングライターの実像

  • インタビュー: Reva Ochuba
  • 写真: Christian Werner

R&BシンガーのA.チャル(A.CHAL)は、ある種の長期的な展望から成功にアプローチする、いわば、息の長いアーティストという理念を、身をもって実践している。5歳のときに家族と一緒にペルーからニューヨークのクイーンズへ移住して以来、アレハンドロ・サラザールは学芸会から完売ツアーへと続く道のりを歩んできた。初のソロEP『Ballroom Riots』を発表した2013年から現在までの4年間は、シンガー ソングライターとして、独自なサウンド作りに費やした。同じ道を選ぶアーティストは多くない。しかも、いちばん遠回りの道だ。

生気を失った物質主義とは対照的に、感覚と思索から生まれる音楽を目指す欲求が、A.チャルには生まれつき備わっているようだ。モノではなく体験がもたらす感情を書き、多くの若きミュージシャンがまったく知らない方法でメッセージを意識する。流れに逆らい続けるA.チャルの自信は、エイサップ モブ(A$AP Mob)とのコラボレーション、ジェニファー・ロペス(J.Lo)のソング ライティングとプロデュースなどをもたらした。ノース ハリウッドの慎ましいレコーディング スタジオでリラックスしているA.チャルは、南米の伝統的なパンツに古着屋で手に入れたNikeのコルテッツというスタイルだ。あらゆる贅沢はそのうちやってくると、忍耐強く確信している。キャリアが大きなピークを迎えた初ツアーの数日後、リーバ・オチュバがA.チャルを訪れ、時間をかけてゆっくり育てながら楽しむ生き方を対話した。

A.CHAL - Perdóname (Official Video) youtube

リーバ・オチュバ(Reva Ochuba)

A.チャル(A. CHAL)

リーバ・オチュバ:初めてのツアーが終わったばかりですが、これまでライブは数回しかやったことがないですね。とういうことは、今回のツアーの前には大きな観衆の前に立ったことがなかったのですか。

A.チャル:初めてのライブは2年前のワシントンD.C.。最低のライブだったよ。年末で、寒くてね。「GAZI」と「Round Whippin」をやったけど、オレはまったく無名だったし、客がどんどん帰っていくんだ。そもそもライブに声がかかったのも、単にDJがオレのファンで、オレの音楽にすごくのれるからだったらしい。1000ドルと泊まるところを用意してくれた。オレとしては「 クソったれ」って気分だったさ。

全然リハーサルしなかったんですか。

鏡の前で、ひとりでリハーサルしたよ。でも、客の反応を見る限り、それじゃ足りなかったってことだな。

最初のショーでしくじった後、またツアーに出られるようになるまでは、どうしてたんですか。

YouTube大学を見てた。さんざん利用させてもらったよ。それから、ボイス レッスンと振り付けのレッスンをちょこちょこ受けたり。1年間はライブはやらなかった。

その頃、レーベルとの契約は?

そんなものないよ。今だって、どことも契約してないんだから。

そういうインディペンデントな立場の長所と短所は何でしょうか。

長い目で見るなら、インディペンデントでいるほうがはるかにいいさ。どんな過程も端折ったりしない。ひとつひとつ、楽しみながら進む。本当の創造的な自分に忠実でいられる。ファミリー、仲間、一種の生体系を作り上げていくんだ。反対にそういうことを会社に任せると、会社はいろんな人間に仕事を分担させるし、仕事を受けた側もミュージシャンの個人的なビジョンには関心がない。だけど、インディペンデントでいると、おかしな状況になることもあるんだ。成功するとなにかと話題にされるだろ。そうなると、みんなが期待するライフスタイルに合わせようとし始めるミュージシャンが多い。いくら黒塗りでも、ウーバーでショーの会場に乗りつけたくない。フェラーリで颯爽と現れたい。だから金が要る。インディペンデントでいるつもりなら、そういうことは諦めて、謙虚になることが必要さ。レーベルに任せれば食うには困らないだろうけど、ミュージシャンとしての寿命は望めないし、創造の面で妥協しなきゃいけないことがはるかに多い。

着用アイテム:ジャケット(Balenciaga)

リアーナとは、同じ部屋にいてみたいだけ

「欲しがれば欲しがるほど、もっと欲しくなる」って言いますよね。謙虚な生活を送るということは、贅沢な暮らしにまったく関心がないということですか。

ソングライターは伝えたいメッセージを選ぶんだ。オレだって、贅沢っぽい経験が嫌いだとは言わないさ。だけど、それ以外にも語るべきことがいっぱいあると思う。そこらのキッズを見てみろよ。機械の歯車になるためにしゃかりきだ。オレはペルーで生まれて、5歳になるまであっちにいた。自然の中で過ごした時間がすごく長い。ああいう環境は物事の正しい見方を教えてくれるし、今みたいになる前のオレ自身に引き戻してくれる。ハリウッド ヒルズのクラブに行くよりは、そういう時間を大切にしようと思ってる。

あなたのスタイルは、そういう「自然のままであること」と関連していますか。

親父は、昔、今のオレと同じような格好をしてたよ。ベルボトムとブーツか、ハイトップのスニーカーと短いサッカー パンツ。それにきちんとボタンアップしたシャツと眼鏡。オレのスペイン系の部分はかなりそれを引き継いでる。ニューヨークは、とにかく身なりに気を使わなきゃいけないって気がする。別に高い服じゃなくてもいいけど、センスや自信や個性とマッチしたスタイルでなきゃ駄目なんだ。大胆に主張する。その点、L.A.は、服そのものがどうこうじゃなくて、重要なのはライフスタイルだ。ギャングの連中だろうが、メキシコ系のチンピラだろうが何だろうが、みんな同じ格好をしてる。昔も今もそうだし、これからもそうなんだろうな。

着用アイテム:グローブ(Prada)

着用アイテム:ジャケット(Balenciaga)

Nikeのコルテッツがお好きですね。

クラシックに凝ってるんだ。白のクラシックなスニーカーしか買わない。シューズには白がいちばんいい色だ。足下はすっきり、トップはきちんとしたお洒落、真ん中は破れたジーンズとかレザーのパンツでちょっとラフに。それがオレの好きなスタイル。

『Ballroom Riots』から 『ON GAZ』までのあいだに、どんなことを学びましたか。

『Ballroom Riots』はリリースすることが目的だった。 当時のオレはプロデュースのほうにもっと興味があったんだけど、ウマの合うやつがいなかったから自分でボーカルをやったんだ。そしたら書くことに興味が湧いてきて、プロデュースよりもっと大切になった。歌を書くことの価値が分かったんだ… メッセージとか、聴く人からどういう感情をひきだすか、とか。だから、そっちの方面でスキルを磨くことに専念し始めた。

幻想の世界のなかで、自分が進む道をみつけようとしてる

あなたの「Matrix」の、赤いピルと青いピルは何を意味しているのですか。

映画の『マトリックス(Matrix)』は観た? オレの歌詞、覚えてる? あれは、オレが立ってるキャリアの現在地を指してるんだ。オレは、幻想の世界のなかで、自分が進む道をみつけようとしてる。周りはあれこれ押し付けようとするけど、たいていの場合、やつらが言うことは真実じゃない。だから、赤いピルか青いピルかっていうのは、「欲しいのは幻想か、現実か?」ってこと。現実は幻想ほど楽しくない。でも真実だ。

体験がメロディーに変わるきっかけは?

セックスみたいなもんだな。きっかけは会話かもしれない、キスかもしれない、電話かもしれない。だけど、火花が散ったら、あとは突き進むだけさ。思いついたキーワードを携帯にメモしておくこともあるし、いきなり閃いて「クソ、オレは今こんな気持ちなのに、このまま無駄になっちゃうのか!」ってこともある。オレ、嫌なことは一晩経つと忘れるから、閃いたときはできるだけ早くスタジオへ駆け込んで、自分のフィーリングに合うサウンドを探す。それか、ピアノの前に座って、独り言を歌にする。メロディーは誰でも理解できる。難しいのは、絶対に嘘をつかないこと。響きが良くても、メッセージが伝わってるとは限らない。

何かを書き留めておくことはほとんどないと以前のインタビューで読んだのですが、逆に、いつも書き留めてると答えたインタビューもあるんですよね。

ブースに入って、レコーディングしてるときは書かない。ただし、すごくハイになって閃いて、だけど歌ってる最中だから覚えてられない、そういうときは別。大切な言葉やフレーズは、1日中メモしてる。スタジオに入ったら、メモを見ていって、「ああ、この言葉はあれを思い出させるな」って感じ。

自分の背景にある文化と伝統はとても誇りにしているけど、ラテン アーティストのレッテルは貼られたくないとも言ってますね。

オレはアーティスト。たまたまラテンの要素があるだけ。 歌の中でスペイン語を使うのは、ラテン系のうけを狙ってるわけじゃなくて、あれがオレの話し方だから。オレはラテン系だし、アーティストとして大きくなりつつあるし、ファンにはオレのいとこに、そっくりなやつもたくさんいる。そのことを無視するほど馬鹿じゃないけど、オレのやってることをラテンの要素だけで一括りにするのはお断わりだ。

別のインタビューによると、大好きなアーティストとはコラボレーションしたくないとか。だけど、みんなに愛されてるアーティストとはコラボしたいんですか? リアーナとか…。

リアーナとは、同じ部屋にいてみたいだけ。本当にオレに影響を与えたアーティストは、すごく年上かもう生きてない人が多いから、一緒に歌を作れるかどうか問題だな。コラボレーションを断わることが多いのは、まだ自分のサウンドを作ってる最中だから。創作のプロセスに関しては、オレ、かなりプライベートなんだ。

ご自分の音楽を「ビッグなセクシー」と表現していますね。どういう意味ですか。

オレ自身としては、やることは全部セクシーな要素がなきゃ駄目なんだ。必ずしも、セックスの意味じゃない。女性のことを考えるって意味。女性は感じることが好きだし、踊ることが好きだし、自分に自信を持ちたいと思ってる。オレは、たとえ野郎たちに向けた歌でも、そういう雰囲気を込めるようにしてる。例えば「To The Light」には女性はまったく出てこない。何でもカネ中心に回る世界とは距離を置くことを歌ってる。それでもセクシーだ。今は、怒って立ち向かうアティチュードが流行ってるけど、オレはセクシーにいきたいね。結局のところ、そっちの方がはるかに楽しいし。

Reva Ochubaは、『Novembre』『032c』その他多数に寄稿しているフリーランスのライター。現代的なファッション ブランド Ifeoma のディレクター兼デザイナーでもある

  • インタビュー: Reva Ochuba
  • 写真: Christian Werner
  • スタイリング: Richie Davis
  • 制作: Rebecca Hearn