信念のレコード専門店「Big Love」
東京のオフィスから生け花まで、平田春果はすべてに「生」を要求する
- インタビュー: Romany Williams
- 写真: Cailin Hill Araki

レコードのどういうところが好きなのか、平田春果が説明している。場所は、彼女が設立に参加し、クリエイティブ ディレクションを手掛けている東京のレコード店「Big Love」。レコードで埋まった棚の前だ。ここに来る前、もうひとつの仕事場であるGR8へ寄ってきた。GR8は、迷路のように入り組んだ原宿ラフォーレの中に、贅沢で現代的な小売店舗を構えている。 そこで、平田は広報と海外とのやり取りを担当する。「Big Love」の後は、週1回の生け花のお稽古が控えている。長い伝統を誇る草月流生け花の生徒は、また、多彩な才能を備えた女性でもある。
90年代、平田は皇室の子弟も通う高校へ通学していた。厳格な学校で、平田は規則破りの常習犯だった。スカートの丈をつめて短くしたり、髪を染めたり、しょっちゅう授業に遅刻したり…。2003年に大学を卒業すると、「Escalator Records」の求人に応募した。以来、ずっとそこで働いている。平田の前夫が始めたレコード店「Escalator Records」は、その後「Big Love」と改名した。原宿の小さな店舗ビルの3階は、今や、東京へやって来る熱烈な音楽ファンにとっては外せない、お目当ての場所。中は狭いけれど、とてもフレンドリーな雰囲気だ。至る所にレコードがあり、片隅には(ビールも飲める)カフェがある。そしてもちろん、垂涎の的の「Big Love」グッズだ。Tシャツとフーディには、一世を風靡したカリ・ソーンヒル・デウィット(Cali Thornhill Dewitt)の古書体―カニエ・ウェスト(Kanye West)の「Life of Pablo」グッズに使われた、あのフォントを思い浮かべてほしい―を使ったロゴがプリントされて、きちんとラックに並んでいる。レジの上方には、少しばかりのトート バッグが吊るしてある。滅多に入手できない「Big Love」グッズの人気は、高まるばかりだ。Instagramのインフルエンサーが喧伝したせいで、「Big Love」は、レコード店であると同時に、ファッション ブランドになってしまった。そのことに、平田は苛立ちを隠さない。
生け花の教室で、平田は目の前の花にじっと目を凝らす。そして、熱帯植物の葉を丁寧に編み込んで、パッチワークのような模様を作り出す。薄いピンクの、ぼってりと丸い、ダリアに似た花がふたつ、絡み合った葉の間から顔を出す。教室が終わった後にようやく腰を下ろし、東京で育った体験、デジタルとアナログ、Instagramで「Big Love」グッズにタグ付けをしてほしくない理由について、平田の話を聞くことができた。

ロマニー・ウィリアムズ(Romany Williams)
平田春果
ロマニー・ウィリアムズ:「Big Love」が誕生した経緯を教えてください。
平田春果:「Big Love」を立ち上げたのは2008年です。それ以前の「Escalator Records」は国内のバンドだけを取り扱っていたのですが、前夫が新しい段階に移行したいと感じていたので、店名もレーベル名も変えました。その後、カリとの出会いがあったんです。
かのカリ・ソーンヒル・デウィット(Cali Thornhill Dewitt)…
カリがやっている「Teenage Teardrops」というレーベルのレコードを店に置きたいと思ったのが最初で、そこからとても親しい友人になりました。彼自身アーティストだし、英語の古い書体を使っているのを見て、「うちのお店のロゴを書いてもらえるかしら?」と頼んでみたら、「もちろん」って。ストアであれ何であれ、カリがロゴを手掛けたのはそれが初めてだったんですよ。確か「Big Love」のロゴをやったのが2013年で、その次の年にカニエ(Kanye West)のコレクションのデザイン…
あれはとても評判になりましたね。
ええ。それでカリはファッションにも進出することになって、なんとなく私がマネジャー代わりになって…。その関係で、今もあちこち一緒に出かけます。


思いもかけない成り行きだったでしょうね。「Big Love」は目指してやって来る場所になったし、「Big Love」のグッズが本来とは別の意味を持つようになった。そういう物事の流れと似ているような気がします。
私自身は、常に、アンダーグラウンドな場所にいたいと思ってるんです。一方で、そういう商業的なモノとアンダーグラウンドな世界と結び付けたいという思いが強くあります。なぜなら、優れたアーティストやバンドなのに、お金に困っている人たちがとても多いから。いつも仕事を探しているんです。だから、私がオファーするプロジェクトで、半年くらいはしのげるかもしれない。そうすれば、その間は音楽やアートに集中して取り組めるでしょう。それが私がやるべきことの一環だと感じています。
それだけ仕事の意義も大きくなりますね。
ファッション ウィークに行ったりすると、とても馬鹿らしい気がして…。本当にくだらないし、大嫌い。仕事だから行くけれども、内心は金切り声で罵倒してるんです。「くだらない、くだらない、くだらない」って。Instagramなんかを見ると、みんなが「ファミリー」で「ブラザー」で「シスター」。そりゃ、みんながパリに集まってくるんだから、一緒の写真だって撮れるでしょうよ。「僕のブラザーをとても誇りに思う」なんてナンセンスなコメントを読むと、もうウンザリ。
自分の生活をキュレーションして、Instagramにのせる。
そう。だけどくだらないことです。ただのフェイク。でも、そういうファッション業界がお金になるのなら、そのことを利用して、アンダーグラウンドのバンドやアーティストを支援しようとも考えるわけです。


本物のアンダーグラウンドのアーティストやミュージシャンは、お金に頓着しない
現在の「アンダーグラウンド」とは?
ひとつはお金に対する考え方でしょうね。本物のアンダーグラウンドのアーティストやミュージシャンは、お金に頓着しない。アングラなふりをしているけど本当はそうじゃない、そういう人たちはクライアントの言いなりになります。本当はやりたくないコンサートを引き受けたりね。本物のアンダーグラウンドのアーティストやミュージシャンは「ノー」と言える人たちです。
お店にレコードを置くバンドや、東京で公演を企画するアーティストは、どういうふうに選ぶのですか?
私が選ぶのは、心に通じるものがある人たちばかりです。そのことは、レコードや音楽を通して感じ取れると思います。同じ言葉を話すレコードやバンドで、作品や音楽を通じてそれを感じることができる…そういう人たちを発掘したいと思っています。メールのやり取りでは相手の人柄はわからないけれど、アートには言葉がありますから。
実際に向き合ったコミュニケーションを大切にしているのですね。
見ての通り、私たちはレコードを販売しています。つまり、デジタルの反対。とてもアナログなんです。レコードを手に持ったときの重量感や、プレーヤーで回しているうちに温かくなってくる感覚が大好きだし、第一、レコードは音が断然違います。私が好きなのは、直接感じられるモノ。携帯で聴く音楽は、単に空中に存在しているだけでしょう? その点、レコードには命があります。お客様も同じことを感じるのだと思います。生きている「生」のものとの出会いが求められていると思います。

個人的に、いつも繰り返しかけるレコードは?
好きなのはNew Order。何度も繰り返して聞きたくなるバンドです。最近気に入っているアーティストはTzusingかな。マレーシア生まれで、カナダ国籍。両親は台湾出身。そういう多国籍な文化背景があって ― 私自身も自分の文化背景に混乱しているから ー 同じ感覚を共有できるんです。私は東京生まれで、6歳まで東京で育ちましたが、それ以前に家族はロンドンで暮らしていたし、年の離れた兄と姉はふたりとも半分西欧人みたいなものだったから。6歳のときにギリシャへ引っ越して、姉と私は同じアメリカ系のインターナショナル スクールに通いました。10歳のときに帰国したのですが、いつもとても孤独でした。日本語は理解できたんです。書くことも読むこともできた。だけど、日本の基準とか道徳が、どうしても理解できなかった。だから、ある意味で、日本人と話すことやコミュニケーションをとることから尻込みしてたと思います。どこにも居場所がないように感じていたから、音楽やファッションや読書へ向かったのかもしれません。
今では東京を故郷のように感じますか?
いいえ、全然。ずっと、音楽とアートとファッションに支えられています。東京にいると、いつも自分の場所を探してるような気がするんです。GR8の仕事を始めたのも、それが理由でしょうね。しっかり腰を据えて自信を持てる場所を見つけることができなかったから…。自分の場所探しは、今も続いています。だけど、そういう感情は、とてもいいエネルギーや情熱に変わってきました。やり過ごすために、何か新しいことを始めたり、やるべきことを見つけようとしますから。
そういう微妙な、えてして複雑な感情を探ることができる空間は、多くないですね。特にソーシャル メディアはいつも素晴らしいことばかり。
Instagramはいくらだって誤魔化せますから。最高に楽しくて、最高のファミリーで、なんてみんな嘘っぱちだと、私は思ってます。


Instagramの「Big Love Records」のバイオには、「DON’T TAG SHIRTS – シャツをタグ付けしないでください」という但し書きがありますね。あれは、「Big Love Records」のアイテムを利用して自分を誇示する人たちへの警告ですか?
ああいうの、本当に大嫌いなんです。「Big Love」は、あくまでレコード店であり、レコード レーベルです。ファッション キッズは、ただグッズを買うために店へやって来る。私たちのやり方としては、ロスやニューヨークでブックフェアをやるとき、あるいはポップアップ ショップを依頼されただけ、「Big Love」商品を販売することにしています。それ以外に買える場所はありません。私としては、実際に、来店してほしいのです。音楽やレコードについて、何も知らなくても構いません。お話したように、私は「生」なものが好きなんです…レコード、人と人との出会い。ですから、とにかく店へ足を運んでください。ただ、グッズを売らないとビジネスとしてやっていけない。日本人はもう音楽を聴かなくなりました。聴くのはJポップにKポップ。だから、どうしてもグッズを売らざるを得ません。
それなりの心構えがないと、お店まで足を運ぶことはないですよね。
ええ。インターネットでクリックしたり、近所のお店で買うなんていうのは、手軽すぎます。日本へ来て、「Big Love」へ来店して、そしてお好きなグッズを買ってください。
それで、シャツのタグ付けは防止できていますか?
いいえ。

Romany WilliamsはSSENSEのスタイリスト兼エディターである
- インタビュー: Romany Williams
- 写真: Cailin Hill Araki
- 協力: Sogetsu Ikebana School