H.E.R.の祈り

気鋭の歌手が新プロジェクトや過去の自分、父親の料理を語る

  • インタビュー: Tiana Reid
  • 写真: Emon Toufanian

8月初頭、H.E.R.(ハー)の新しいミニアルバム 『I Used to Know Her: The Prelude』が予定通り、リリースされた。2016年から数枚のミニアルバムを発表してから『I Used to Know Her』を公開したことで、このカリフォルニア育ちのミュージシャンのファン層はますます盛り上がり、リアーナ(Rihanna)をはじめ、ドレイク(Drake)やカイリー・ジェンナー(Kylie Jenner)といったファンたちも、来たるデビュー アルバムを待ち望んでいる。H.E.R.は、「プレリュード」の「pre」を「祈る」の「pray」のように発音する。そこには確かに「祈り」といえるものがある。このミニアルバムでは、その祈りの精神の根底にある常日頃の行動がはっきりと表れている。

2曲目の「Against Me」の中で、H.E.R.は「私は感じている。同じものは何一つないと。 私たちは途方にくれているんだと、毎日考えてる」と歌う。 そうした日常を歌うには、共有された考えが必要だ。だから、H.E.R.の作詞のプロセスは会話から始まる。それは時に友人との会話であり、自分自身との対話であり、あるいはブライソン・ティラー(Bryson Tiller)やダニエル・シーザー(Daniel Caesar)といった共演者と話すことから始まる。この共有と気づきのプロセスが、彼女の名前「Having Everything Revealed(すべてを明らかにして)」の頭文字、H.E.R.には組み込まれている。

ブルクッリンでのSSENSEの撮影用の服に着替える前、私服でやってきたH.E.R.は白い文字で「Find Your Way(自分の道を見つけよ)」と書かれた黒のトップスを着ていた。ぴったりだと思った。「カギとなるのは音楽であり、自分の進化。そして、あらゆることは、より大きな全体像の一部にすぎない」と語る彼女の言葉は、90年代を席巻した格言の数々に重なる。だが同時に、彼女の言葉は思いやりに溢れ、大なり小なり傷ついたときに、人の痛みを和らげてくれる類のものだ。私たちは腰を据えて音楽について話した。ごくシンプルに。

H.E.R. 着用アイテム:クルーネック(Balenciaga) 冒頭の画像のアイテム:ジャケット(Y/Project)レギンス(Junya Watanabe)

ティアナ・レイド(Tiana Reid)

ハー(H.E.R.)

ティアナ・レイド:新しいミニアルバムのタイトルは、フルアルバムのプレリュードとなるプロジェクトだということを示唆してるのね。

ハー:ええ、そうよ。

どうしてプレリュードを作ろうと?

この1年間ずっとツアーをやってたの。本当に昨年中ずっと。昨年8月はブライソン・ティラーのツアーに参加していたから、自分のアルバムを完成させる時間があまりなかった。『Volume 2』以降、私がちゃんと楽曲をリリースしてなかったのは知ってるでしょ。ちょっとした曲を、ちらほら出しただけ。その間もずっと、ちゃんとした作品を出したいとすごく思ってた。人からも、いつ新曲を出すの?ってせがまれるから、この作品はちょっとしたプレビューなのよ。

ファンに向けた軽食みたいなものね。

そういうこと。

タイトルのこの最初の部分の意味について聞かせて。まず私が考えたのが、1994年のコモン(Common)の楽曲「I Used to Love H.E.R.」だったのだけど、元ネタがあるの?

元ネタはないわ。「I Used to Know Her」には複数の意味があるんだけど、要は、私が若い頃の自分に立ち返ることなの。このアルバムもプロジェクトも、すべてがもっと大きな全体像の一部になってる。人生における、すべてのものに対する私の視点よ。人間関係、恋愛、今日の世界の状況、今までに起きたことの何もかも。以前の私は自分の順番を待っている負け犬みたいだったし、皆に脇に押しのけられたり、見くびられたりして、「一体いつになったら世に出るの?」と思われてた。ところが今は、そういう人たちがこぞって「昔の彼女を知ってる、同じ学校に通ってた」なんて言ってる。今起きてるのは、そういうこと。

着用アイテム:コート(MM6 Maison Margiela)

ミニアルバムの中の多くの曲を聴いて、私は恋愛の時間との関係について思い出したわ。「Be On My Way」は心づもりについての歌だし、「Could’ve Been」はもしもの事態について、「As I Am」は現在を受け入れることについてよね。

その通り。

とてもいいと思う。あなたが言ったように、タイトルの「I Used to Know Her」では過去を取り上げているわよね。あなたはベイ エリアの音楽一家で育ったわけだけど、小さい頃の音楽体験ではどんなことが今も心に残ってる?

すごくたくさんある。毎日振り返っては、どんなことにも理由があったんだなって思う。これって素晴らしいことよ。朝、目が覚めたらプリンス(Prince)のコンサートDVDやB.B.キング(B.B. King)の曲がかかっていたのをよく覚えてる。お父さんがMTVアンプラグドのローリン・ヒル(Lauryn Hill)を観ながら朝食を作っていて、私は下に降りて、朝食の匂いを嗅ぎながらコンサートのDVDを観るの。

家ではどんなものを食べていたの?

何でも。まあ、私のお母さんはフィリピン人だから、フィリピン料理が多かったわ。祖父母も同居してたし。でもお父さんはたくさんソウルフードを作ってくれてた。何もかも。本当にすごいの。特にお父さんのフライド チキンは最高。あれより美味しいフライド チキンは食べたことない。

素晴らしい家庭風景ね。

私にとっては、そういう時間がとても重要だった。私が今、ライブにたくさん情熱を注いでいるのも、そのときの経験があったからよ。私は、アリシア・キーズ(Alicia Keys)の「アンプラグド」を観ては、そのアルバムを研究してた。アース ウィンド アンド ファイアー(Earth Wind and Fire)も、あらゆるミュージシャンを。若い頃にお父さんと一緒にステージに立って、ピアノやギターやドラムやベースを演奏したことが、今の私を作ってる。あの頃から、私は自分が何をしたいのかはっきりとわかっていたし、その道を歩き続けてきた。

最近はどういうプロセスで歌詞を書いているの?

何でもありよ。これは昔からまったく変わってなくて、メロディが頭に浮かぼうが浮かぶまいが、とにかく忘れないように大急ぎで録音しなきゃダメなの。そうでなければ、話し続けるわ。ボイスメモに録音して、あとでそれを聞き直しながら書き出すの。自然と歌ができあがることもあれば、ピアノを弾きながらのことも、ギターを弾きながらのこともある。私にかかれば、何だってクリエイティブになる。私には決まったひとつのやり方っていうのはないの。ただ、話すのは本当に好き。人と話すのが好きなの。自分の話をするのも大好き。だから、コラボーレションをするときは、その人たちといて自分が居心地よくないとダメ。その人たちとの間に、個人的なレベルで相性が合う必要がある。だって、私は自分についてや、私が体験したことを何もかもを相手に話しちゃうから。

その点、ダニエル・シーザーとのコラボレーションはとても順調に進んだみたいね。

ええ。自然な形で進んだわ。あの曲は、出会った初日にレコーディングしたのよ。

本当に?すごい。

私はスタジオにいて、実は他のセッションがあったのだけど、一緒に仕事をしていた人が先に帰っちゃって。セッションは中断する形になったけど、私はスタジオに残っていて、まだ仕事をしたいと思ってた。そこに彼が誰か他の人とやって来て、「H.E.R.、ダニエルだよ」みたいな感じで知り合って。それから音楽の話を始めて、ひたすら人生について話した。彼は自分のギターを持って来ていて、私も自分のギターがあったから、即興で演奏したり、話したりしていたら、曲ができたの。ごく自然にね。一緒に曲を作る予定ですらなかったのに、ただ会って、話しているうちに、曲を作っちゃった。

そういうのって稀な気がするけど。

確かに稀よ。でも、何かを作ることを期待しなくて、ただ「何か目的に適ったことをしようとしてるんじゃない。ただ作ろう」ってときこそ、いちばん素晴らしい音楽ができるものよ。

新しいアルバムの進み具合はどんな感じ?

いい感じ。『Prelude』の延長にあるような、でもそれを高めたようなものになるはず。私は絶えず変化してる。だから私自身の進化よね。そして間違いなく、もっと音楽的よ。

「もっと音楽的」というのは?

もっと有機的なサウンド。もっとベース ラインが響き合うような。わからないけど、もっと時の流れに左右されないサウンドというか。現在のものでも過去のものでもなく、未来のものでもないようなもの。皆に時代を超えた音楽と思ってもらえるようなものになればいいわね。

Tiana Reidはライターであり、コロンビア大学の博士候補生。また『The New Inquiry』でエディターを務める

  • インタビュー: Tiana Reid
  • 写真: Emon Toufanian
  • 写真アシスタント: Byron Israel
  • スタイリング: Kate Carnegie
  • スタイリング アシスタント: Simon Fitzpatrick
  • セット デザイン: Caroline Absher
  • ヘア&メイクアップ: Ashley Stewart