ビリーが微笑むとき
臆することなく自己主張する16歳の新星シンガー、ビリー・アイリッシュ
- 文: Rebecca Haithcoat
- 写真: Christian Werner

場所はロサンゼルス、フェアファックス通りにある「キャンターズ デリ」。近頃の未成年の少年少女は、ショッピング モールではなく、このデリにたむろする。ビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)は、ボックス席にだらしなくもたれかかっている。 履いているナイキには、黒字のペンで自作の警告が書き込まれている。「LOL アンタはクズ」「笑 ビッチ」「くたばれ」。そして、帽子のつばの下から、追いつめられた獣のようにギラリと光る目で上目遣いに見上げる。もう少し近づこうものなら唾を吐きかけそうに、唇がわずかに開いている。
音楽界の注目すべき新人の中でも、最大級の注目を集めているシンガーのひとりであるビリーは、インスタグラムで70万人近い膨大なフォロワーを獲得し、今もその数は増え続けるばかりだ。ファンはビリーの一挙手一投足を見守る。2016年の初めにサウンドクラウドにアップロードした淡い夢のようなポップ ソング『Ocean Eyes』は、以来、何百万回となく再生されてきた。ヴィンス・ステープルズ(Vince Staples)を初めとするアーティストともコラボレーションしたし、先頃チャーリー XCX (Charli XCX) が「2018年の一番ビッグなアーティストになるのは、ビリー・アイリッシュとソフィー(Sophie)とカップケーキ(Cupcakke)」とツイートしたように、他のミュージシャンから太鼓判を押されている。14歳にして、ビリーはインタースコープとレコード契約を結び、昨年の8月にはEP盤デビュー アルバム『dont smile at me』をリリースした。2017年末は、中間試験に備えて勉強しながら、兄でありプロデューサーでもあるフィニアス (Finneas)と、1か月でなんと7曲を誕生させた。そのうちの何曲かは、年内に予定されているLP盤デビュー アルバムに収録されるかもしれない。現在、ビリーは初のツアーで世界中を飛び回っている。ほとんどの公演はすでに完売だ。

Billie Eilish 着用アイテム:ブーツ(R13)、ジャケット(Kenzo)、ジャケット(Marc Jacobs)、パンツ(Marc Jacobs) 冒頭の画像 着用アイテム:シャツ(Acne Studios)
あなたが16歳だったときまで、時間を巻き戻してみよう。そして、それでなくとも荒れ狂う青春期のホルモンに、新進セレブリティであることの恩寵あるいは呪いを加えて、撹拌してみよう。ビリーが多少でもぶっきらぼうでないほうがおかしいというものだ。
「EPのタイトルが『dont smile at me』なのは、たくさん理由があるんだ。ひとつは『ほら、笑って。どうして笑わないの? 笑ったほうがもっともっと素敵なのに』って言われるから。 みんな、『スマイル』を教え込まれる」。ここでビリーは言い直す。「女の子はみんな、ってことだけどね。『ハッピーでなきゃ駄目よ。私は楽しいって顔してなくちゃ!』。私は、自分以外の誰かに見せかける気はないからね。見せたいのは本当の私自身」
だが数分後、私が隣に腰を下すと、ビリーは微笑む。決まり悪そうに。
「今日の私はすごく意地悪なの。ごめんね」。ビリーは言う。「気を悪くしたら、謝るわ」
そんなことはないと、私は請け合う。本当に、ちっとも気を悪くしてなんかいなかった。
「ああ、よかった。なんだか知らないけど、今日は朝から変なの。大丈夫になったかなと思うと、また大丈夫じゃなかったり。でも、もう平気よ」
ローラーコースターのように起伏の激しい10代の感情には覚えがあるから、私はビリーと私自身に微笑む。ソーシャル メディアの時代が到来する前だって、10代の少女であることは十分難しかった。2018年に10代の少女であることは、絶望的に難しいだろうと思う。私がティーンエージャーだった頃は、同じ年頃の有名な姉妹モデルなんていなかった。いや、2組いたかもしれない。リサ・リナ(Lisa Rinna)とハリー・ハムリン( Harry Hamlin)の娘たちをいれると3組だけど、そんなのは物の数に入らない。ヒアルロン酸の注射で唇を膨らませたり、卒業のお祝いに豊胸手術をプレゼントしてもらったり、歌舞伎並みに込み入った手順でメイクをほどこしたりして、とにかく早く大人になろうとする子は、当時の私の知り合いには皆無だった。何はともあれ、ビリーは、自分が今いる場所に満足しているようだ。そのことが一種の反抗に感じられる。
「集団に混ざるっていうのが、全然わからない」。ビリーは言う。「自分とそっくり同じように見える人間でいっぱいの部屋に、なんで入りたいと思うわけ? わからないな、そういうの。人と同じ格好をして、どんな意味があるの? もうそういう格好をしてる人がいるんなら、自分なりの格好をすればいいのよ。何が欲しいか、どんな人間になりたいか、何を着たいか、誰みたいに見られたいか、私はいつもわかってる」
インタビューの前の写真撮影で、ビリーはホテルの長椅子に寝そべっていた。目が飛び出そうに色鮮やかで、ぶかぶかにオーバーサイズな服を着た様子は、まるで父親の衣装で遊んでいる子供みたいだった。ビリーのスタイルは「ほら、見て見て!」と言いつつ、同時に「じろじろ見るんじゃないわよ!」と言ってるようだ。誰の影響を受けたのか尋ねると、タイラー・ザ・クリエイター(Tyler, the Creator)の名前が戻ってきた。
そういう個人主義的な性格は、子供の頃から顕著だった。「あの子はいつもああいう調子だったのよ」と、母のマギー・ベアード(Maggie Baird)は言う。「『アメリカンアイドル』とはまったく無縁。それにとっても勇ましいの。5歳のとき、オーディションのショーに出て『Tomorrow』を歌うと言うから、あらま、一番難しい歌を歌うのねと思ってたら、次の年は『Happiness Is a Warm Gun』を歌うと言い出したわ!」
どうやらガッツは、生まれながらビリーに与えられた権利らしい。なにせ、非公式ながら「海賊」を意味する「パイレート」というミドルネームを持っているのだから。母方の祖父の名前にちなんで、ビリー・アイリッシュ・パイレート・ベアード・オコンネル(Billie Eilish Pirate Baird O'Connell)と名付けられた彼女の記憶にある「生まれたときから一番の親友の」兄フィニアスと過ごした子供時代は、のどかだ。共に俳優であった両親はユーヨークを離れ、現在はトレンディだけど、当時はまだ値段も手頃でアーティストが暮らしやすかったロサンゼルスの近郊に家庭を構えた。マギーはビリーとフィニアスを学校に通わせず、自宅で教育した。
「舞台が夏の映画があるじゃない? 私の生活って、ずっとあんな感じだった。でも、勉強しなかったわけじゃないわ。ママは、お料理しながら『ここにいくら入れたらいい?』みたいに質問する。そういうふうに勉強したの」
自宅教育がどうしても必要だった理由のひとつは、ビリーの聴覚情報処理障害だ。ビリーは、耳を通して入ってくる情報から、普通の方法で意味を把握することができない。だが、自意識を研ぎ澄ませる意味で、障害は建設的な副作用をもたらした。「私、学校には全然行ったことがないから、みんなに好かれるなんて考えたことがない。仲間内のプレッシャーなんて、まるでわからないわ」とビリーは言う。
でも、私は興味がある。「今時のティーンエージャーは、何をやってるの?」
「ドラッグ」。事もなげにビリーは答える。「私はやらないけど、みんなやってる。ジュールとか」。一見フラッシュ ドライブに似た形で、プリンみたいな味がする今流行の電子タバコだ。「私はそういうのはやらないけど、私以外は誰も彼もやってるから、変な感じ。前は『え、吸うの?』って感じだったけど、今は『え、吸わないの?』。バカみたい」
ドラッグは簡単に手に入るのだろうか?
「嫌になるほど簡単に手に入るわ。私なんて、欲しくもないのに、いつでも勧められるもの」
みんな、どこへ遊びに行くのだろう? クラブに行けるのだろうか?
「私はクラブに入れるわ。本当はダメなんだけどね。でも、何にも悪いことはしてない。ただ踊りたいだけ。近頃は、クラブ以外に踊れる場所がなくなったから」

着用アイテム:ジャケット(Kenzo)

着用アイテム:シャツ(Acne Studios)
ビリーのキャリアに火をつけたのはダンスだ。ソングライターとしての活動は、比較的最近、11歳から始めたが、タップ ダンスとシャーリー・テンプル(Shirley Temple)は小さい頃から大好きだった。その後次第にヒップホップへ好みが移り、最も強く刺激されるようになった。コンテンポラリー ダンスのレッスンも受け始めた。彼女がハミングしている『Ocean Eyes』を耳に留めたのは、通っていたダンス教室の先生だった。振り付けたいから録音が欲しいと言われて、すでに2015年にサウンドクラウドに数曲をアップロードしていたビリーとフィニアスは、自分たちのページに『Ocean Eyes』を付け加えた。先生が振り付けた『Ocean Eyes』の練習が始まって2日目、ビリーは腰骨の成長板を傷めてしまった。だが、ラジオ局が絶え間なく流すこともなく、コネも使わず、背後でレコード会社が操作することもなくヒットを作れたことは、踊れなくなった失望を多少なりとも和らげた。
以来ビリーは、肉体的にはともかく、その他の面では乱気流に揉まれ続けている。フィニアスと一緒に仕上げた綿菓子のようにデリケートな雰囲気の『Ocean Eyes』とは対照的に、『dont smile at me』にはなめらかなエレクトロ ポップとエッジの効いた歌詞が織り込まれている。『watch』は「私は坐って、あなたの車が燃えてるのを見てる、あなたが私の中につけた火で」と始まり、「名前を呼ばれたら、私が駆けつけるとでも思ってるの? あなたは、そうしてくれたことがあるかしら? 私には何もくれなかったくせに」と感情が高まる。
『dont smile at me』には、『Ocean Eyes』になかった荒々しさ感じさせる歌詞が多い。前半のビリーは、敏感に反応し、翻弄される。涙と恐れと挫折がある。最初の方に収録した曲は不健全な恋から生まれたと、ビリーは言う。「13歳のときに付き合い始めて、14歳と半年のときに終わったの。ちょうど私のキャリアが始まった頃だから、素敵なことも起きてたけど、いろんなことが一度に押し寄せた時期だった」
90年代には、ジェーン・プラット(Jane Pratt)が『Sassy』や『Jane』を創刊し、『Seventeen』が象徴する完璧な少女像と一体感を持てない少女たちに場を提供した。『Sassy』に記事を書いたライターたちは、辛らつで、反抗的で、ぶっきらぼうで、「いたらいいなぁ」と願うお姉さん的存在だった。ビリーはまさしく、彼女たちが熱を上げるセレブだ。幼い少女たち、それもすべての少女たちが必要とするのは、なんら臆することなく自分を表現してみせる、ビリーのようなポップ スターだ。
「あなたは越えちゃいけない線を越えた。時間切れよ。悪いけど、わかるでしょ。私があなたに言ったのよ」と『Copycat』でビリーは歌う。甘く柔らかいソプラノで、謝り続ける。「ソーリー、ソーリー...アイ アム ソーリー、ソーリー」
一呼吸。
「なんちゃってね!」

着用アイテム:シャツ(Acne Studios)
Rebecca Haithcoat は、元『LA Weekly』のアシスタント ミュージック エディター。『The New York Times』『GQ』『The Guardian』『Playboy』『Billboard』『SPIN』『Pitchfork』などでも記事を執筆している
- 文: Rebecca Haithcoat
- 写真: Christian Werner
- スタイリング: Samantha Burkhart
- メイクアップ: Robert Rumsey
- ヘア: Joseph Chase / Exclusive Artists
- 制作: Emily Hillgren
- 撮影場所: Mondrian Los Angeles、Canter’s Deli