シドが休息する隠れ家

成熟した個性でファンの心をつかむジ・インターネットのフロントウーマンが、ファッション、建築、悲しみ、創造を語る

  • インタビュー: Khalila Douze
  • 写真: Stefan Kohli

絵のようなロサンゼルス市街を見晴らすハリウッド ヒルの頂上付近に、カルチャーの歴史が色濃く刻まれた、アルファベットの「A」のようなシルエットが特徴の大きなキャビンが、ひっそりと佇んでいる。素朴な佇まいのこの建物は、現在、コンピュータ アニメーション映画という新分野の扉を開いた音楽好きなパイオニアたちが共同所有するものだが、サンシャイン ポップがウェストコーストを席巻した60年代には、ソフト ロック バンドとして有名なジ・アソシエーションのものだった。ロサンゼルス市内で、有名なハリウッド サインに一番近い家屋でもある。リビングルームには、ドラムのセットと100年前のグランド ピアノが置かれ、壁にはロックンロール ミュージシャンたちの肖像が掛かり、オフィスには現在の所有者のひとりが作ったマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の「ヒストリー」の彫刻が飾られている。そんな輝かしい歴史と非常に高値の賃貸料にもかかわらず、建物の雰囲気は質素で気取りがない。静かな森の中や湖のほとりに似合いそうだ。

1月のある日の午後。26歳のシンガーソングライター、シドニー・ローレン・ベネット(Sydney Loren Bennett) – 通称シド(Syd) – の野外撮影は、日没頃、ハリウッド サインの下にあるタイムカプセルの埋蔵場所で行われる予定だ。屋内撮影に使うキャビンは、音楽界との関連もさることながら、ネオソール バンド「ジ・インターネット」のリード ヴォーカルであり、近い将来家の改築と転売をやりたいと思うほど、インテリア デザインと建築が大好きなシドをインタビューするのにぴったりの場所だ。いかにも着心地の良さそうな服に、足元はVansのOld Skoolというスタイルで、シドはセットへやってきた。慎重に言葉を選ぶ話し方からキャビンの中を移動するときの滑るような歩き方まで、シドからは静穏と禅の雰囲気が漂ってくる。キャビンのオーナーが飼っているハンサムなハスキー犬「ジャック」を写真に入れようと誰かが提案すると、シドは快く同意する。本当は犬アレルギーなのに。

そんな沈着冷静は、無気力や曖昧ではなく、意図の表れだ。音楽界で高く評価されている数少ないクイアの黒人女性として、シドはパワフルな存在だ。以前はセクシュアリティに触れることを避けていたが、ほかの人たちを勇気づけるために、今は声を挙げることにもう少し積極的だと言う。先頃出演したファッション キャンペーンやデザイナー プレゼンテーションを話題にすると、殆どのトレンドは好みじゃないと認める。そしてその事実に動じない。「どれもアートとしての表現なんだから、いいのよ」。なにが批評に値するか、関わるべきかどうか 。それをシドは見分ける。

グラミー賞にノミネートされたジ・インターネットの『Ego Death』、続いて2018年に発表したの4枚目のアルバム『Hive Mind』、そして2017年のソロ デビュー アルバム『Fin』の情熱を秘めた甘い歌声からは、泰然としたバイブレーションが滲み出てくる。シドの流れるような歌詞で、ジ・インターネットは心地よいローファイのララバイとセンシュアルなメッセージを紡ぐ。協働と独立の微妙なバランスの上にジ・インターネットの成功があることは明白だし、それは、オルタナ ヒップホップ集団「オッド フューチャー」のメンバーだったシドとプロデューサーのマット・マーシャンズ(Matt Martians)には、馴染みのあるやり方だ。今のシドは、独立した活動に重心を移しているようだ。昨年の秋はバンドと一緒にツアー、バリ島のバケーションで新しい年を迎え、新しい出版の契約にサイン。リラックスするためにホームタウンのロサンゼルスへ戻ったシドは、自由な時間を謳歌中だ。目下のところは…。

カリラ・ドーズ(Khalila Douze)

シド(Syd)

カリラ・ドーズ:ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)のLouis Vuittonのキャンペーンのモデルにキャスティングされたり、『フォーブス』誌の今年の「アンダー30」に選ばれたりしてるけど、音楽業界とは違う分野で評価を受けて、違う人種と関わり合うのはどんな感じ?

シド:実際の生活では、影響は感じてないの。大きな違いは、もっとクールな服を着て、写真を撮られるようになったことだけかな。いや、必ずしもクールな服じゃないな、より値段が高いってだけ。私のファンの殆どは、もともと私の音楽でファンになった人たちだから、それ以外は関係なくて、本当に関心があるのは私の音楽だけだと思うよ。私が会ったり意見を聴いたりするのも、そういう人たちだし。Louis Vuittonのキャンペーンのことをポストしたときだって、みんな、どうでもいいみたいだったし。私の慎ましい経歴としてインスタグラムに載せられるから、とってもいい体験だっだけど。でも正直なところ、気にする人はいなかったし、誰も気にしないってこと自体がすごくいいと思った。勘違いしないでね。あのキャンペーンに参加できたのは光栄だったし、すごくクールな経験だったわ。クールだけど、私のファンは「肝心なのは音楽だよな」って感じ。

着用アイテム:ブレスレット(Balenciaga)

洋服にはずっと興味があったの?

着るものにはずっと興味があったけど、いつもどこかで葛藤してた。「ファッション」って、私、よくわからないんだ。自分が着たいもの、人が着てるもので私が好きなもの、それはわかる。結局、最近のトレンドには私に合わないものがたくさんあるってことを受け入れるしかなかったし、それでいいんだと思う。以前は、「ったくもう。私はファッションについていけない人間なわけ? みんなが着てる服を好きになれないって、私がダサいの? 問題は私?」って思ったりしてたけど、そう、これは私、ってわかったんだ。つまり、私というひとりの人間なんだから他人と違って当たり前、って。

音楽を作ってなくて、時間があるときは、どう過ごすの? 不動産の投資に興味を持ってるって聞いたけど。

私って、身の回りの空間にものすごく影響されるんだ。自分の家の部屋なんか、もっと良くしようと思ってしょっちゅう手を加えるし、今はスタジオも作ってるところだし。そのうち、家を安く買って改築して高く売る、ってのをやってみたいの。面白そうだもん。昨日ね、ガールフレンドやマットと一緒に、3時間、テレビで「世界の摩訶不思議な家」を観たんだ。私は両親と一緒に暮らしてるんだけど、2~3日気分転換しようと思って、ブレントウッドのAirbnbを借りたのよ。朝起きて、朝ご飯食べて、Uberでマンハッタン ビーチへ行って、色んな家のスタイルについて喋りながら、ビーチを歩き回ってね。そいで、家に帰ってから、延々と「世界の摩訶不思議な家」を観たわけ。その後、今度はブレントウッドをあちこち散歩して、実際にあの辺りの家をチェックしてみた。これまでは自分の家の改築しかやったことがなくて、丸々一軒の家はやったことがないからね。私って衝動的にお金をつぎ込む人だから、前だったら、家一軒丸ごと改築するなんて、ものすごく大変なことに感じたと思う。でも今は、経験から勉強したこともあるし。

どんなビジネスに投資してきたの?

本気で取り組んで投資してきたビジネスはひとつだけ。つまり私のビジネス。『Ego Death』を作る前に、パートナーと組んでレコーディング スタジオを作ったんだ。もともと私はエンジニアとしてスタートしたから、住んでる家とは別にスタジオを作れる場所を探して、ハリウッドにスタジオをオープンしたの。一緒にやった友達は、お母さんがミュージシャンのティーナ・マリー(Teena Marie)で、お母さんが持ってた機材を全部譲り受けていて、彼女自身ももっと音楽に打ち込もうとしてたときだったし。でも、お金にはならなかったな。逆に赤字。最終的には、そこで『Ego Death』に入れる曲をたくさん録音したから、その点ではすごくよかったけど。

今は、あなたのスタジオをもっとオープンにして、ほかのミュージシャンにも使ってもらおうと思ってる?

思ってない。『Ego Death』を作り始めて、ミュージシャンの仕事のほうでもっと稼げそうな気配になってきたから、もう自分以外のミュージシャンのエンジニアは止めようと決めたの。スタジオは建設中だけどね。

今現在は新しい曲のプロモーションもしてないし、ツアーも終わったでしょ。だから、最近のあなたが何を考えてるのか、興味があるんだけど。

私は、家にいることが多いからそうは見えないだろうけど、実はすごく先のことを考える人なんだ。去年気がついたんだけど、自由な時間がないって愚痴って、自由な時間ができると、新しいアルバム作りとか、何かを始めるのが私のパターンなのよ。ツアーが終わってから、今は本当、仕事しないようにしてる。ちょっと練ってるアイデアはあるけど、音楽に関することがじゃないし、それはそれで楽しい。プライベートでは、書くことがいっぱいあるんだ。ツアーの前とツアー中は、早く帰って新しいアルバムに取りかかりたいと思ってたんだけどね。スティーブ(Steve Lacy)はアルバムが完成しそうだし、マットもそう。ふたりはそれぞれのプロジェクトに一生懸命取り組んでて、ツアーが終わった後すぐ次の仕事に取りかかり始めたけど、私はそうしたくないな、って。だから自分のペースでボチボチやってる。それで生活できることに、感謝してるよ。次の仕事、次の収入を焦らなくていい状態、わかるでしょ? つい最近出版の契約を結んだから、お金の面では今年はかなり幸先がいいし、次のアルバムをやる気になったらもっとお金が入るし、それでちょっと肩の力を抜けるな。たいして買いたいものもないのよ。両親と一緒に暮らして、いくらか生活費を入れて、時々旅行して、Airbnbを借りる。レンタカーを時々利用する。それで十分満足。

音楽以外では、今、何に興味がある?

ストーリーテリング。今ね、映画の制作を手伝ってるんだ。どういうものが出来上がるか、まだわからないから、映画というより映像作品だな。とにかく、映像作品とアニメを手伝ってる。これって、予想してなかった展開なんだよね。これから変わる可能性もあるし、別物になるかもしれないけど、今のところはすごくいい感じ。違うかたちのライティングだし、違うかたちの創造だし、すごく楽しみ。

昨年、親友だったマック・ミラー(Mac Miller)が亡くなったわね。喪失感にどう対処してる?

辛くてやりきれなくて、マックの音楽はあまり聴いてない。でも、彼のママとはしょっちゅう会ってる。彼女はそれを必要としているから、少しでも助けになれれば、私も嬉しいし。幸い彼女にはもうひとりミラー(Miller McCormick)っていう息子がいて、すごく力になってくれる、って言ってた。マックのパパもすごく支えになってる。建築家で、私のスタジオの建築にもサポートを申し出てくれた人なんだ。先週もマックの家族と食事したよ。だけどね、もう前からわかってたことだけど、マックがいなくなったことを受け止める最善の方法は、マックから学んだことを私ができるだけ活かすことだと思う。だから、マックの素晴らしかったところを、私のものにしようと努力してる。マックはすごくたくさんの人とコラボしたじゃない? 愛がいっぱいある人だった。私にもたくさん愛をくれたのはわかってたけど、色んな人からお悔みが届くまで、マックがどれほど大きな愛を与えた人だったか、知らなかった。「あんなに愛をくれて、私だけが特別だと思ってたけど、みんなをそういう気持ちにしてくれたんだ」ってね。すごく、意味のある気づきだった。だから、もっとマックに近づいて、もっといい人間になろうとしてるところ。

Khalila Douzeは、ロサンゼルスを拠点とするフリーランス ライターであり、タロット カードの熱心な信奉者である。『The FADER』、『Pitchfork』、『The Outline』など、多数に執筆している

  • インタビュー: Khalila Douze
  • 写真: Stefan Kohli
  • スタイリング: Brittny Moore
  • メイクアップ: Taylour Chanel
  • ヘア: Ronnie McCoy III
  • 制作: Emily Hillgren
  • 翻訳: Yoriko Inoue