退屈を知らぬケルシー・ルー

チェロ奏者でもある歌姫が孤独や氷の妖精、ノーと言うことについて語る

  • インタビュー: Durga Chew-Bose
  • 写真: June Canedo

電話越しに聞くケルシー・ルー(Kelsey Lu)の声は遠い。とても遠く聞こえる。私たちを隔てるの実際の距離よりも、さらに遠い。ルーはロサンゼルスにいて、私はモントリオールにいる。ルーはポーチにいて、私はガラスに囲まれた会議室にいる。受信状態が悪い、と私はひとりごとを言う。双方の通話の声が反響している。電話インタビューでは、開始直後の軌道に乗るまでの間、変に温もりに欠ける、言葉になった気まずさのようなものがある。時差のせいもあり、さらに遠さが明確になる。彼女の朝の声はのんびり、ゆったりとしており、慎重で、蔓のように絡まってくる。あたかも目の前の景色に応えて、それに向かって話しているかのようだ。木や、青い空などに向かって。

Kelsey Lu 着用アイテム:T シャツ(Alexander McQueen) 冒頭の画像 Kelsey 着用アイテム:ブラウス(Enfold)ドレス(Loewe)

ルーの口調は曖昧だが、それは無頓着にはほど遠い。彼女はどこか別の場所にいる感じがするが、なおも現実的だ。穏やかに、だがしっかりと耳を傾けつつ、ルーは明確に自分のことを伝える。クラシック音楽を学んだチェロ奏者であり、ボーカリストでもある彼女の話し方には、イメージと感情の揺らぎに溢れている。彼女の説明によると、現在完成に向けて作業を進めているデビュー アルバムは、ドライビングや海、水全般といった、「動き」からインスピレーションを得ているという。彼女の音楽のアレンジや、シングル曲「Shades of Blue」のような、心の痛みを鎮めてくれる静かな美しい音色のように、ルーの対話の方法は開かれている。そして、その根幹は探索的だ。

ルーは近々ブラッド・オレンジBlood Orangeのツアーに参加することになっており、それ以前には、ソランジュ(Solange)やフローレンス・ウェルチ(Florence Welch)、OPNなどとコラボレーションを行ってきた。また、ケレラ(Kelela)とともに、ランウェイというよりコンサートを彷彿とさせるTelfarのショーに出演し、さらに最近では、ゲッティセンターの中庭で行われたNo Sessoの楽園のようなカプセル コレクションにも出演している。

今回ルーは、孤独の恩恵と自身のチェロの音、YouTubeを延々と見続けることについて語った。

ドゥルガー・チュウ=ボース(Durga Chew-Bose)

ケルシー・ルー(Kelsey Lu)

ドゥルガー・チュウ=ボース:あなたが特に神聖だと感じるのはどんなイメージ?

ケルシー・ルー:ありふれた人々。大抵はお年寄りね。ニューヨークで暮らしていたときは、街を歩いていて、もっとそういう人たちを見ることが多かった。でもロサンゼルスでは、人々から離れて暮らしてるような感じ。

その距離を取るというのは意図的なもの?

ええ。それが自分にとってはいいことだと思ってる。集中できるから。ニューヨークに長い間いて、本当にスペースに飢えてた。そこにあるのは自分と木だけ、みたいなのを必要としていたわ。

仕事をするのに一定の隔たりを必要とするあなたにとって、コラボレーションに求めるものは何かある?

しっくりくることね。これまでたくさんコラボレーションしてきたけど、プロジェクトは自然と私の元にやってくるの。計画なんてする必要はなくて、物事がうまく収まるようになってる。ただ、最近はアルバムの完成が近づくにつれて、もっと計画を立てる必要性を感じるようになった。自己の霞の中から、さらには自分のアルバム制作の嵐の中に閉じこもるような自己中心的なマインドセットから、自分が抜け出しつつある気がしてる。私の原動力は、退屈を遠ざけることなの。退屈と気分の落ち込みね。最近は、自分でも予想していなかったような人たちとコラボレーションをしたい気分。自分だけの世界に閉じこもっていたくないから。以前ならやる気にならなかったようなことや、目を背けていたこと、軽蔑していたことでさえ、今は探求してみたいと思う。

その「自己の霞」から抜け出すために、何かやり方が?

私はあらゆるところに首を突っ込んでいるの。私の音楽みたいに。それが私のやり方で、私の思考方法よ。かなりぐちゃぐちゃ。私が情報を消費するやり方では、線形のシステムやパターンには当てはまらないの。

30歳に近づいて、内に向いて内省的になりつつ、これほど多くの作品を作リ出すちょうど良いバランスは見つかった?

どこに自分のエネルギーを注ぐか、優先順位を決めるのがうまくなった気がする。何かを作っていて人々と繋がろうとするとき、エネルギーを貯めることが重要なの。少なくとも、今の私の段階では。

仕事の上で、的はずれな解釈をされたとか、誤解されたと感じることはある?

誤解されたと感じるのは、男の人に対してばかりね。男性と一緒に仕事をしていると、昔はたまにそう感じたわ。コラボレーションをすることが、私が股を開いたというのと同義だと考える男の人がいる。この意味わかるでしょ?

アーティスティックな面では、どう言う風に仕事を選ぶの? 精査の仕方は? 絶対に断る仕事などはある?

私はすごくオープンよ。

そのオープンさはどこから?

小さな頃から、私たちはビーチにいるようなものだと父に言われてきたの。彼が言うには、私とその周りに人が20人ほどいて、そこで私は人々を集めて演奏する。私には自然と人々に向かっていくところがあって、人々を集めてしまう。私は羊飼いタイプなのよ。

人をもてなすのが好き? 夕食に人を招待するのが得意だと思う?

ええ、好き。私は皆にくつろいでもらって、居心地よく感じてもらって、もてなすのがすごく好き。人にご飯を食べさせるのも大好きだし、お茶を淹れてあげるのも大好きよ。

友だちの集まりだと誰とでもうまが合うタイプ?

間違いなくそうね。私は共感しやすいたちなの。人々のエネルギーをすごく強く感じるから、他人のことを気にやむこともある。だからひとりになる必要を感じてるし、仕事をするときは孤独が必要なの。

ロサンゼルスの家にはどうやって馴染んだの?

朝のルーチンがある。住む場所について言えば、本当に幸運だった。たくさんの自然に囲まれてて、田舎道にも水場にも近い。だからこれをできるだけ活用しようと思ってる。ポーチもあって、今はちょうどそこにいるわ。ポーチは、気持ちを落ち着かせて、心を整えるのにぴったり。毎朝、私はベッドから出るとすぐにララージ(Laraaji)の「The Unicorns in Paradise」のカセットをかけるんだけど、これが1日を瞑想モードで始めるのに役立ってるわ。

もう少し、聞きたいことがあるんだけど…もっと自由で、ランダムなこと。

変な質問をどうぞ!

了解。自分のチェロの音を言葉で説明すると?

うーん…すごく太くてセミのいる老木かな。海底に植えられた、とても賢い長老の木みたいな感じ。そして、この海の生き物がその中で暮らしてるの。特に、氷の妖精なんかがね。氷の妖精が何か知ってる?

知らない。

基本的に、海に住むなめくじみたいなものよ。とっても、とーっても小さいの。でも見た目が小さな妖精みたいなのよ。クリオネみたいな。そして、それが私のチェロの音色よ。

Kelsey Lu 着用アイテム:ドレス(Helmut Lang)

Kelsey Lu 着用アイテム:ピアス(Alighieri)

もしあなたがアプリを開発できるとしたら、どんなものになると思う?

待って、最近まさにそういう話を誰かとした気がするわ! 多分、ファイル整理用のアプリはすでにあるだろうけど。音楽制作ソフトのLogicでプロジェクトを作るとき、プロジェクトを作成して保存すると、そのままプロジェクトはデバイス上のそのアプリに行くの。するとそのアプリが、なんとかして自分用にプロジェクトを整理してくれる。例えば日付ごとに。私がどれほど自分のファイル整理で四苦八苦してるか、これで伝わるわよね。

脱線したアイデアを誰かに保存してもらえたらいいなってこと?それらをもっと簡単に引き出せるように?

そういうことだと思う。エンジニアみたいに。あるいは、インターンをポケットに入れて持ち歩くみたいな。

つまり、基本的にインターンが欲しいわけね。

私が目指すところはそこだと思う。昨晩、ある楽曲の作業をしていたの。先週末、即興の動画の撮影があって、そこで使わなかった服、余った服がたくさんあった。私はこれは無駄にできないと思って、今回のミュージック ビデオのコンセプトを思いついた。それで、友達に連絡して、うちに来てブレインストーミングしようって誘ったの。それで、昨晩はそのための音楽を作ってた。こんなに単純なことなのに、実行する方法を見つけるのに、何時間も延々とYouTubeを見ちゃった。もし私にインターンがいたら、「私のやりたいことは、こういう感じ」ってアイデアを口頭で説明するだけで済んだかも。でもわかるでしょ、本当はこういう風に自分で答えを見つけ出すのがすごく好きなの。自分でやるのが本当に好きなのよ。それをやる中でパワーを感じるから。

それに、YouTubeを延々と見続けることが、実際に生産的な気がすることもあるわ。

ええ、確かに。

最近誰かに、目から鱗が落ちるようなアドバイスをもらったことはある? 大事にしているアドバイスは?

他の人といくつかのコンサートで共演する提案を受けて、それは、なんていうか…もう夢みたいだった。すごいチャンスだった。でも自分の中ですごく葛藤があったの。コンサートはやりたかったけど、進めているプロジェクトがあったから、自分自身の時間を確保する必要があった。それに、私が進めていたのは、ごく個人的なことで、すごくたくさんの、何ヶ月もの計画で、私はそれをやり続ける必要があった。それをマーラ・ブロック・アキル(Mara Brock Akil)に話したんだけど、彼女はすばらしいわ。すごく愛情深い人。それで、彼女は「何よりも難しいのはノーと言うことよ。ノーと言えば自分に向き合うための余裕が自分の中に生まれる。そうすれば、後々、イエスと言える能力がつく」と言ったの。彼女は私にこうも言った。それが自分と他のあらゆる人にとって最善のことなんだって。そうでないと、自分をすり減らしてしまう、自分のことは誰にも与えられないんだって。これは彼女が言ったことのほんの一部だけど、あのときは、私にはそれを聞くのがとても大切だった。ノーと言うことは、すべてのチャンスを閉ざすことではない。ノーという中にパワーがある。

Kelsey Lu 着用アイテム:ラウンジ パンツ(A-Cold-Wall*)

Durga Chew-BoseはSSENSEの副編集長である

  • インタビュー: Durga Chew-Bose
  • 写真: June Canedo
  • スタイリング: Tess Herbert
  • ヘア: Illeisha Lusfsiano
  • メイクアップ: Wanthy Rayos
  • 絵画: June Canedo
  • 撮影アシスタント: Rahim Fortune