すべてはナスティー
ハーレム生まれの エイサップ・ナストが、彼の存在する世界の創造とその世界への対処を語る
- 写真: Saamuel Richard
- 文: Kevin Pires

洋服を吊るしたラックのそばに立つのは、ラッパーであり、ロッキー(Rocky)の従兄弟であるエイサップ・ナスト(A$AP Nast)。26歳。生地とシルエットを並々ならぬ精密さでチェックし、Yohji Yamamotoの大きく膨らませたパンツを試着する。ラップ界で起きているムーブメントを象徴するナストのファッション好きは、エイサップ・モブ(A$AP Mob)集団によって世に広まった。現在、このヒップ ホップ スターの職務は、インスタグラムのコメントでファンに助言する、朝食抜きでも遠出してリサイクル ショップで買い物するなど、前代未聞の領域へ踏み込んでいる。グランジに影響を受けたナストの音楽は10代が抱える究極の不安へ潜入し、その作品はヒップホップの未来であるハイブリッドな魔法を表現する。彼を取り巻く集団は、新たに書き直されたルールによる孤独なアートを完璧に補完する。すなわち、孤独は楽しい、みんなと一緒なら。

雨が降りしきる夜のLAでケビン・ピレシュ(Kevin Pires)がインタビューを敢行し、新ミレニアム世代にとってのラッパー、人と一緒に音楽を聞くという私たちの特徴的習慣、そして彼を世界レベルのスターに押し上げたスタイルについて、エイサップ・ナストと対話した。
ケビン・ピレシュ(Kevin Pires)
エイサップ・ナスト(A$AP Nast)
ケビン ・ピレシュ:あなたの世代のラッパーがクールだと思う理由のひとつは、前の世代とかなり違うところです。今、ラッパーであることは何を意味すると思いますか?
ラッパーだということは、単に自分自身であるということだよ。別に、朝目が覚めて、こうなろうと思ったわけじゃない。ラップをする上で大切なのは、語るべき物語を持ってること。オレの好きなMCたちは、本当に歌詞がよくて、語るべきことを持っているヤツらなんだ。ラップってのは、隣の人間の話に耳を傾けて、そこから何かを抽出することだ。誰かがラップしてる内容や、そいつの物語を知ることが、自分の人生の役に立つこともある。そして、それを自分がやりたいように実践するんだ。
あなたの世代は、他の世代と何が違うと思いますか?
あんたはオレたちの世代っていうけど、オレにはよく分らない。オレは今の世代の音楽も好きだけど、結局、音楽なんてオレの耳に聞こえる音だからね。好きかもしれないし、嫌いかもしれない。このご時世に、ラップできないヤツなんているのかい? みんな突然現れては「よう、オレはラッパーだぜ」なんて言ってるじゃないか。偉人や先駆者、それに自分たちが今こうしてMCになれる道を作ってくれた先人を認めないのは、ほとんど無礼だね。ヒップホップは前とは違う。良くなったか、悪くなったか。それは言いたくないけど、でも変わったんだ。どっちに転んでも、オレは構わないさ。オレ自身は、黄金世代とか、いわゆるブームバップ(低音の効いたドラムのキックとスネアからなるアコースティックなビートのスタイル)時代のヒップ ホップが好きなんだ。あの世代のおかげでオレはペンを取ったし、とにかくスタジオでオレのラップとストーリーを曲に乗せたいと思ったんだ。若い世代も、彼らの音楽も評価してるよ。いい気持ちにさせる音楽だ。踊りたくなる音楽。ダブ ステップで、1、2なんてね。クラブで聞いたり、友達と一緒に聞くとすごくクールな曲もあるし。ああいう曲にすごく助けられる時もあるんだ。そのときの気持ちを明るくしてくれるっていうか。お気に入りのミーゴズ(Migos)の曲とかリル・ヤッティー(Lil Yachty)のレコードを聞くだけで、気分が良くなる。オレにとっては、全部音楽だ。
音楽を作るとき、兄弟たちが 本当に気に入ってくれるって分ってる。ブラザーたちのために音楽を作ってるんだ
そんなふうに考えたことはありませんでした。近頃のラップは、みんなで一緒に聞く音楽という側面が大きいと思います。ヘッドフォンの登場でそういうことから遠ざかったはずなんですが、音楽が作り出す人間同士のつながりへ回帰しているように感じます。
その通りだ。昔は、あくまで個人的な理由で音楽を聞いた。でも今は、友達と一緒に音楽にノる。もちろん今だってヘッドフォンをつけて自分の好きな曲を聞くこともあるけど、今の世代は基本的に、みんなで一緒に音楽を聞く世代だと思うね。外出先で何かを聞いたら、友達と「おい、この曲聴いたことある?」て言い合うような。オレが作りたいのは、本当のヒップホップ黄金世代のような曲さ。そういうサウンドを聞いて、オレは音楽を作りたいという気持ちになったし、そこが本当にオレが輝く場所でもあるんだ。そういうサウンドで、オレは言葉的にも音的にもベストが出せる。オレのファンももっとそういう曲を聴きたいはずだよ。
そういうことを、もっとやっていきたいと?
間違いなくそういう曲を作るね、今っぽい曲じゃなくて。今っぽい曲も悪くないけどさ。


このご時世に、ラップできないヤツなんているのかい?みんな突然現れては「よう、オレはラッパーだぜ」なんて言ってるじゃないか
ラップとファッションの交わりついて、エイサップ・モブは人々の考え方を変えましたね。あなたたちが特別なのは、なぜだと思いますか?
オレたちは何も気にかけない。別に、何か意味のあることをしようとしてるわけじゃない。まわりが理解できるかできないか、それだけさ。オレたちの音楽を聴いて「ああ、これは分る」と言おうが言うまいが、気にしないんだ。オレたちは自分たちのために音楽を作ってる。
2016年にラッパーであることは、もちろんパフォーマーであることも求められますが、同時にファッション的にも際立った存在感が要求されますね。
最近はとにかくスタイル一辺倒だ。 どうやら、すべて完全な存在じゃないとダメらしい。やることなすことが真似されるようでなきゃ、ダメなんだ。どんどん新人がデビューするから、スタイルがすべてなんだ。スタイルがないと「こいつは一体誰だ? こいつの言ってることなんか知らねーよ。お前、どこのブランド着てるんだ?」ってことになる。これに関しては、エイサップ・モブが重要な役割を果たしたね。オレたちはファッショナブルなラッパーとして登場したからな。そこら辺のヤツとは違う。だから注目されたんだ。スタイルがあったから、オレたちは世界レベルになったのさ。
そのスタイルは、持って生まれたものだと思いますか?
100%そう。これは、オレたちがずっとやってきたことなんだ。ラッパーをやってなかったら、今頃はファッションの業界にいただろうな。どんな形であっても、注目されてただろう。別にこのインタビューに期待してるわけじゃないけど。
期待してください。
ファッション ウィークのとき、お互いを刺激してたのを思い出すよ。そんなことをしてるのは、オレたちだけだと思ってた。毎日、新しい発見があった。Raf Simonsの新作だったり、Martin Margielaの新作だったり、初めて見る新しいブランドだったり。オレたちにとっては、勝ち負けを決めるスポーツみたいだった。そのせいもあって、オレらだけが孤立してるように感じたわけだ。同じようなことをやっている人間を探してたわけじゃない。オレたちはいつも、良いとこ見せようって、勝負してたんだ。

あなたが自分のスタイルを真似る人たちに文句をつけてるビデオを見てて、あなたがRaf SimonsやRick Owensを着たとき、散々悪口を言われていたのを思い出していました。今や、あらゆるラッパーが曲の中でそういうブランドを引き合いに出しますね。なぜこういう変化が起きたんでしょうか?
オレたちさ。だから最近のオレたちは、そういうことにかなり冷めてきちゃってるんだと思う。何かいいことをしてれば、とにかく人はついて来る。ところが、必ずしも自分が評価されるとは限らない。あれがパクリじゃないとしたら、コピーじゃないとしたら、じゃあ一体何をしてるっていうんだ? オレ自身がそういうことに気付くようになったんだ。クラブでケンカになったのを思い出すよ。髪を引っ張られてるヤツもいたし、目にパンチをくらったヤツもいた。オレたちは自分たちのスタイルのために、相手を全員叩きのめす羽目になった。自分が何者かということをオレらはいつもありのまま受け入れていたけど、当時、オレたちにとって自分らしくあること、自分らしいスタイルをすることはすごく難しかった。からかうヤツもいた。目をつけられては、ケンカになった。当然、オレたちと全く同じスタイルを真似てるヤツを見かけたら、めちゃ怒るさ。あんただっても怒るだろ。
それは、あなたの言い回しを盗用するようなものですね。
その通り。もし誰かが自分の歌詞を盗んだら「それはオレのだ」ってなる。でも証明しなきゃいけない。レコードを聞いて「こいつ、なんて言った? 早送りしろ。ほら、今なんて言ってた? オーケー分った。こいつパクってる。捕まえたぜ」なんてね。
あなたをコピーしている人とあなたにインスパイアされた人の違いは、何だと思いますか?
何かにインスパイアされたら、インスパイアされたってことを公言できる。コピーしているときは、出所を認めないんだ。
隠しますね。
そう、隠すんだ。「これ盗んでやろう」っていう感じ。「あなたがやったことにインスパイアされました」っていうのとは違う。明らかに分るよ。


下着を買ってるときに、セルフィーなんて撮れるわけないだろ?
そういうのを遠くから眺めて、あなたの影響が見て取れるのに、あなたがオリジナルとして評価されてないことに腹が立ちますか?
オレがウィズ・カリファ(Wiz Khalifa)やカニエ(Kanye)が好きなのは、そういうところなんだ。カニエのエゴがどれほど大きいにせよ、ちゃんと電話してきて「オレはインスパイアされた」って言う。同じくらいウィズのエゴが大きくても、インタビューされたら「オレは誰々が本当に大好きなんだ。ヤツらはオレの兄弟だ。いい仕事をしてると思う。オレはヤツらに助けられた」って言うだろうね。分るだろ? 彼らは必ず敬意を払うんだ。
探しているビンテージをインスタグラムに載せたりしていますね。ビンテージは唯一無二のものだから、コピーされないようにビンテージを探すんですか?
いや、単にビンテージが好きなのさ。ずっと昔から。リサイクル ショップで古着を買うのが好きなんだ。知らないかもしれないけど、オレは朝、起き抜けからショッピングに出かけるんだ。朝飯抜き。オレと彼女で、色々と探し回って、掘り出し物を見つける。それだけのこと。
探す行為が好きなんですか?
そうだね。オレって、たいした物はなさそうな店に入って、何かしらのお宝を見つけて出てくるタイプの人間なんだ。
気分がいいですよね。
そうなんだ。ちょっとしたオーガズムだな。
ソーシャル プラットフォームを利用して、あなたにとって大切な話題を取り上げることがよくありますね。最近だと、ロシアの空港で女性を罵っている男の映像を投稿していましたよね。自分が注目されている存在だから、そういうことをする責任があると感じるんですか?
自分らしくしているだけだよ。見た瞬間、ポストしようと思った。世界にシェアして、みんなに見て欲しかったんだ。「こういうことが起きてる。全然クールじゃないし、許せない」ってね。ホテルに戻ってあのビデオを見た後、すごく嫌な気分になったんだ。女性がいなかったら、オレたちはここにいないんだぜ。

どちらの大統領候補も嫌いだということも、ポストしていましたね。
本当に嫌いだから。
結局ああいう結果になったのは、どちらの候補者にも、国民の気持ちが動かなかったということだと思います。
どっちもダメだったね。今更、理由を言いたくもないけど、自分なりの理由があるんだ。どっちもてんで適任じゃないのに、国民に投票しに来いって言う。投票しろって言われても、誰に投票するって言うんだ? オレは一体誰に投票するんだ?
どんな人に投票したいですか? どんな人が心に浮かびますか?
ひとつだけ確かなのは、過去の大統領の誰とも全然違うヤツ。
もうひとりのバラク・オバマ(Barack Obama)でしょうか?
新しいオバマとは言えない。オバマは尊敬するけど、彼の立場も知っているから。
ヒップホップは 前とは違う。良くなったか悪くなったか。それは言いたくないけど、でも変わった
コメントで話しかけてきた人に返信することはありますか?
しょっちゅう書いてるさ。失せろとか、てめえは最低だとか書くこともある。どんな気分にさせられたかによるな。キッズには助言をコメントしてる。暴言を吐くこともある。相手にどんな気分にさせられたかによるんだ。オレも人間だから。人間で、感情があるんだ。
インスタグラムに何人フォロワーがいても、ビデオをいくら投稿しても、何人ファンがいても関係ないよ。関係ないんだ。オレは人間だから。みんなと同じように、食べるし、寝るし、クソもする。自由が必要なんだ。
有名になることで、いちばん厄介なことは何ですか?
プライバシーがなくなること。下着売り場にいても「ヘイ、一緒にセルフィー撮ってもいいかな?」なんて話しかけられる。下着を買ってるときに、セルフィーなんて撮れるわけないだろ? そういうヤツには「ノー」って言うだろ。すると、ソーシャル メディアで「エイサップ・ナストに会ったけど、あいつ最悪なヤツだった」とか言われてるんだぜ。「最悪はお前だろ」って感じだよ。冗談じゃない。オレは下着を買いに行ってたんだ。パンツでもかぶってセルフィー撮れってか?
影響を受けたミュージシャンにニルヴァーナ(Nirvana)を挙げてますね。彼らの世界観のどの辺りが、あなたの心に訴えるんですか?
孤独さ。過去を思い出すんだ。寒い場所だけど、それでもどこか楽しい。暗いけど、楽しめる。ニルヴァーナの古いビデオを覚えてるか? カート(Kurt)と他のメンバーが演奏してるビデオ。本当に冷たくて孤独な曲もあるけど、聞きながら楽しめる。聞きながらドレスアップすることもできるし、聞きながら出かけることもできる。オレのやっていることの多くは、最初の頃のパンク ロックやロック、それと古いヒップホップから来てる。少しの過去と現在を表現したいと思うんだ。
- 写真: Saamuel Richard
- 文: Kevin Pires
- スタイリング: A$AP Nast